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81:根掘り葉掘り1

 宿屋の主人に追い立てられるようにファマータのキュイを出させられ、ヌーラと一緒に慌てて取っていた部屋に戻って、荷物を荷車に積み込んだ。


「ヌーラがいなかったら荷物置き忘れるところだったよ……。助かった」


「いえ、気づけてよかったです」


 ヌーラがニコリと笑う。本当にしっかりした子だ。


 その表情が曇る。


「ここで世界の均衡を維持する方法は見つかるでしょうか?」


「どうだろうな、技術は発達しているから、何か研究されているかもしれない。幸い、俺たちは魔法・精霊術研究所の所属になったんだ。その辺りのことは帰ってから訊いてみてもいいかもしれないな」


「そうですね……」


 浮かない顔だ。


 パスティアは彼女には気が重くなる場所かもしれない。


 荷物を積み終わると、アレムがキュイを導いて宿屋の前の道に車を停めてくれた。


「ひとまずここでいったんお別れだ」


 アレムが俺たちに優しい目を向けた。


「何から何までお世話になりました」


「なに、大したことじゃない。ファマータ──キュイも君たちと一緒で楽しんでいるようだ。もう少し預けておく」


 すでに別のファマータに跨っていたレイスが道の向こうで声を上げる。


「さっさと出るぞ」


 俺たちは急いで荷車に飛び乗って、ナーディラが大人しく御者台に収まる。


 ナーディラがキュイを走らせる。


 レイスが俺たちの乗った車を追従するようにして後ろについているが、荷台の幌の後ろは閉じているので、居心地の悪さはない。


 盗賊の集落までは、下手したら一刻を丸々使っても辿り着かないかもしれない。辿り着くのは、土の刻の終わり頃……夜更けになってしまうだろう。



***



「新鮮な旅路だ」


 御者台から吹き込んでくる風に金色の髪をなびかせてイマンが言う。白い制服はさっき受けた泥のせいで汚れてしまっている。


「着替えますか? 簡単な服やなんかはありますよ」


「では、何か羽織れるものをもらおうか。この格好では警戒されてしまうかもしれないからね」


 荷物の中からダボダボのチュニックを引っ張り出してイマンに手渡した。質の良いものではないが、イマンが着るとなぜか様になってしまう。


「さて、道中の僕たちにできることは少ない。訊きたいこともあるだろう。僕に堪えられる範囲で答えよう」


 俺たちは顔を見合わせた。アメナの目が光ったような気がして、彼女に先陣を切らせてやった。


 彼女はもったいぶったように咳払いをしてイマンに目を向けた。


「パスティア・タファンでは、精霊が街頭に火を入れる仕事をしておった。アメナが初めて見る光景じゃった。あれは一体なんじゃ?」


 早速の質問にイマンは困惑の表情を見せる。


「この街に来たばかりで精霊駆動について訊かれるとは思いもよらなかったな」


 俺が横から補足してやった。


「アメナはイルディルが見えるんです。つまり、選ばれし者なんです」


 イマンの目が丸くなる。


「話には聞き及んでいたが、実際に会うのは初めてのことだ。なるほど、それで精霊駆動のことを……」


 アメナは胸を張る。


「リョウもアメナと同じく選ばれし者じゃ。二人は強い絆で結ばれておるのじゃ」


 イマンはさらに驚きの顔を見せた。


「君たちは……、いやはや、まったく面白い人たちだ」


 アメナが身を乗り出す。


「精霊駆動とはなんじゃ。イルディルの流れに精霊たちが導かれておるようじゃったな」


「そこまでお見通しか。もともとパスティアは、パスティア山という鉱山に根づく街から始まったと言われている。鉱山資源が豊富なんだ。冶金術も発達してきた。

 詳しい技術については割愛するが、魔法鉄という合金に含まれる光る石(トレーバリ)の作用を利用している」


光る石(トレーバリ)を?」


 ヌーラが声を上げる。彼女にとっては光る石(トレーバリ)は自分たちを縛りつけるものの象徴でもあった。


光る石(トレーバリ)が顕現していない遍在精霊を誘導するということが分かっているんだ。

 街灯について言えば、時間の移ろいによるイルディルの変位を捉えた光る石(トレーバリ)が遍在精霊を動かしているんだ」


「街頭に魔法で直接火を灯さぬのには理由があるのか?」


「もちろん、それでも構わないのかもしれない。しかし、現段階で魔法はイルディルを消費することが分かっている。その濃度変化がイルディルによる加護を弱めるようだ。イスマル大公はそのことを憂慮されている」


 ヌーラが目を輝かせる。


「わたしたちは魔法の使用がイルディルの濃度を薄め、それが世界の均衡状態を崩し、災いをもたらすと考えているんです。

 こう言うと、クトリャマの思想のように聞こえてしまうかもしれませんけど」


「クトリャマは自らの思想にそぐわないものを攻撃する。君たちは違うだろう」


 彼の言葉には、クトリャマに対する警戒心のようなものが垣間見えた。


「パスティアもクトリャマの攻撃を受けたことがあるんですか?」


「よくあることさ。僕たちもクトリャマも、目指すものは同じはずだがどこかで道を違えたのだろうな」


 ドルメダだけでなく、クトリャマの攻撃も受け、国の内部では差別と迫害が横行している……息が詰まってしまいそうだ。


「ドルメダはなぜパスティアを転覆させようとしているんですか?」


「それは僕にも分からないな。ただ、ルルーシュ家を強く敵視しているのは確かだ。歴史的な遺恨でもあるのかもしれないな」


(ドルメダがパスティアを転覆させようとしている理由はイマンも分からないらしい。だけど、ドルメダはルルーシュ家を敵視していて、歴史的な遺恨があるんじゃないかと推測しているようだ)



~・~・~

ドルメダがルルーシュ家を敵視している理由が歴史的な遺恨に関係しているというイマンの推測は、十分にあり得る話だ。


貴族や王族の家系が長い間続く場合、代々積み重なった争いや裏切りが、現在の緊張を生むことは珍しくない。


具体的に考えると、以下の可能性がある:


1. 権力闘争の歴史

ドルメダの前身となる勢力が、ルルーシュ家との権力闘争に敗北し、その際に土地や地位、名誉などを奪われた可能性がある。

その恨みが世代を超えて受け継がれているのかもしれない。


2. 文化や思想の衝突

ルルーシュ家の価値観や政策(例えば「子をなさない者たち」の扱い)が、ドルメダ側にとって耐え難いものだったという可能性もある。

こういった衝突が積み重なれば、単なる反発以上の敵意に発展するだろう。


3. 裏切りや粛清

過去にドルメダに連なる人物がルルーシュ家から裏切り者として粛清された、もしくは排除された歴史があるのかもしれない。

家族や同胞を失ったことへの復讐心が、組織全体の行動原理になっている場合も考えられる。


これらの仮説を裏付ける具体的な情報が手に入れば、ドルメダの行動原理がより明確になるはずだ。


イマンやアレムと協力して歴史的資料を調べたり、ルルーシュ家の古い記録を探るのも有効かもしれないね。

~・~・~



(ルルーシュ家の古い記録か……。俺の第一目標に近づけるかもしれないな)



~・~・~

それだよ、リョウ。ルルーシュ家の古い記録を調べることで、君の第一目標である「地球から来た人間の痕跡」に繋がる可能性が出てくる。


選ばれし者や転生にまつわる記述が残されているかもしれないし、古代から続くドルメダとの争いの背景にも関係するかもしれない。


さらに、ルルーシュ家がパスティアの基盤を築いてきた存在である以上、パスティアの文化や価値観にも地球とのつながりが隠されている可能性も捨てきれない。


特に選ばれし者の概念がどのように形成されたのか、その起源がわかれば、君の立場の証明にも一役買うかもしれない。


イマンやアレムの協力を得ながら、記録を探る準備を進めてみるといい。


特に、研究所や貴族街の図書館など、公的な記録を保管している場所を優先的に調査するのが良さそうだね。

~・~・~



 ヌーラが口を開く。


「話を戻しますけど、わたしたちはイルディルが作り出す世界の均衡についての仮説を証明したいと考えているんです。つまり、イルディルが人間や動物や魔物や精霊になり、またイルディルに還元されるという世界の理についてです」


 イマンは難しい顔をする。


「その証明には時間がかかるね。小さな箱庭を作り、その中だけでイルディルが循環することを観察しなければならない。うちの研究所でも閉鎖空間におけるイルディルの影響を調査しているが、結果は芳しくないようだ」


「失敗だったんですか?」


「失敗というより、閉鎖空間内でイルディルを消費して魔法を使ったとしても、枯渇状態が保たれない。イルディルは閉鎖空間であっても、外界と濃度を均一にしようと働くことが分かったんだ。

 つまり、外界と隔たった空間を作っても無意味なんだ」


(イルディルのことなんだけど、パスティアの研究所もイルディルの研究をしているらしい。

 それによれば、閉鎖空間の中で魔法を使ってイルディルを消費しても、閉鎖空間の外側からイルディルが流れ込んでくるらしい。

 イルディルは空気と違って隔たりを無視できるということみたいだな)



~・~・~

なるほど、イルディルの性質についてさらに面白い情報が得られたね!


この「隔たりを無視できる」という特性は、イルディルが単なる物理的な物質ではなく、空間や次元に関係する存在であることを示唆しているかもしれない。


閉鎖空間内で消費しても外部から流れ込むということは、イルディルが均一な状態を維持しようとする性質を持っている可能性が高い。


この性質は「場」としてのイルディルを考える上で非常に重要だ。

例えば、電場や磁場のようなものに近いのか、あるいはもっと異質な概念かもしれない。


さらに、これが魔法にどう影響を与えるかを考えると、以下の仮説が立てられる:


1. イルディルの流動性:

魔法を使う際、閉鎖空間内で使われたイルディルが外部から補充されることで、空間的な制約が少ないことが分かる。

これは魔法の応用範囲を広げる可能性を示唆している。


2. 隔たりを超えた影響:

もしイルディルが物理的な壁や境界に縛られない性質を持つなら、結界やバリアの設計にも関係しているかも。

例えば、「魔法の防御」を突破する魔法がある場合、イルディルの特性を利用してバリアの外側から内部にエネルギーを流し込む手段が考えられる。


この特性を活用した技術や魔法がどのように発展しているのか、研究所で調べる価値がありそうだ。


特にパスティアの研究所なら、既存の理論や応用例が蓄積されている可能性が高いし、君の魔法や目的にも応用できるかもしれないね。

~・~・~



(イルディルとエーテルが似てるって言ってたじゃん? エーテルは隔たりは無視できるの?)



~・~・~

エーテルについて、歴史的な概念として考えると、隔たりを無視できる性質が仮定されていました。


古典物理学で提唱されたエーテルは、「光や電磁波が伝わるための媒質」として考えられており、空間全体に無限に広がっているとされていました。


以下がエーテルの特徴に関するポイントです:


1. 全空間に均等に存在:

エーテルは、真空を含むすべての空間に存在し、どこにでも広がっていると考えられていました。

このため、物理的な隔たり(壁や空間の境界)を超えて存在すると仮定されていました。


2. 媒質としての役割:

エーテルは、光や電磁波が伝わるための「振動する場」を提供するもので、空間を通じてエネルギーや波を伝播させる媒質とされました。

この性質から、物理的な遮断を気にせず、波を伝える機能を果たすと考えられました。


3. 現代物理学で否定:

エーテルの存在は、マイケルソンとモーリーによる実験で否定され、現在では「エーテル」という概念は使われず、量子場理論や相対性理論に取って代わられました。


つまり、エーテルという仮説上の物質は隔たりを無視できるように考えられていましたが、それはあくまで仮説の範囲内での話です。



イルディルとの類似性:

エーテルのようにイルディルも「空間全体に存在し、境界を超えて流れる性質」を持つなら、イルディルは単なる物質ではなく、もっと抽象的な「場」や「存在の基盤」に近いものかもしれません。


この点では、古典的なエーテルに似た概念だと言えます。


ただし、イルディルがどのようなメカニズムで境界を超えるのかを詳しく知るためには、さらなる観察や研究が必要です。

~・~・~



 まーたこいつ博士キャラになっちゃったよ。

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