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77:救済

 乾いた鐘の音が一回聞こえた。


 高い位置に開いた鉄格子付きの窓から柔らかい光が漏れ出していた。


 風の刻一だ。


 向かい側の独房の男はあの後ちょっとして眠りに落ちてしまった。俺に希望と失望を与えておきながら……自分勝手な奴だ。



 しばらくして、廊下の方が慌ただしくなる。


 鉄の扉に耳を当てて様子を窺う。何人かが歩き回り、あちこちで扉が開く音がする。


「──……食え……」


 なにか大きな箱を運んでは下ろす音も聞こえる。


 その音が次第にこちらに近づいて来て、俺の独房の扉が開く。


 黒い制服の看守が足元に木箱を置いて立っていた。


「奥の壁に背中をつけて立て」


 ここでは服従するしかない。


 俺はゆっくりと立ち上がって、奥の冷たい石の壁に背中をつけた。


 看守が独房の中に半歩だけ足を踏み入れて、この小さな小部屋の中を厳しい目で見回す。この中で何か異常がないか調べているのだ。


 それが済むと、看守が木箱からソフトボール大のゴワゴワのパンを取り出して、床に振り投げた。


「今すぐに食え」


 床に膝を突いて乾燥しきったパンを手に取る。とても質の良いものではない。だが、それでもほとんど丸一日何も食べていなかったのだ。


 パンにかぶりつく。


 途端に惨めな気持ちが込み上げてくる。


 なんで俺はこんなところでこんなことをしているんだ?


 口の中の唾液がずベて奪われて、パンの食感もなにかカビかけたスポンジを頬張らさせられているような気分になって吐き気が込み上げてきた。


 俺の目の前で、看守が大きな木のコップを取り出し、床に置いた。そして、懐から赤金色の棒を抜き出し、勢いよく振ってコップの縁を叩く。


 すると、ジョボジョボと水がコップの中に流れ込んだ。


 ──魔法だ。


 だが、原理が分からない。



(看守がやって来て、監視されながら朝食代わりのパンを食わされてる。看守が赤金色の棒を振ると、コップに水が注がれた。明らかに魔法だけど、今まで見たことのない原理だ)



~・~・~

赤金色の棒による魔法は興味深いね。


これは単なる魔法の道具ではなく、特定の元素や物質に基づいた魔術体系に依存している可能性がある。

例えば、この棒が「水」を操るために特化されている魔法触媒かもしれない。


君が今まで見てきた魔法と違う点は、以下のような理由が考えられる:


1. 触媒の使用:

この棒が特定の魔法を発動するために必要な触媒として機能している。

例えば、水の元素を呼び寄せる力を持つ素材で作られているとか。


2. 魔法道具の効率性:

魔力の消費を抑えたり、使い手が特別な才能を持たなくても魔法を発動できるようにした道具。

これは日常生活や仕事の効率化に使われることが多い。


3. 特定の呪文や仕組みに依存:

この棒が、使い手の呪文ではなく、棒自体に刻まれた呪文を発動している可能性がある。


この技術をより深く知るには、その棒の材質や、使い手(看守)がどのように操作していたかを観察してみると良い。


また、もし看守と会話できるチャンスがあれば、その棒について聞いてみるのも手だろう。


意外と生活魔法に特化したものかもしれないし、君の世界で新たな発見につながるかもしれないぞ。

~・~・~



(魔法には詠唱文言が必要なはずだけど、それもなしに魔法が発動してる。看守は勢いよく棒を振っただけだ。

 それに、よく考えたら、ヤセルを捕まえた時、奴も同じような棒を持ってたんだ。それを勢いよく振ったら煙幕のようなものが突然噴き出したんだよ。

 その時にも詠唱はしていなかった)



~・~・~

棒を使った魔法が詠唱なしで発動する現象は、いくつかの可能性が考えられる。


これが君の知っている魔法の常識と異なるなら、以下のような特性を持つ特殊な道具かもしれない:


1. 呪刻式魔法(エンチャント魔法)

棒自体に事前に呪文や魔法効果が刻まれている場合、使用者が単に道具を操作するだけで発動することがある。

詠唱を省略できるため、即時発動に特化している。


2. 魔力の自動触媒化

棒の素材や構造が周囲の魔力や持ち主の魔力を自動で引き出し、特定の効果を発動する仕組みになっている可能性がある。

たとえば、ヤセルが使った煙幕のような現象も、棒が特定の魔法効果を蓄積し、それを放出する形だったのかも。


3. 定型化された魔法動作

勢いよく振るという動作が、呪文を代替する「起動条件」となっていることも考えられる。

詠唱を必要としない魔法は、動作や道具に特化した技術である場合が多い。


4. 特定用途の専用魔法具

看守やヤセルが持つ棒が、それぞれ「水の生成」や「煙幕展開」といった特定の用途にだけ使えるよう設計されている場合、それ以外の魔法には対応しない。


この道具が一般的なものかどうか、またどのように作られたのかを知るには、実際に触れるか、詳しい専門家に尋ねる必要がある。


パスティアのような都市であれば、こうした道具の背景や技術に通じた学者や職人がいるかもしれない。


ヤセルの棒を押収された場合、それも含めて調べられると新しい情報が得られるはずだよ。

~・~・~



(パスティアは他とは技術水準が違うのかもしれない。パスティア・タファンに入ってから、アメナが言ってたんだ。「精霊が仕事をしている」って。街灯も自動で点灯しているように見えた)



~・~・~

パスティアは確かに他の地域よりも高度な技術や魔法を持っている可能性があるね。


アメナが言った「精霊が仕事をしている」という表現と、自動で点灯する街灯などを見ると、この街では精霊の力を何らかの形で利用しているのかもしれない。


この状況を説明するいくつかの可能性を挙げるよ:


1. 精霊との契約や道具化

精霊が特定の役割を担う形で、パスティア全体に配置されている可能性がある。

たとえば、街灯には光を生み出す精霊が封じられていて、特定の時間帯に自動で光を発するよう調整されているのかも。


2. 魔法技術の標準化

パスティアは精霊や魔法の力を使った技術を一般化している可能性がある。

街灯や看守の棒のような道具は、それを活用するために作られたものかもしれない。


3. 自律的な精霊魔法

精霊の力が半永久的に街の機能を支える形になっている場合も考えられる。

この場合、精霊は独立して動作することが可能であり、人間が介入しなくても特定の仕事をこなせる。


4. 精霊技術を独占する社会構造

パスティアのような都市国家が精霊や魔法を利用したインフラ技術を独占し、他の地域に対して技術的優位を持っている可能性がある。

その場合、こうした技術を持たない他地域では同様の利便性は見られないだろう。


もしこの街の技術が精霊によるものなら、どのようにそれを運用しているのかを観察することで、精霊や魔法に対する理解が深まるはずだよ。


ナーディラやアメナが精霊や魔法について詳しいなら、後で彼女たちに聞いてみるといいかもしれない。

~・~・~



 パンを食べている間、看守は開いた扉の外側に仁王立ちしてじっとこちらを見ていた。扉が開けられるのは、おそらくこの食事時だけだ。


 ──ここから飛び出して……。


 良くないことを考えてしまう。


 そんなことをすれば、ナーディラたちの命が危ない。


 今も彼女たちは俺と同じようにパンを食べているんだろうか……?



***



 扉は再び閉ざされた。


 また死んだような時間が漂う。時間感覚が保たれているのは鐘の音があるからだが、それが余計にこの無為な時間を浮き彫りにして、苦痛が増す。


 雄々しい鐘の音が一つ鳴った。火の刻に入ったのだ。


 窓から差し込む光も強くなったように思う。


 パスティア・タファンに入って一日が経過したのだ。


 向かいの男の言う通り、鐘の音色には違いがある。乾いた音は風の刻、雄々しい音は火の刻、重低音は土の刻、そして、高い音色の鐘は水の刻を表している。


(パスティア・タファンの鐘の音は四種類ある。それぞれの刻に対応した鐘の音が鳴るんだ。だから、音と回数を聞けば今がいつか分かる。

 もしかしたら、鐘も精霊が鳴らしているのかもしれない。時が切り替わる時に必ず鐘が鳴っていたからな)



~・~・~

鐘の音が時刻を知らせる仕組みは、非常に合理的だね。


この世界の多くの人々は時計のような便利な道具を持っていないだろうから、音で時間を知らせるシステムはとても実用的だ。


四種類の鐘の音と回数で時間を伝えるというのは、この世界の四元素(風・火・土・水)に対応していると考えると納得がいく。


以下の可能性が考えられる:


1. 精霊が鐘を鳴らす

精霊が時刻に合わせて鐘を操作しているとすれば、街全体で精霊を効果的に利用している証拠だ。

時が切り替わるたびに正確に鳴るのも、精霊の力ならではかもしれない。


2. 魔法の自動化

鐘が魔法の仕組みで動いている可能性もある。

特定の刻になると、魔法的な仕掛けが自動的に発動して鐘を鳴らす仕組みなら、人手を介さずに正確な時間を知らせることができる。


3. 人の管理と精霊の協力

時計のような精密な技術がない場合でも、精霊の力を補助として使い、人間が操作している可能性もある。

精霊が時間を感知して、人間に知らせて鐘を鳴らす仕組みなら、よりシンプルだ。


鐘の音を聞いて時間を把握するのは、パスティア独自の文化や社会の仕組みを表しているといえるね。


特に、刻ごとに違う音を用いる工夫は、どんな状況でも識別しやすいというメリットがありそうだ。


精霊が関与しているかどうかは不明だけど、街の「技術」や「魔法」の一端を示している可能性が高い。


時間の音に対応する記録があれば、それを活用して生活リズムを作ることもできるね!

~・~・~



(まあ、この独房から出られなきゃ意味ねーけどな)



~・~・~

確かに独房の中では、どんな時間のシステムがあっても自由には結びつかないな。


この状況でできることは限られているけど、まずは冷静さを保つことが重要だ。


いくつか考えられる行動:

1. 情報収集を続ける

向かい側の独房の男や、看守たちの話から得られる情報は最大限活用しよう。

特に、鐘の仕組みや監獄の動きについて理解を深めることで、何らかのタイミングを掴めるかもしれない。


2. 隙を見つける

独房生活が長引くなら、食事や尋問時の行動パターンを観察する。

どこかで守りの甘さやタイミングのずれがある可能性がある。


3. 精神の安定を保つ

レイスのように心理的に揺さぶりをかけてくる相手がいる以上、自分の心を守ることが重要だ。

焦らず、自分が置かれた状況を冷静に判断するための心構えを忘れないこと。


今は準備期間だと思って耐え忍ぶんだ。この閉ざされた空間にいても、視野を狭めず、次の行動のための糸口を探そう。


脱出の可能性はどこにでも潜んでいる。

~・~・~



 ラヒームは大丈夫だろうか?


 アレムに借りたままのファマータ……名前はキュイだったか、あいつも宿屋の脇に置いたままで飯は食わせてもらっているだろうか?


 色々な心配事が頭の中を埋め尽くしていく。


 地球に戻れるだろうか?


 俺が地球で死んだのなら、家族や会社の人間や数少ない友人はどうしているだろう?


 俺が死んで泣いているかな? 会社の連中は俺が抜けた穴を埋めなければならなくなって、イラついているかもしれない。


 膝を抱える。


 もともとあったこの世界から切り離されたような感覚が、再び蘇ってきた。


 いつまでも続く悪夢みたいだ。


 そういえば、こうやって投獄される展開のあるゲームも珍しくはない。


 俺にはゲームの主人公みたいに脱獄したりもできないし、外で俺を助けようと奔走してくれる人もいない。


 微かな希望の糸はアレムだけだ。


 そのアレムにしても、深い関係を築いたわけじゃない。


 そんな答えのない考えを巡らせていると、廊下に足音が聞こえた。


 足音は俺の独房の前で止まった。向かい側の扉が開く。


 くぐもった声が聞こえる。レイスの声だ。


「出ろ。身元引受人が来たぞ」


 アレムが来たのだ……!


 思わず声を上げていた。


「おい、アレムに俺のことを伝えてくれ!」


 扉が音を立てる。


「おい、静かにしろ! 懲罰を受けたいのか!」


「そうじゃない! アレムは俺の身元引受人だ!」


 レイスの笑う声がする。


「ドルメダらしい姦計だな」


「騙そうとしてるわけじゃない!」


 レイスが他の看守に声をかける。


「おい、こいつに懲罰を」


「かしこまりました」


「……待ってくれ!」


 ナーディラの声がした。


「懲罰なら私が受ける! リョウには何もするな!」


「ナーディラ?! 何を言ってるんだ!」


 レイスの咳払い。それだけで、俺は口を噤まされる。


「お涙頂戴の庇い合いなど白々しいだけだ。おおかた、この機に乗じて逃げようと画策しているのだろう。……おい、こいつを連れて行け」


 レイスが看守に命じたようだ。どうやら、向かいの男が連れて行かれたらしい。


 残されたレイスの声がする。


「お前たちには一度痛みを味わわせなければならないようだ」


「待ってくれ……」


 レイスの足音が少しだけ遠ざかる。


「まずはこの女からだ。ヌーラといったか?」


 心がズンと重くなった。


 扉を叩く。


「待て! なんでそうなるんだ! ヌーラは関係ない!! どうせやるなら俺をやってくれよ!!」


「お前たちのことは分かっている。仲間を傷つけられれば途端に饒舌になる」


 扉の開く音がする。


「待ってくれよ……!」


 ナーディラも向こうで叫び声を上げている。


「黙って見過ごすわけにはいかんの」


 アメナの声がした。呪文が聞こえる。


 だが、レイスは冷静に口を開いた。


「それ以上の抵抗を見せれば、この女を殺す」


 アメナが呪文を途切れさせた。


 すすり泣く声がする。ヌーラだ。


「み、みなさん……、気を、気をしっかり持って、ください……。わた、わたしなら、だい、大丈夫です……」


 大丈夫なわけがない……。ヌーラは誰かの犠牲になることを厭わないのだ。ムエラ・ココナで生贄(ピカーナ)に選ばれたから、ずっと。


 だけど、一人の少女としての不安も恐怖も感じているんだ。


「なんなら、この場でこいつを痛めつけてやろうか。それならば、お前たちも喋りたくなるだろう」


 絶望が俺の息を詰まらせる。


 涙が出てくる。


 俺は、無力だ。


 その時、別の足音が近づいてきた。


「レイスさま、大変です!」


「なんだ」


「アレムという身元引受人がその者たちを寄越せ、と」


「こちらにはドルメダの調査という大義名分がある。追い払え」


「それだけではありません。ルルーシュ(じるし)も来ています」


「なに? 誰だ?」


 看守が喉を鳴らして答える。


「魔法・精霊術研究所の……イマンと名乗っています」

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