表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
76/199

76:寄り添う声

 遠くから高い鐘の音が一つ聞こえた。


「お前たち、何者だ?」


 まどろみの中、男の囁き声がした。静寂を縫うようにそのしわがれた声が鉄の扉の向こう側から滲み出ていた。


 ため息と共に答える。


「……さっきの男か。あんたには関係ないだろ」


「三人一緒に連れられて一気に尋問を受けるなんて、特別待遇じゃないか」


「看守が来るぞ」


「水の刻になれば大声を出さない限りは問題ないさ」


「水の刻? なんで時間が分かる?」


 声は詮索するような息遣いをした。


「お前たち、パスティアの人間じゃないな?」


 レイスの尋問のせいで、俺はひどい精神状態だった。無視すればよかったのかもしれないが、その声のどこか人懐っこい調子にはなにか邪険にできない響きがあった。


「旅をしてここまでやって来た」


「この街には四つの鐘がある。風・火・土・水の刻を順番に報せるためだ。ついさっき、水の刻の鐘が一つ鳴っただろう」


「そういうことか」


(時間の流れは、風の刻、火の刻、土の刻、水の刻と順番に巡っているらしい。向かい側の独房の男が教えてくれた。水の刻になると、大きな声を出さない限りは看守たちはやって来ないんだそうだ)



~・~・~

風の刻、火の刻、土の刻、水の刻と巡る時間の流れは、この世界の興味深い仕組みだな。


向かいの独房の男が教えてくれたその情報は、計画を立てる上で重要な要素になるかもしれない。


水の刻が特に静かな時間帯で、看守たちが少なくなることを知っているなら、それを利用できる可能性がある。


特に声を出さなければ看守が来ないなら、外の動きを観察したり、ほかの囚人と静かに合図を交わしたりするのに適している。


君が情報をどう活用するかにかかっているけれど、冷静に観察しながら、看守たちの行動パターンを見極めるといい。


この独特の時間の流れを、君にとって有利に使えるように考えよう。

~・~・~



 俺は鉄の扉に近づいて、声をかけた。


「ナーディラ」


「おい、それ以上声を上げないでくれ。看守に気づかれる。この監獄は壁が厚い。看守に気づかれない声の大きさで会話できるのは向かい合う独房くらいだ」


(看守に気づかれないくらいの声では、向かい側の独房としか会話できないらしい)



~・~・~

向かいの独房の男としか話せないとなると、情報交換の範囲は限られてしまうね。


でも、その相手が有益な情報を知っている可能性もある。静かな声でも、重要な情報やヒントを引き出せるかもしれない。


まず、彼に対して自分が抱える状況や、得たい情報を具体的に伝えるといい。

例えば、看守の巡回パターンや、他の囚人たちの状況、脱出した例などを聞いてみるのはどうだろう?


静かに話せる時間帯がわかっているなら、その時間を最大限に活用して情報を収集していこう。


彼が信用できる人物かどうかを見極めるために、最初は軽めの質問をして反応を見るのも一つの手だよ。

~・~・~



 何を訊くべきか考えていると、向かい側の男の声がする。


「それで、お前たちは何者なんだ?」


「“特別待遇”ってどういうことだ?」


「……質問の多い奴だな。普通はここにぶち込まれてすぐに尋問を受けることなんかない。オレたちには話を聞く価値なんかないってことさ」


 それだけ俺たちには情報源としての価値があると思われているということか。


「ドルメダだと疑われた。ドルメダがなんなのかすら知らないのに、だ」


 しわがれた笑い声が返ってくる。


「なるほどな。そりゃあ、新人さんよ、ツイてなかったな。ドルメダに疑われたり、繋がりがあると思われたが最後だ」


「なんでそんなことに? ドルメダってなんなんだ?」


「ドルメダは恐ろし連中だよ。たびたびパスティアに攻撃を仕掛けてくる。それだけじゃないぜ。パスティアの内部に潜り込んでるってウワサだ。そいつらがパスティア転覆を狙ってるらしい」


「パスティア転覆? なんのために?」


「そんなことは知らんよ。だが、カビール第一大公公子の婚姻の儀が迫ってる。だから、あちこちで目を光らせてる奴がいるってわけさ。ドルメダも、騎士連中もな」


 俺の持っていた鍵はパスティア内にあるドルメダの根城のものってわけか。ますますこの身体の少年がなんでそんなものを持っていたのか分からないな……。


(ドルメダはパスティアの転覆を狙っているらしい。そのために、パスティア内部に潜伏してるんだと。

 それで、カビール第一大公公子の婚姻の儀が近いから、ドルメダが動きを見せるかもしれないと思われてるようだ。だから、騎士たちも目を光らせてる)



~・~・~

それはかなり厳しい状況だね。


ドルメダがパスティアの転覆を狙っているとなると、君たちに対する疑いは更に強まるだろう。


特に婚姻の儀という重要な行事が控えているタイミングでは、騎士たちが過剰に警戒しているのも頷ける。


この状況を乗り越えるためには、君たちがドルメダと無関係であることを示すしかない。


そのためには、たとえ疑いが濃くてもレイスたちと対話を続けて、誤解を解く努力をする必要があるね。


同時に、向かい側の独房の男から情報を引き出すのも有効かもしれない。


彼が知るドルメダの動きや、婚姻の儀に絡む話があれば、それを使って状況を打破する糸口が見つかる可能性もある。


自分たちが婚姻の儀の妨害に関与する意図がないことをどうにか証明できれば、君たちの立場を少しでも改善できるかもしれないね。焦らず、慎重に進めていこう。

~・~・~



「どうすれば俺たちの疑いは晴れる? レイスという男に何を説明しても聞き入れてくれないんだ」


 また笑い声。


「そりゃあ、災難だな、新人さんよ。あの男は冷血漢だ。ドルメダを根絶やしにするためなら何でもやるぞ」


「パスティア・ウェモンの騎士を統括してると言ってたけど」


「そりゃあ、奴の一面にすぎない。奴の本分はドルメダを殺し尽くすことだ」


「それにしても見境がないじゃないか」


「レイスの家族はドルメダに殺されたんだ。その恨みを原動力に生きているような男だぜ」


(レイスは家族をドルメダに殺されたらしい)



~・~・~

それは、レイスが君たちを徹底的に疑い、強硬な態度を取る理由の一端が見えた気がするね。


彼にとってドルメダは単なる敵対組織以上の存在だ。


家族を奪われた恨みがあるからこそ、感情的な側面も絡み、冷静な判断が難しくなっているのかもしれない。


こういう状況では、レイスの感情を逆撫でしないことが重要だ。


彼が家族を失ったことに共感を示しながら、君たちがその悲劇に関与していないことを、慎重に、そして理性的に伝える必要がある。


彼がドルメダを完全に憎む理由を知ることで、彼の視点や考え方に少しでも寄り添うことができれば、対話の余地が広がるかもしれない。


時間はかかるだろうけど、共感を示すことが信頼を得る第一歩になるだろうな。

~・~・~



「まあ、人生の残りを謳歌すればいい」


 皮肉めいた言葉で男はクツクツと笑う。


「あんたもドルメダだと疑われたのか?」


「そんなたいそうなもんじゃないさ、新人さん。オレは貴族街(アグネジェ)で人や場所を斡旋していただけだ」


「人や場所を斡旋?」


貴族街(アグネジェ)を回しているのは貴族(イエジェ)じゃない。オレたちのような庶民さ。貴族街(アグネジェ)には行ったか?」


「いや、パスティア・ウェモンでレイスに捕まって、ここに連れて来られた」


貴族街(アグネジェ)はこのパスティア山の頂上に広がっている街だ。あれだけの大きさなのは、そこで働く庶民がいるからさ」


「そこで働く人や場所を斡旋しているということか」


「まあ、そうだな」


 歯切れの悪い相槌だ。


「それで捕まったのか?」


「子をなさない者たちを斡旋したことがバレたんだよ。貴族街(アグネジェ)に穢れを招き入れたってわけさ」


「なんでそんなことを……」


「密かに需要はあるんだぜ。貴族街(アグネジェ)には談話室という場所が点在している。社交の場だが、何者の干渉も受けない闇の場所でもある。パスティアが子をなさない者たちを迫害する裏で、貴族(イエジェ)は談話室の中で連中を欲望の捌け口にしている」


(パスティアが子をなさない者たちを迫害しているという話はしただろ? だが貴族はその裏で彼らを欲望の捌け口にしているらしい。

 向かい側の独房の男は、貴族街で斡旋業務をしていたらしいが、貴族に子をなさない者たちを斡旋して捕まったらしい。貴族街に穢れを持ち込んだという理由だ)



~・~・~

それはひどく腐敗した構図だな……。


君が言っていたように、パスティアでは子をなさない者たちが社会から差別され、迫害される一方で、その存在を貴族が裏で利用しているとは、二重の不条理がある。


向かい側の男が言うことが真実なら、貴族の「公の顔」と「裏の顔」の間に大きな乖離があるということになる。


彼の話を鵜呑みにするだけではなく、彼の動機や捕まった経緯も注意深く観察しておくべきだ。


斡旋業務がどの程度合法的だったのか、彼自身が何を目的として動いていたのかも気になるところだが、少なくとも貴族街に穢れを持ち込んだという理由で処罰されたなら、パスティアの法や倫理が表向きとは全く異なる運用をされている可能性が高い。


この情報は、今後パスティアの構造や政治を理解するうえで重要な手掛かりになるかもしれない。


ただ、独房内での会話内容が看守に漏れないよう十分注意するんだ。

~・~・~



貴族(イエジェ)は腐敗してるのか?」


「ハハハ、そう見えるなら、本当にパスティアを知らないんだな。

 貴族(イエジェ)、特に上位貴族(イエジェ・メアーラ)は血縁を守る必要がある。しかし、彼らにも欲望はある。だから、子をなさない者たちを使い捨てるんだよ。

 血統のためにの犠牲というわけだ」


 ひどい話だ。


「あんたは仲介人とは違うのか?」


 仲介人は人身売買を行う人々のことだ。ウドゲの街で出会ったアレムも仲介人だった。


「仲介人だけではダメだ。貴族街(アグネジェ)に顔が利く人間が間に入らんと」


 ──こんな不毛な会話を続けて何になるんだろうか……?


 現代人の俺の感覚からすれば、この世界は狂っている。


「アレムって奴がオレの身元引受人なんだ。奴が来てくれれば、オレはこの薄暗い穴倉からおさらばできる」


 男が言った。


「アレム? 仲介人の? あの強面の?」


「なんだ、知ってるのか? 世間は狭いな、新人さんよ」


「ちょっと待ってくれ。身元引受人が来たらここからおさらばできるってどういう意味だ?」


「どういうって、身元引受人が来れば、ここを出られるって決まりだ。新人さんのところじゃ、違うのか?」


「アレムに口を利いて俺たちをここから出してくれるわけにはいかないか?」


「新人さんたちの話をするのはいいが、身元引受人じゃなきゃ、意味がないぞ」


 千載一遇のチャンスだ。これを逃せば俺たちはここで死ぬことになる。


「どうすればアレムに身元引受人になってもらえる?」


「もともとそういう関係だとパスティアに申請をしていなきゃダメだ。捕まってからじゃ意味がないぞ」


 ──ここまで来て……!


 男の声が続ける。


「あ、いや、もう一つあったな、身元引受人の条件が」


「なんでもいい、教えてくれ」


「貸借関係があると、貸与側が自動的に身元引受人になる。貸したもんを返させるためにな」


 俺たちはアレムにファマータや車を借りたままだ。


(幸運が巡ってきたぞ、サイモン。

 ウドゲの街でアレムという仲介人と知り合っていたんだけど、アレムからはムエラ・ココナに行くためにファマータなんかを借りたままだったんだ。

 パスティアでは、身元引受人が来れば牢獄から出られるらしい。そして、貸借関係にある二者のうち、貸与側が自動的に借用側の身元引受になるんだそうだ)



~・~・~

それはまさに予期せぬ幸運だな!


アレムとの貸借関係がこんな形で役立つとは思わなかったよ。


もしアレムが身元引受人として動いてくれるなら、君たち全員が解放される可能性がぐっと高まる。


次にするべきことは、アレムと連絡を取る方法を探すことだな。


看守や関係者に、アレムが身元引受人になる資格があることを伝え、その手続きが可能かどうかを確認する必要がある。


また、アレム自身が君の解放に積極的かどうかも重要だ。


ただし、ここからも警戒を怠らないでほしい。


解放された後でも、レイスや騎士団が君たちを完全に信用するとは限らない。


状況を有利に進めるため、少しでも多くの信用を得るよう努めるべきだ。


それには、彼らの規則や手続きに従いながら、誠実さを見せることが必要になるだろう。

~・~・~



「だが、希望は捨てた方がいいぞ」


 男が言った。


「お前たちはドルメダだと疑われてる。身元引受人が来ても出られるわけがない」


 急に湧いて出た希望が水の泡のように弾けていく。


 ──ここから出るために、どうすればいい?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ