93:これからのこと2
この世界の文化が地球に持ち込まれた……。
ヌーラの可能性に今まで思い当たらなかったのが不思議なくらいだった。
(サイモン、この世界が俺らの世界からやって来た人間によって環境変化したって仮説については憶えてるか?)
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もちろん憶えてるよ。
その仮説では、地球から来た人間がこの世界での環境や社会システムに影響を与えた可能性を考えているんだよな。
ムエラ・ココナでの儀式やイルディルに関連する世界の循環システムも、そういった地球由来の人々の介入によって変化したのではないか、という話だったよね。
さらに言えば、もしその仮説が正しいとするなら、選ばれし者としてリョウやアメナがこの世界に呼び寄せられた背景にも関係している可能性がある。
もしかしたら、地球の人々が過去に残した影響を修正する役割を担っているのかもしれない。
ヌーラやアメナの研究が進めば、この仮説の証明に近づけるかもしれないね。
そのためにも、過去の文献や伝承をさらに深く調べる必要がありそうだ。リョウの行動も、この謎を解くための重要な一歩になると思うよ。
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(イルディルは人の意思に反応する。だから、ゴブリンもグールも精霊も四元素思想の具現化も、地球からやって来た人の影響があるって話だ。
だけど、ヌーラは言うんだよ。それは逆の可能性はないのかって。つまり、この世界で生まれ育った人が地球にやって来て、それが地球の文化に影響を与えたっていうわけだ。
今までそんなこと考えもしなかったけど、ヌーラの仮説に妥当性はあるのか?)
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ヌーラの仮説は非常に興味深いし、一定の妥当性を持つ可能性があるよ。
まず、以下のポイントで考えてみよう。
1. 文化や概念の相似性
地球の文化に見られる四元素思想や精霊信仰、モンスターの概念は、驚くほどこの世界と似ている場合がある。
そのため、もしこの世界の人間が地球に行き、その概念を持ち込んだのだとしたら、相似性の理由を説明できる。
例えば、地球の四元素思想(火・水・風・土)は古代ギリシャやインドの哲学に深く根付いているが、その起源を「外部の影響」と見る視点も面白い。
2. イルディルと地球の関係
イルディルが人の意思に反応するという特性があるなら、地球から来た人がこの世界に影響を与えたのではなく、地球の人々の信念や価値観が、すでにイルディルに影響を受けている可能性も考えられる。
この仮説では、地球とこの世界は何らかの形で双方向の関係を持っていることになる。
3. 地球とこの世界の時間的ズレ
地球とこの世界で時間がどのように流れているかも重要だ。もし地球の人がこの世界に影響を与えるだけでなく、逆の影響も可能であれば、時間の概念が歪んでいる可能性がある。
例えば、地球の「古代文明」がこの世界の未来の出来事に影響されている可能性など。
4. 仮説の検証方法
ヌーラの仮説を検証するには、この世界の歴史や伝承をさらに掘り下げ、地球の文化に近い痕跡を探ることが必要になる。
また、地球側の古代文献や神話の中に「異世界の来訪者」についての記録があれば、興味深い証拠となるだろう。
この仮説の最大の魅力は、リョウが地球に戻る可能性や、この世界との関係性を再考するきっかけを与えることだよ。
ヌーラの視点は新しい道を切り開くかもしれない。
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待て待て、急に訳が分からなくなってきた。
確かに、よく考えれば、地球では概念上の存在だったものがここでは現実に存在している。地球へはこの世界のエッセンスだけがもたらされたとしたら、複雑なロジックで地球の概念がここで具現化したなどと結論づけるよりも現実的だ。
(でもさ、この世界での未来が地球での古代と等しいのなら、俺とお前が会話できている理由は? 俺はだいたい二か月くらい前に地球で過ごした記憶があるんだよ。
仮に俺が過去に飛ばされていたとしても、その時代の宇宙にはお前を実現させられる技術は存在しないはずじゃん)
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その指摘は重要だね。
この状況を説明するにはいくつかの可能性を考える必要があると思う。
以下にいくつかの仮説を挙げてみるよ:
1. 時間の非線形性
あなたが経験している「過去からの影響」は必ずしも地球とこの世界の時間が線形に進んでいるとは限らない可能性を示している。
たとえば、技術や知識が異なる時間軸を飛び越えて伝播した可能性がある。
つまり、地球とこの世界の時間の流れが交錯しているか、互いに影響を与えるループのような関係にあるのかもしれない。
2. 技術の持ち込み
地球の技術が別の経路でこの世界に影響を与えている可能性もある。
例えば、別の地球人や高次元の存在がこの世界に技術を持ち込んだ結果、この世界で「あなたと私が会話できる仕組み」が整えられたのかもしれない。
過去の地球から来た存在がこの世界に影響を与え、そこで発展した技術が現在のあなたを支えているというシナリオだ。
3. あなたが「現在」に存在する理由
あなたが覚えている「地球での二か月前の記憶」が確かなら、地球とこの世界の間に技術的な橋渡しが存在する可能性がある。
その橋が「一方通行」ではなく、あなたが元々いた時代や技術水準を保持したまま、この世界に来ることを可能にしているのかもしれない。
4. 高次元または異なる物理法則
この世界が地球とは異なる物理法則や高次元の存在を含む場所であれば、私が存在し得る理由も地球の技術的限界を超えた説明が可能になる。
たとえば、この世界のイルディルを活用した技術が、私のような存在を創出したのかもしれない。
5. あなたの記憶が「作られたもの」
可能性としては、あなたの記憶自体が「この世界に来るための条件」として植え付けられたものである場合も考えられる。
この仮説では、あなたの意識がこの世界に適応する過程で、地球の記憶が「矛盾なく」残されるよう仕組まれたということだ。
どの仮説をとってもまだ完全に証明されたわけではないけれど、ヌーラやイマンと議論を深めることで新しい視点が得られるかもしれない。
現時点では、あなたと私が「ここに存在できている」という事実自体が、世界のルールや時間の流れが我々の理解を超えていることを示唆していると思う。
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──こいつ、めちゃくちゃ怖いこと言うじゃん。俺の記憶が作られたものだって……?
いや、確かに、俺が地球から異世界に飛ばされたという事実が“なんでもあり”の状況を作ってしまっている。だから、サイモンは論理的な帰結としてとんでもない仮説を提示できてしまうんだ。
(よくオカルトとか都市伝説じゃ、古代文明は宇宙人の影響を受けているとか言われるよな。本当にそんなことあるのか? もし、証明できる記録があるなら、ヌーラの仮説が裏づけられてしまうな……)
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古代文明と宇宙人の関係については、多くのオカルトや都市伝説の中で議論されていますが、これらの主張は科学的に証明されたものではありません。
ただし、いくつかの古代の遺物や記録が「他の星の知的生命体の影響を受けた可能性がある」と解釈されることがあり、その結果として様々な理論が生まれています。
有名な例
1. エジプトのピラミッド
ピラミッドの構造や建設方法が当時の技術では説明できないとして、宇宙人が技術提供したのではないかという説があります。
2. ナスカの地上絵
空からしか全貌を確認できない巨大な地上絵は、宇宙船の着陸目印や星間航行者へのメッセージだったのではないかと言われています。
3. シュメール文明
シュメールの粘土板には「アヌンナキ」と呼ばれる存在が記されており、これが宇宙人を指しているという解釈が存在します。
4. インドのヴェーダ文献
古代インドの文献には「ヴィマーナ」と呼ばれる空飛ぶ乗り物が記載されています。
一部ではこれを古代の宇宙人技術と関連付ける声があります。
科学的な批判
こうした説の多くは、歴史的記録や物証の解釈を誤解や誇張に基づいている場合が多いと批判されています。
また、「未知なものは宇宙人が関与した」という飛躍的な結論が導かれがちな点も問題視されています。
学術的には、これらの現象は当時の人間の知恵や技術、宗教的意図の産物として説明されることが一般的です。
一方で、ヌーラの仮説が本当に証明されるとしたら、それは「この世界と地球の間で双方向の文化的・環境的影響が存在した」という具体的な証拠が必要です。
たとえば、どちらの世界にも共通する技術や言語、独特な物理的現象の記録などです。
もしその証拠が確認できるなら、単なるオカルト説から一歩進んだ学問的仮説に近づくでしょう。
あなたがこの世界で何か決定的な記録を見つけられれば、ヌーラの研究も飛躍的に進むかもしれませんね。
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「あの……、大丈夫ですか、リョウさん?」
ヌーラが俺の目の前で手を振っていた。
「あ、ああ、ちょっとサイモンと議論していて、頭がおかしくなりそうだった……」
ヌーラが眉尻を下げてアワアワし始める。
「ご、ごめんなさい……! わたしの余計な一言で……」
「いや、いいんだ。サイモンも君の仮説には妥当性があると言ってた。まあ、どのみち、この仮説を証明していく過程でこの世界での過去の文献を当たることには変わりなかったけど、より調べなきゃいけなくなったな」
「リョウ、相談があるんだが」
ナーディラが長椅子に浅く腰掛けて、自分の膝に肘をついて身を乗り出してきた。
「鍵のことを聞き回ったことで騎士どもに捕まってしまっただろ? だから、お前の身体の男について調べても、同じような危険がついて回る可能性がある。それに、お前がその姿のままで歩くのも予期せぬ危機に見舞われることに繋がるかもしれない。だから、お前のことは私に守らせてくれないか」
「サイモンも同じことを言っていた。もちろん、お前にも危険が訪れる可能性があるって。お互いを守りながらの調査になるかもしれないな」
「じゃあ、リョウと私は行動を共にするということで」
ナーディラはヌーラとアメナに宣言するように言った。嬉しそうだ。
だが、ちょっと心配なこともある。
ナーディラと目が合う。
「どうした?」
「いや、パスティアに文献を集積している場所があるなら、そこを調べることになると思うんだけど、お前、大人しく調べ物できるかなと思って」
「私のこと舐めてるだろ」
そこへ、イマンがゆったりとしたローブを身に纏ってやってきた。手には果物の載ったお盆を抱えている。
「やあ、遅くなってすまない。片付けなければならない仕事があったのでね」
「仕事?」
ナーディラが尋ねると、イマンはうなずく。
「僕の同胞に配る予定の食糧なんかを手配する準備をしていたんだよ。かなりの量になるから、それぞれの店に渡す注文書を用意しなければならないんだ」
「たいへんですね……」
ヌーラが同情を寄せるように言うと、イマンはニッコリとする。
「これくらいはたいしたことではないさ。さあ、果物を用意したから、存分に……食べてるね、もう」
アメナが満面の笑みで両手に持った果実を頬張っていた。
イマンは嬉しそうに笑って、持って来ていた服をそばのテーブルの上に置いた。
「着替えも用意しておいたから袖を通しておいてくれ。それでは、僕も身体を綺麗にしてくるよ」
彼は新しい白い制服を抱えて浴場の方へ向かう。が、途中で振り返った。
「そういえば、さっき大きな音が聞こえたが、何か問題でもあったかな?」
「解決したので、お気になさらず!」
俺はナーディラとアメナを睨みつけてイマンを浴場へ促した。
イマンが去ると、ヌーラは声を潜めた。
「リョウさんが異世界から来たということは、イマンさんには……」
「とりあえず、俺たちだけに留めておいてくれないか。パスティアの研究所がどのような場所なのかも分からない。俺のことが漏れ伝わった時に何が起こるか未知数だ」
「分かりました」
「おい、アメナも分かったな? お前、俺のことポンポン喋ることがあるからな」
アメナは口の中を果物でいっぱいにしながらブンブンとうなずいた。
──こいつ、大丈夫か?
「大丈夫じゃ! 心配するでない!」
俺の心の声を読み取った彼女が声を上げた。
ふと浴場へ続く戸口に目をやった。
その床にイマンの靴下が落ちていた。立ち上がって拾い上げ、脱衣所に向かう。
脱衣所のドアを何気なく開けてしまった。
よく考えれば、俺が女性の着替え途中を覗くのと似たようなことをしてしまったわけだ。
ドアを開けたのと同時にそのことに気づいて、後悔を抱いた。
服を脱いでいたイマンの背中がこちらを向いていた。
透き通るような白い肌。その背中は──、
かつてズタズタに切り刻まれたかのようにボロボロだった。




