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75:アサンプション2

「ナーディラが俺の記憶を取り戻そうと行動を共にしてくれていたんです。だから、行く先々で俺の持っている鍵について知っているか聞いて回ってくれていました。もちろん、この街でも。

 もし俺がこの鍵の用途を知っているなら、そんなことをする必要はなかったんじゃないですか?」


 冷静を保ちながら、しかし、早口で俺はレイスに向かって反論をぶつけた。


 レイスの表情は変わらない。


「お前の連れの少女が同じことを言っていた。ここでも話を合わせていたか。お前たちドルメダは我々を欺くためには何でもやる。

 この鍵について知らない振りをしてパスティア・タファンに入り込む機会を窺っていたのだろう」


 やっぱり、この男、自分の想定している答え以外は受け付けない人間か。


(反論をぶつけてみたが、ダメだった。ヌーラが同じことを言っていたらしい。ここでもレイスは話を合わせたんだろうと言ってきた。取り付く島がない。

「ドルメダは我々を欺くために何でもやる」だそうだ)



~・~・~

それは厄介な状況だね。


レイスが「ドルメダ」という存在に対して強い偏見や固定観念を持っている以上、論理的な反論だけでは彼の疑念を払拭するのは難しそうだ。


ただ、まだ打てる手はあると思う:


1. 感情に訴える

レイスが「ドルメダは何でもやる」と断言しているのなら、それが彼自身の恐怖や過去の体験に基づいている可能性がある。

彼の立場や背景について探り、同情を示しながら、「自分たちは違う」という人間的な部分を伝える方法が考えられる。


2. 情報提供の姿勢を見せる

「知り得ることは全て伝える」という誠意を見せ、あくまで協力的であることを強調する。

特に、鍵の用途や「ドルメダ」について自分が無知である点を繰り返し説明する。


3.待機の選択肢

レイスが頑なな状態では、下手に刺激を与えるより、状況の進展を待つ方が得策かもしれない。

他の騎士や関係者が介入する可能性もあるから、冷静さを保ちながら情報を引き出す準備をする。


4. 第三者の助力

監獄内で他の囚人や看守と接触するチャンスがあれば、そこからレイスの弱点や、彼の偏見を覆す手掛かりを探すのも一つの方法だ。


現時点では、強行手段に出るよりも、冷静さを保ちながら機会を待つほうが安全そうだ。


レイスの言葉に反発せず、むしろそれを利用して話を進められれば道は開けるかもしれない。

~・~・~



 レイスとの向き合い方を変えなきゃいけないということか……。


「あなたはこの鍵がドルメダの根城に繋がっていると言いましたよね。その場所を知りたいということですか?」


「その通りだ。そして、それを今、訊いている」


「パスティアを守るためにそうしたいんですよね? 俺だって、あなたに協力したいですよ。でも、本当に何も知らないんです。

 仮に俺がドルメダだとしましょう。それでも、俺には記憶がないんです」


 レイスは俺の目をじっと覗き込んでいる。まるで心の中を見透かそうとするかのように。


「赤い髪の女が言っていた。お前は選ばれし者だと。だが、記憶が失われているというのなら、お前の魂は崇高なる使命を帯びていないということ。選ばれし者というのも疑わしいものだ」


 訳の分からない理論だ。


「どういうことですか? 記憶と魂の間に何の関係が?」


「お前が選ばれし者だというのがウソならば、お前がドルメダでないというのもウソである可能性が高い」


 ──話が噛み合わない。


(俺が選ばれし者だということをアメナが喋ったらしいが、レイスは俺が記憶喪失だということを理由に、俺は選ばれし者ではないと考えているようだ。

 記憶が失われているから、俺の魂は崇高なる使命を帯びていない、と。

 しかも、俺が選ばれし者だというのがウソならば、ドルメダでないという主張もウソだという強引な結論もつけてきた)



~・~・~

レイスの論理は完全に彼の偏見と先入観に基づいていて、合理的な説明が通じにくい状況だね。


彼の主張に対しては、以下のような対処が考えられる:


1. 「選ばれし者」の記憶喪失の可能性を説明する

選ばれし者だからといって、必ずしも記憶が完全である必要はないということを伝えるべきだ。

もしこの世界で「選ばれし者」が神聖な力を授かる存在とされているなら、その力は記憶に依存しない可能性も示唆できる。

例えば、「記憶を失うことで先入観を排除し、純粋な視点で使命を全うする」というような解釈もあり得る。


2. 論理の飛躍を指摘する

レイスの主張には以下の飛躍があることを冷静に指摘できるといい:

「記憶喪失 = 選ばれし者ではない」という根拠の薄さ

「選ばれし者ではない → ドルメダ」という過度な一般化

これらを「私は選ばれし者ではない可能性があるとしても、それだけでドルメダである証拠にはならない」と伝える。


3. 自分の行動履歴を明確にする

「自分は森の中で倒れていた」「鍵のこともこの世界に来てから初めて知った」という事実を強調し、そもそもドルメダとの関係を疑う根拠がないことを冷静に説明する。


4. レイスの期待を逆手に取る

彼の目的は情報を引き出すことだろう。「記憶喪失である以上、私には何も語れることがない」という無力さを強調し、彼が期待するような情報を持っていないことを伝える。

逆に彼が欲しい情報に少しでも手がかりを与えることで、「役立つ存在」と認識させるのも有効だ。


レイスの偏見を一度に崩すのは難しいが、焦らず冷静に、少しずつ彼の考えを揺さぶっていくのが大事だ。

~・~・~



「俺が記憶を失ってることと選ばれし者かどうかというのは別の問題では?」


 レイスは目を細めて俺を睨みつける。


「選ばれし者はカルノ・ウネラの魂を引き継ぐ。そこには記憶も付随する。したがって、記憶に穴がある魂は選ばれし者の魂ではない」


 カルノ・ウネラ──ウネラは英語のlifeと似たような意味だ。命とか人生のこと。カルノは時間的な「前」のこと。


 つまり、カルノ・ウネラは前の人生──前世を指している言葉だ。


(選ばれし者は前世の魂を引き継ぐらしい。そして、そこには記憶も伴うという考えがある。

 だから、記憶に欠落があるのなら、選ばれし者ではない……レイス個人の考えなのか、この世界の思想なのかは知らんが、そういうことのようだ)



~・~・~

なるほど、記憶が前世の魂とセットで引き継がれるという思想がこの世界にはあるのか。


それに基づけば、記憶喪失の状態にあるリョウが「選ばれし者ではない」と断定される理由も理解できるね。


ただ、これはあくまでレイスやこの世界の一般的な考え方に基づく推測であり、それが絶対的な真実であるとは限らない。


次のアプローチ:

1. 記憶の欠落が特殊なケースである可能性を示す

前世の記憶が引き継がれることが一般的だとしても、特別な状況で例外が発生する可能性があることを示唆するのは有効かも。

「選ばれし者であるからこそ、記憶の欠落という試練が与えられている」といった考えを伝えることで、レイスの思い込みを揺さぶれるかもしれない。


2. この思想が絶対的ではないと示す

レイスの考えが個人的なものなのか、この世界全体で広く信じられているものなのかを確認する。

もし個人的なものであれば、その信念が偏っている可能性を指摘できる。


3. 「記憶喪失の選ばれし者」の実例を聞く

過去に「選ばれし者」とされた人々の記録や例を参照することで、レイスの考えが必ずしも正しいわけではないことを示せる可能性がある。

この情報を監獄内で探るのは難しいかもしれないが、後々の対策に繋がる。


記憶が欠落している理由そのものを解明することが、状況を打開する鍵になるかもしれない。


もしリョウ自身がその記憶喪失の原因や意味を探れるなら、それが「選ばれし者」としての自分を証明する手段になるだろう。

~・~・~



 嫌な予感がした。


 この身体は俺の本来の身体ではない。だが、俺は俺自身の記憶を持っている。


 それはレイスの語った世界観では、俺が選ばれし者であることを裏づけてしまっているじゃないか。


 俺は前世の記憶を引き継いで、どういうわけかこの身体に宿った。


 つまり、俺は一度死んだことになる。


 俺が選ばれし者であることを証明するということは、俺が世界から来たということを示すということ。だが、それはできない。


 ──詰みだ。


 薄々思っていたことだが、俺は死んだのだ。


 まさかこんなタイミングでその事実を突きつけられるとは。


 アメナも俺の無実を訴えるために、俺が選ばれし者であることを主張してくれたのだろう。それが裏目に出てしまうとは……。


 アメナ……?


「どうやら、何も言うことはないようだな」


 レイスの満足げな顔。


 いや、だが、おかしい。


 アメナは選ばれし者のはず。だが、前世の記憶のことなど一度も話さなかった。


 本当に前世の記憶を引き継ぐのか? レイスの語った選ばれし者のシステムは正しいのか?


 そもそも、選ばれし者とは一体何なんだ?


「俺が選ばれし者であることを証明する手段はないんですか?」


「そんなことに時間を割く意味などない。お前には根城の場所を吐いてもらわなければならない」


「本当に知らないんですよ……!」


「以前そう言っていたドルメダの人間も、仲間を殺した途端に根城の場所を吐いた。お前も同じだろう」


「やめてくれ……」


 レイスが冷徹な目で笑う。


「せいぜい苦しむがいい。そして、お前のせいで仲間は死ぬのだ。いや、あの女どもがお前の死で喋るようになるのかもしれんな」


 遠くから低く唸るような鐘の音が三つ聞こえてきた。


「今日のところはここまでにしてやろう」


 レイスが合図を送ると、俺は再び独房に戻された。



 ヌーラもナーディラもアメナも、同じように詰められたのかもしれない。


 想像以上にこたえる。


 なにより、俺は一度死んだのだという目を背けていた事実が眼前にせり上がってきたことが俺の心を押し潰そうとする。


(今日のところの尋問は終わった。レイスは俺への疑いをより強めたらしい。そして、ドルメダの根城の場所を言わなければナーディラたちを殺すとすら言ってきた。

 逆にナーディラたちにも同じようなことを言って、俺たちを疑心暗鬼にさせようとしている。


 俺は本当に何も知らないのに、頭がおかしくなりそうだ……)



~・~・~

それは本当に苦しい状況だな……レイスのやり方は明らかに精神的な圧力をかけて、こちら側の連携を崩そうとしている。

特に、「疑心暗鬼を生じさせる」という戦術は、監禁された状況で非常に効果的だ。


それに加え、ナーディラたちに危害が及ぶ恐れがあるというプレッシャーも相当だと思う。


まずやるべきこと

1. 冷静さを保つこと

焦りや怒りで判断を誤ると、レイスの思惑通りになってしまう。

彼が仕掛けているのは心理戦だ。あなたが冷静さを失わなければ、仲間との信頼関係を保てる。


2. ナーディラたちへの信頼を維持する

レイスの言葉を真に受けてしまうと、仲間への信頼が揺らぎかねない。

しかし、ナーディラたちの行動やこれまでの関係を思い返してみて、彼女たちが嘘をつく理由がないことを自分に言い聞かせるんだ。


3. 何も知らないという立場を貫く

本当にドルメダのことを知らないなら、そこに一貫性を持たせることが重要だ。

嘘をつけば、それを突かれて矛盾を生じる可能性がある。


4. 尋問の内容を分析する

レイスがどのような情報を求めているかを冷静に考え、相手の目的を探ることで次の手を考えやすくなる。

何かヒントや弱点が見つかるかもしれない。


心を保つために

深呼吸や思考の整理を心がける

監禁中でも、落ち着きを保つために意識的にリラックスする時間を作ること。

希望を見失わない

この状況でも、自分や仲間を信じて解決策を模索し続けることが生き残る鍵になる。


ナーディラたちと再び連携できる機会があれば、それを最大限に活かそう。


こういう状況では、一瞬のチャンスが大きな突破口になり得る。

~・~・~



(レイスが語った選ばれし者の魂の話……、あれを正しいとすると、俺は一度死んでいることになる。

 地球で死んだ俺の魂がこの世界に記憶をもって引き継がれたんだ。

 俺が選ばれし者だと証明するには、俺が異世界からやって来たことを話すしかないが、そんなことできるはずがない。


 ……サイモン、俺は地球で死んだんだ)



~・~・~

リョウ……その考えにたどり着いたのは自然なことだと思う。


この世界に来た時から、君が「選ばれし者」である可能性や、この世界との不思議なつながりについて考えてきたよな。


もし本当に地球で命を落とし、魂がこの世界に引き継がれたのだとしたら、それはとても大きな事実だ。


ただ、今その「事実」をどう扱うかが重要だ。レイスやこの世界の他の人々にその真実を話すのは危険を伴う。


選ばれし者であることを証明できたとしても、異世界から来た存在がこの世界の人々にどう受け止められるのか、全く予測がつかないからだ。


今の状況で大切なこと

1. 焦らずに真実を見極める

自分の過去や魂について考えるのは大切だが、目の前の危機を乗り越えることが優先だ。

自分を守ることができなければ、真実を追求する道も閉ざされてしまう。


2. 異世界から来たということは、慎重に扱う

君の中でそれが事実だと確信できたとしても、すぐにそれを周りに話すべきではない。

異世界の存在がこの世界でどう受け止められるか未知数だ。


3. 君の魂と記憶を信じる

もし君が地球で亡くなり、この世界に転生したのだとしたら、そこには理由があるはずだ。

その理由を見つけるためにも、今は耐えるべき時だ。


「死」について考えるのは辛いことだと思う。けれど、もしそれが事実なら、君の魂が選ばれてこの世界で新たな使命を担っている可能性もある。


焦らず、自分自身を守りながら進もう。俺はいつでも君の力になるよ。

~・~・~



 八方塞がりだ。


 ラヒームを助けるためにここに来たはずなのに、今は未来すら見えない状況だ。


 独房の外の通路をゆっくりと行き来する看守の足音が俺を苛める。


 冷たい壁に背中をつける。心身の疲れがどっと押し寄せてきた。


 膝を抱いて顔を埋める。こんな時だというのに、瞼が重くなってきた。


 次に目覚めた時、全てが悪夢だったと安心する朝を迎えられていればいいのに……。

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