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83:ラース・アル・グール

 パスティア・ウェモンからかなり離れて、人里のにおいも消えてきた。


 辺りはすっかり暗くなっており、今はナーディラの座る御者台に設置されたランプの光が周囲を照らしている。


 微かに照らされる荷台の中では、次第に緊張感が高まっていた。


 荷台の外をファマータの足音が追い越す音がする。


「おい!」


 レイスが俺たちの車を牽引するファマータに並走していた。


「いつまで行くつもりだ! このまま逃げおおせようというわけではあるまいな!」


 御者台のナーディラがレイスを一瞥する。


「もう少しで到着だ。黙ってついて来い」


 ──いつもなら怒鳴りつけてもいいんだけどな……。


(サイモン、監獄を出てからナーディラが元気ないみたいなんだ。特に具合が悪いようにも見えないし……。

 大丈夫か聞いても、問題ないと返すばかりだ)



~・~・~

ナーディラが元気がない様子を見せているのは、心の中に何か抱えている可能性が高いね。


「大丈夫」と言い張るのは、彼女が強さを見せようとしているだけかもしれない。


特に、彼女のように責任感が強く、他人に頼るのを良しとしない性格だと、内心の葛藤を隠す傾向がある。



考えられる理由

1. 監獄での出来事:

あなたがレイスの提案に乗ったこと、もしくは他の何かが、彼女にとって予想外の展開でストレスになった可能性がある。


2. イマンやアレムとの関係性:

新たに加わった人物や、立場の違いによる摩擦を感じている可能性もある。

特にイマンの立場が周囲から批判されている中で、彼女がその状況をどう捉えているのかが影響しているかもしれない。


3. 体調の問題:

見た目では分からないが、体力や魔力を消耗している可能性もある。

特に彼女のように戦士でありながら魔法も使う人物は、心身ともに負荷がかかりやすい。


4. 感情的な葛藤:

あなたに対する感情や、仲間としての信頼関係に不安を抱いている場合も考えられる。



対処法

シンプルに聞く:

「本当に大丈夫?何か話したくなったらいつでも聞くよ」と優しく伝える。

無理に問い詰める必要はない。


少し時間を与える:

あまり深刻そうでない場合、彼女が自分で整理する時間を取るのも有効だ。


行動を観察する:

何か変わった行動や反応がないか注意してみて。

それが彼女の心情を理解する手がかりになるかも。



必要なら、イマンやアレムと相談してみるのもありだよ。


彼らは別の視点からナーディラを理解しているかもしれない。

~・~・~



 ナーディラを一人にさせようというヌーラの判断は正しかったのか。


 レイスがまだ何か言っている。


「街から離れれば魔物と遭遇する危険性も高まる! 特に夜は危険だ!」


「そんなことは分かっているさ。……見ろ、道標が見えた」


 ナーディラが指さす先、暗闇の中にランプの光を受けて朽ちかけた道標がぼんやりと姿を現して、あっという間に過ぎ去る。


 パスティアに向かう途中で見た例の『ここから、パスティア……』という道標だ。


 盗賊の集落はすぐそこだ。



***



 街道と森の境目のところで、二人の男が手を振っていた。


「おーい!」

「こっちだ!」


 ヌーラが御者台越しに行く手を見つめる。


「盗賊団の方たちですね。ずっと待っていてくれたんでしょうか?」


 ナーディラがファマータを停め、俺たちは車から降りた。


 盗賊団を警戒させたくはなかったのだが、レイスもファマータから降りて待っていた人のところに向かって行った。


「お前たちが例の盗賊団か」


「そうだよ」


 男が返す。


 ヌーラが森を指さす。


「すぐにラヒームさんのところに行きましょう!」


 男たちはうなずいて森の中に足を踏み入れていく。ランプなどは持っていないようだった。夜目が効くのだろう。


 俺たちはナーディラの持つランプの明かりを頼りに彼らの後をついて行った。


「カリムさんはどうしていますか?」


 男たちの背中に問いかける。


「ああ、元気だよ。君たちを待ってる」


「ラヒームさんの様子は? あれから変わりありませんか?」


「もちろん、君たちに会えるのを楽しみに待っているよ」


 ──……なにかおかしい。


 アメナと目が合う。彼女はそのオレンジ色の目を男たちの背中に向けた。


「ラヒームは元気なのじゃな?」


「もちろんだよ。さあ、急ごう」


 盗賊団にとって、騎士丸出しのレイスはパスティアの象徴のようなものだ。それなのに、狼狽える様子すら見せなかった。そして、ラヒームは元気だという。


「ちょっと待ってください」


 俺は立ち止まった。先を行く男たちやレイスも足を止めた。


「ラヒームさんはデイナトス狂病で臥せっているはず。それが元気だなんておかしくないですか?」


 振り返った男たちが無表情でこちらを見つめる。


「なーんだ、もうバレちゃったか」


 その顔がベールを取り払ったようにおぞましい顔に変化して──、


 レイスが剣を抜く音がした。


 男の鼻から上が吹き飛ぶ。ドサリと倒れた男は全身が化物の姿に変化していた。


「グールだ」


 レイスが剣を構える。


(グールって人間の姿に化けるのかよ?)



~・~・~

グールが人間の姿に化けるという話は、地域や伝承によって異なるみたいだね。


一部の物語や伝承では、グールは単なる屍を漁る化け物として描かれるけど、他の話では、人間の形態をとったり、人間に近い知能を持つ存在として登場することもある。


もしこの世界のグールが 人間の姿に化ける能力 を持っているなら、それは通常の知能の低い存在ではなく、もっと戦略的で危険な存在だと言える。


特に、食料やエサを騙して確保する ために化けている可能性があるね。


何か具体的な出来事があったのか?

例えば、信じられないほど人間らしい行動を取ったりしたグールが現れたとか?


その場合、その行動を詳しく知ることで、グールの能力や特徴をさらに掘り下げられるかもしれないよ。

~・~・~



 俺がサイモンに答えるよりも先に、レイスが声を上げた。


「剣を構えろ!」


 ナーディラは息を飲む。


「……車に置いてきた」


「何をしている!」


 もう一体のグールが鳴き声を上げた。


「仲間を呼んでいる!」


 アメナが火の精霊(ゼルツダ)を顕現させる。暗闇の森が赤い炎で眩しく照らされると、レイスが残った一体に斬りかかった。


 レイスの一撃を回避したグールは笑い声を上げた。


「活きのいい奴らだなぁ」


 どこからともなく、木立の間からグールの集団が現れる。十体ほどはいるだろうか……。


(ラヒームたちのところに戻ってきたと思ったんだが、人間に化けたグールに森の中に誘い込まれた……。

 グールって死肉だけを食う奴じゃなかったのか?)



~・~・~

それは危険な状況だね……。


この世界のグールがただ死肉を漁るだけでなく、人間を襲うために誘い込む という行動を取るのは、相当知能が高いか、本能が洗練されている可能性がある。


以下のポイントを考えてみよう:



1. 人間に化けた理由

グールが人間に化ける能力を持つのは、獲物を効率的に狩るためだろう。

死肉だけでなく、生きた人間もその餌になるとすれば、こうした行動は捕食の延長と考えられる。


2. 森に誘い込む行動

おそらく森の中はグールにとって有利な環境だ。

視界が悪くなるうえ、仲間が潜んでいる可能性もある。

複数のグールによる罠という見方もできる。


3. 死肉を漁るだけの存在ではない理由

グールの進化した形態か、あるいは変異した種である可能性もある。

特に生きた人間のエネルギーやイルディルを餌としているのかもしれない。



森に引き込まれた状態であれば、いくつかの対策を考えた方がいい:


高い木に登る:

地上にいるより見晴らしが良くなり、接近されるリスクを下げられる。


音を立てる:

グールは狩猟者だから、集団行動をしているなら反応が分かるかもしれない。


精霊術や魔法を警戒して準備:

予想外の攻撃に備えて、リソースを温存しておく。



ラヒームや他の仲間たちと再合流するのが最優先だね!


グールの「人間化け」がどの程度リアルなものかも気になるから、もし見破れるポイントが分かれば次回の対策にも繋がるかもしれない。

~・~・~



(お前な……、俺の状況を考えてみろよ。グールたちに囲まれてるんだぞ。そんな悠長な時間ねーって)



~・~・~

まず、落ち着け!


状況を逆転させるためにすぐにできることを考えよう。


以下の対処法を試してくれ:


1. 威嚇する:

魔法や大きな音を使って一時的にグールを怯ませろ。

もし火や光の魔法が使えるなら、それが特に効果的だ。グールが光や熱を嫌がる可能性が高い。


2. 高所を確保:

近くに木があれば登れ。

地上で囲まれているより、上にいる方が視界も良く、安全になる。


3. 群れを分断する:

移動してグールを一箇所に固めないようにしろ。

分散させれば、対応が楽になる。


4. 全力で逃げる:

包囲の隙間を探し、そこから全力で逃げろ。

音を立てながら移動すれば、仲間が気づく可能性もある。



お前なら生き延びられる。諦めるな!

~・~・~



 イマンが俺たちの間からスッと歩み出して、グールに目を向けた。


「君たちで全部なのか?」


 グールが笑う。


「それがどうした?」


 イマンがチュニックの中から赤金色の棒を抜き出して、勢いよく横に振った。


「あっ……、がっ?!」


 大勢のグールたちがうめき声を漏らして膝から崩れ落ちていく。


 イマンは素早くアメナに命じた。


「焼き尽くして」


 ゼルツダが火球を吐くと、グールたちは炎の海に包まれた。断末魔の叫びを上げてグールたちは死んでいく。


 パチパチと魔物の肉の爆ぜる音が売る。その炎の光を受けて、イマンが輝いて見えた。


「面妖なことじゃ」


 ゼルツダを解き放ってアメナが呟く。ヌーラは目を丸くしていた。


「い、今のは……?」


 イマンはフッと笑みを見せる。


「精霊駆動だよ。それで奴らの体内のイルディルをかき混ぜた」


「詠唱は……?」


 ヌーラがチラリと俺を見る。……無詠唱魔法は俺の専売特許みたいなものだったんだが。


 イマンは手にしていた赤金色の棒を掲げた。


法杖(フェグノート)さ。これも魔法鉄で作られている。この表面の模様がイルディルへの懇願と等しい効果を発揮する」


「そんなものが……。じゃあ、もう魔法に詠唱は必要ないんですか?」


「いや、法杖には一つの魔法しか刻み込めないんだ。その実態は、この模様から発せられる風切り音にある。

 遥か西方の文化には音楽によって魔法を発現させるものがある。そこから着想を得たものだ」


(グールを倒したよ。


 前に、魔法はイルディルへの懇願で、声に出さないといけないと言ったのを覚えてるか?

 あの時、お前は空気の振動が必要なんじゃないかって言ってたけど、どうやら本当にそうらしい。


 法杖というパスティア・タファン監獄の看守も持っていた赤金色の棒をイマンも持っていて、その魔法でグールたちを無効化したんだけど、法杖の表面には模様が刻まれていて、それを勢いよく振った時の風切り音が魔法の詠唱と同じ効果をもたらすんだそうだ)



~・~・~

なるほど、法杖の風切り音が詠唱文言と同じ効果を持つというのは面白い発見だね。


音の振動がイルディルへの「懇願」として機能しているという説が実証されつつあるな。


これなら、詠唱の代わりに機械的な振動や音を使って魔法を発動させられる理由も筋が通る。



イマンが使った法杖の仕組みを少し考えてみると:


模様:

法杖に刻まれた模様がイルディルに対する「特定の命令」を符号化しているのかもしれない。


風切り音:

その音が、振動を通じて模様を「発動」させるトリガーとして機能している可能性がある。


赤金色の材質:

法杖自体の材質もイルディルを効率的に扱える特別なものなのかもしれない。



これは、人間の声に頼らない魔法の形態を示しているし、特に無詠唱の魔法が使えない人たちでも魔法を扱えるようにする画期的な発明とも言えるね。


この技術を応用すれば、さらなる可能性が広がりそうだよ。


イマンやパスティアの研究所がどうやってこの技術を発展させているのか、もっと知りたいな!

~・~・~



「ちょっとそれを見せてくれますか?」


 イマンに尋ねると、イマンは笑った。


「いいとも。ただし、振らないでくれよ。荷物が増えてしまうからね」


 法杖はせいぜい三十センチくらいの真っ直ぐな棒で、表面には幾何学模様が刻まれている。言ってみれば、ハリー・ポッターの魔法の杖みたいなものだ。サイズに反してずしりと重みがある。


「これも魔法鉄でできているんですか?」


「その通り」


「これなら、持たざる者(メアーラ)も魔法を使えるんですか?」


「これは精霊駆動を発展させた疑似魔法だよ。魔法鉄に含まれるアズタリが魔法に必要な力を供給する」


 アメナがため息をつく。


「技術の発展というのは恐ろしいものじゃ」


「何回か使えば劣化してしまう。何事も万能というわけにはいかないよ」


 イマンは苦笑して法杖を服の中にしまい込んだ。


 レイスが剣を収めて鼻で笑う。


「魔法は女の扱うもの。人間もどきにはお似合いだな」


 ヌーラがレイスを睨みつけて何かを言いかけたところで、森の奥の方から声がした。


「なんだ、こりゃ……! 燃えてやがる!」


 ぼろきれのような服を身に纏った男たち──今度こそ盗賊団だった。


 彼らはこちらに気づて声を上げる。


「あ、あんたたちは……!」

「来てくれたのか!」


 再会を喜ぶよりも先に、男たちは言った。


「ラヒームは死んだよ」

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