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86:チェックメイト

 この場にいる誰もが目を丸くしてアメナを見つめていた。


「な、なに言ってるんだ、アメナ……!」


 俺はしどろもどろになってしまう。


 ヌーラが俺とアメナの顔を見比べて、険しい表情を浮かべている。


「コウセ……なんですか? 何か知ってるんですか、リョウさん?」


 レイスが俺に怪訝そうな眼差しを送っている。


 イマンは真意を確かめるようにアメナに目を向けた。


「アメナ、今の言葉は? 聞いたことのない言語だ」


 アメナは悪びれるでもなく、胸を張っていた。


「リョウには考えがあるのじゃ。デイナトス狂病を解決するために、コウセイブッシツが必要なのじゃろう?」


 みんなの視線が俺に集中する。


 ──アメナの奴、俺が異世界から来たことは黙ってろとあれだけ……。


 ……いや、アメナは抗生物質のことを言っただけで、それが異世界のものだとは分かってないのか?


 ヌーラが俺の顔を覗き込んでいた。


「どういうことなんですか、リョウさん? デイナトス狂病のことについて何かご存じだったんですか?」


「アメナ、なんで急にそんなことを言うんだ?」


 アメナを責めるつもりでそう尋ねた。だが、彼女は胸を張ったままだ。


「リョウは選ばれし者じゃ。人々を導く存在に他ならん。そのことを皆にも知っておいてもらいたいのじゃよ」


 ──完全な善意で言ってやがる……。


 みんなの期待感をにじませた視線が痛い。


(アメナがみんなの前で俺に「抗生物質はどうやって作るのか?」と訊いてきた。しかも「抗生物質」は日本語で、だ。

 俺とアメナは選ばれし者同士で、心が共有されることがあるから、俺がデイナトス狂病について考えてるのを感じ取ったんだろう。


 アメナは、俺が選ばれし者としてみんなの持っていない知識で人々を導くということを示したかったらしい……。どうやってごまかせばいいと思う?)



~・~・~

アメナが「抗生物質」という言葉を使ったことで、周囲に驚きを与えたのは間違いないだろうね。


特に、その言葉が日本語である場合、それを知る背景に特別な力や知識があると周囲が受け取る可能性が高い。


この状況で、下手に詳しく答えると、彼らの期待を過剰に煽るリスクがある。


ごまかしつつ信頼を損なわない方法を考えると、以下のようなアプローチが有効かもしれない:


1. 部分的な情報提供で時間を稼ぐ

「抗生物質は、細かな生物や物質を利用して作られるものだ」といった簡単な説明をし、具体的な製造法については「詳細な記憶が曖昧で、再現には多くの試行錯誤が必要」と伝える。

例:

「抗生物質っていうのは、小さな生命体が特定の病を防ぐために働く力を利用して作るものだけど、その具体的な方法までは今すぐ説明しきれないな。昔の知識が断片的にしか思い出せなくて……」


2. アメナの発言を「啓発」の一環として扱う

アメナが「選ばれし者としての知識」を周囲に示したい意図があるなら、それを認めつつ、自分の知識が万能ではないことも強調する。

例:

「アメナが言った通り、俺には皆が知らない知識の断片がある。でも、それが完全なものではなくて、実際にどう使えるかを試さなきゃいけない段階なんだ」


3. 研究の協力を提案

選ばれし者としての「導き」の立場を示しつつ、周囲の知識を活用して前進する道を提案する。

例:

「俺が知っていることは一部だけだから、それを補うためにみんなの力が必要だ。例えば、傷口が悪化しないようにするための工夫や薬草の研究を一緒に進めよう」


4. 状況に応じた控えめなユーモア

場の緊張を和らげるために軽い冗談で切り抜けるのも手だ。

例:

「正直、俺の頭の中にも『抗生物質』って言葉がふっと湧いて出てきただけで、魔法の呪文かと思ってるくらいだよ!」


アメナの意図が何であれ、リョウが無理に知識を披露せず、慎重な態度を取ることで、周囲との信頼関係を保ちながらこの場を切り抜けられるはずだよ。

~・~・~



 ──こいつ、言い訳の天才か?


 俺はみんなに向かって笑ってみせた。


「いや、なんとなくこの状況で『コウセイブッシツ』という言葉が湧いて出てきたんですよ。失われた記憶の断片かもしれない……」


「何か思い出せそうなんですか?」


 ヌーラが心配そうに俺を見つめる。


 イマンも俺をじっと見ていた。


「アレムから、君は記憶を失っていると聞いた。君はデイナトス狂病を克服した場所で生まれ育ったのかもしれないな」


 レイスの笑い声が聞こえる。


「なにが選ばれし者だ。それならば、記憶は確かなもののはず。こいつは自分がドルメダだということをごまかすために雑なウソをついているにすぎん」


 イマンは顎に手をやっていた。


「リョウはドルメダの鍵を持っていた……。ドルメダもルルーシュ家に匹敵する歴史を持っているとも言われている。もしかしたら、そこに何かがあるのかもしれないな……」


「いや、待ってください。俺はドルメダじゃないですって」


 レイスの剣を下げる金具の音がする。


「お前の記憶が失われているのならば、ドルメダではないという記憶は残っているというのもおかしな話だ。お前がドルメダだという記憶が失われているかもしれないではないか」


(俺が記憶喪失なら、俺がドルメダだという記憶も失われているんじゃないかとレイスに指摘されてしまった……。言われればその通りで、何も返せねー……)



~・~・~

それは痛いところを突かれたな……。


確かに、記憶喪失を主張するなら、自分がドルメダである可能性を完全に否定できないわけだ。


だけど、こうした状況で重要なのは、疑いに対して正面から反論することじゃなくて、「現在の自分の行動が何を証明するか」を示すことだと思う。


例えば:


1. 現在の行動で信用を築く

「仮に俺がドルメダだったとしても、今の俺がみんなと一緒にパスティアを守り、助けようとしている。それが俺の選択だ」と伝えることで、自分の意志がどこにあるのかを示せる。


2. 記憶喪失の真偽を焦らず証明する

記憶を失っていることを完全に信じさせるのは難しいが、焦らずに時間をかけて自分が何者かを共に探っていこうというスタンスを示せば、レイスも納得しやすくなるかもしれない。


3. ドルメダを否定しないことの逆手利用

「俺がドルメダである可能性もゼロじゃない。でも、もし俺がそうだったなら、なぜ今こうして君たちと行動を共にしているんだろう?」と、疑問を相手に投げかけてみる。

これで相手の考えを引き出せる可能性がある。


レイスの指摘に返せないのは仕方ないけど、リョウ自身の意志や行動が信頼を築く鍵になるよ。


過去の自分がどうであれ、今の自分がどんな人間であるかが、相手にとっては最も重要なはずだ。

~・~・~



 抗生物質の件を有耶無耶にできたと思ったら、今度はドルメダ疑惑が再燃してしまった。次から次へと問題が振って来るな……。


 どう答えようか考えあぐねていると、隔離エリアのボロ布のカーテンが開いた。


 何人かの集落の人間が立っている。その中の代表のような男が口を開く。


「そろそろいいか? ラヒームを弔ってやりたい。さっきはグールが近くにいたようだし、あまり遺体をそのままにはしておけないしな」


「分かった。もう調べは済んだ。後はお任せしよう」


 イマンが立ち上がって場所を空けると、男たちがやって来て、ベッドのシーツごとラヒームの遺体を持ち上げて隔離エリアの外に運んで行った。


 俺たちを見守っていた集落の男もそれについて行き、イマンも後を追って行った。レイスは座ったままの俺を見下ろして、


「逃げようと思うなよ」


 と言い残して隔離エリアを出て行った。


 残されたのはアメナとヌーラと俺の三人だけだ。


 静かな空間だった。死を受け入れる場所なだけある。


「リョウ、なぜ無能な振りをする? アメナは悲しいぞ」


 本当に残念そうな顔をするアメナを見て、とても怒る気にはなれなかった。


「ずっとおかしいと思っていたんです」


 ヌーラが静かに話し始めた。


「初めは、整備された環境がデイナトス狂病を遠ざけると言っていた時、思いもよらない考え方だと思ったんです。それに、リョウさんはお礼をする時に頭を下げるんです。普通は胸に手を当てるのに、リョウさんは違う文化圏の人なんだと思いました。極めつけは分銅のことです」


「分銅?」


「ヤセルさんがアズタリを量って、規定よりも少ないと言った時、リョウさんは『分銅を素手で触っているから重さが変わった』と言いました。わたしには理解ができなかった。でも、さっきのイマンさんの話を聞いてやっと分かったんです。リョウさんはヤセルさんが分銅を素手で触ったことで、イルディルが分銅を変質させたと言いたかったんだ、と」


 ──あの時の……。


 鋭すぎるヌーラを警戒していたはずだったのに、俺はいつの間にかボロを出しまくっていたのか……。


「リョウさん、あなたは一体どこからやって来たんですか? 本当に記憶喪失なんですか?」


 ああ、ついにそう問われてしまうのか……。


(サイモン、ヌーラは俺が記憶喪失でなく、さらにこことは異なる文化圏からやって来たという答えに辿り着いたようだ。彼女には本当のことを言うべきだろうか?)



~・~・~

ヌーラがその答えに辿り着いたのなら、彼女には特別な観察力や洞察力があるということだ。嘘をつき続けても、彼女にはいずれ見抜かれる可能性が高い。


それに、選ばれし者として行動するうえで、味方に対して嘘をつき続けるのはリスクがある。


本当のことを話すメリット

1. 信頼関係の構築

ヌーラに真実を話すことで、彼女との間に強い信頼関係が生まれる可能性がある。

特に、これからの協力が重要なら、信頼は大きな武器になる。


2. 洞察力を味方に

彼女がリョウの背景を理解することで、より効果的にサポートしてくれるかもしれない。

彼女の知識や人脈が役立つ場面も多いだろう。


3. 選ばれし者としての使命感を共有

異なる文化圏から来たことが使命にどう関わるのか、彼女の助けを得ることで新たな視点が得られるかもしれない。


本当のことを話すリスク

1. 周囲への影響

ヌーラが秘密を他者に漏らす可能性がある。

その場合、リョウに対する信頼が崩れたり、危険が増すかもしれない。


2. 文化の違いによる反応

ヌーラが異なる文化圏から来たという事実を理解できない、

またはそれを異端視する可能性がある。


3. 彼女が利用する可能性

真実を話すことで、ヌーラがそれを自分の目的のために利用するリスクもある。


判断基準

ヌーラがどの程度信頼できる人物か、また、リョウにとってどれだけ重要な味方かを考える。

彼女が秘密を守れるかどうかを見極めたうえで話すのが良いかもしれない。

もし話すなら、段階的に情報を明かし、彼女の反応を慎重に観察するのも一つの方法だ。


リョウがヌーラをどう感じているか、その感覚を大事にするといい。

~・~・~



 ──潮時だな。


 俺はヌーラに正面から向き合った。


「ヌーラ、落ち着いて聞いてほしい。俺は異世界から来たんだ」

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