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74:アサンプション1

 ヌーラを連れて行かせてはダメだ、その一心で鉄扉を叩いた。


「おい、やめろ! その子はまだ子供なんだぞ!」


 すると、俺の独房の前に足音が聞こえて、扉をガツンと叩かれた。


「黙れ! 勝手に喋るな!」


「俺を先に尋問しろ! その子は何も知らないんだ!」


「黙れと言っている! これ以上騒げば懲罰を与えるぞ!」


 ──取り付く島もない……。


「リョウさん、わたしは大丈夫です……! だから──」


「お前も勝手に喋るな!」


「きゃっ!」


 鈍い音がした。


「おい、何しやがった!」


「だ、大丈夫ですから、リョウさん……」


 努めて明るく発したようなヌーラの声が返ってくる。扉を隔てた向こう側の看守が低い声で言う。


「誰も殺されたくなければ大人しくしろ」


 ヌーラを連れて行く足音が遠ざかっていく。俺は何もできなかった……。


 無力感に押し潰されて、立っていられなかった。鉄の扉に背をつけて、再び冷たい石の床に腰を下ろす。


 レイスの言葉を信じるしかない。「話の通じる人間なら歓迎だぞ」──。


 それに、ヌーラも賢い子だ。むやみに変なことをしたりはしないだろう。


 無理矢理にでもポジティブな要素を見つけ出さなければ、頭がおかしくなりそうだった。


「リョウ」


 遠くからナーディラの声がする。


「今は耐えるしかない」


「分かってる……」


 そう返すほかなかった。


 魔法でこの独房を破ることはできるかもしれない。だが、その先に待っているのは、死しかないのだ。


 今ここで感情に流されていては、善く死ぬことなんてできない。


 ナーディラの言う通り、耐えるしかないのだ。


 だが、この忍耐の先に何が待っているというのか……?


 どこかからしわがれた男の笑い声が聞こえてくる。


「新人さんよ、ここでは大人しくしていた方が身のためだぜ」


 別の房だ。


「誰だ?」


「そんなことは問題じゃない。ここでの生き抜き方を知れってことさ」


 それきり、男の声は呼びかけても返ってこなかった。



***



 ヌーラが戻ってきたようだった。


 何が起こったのかを聞くこともできないまま、今度はナーディラが連れて行かされる。


 そして、それが終わって、今度はアメナが。


 全ては粛々と扉の向こう側で行われていた。


 その間に、独房の中は暗さを増した。遠くでは、重低音の鐘が二度にわたって聞こえていたから、火の次の刻が二つ進んだことになる。


 この世界の一日は約二十一時間だから、十六分割すれば一時間ちょっとだ。つまり、二時間くらい経ったということだ。


 独房の窓からは外の様子が分からない。角度の問題で、空も見えないのだ。


 尋問の順番が刻一刻と迫って来ていた。


(一人ずつ独房から出されて、尋問されているみたいだ。

 余計なことをすればナディーラたちにも身の危険があるから、壁越しにでも話を聞くことができない。

 おそらく、次が俺の番だ。尋問を受ける時はどうすればいい?)



~・~・~

尋問に備えるためには、冷静で用意周到な対応が必要だ。


以下のポイントに注意しておくといい。


尋問時の基本方針

1. 冷静さを保つ

怒りや焦りを見せないことが重要。

感情的になると相手の思うつぼになる可能性が高い。

深呼吸して自分のペースを保とう。


2. 自分の情報を管理する

必要最低限の情報だけを伝える。

相手に利用されそうな情報は伏せる。

「鍵」の件やドルメダとの関係は慎重に言葉を選び、無実を強調する。


3. 相手の意図を探る

質問の内容から相手が何を知りたがっているかを推測する。

相手の目的に従わない範囲で適切に応答する。


4. 事実を曲げない

嘘をつくと矛盾を突かれるリスクがある。

自分が話す内容には一貫性を持たせる。


質問例への対応

「ドルメダについて知っていることを話せ」

→ 自分が「ドルメダ」ではないことを冷静に主張し、「鍵は目覚めたときに既に持っていた」という事実を伝える。

例:

「ドルメダが何なのか知りません。鍵はこの世界に来たときから持っていました。」


「鍵をどうやって手に入れた?」

→「目覚めたときに手元にあった」という事実だけを述べ、詳細は不明だと伝える。


「目的は何だ?」

→ 「自分の身を守り、普通に生活することです」と答える。


その他の注意点

相手の態度に応じて対応を変える

レイスが話を聞く姿勢を見せるなら、彼にこちらの無実を理解させるチャンスと捉える。

一方で、威圧的な態度を取られる場合は最小限の情報を冷静に提供するにとどめる。


仲間を守るための言葉を用意する

自分が主体的に鍵を持っていることを強調し、仲間は関与していないと説明する。


状況は厳しいが、冷静な対応次第で突破口が開けるはずだ。気を強く持って、慎重に臨んでくれ。

~・~・~



(別の世界から来たってことは言わない方がいいよな?

 俺は記憶喪失で森の中に倒れてた。その時には鍵はすでに持っていて、何も分からないって一貫して言い続ければ大丈夫だよな?)



~・~・~

その方が賢明だと思う。


「別の世界から来た」という話は、この世界の人々には理解できない可能性が高いし、かえって不信感を煽るだけだ。


記憶喪失という設定を一貫して押し通し、「倒れていた時に既に鍵を持っていた」というシンプルな説明に留めるのが安全だ。


理由

1. 余計な疑いを避ける

「別の世界」という概念を話すと、あなたが異端視されるリスクがある。

特にこのような危険な状況では、理解の難しい話題は避けるべき。


2. 設定を簡潔にする

記憶喪失という理由を使えば、鍵をどこでどう手に入れたかを深掘りされても「分からない」と正直に答えられる。

これにより、矛盾を避けやすくなる。


3. 安全な着地点を用意

「鍵を持っていたが、それが何の鍵か分からない」というスタンスを徹底すれば、レイスたちに対する答えとしても合理的だ。


対応のポイント

曖昧な部分を強調する

「目覚めた時には鍵を持っていたけど、どこから来たのかや何のためのものか全く分からない」と伝える。

記憶喪失の背景が鍵の出所を曖昧にできる。


堂々とした態度を取る

嘘をついていると思わせないように、自分の立場に確信を持って説明する。

「これが真実だ」と信じている様子を示すことが大切。


仲間を巻き込まない

鍵については「自分だけの問題」と強調し、ナーディラや他の人々が無関係であることを伝える。


これを徹底すれば、レイスたちから必要以上に厳しく追及されるリスクを減らせるはずだ。


尋問の中で変に揺らがないように心を落ち着けて臨んでくれ。

~・~・~



 ナーディラたちが何を訊かれ、何を喋ったのか分からないというのがなによりも厳しい。


 レイスが尋問官なのかはまだ分からないが、おそらくは彼女たちとの話の齟齬をついてくるはずだ。



 アメナが独房に戻される音がして、ついに俺の独房の扉が開かれた。


 久しぶりに見るランプの明かりが眩しい。


「出ろ。尋問の時間だ」



***



 連れて来られた小部屋には煌々と明かりが点いていた。


 小さな木の机の向こうにレイスが座っていた。俺は両手を後ろ手に縛られたまま、レイスの向かい側にある背もたれのない椅子に座らされた。


 二人の看守が俺の背後に立ったまま、レイスの尋問が始まった。


 レイスは俺から取り上げた鍵を机の上に置いた。


「これはドルメダの根城に通じる鍵だ。お前が持っていたという事実は、お前がドルメダであることを示している」


「俺は森の中で倒れていたんです。それ以前の記憶がない。鍵は知らないうちに持っていたんですよ」


 レイスはニヤリとした。


「しっかりと話を合わせてきたというわけか」


 ナーディラたちのことを言っているんだろう。当たり前だ、みんな本当のことを言っているんだから。


(尋問官はレイスだった。やっぱり、ナーディラたちの話と食い違う部分を探しているみたいだ。

 俺の事情はみんな知ってるから、その通りを話したんだと思うけど、レイスは俺たちが口裏を合わせたんだと思ってる)



~・~・~

それは厄介な状況だな。


レイスがそう思っているなら、彼の疑念を払拭する必要がある。


こちらが正直に答えていることを示しつつ、相手の思い込みを崩すのが重要だ。


どうすれば信頼を得られるか?

1. 詳細を一貫して説明する

これまで話してきた内容に矛盾がないことを示す。

たとえば、目覚めた場所や状況の詳細を正確に述べる。覚えていることが少ない場合は、その「少なさ」を強調し、それが嘘ではないと感じさせる。


2. ナーディラたちとの関係を強調する

「一緒に行動しているが、それぞれの記憶や体験は別々だ」という立場を取る。

例えば、鍵についても「彼らはそれについて何も知らない」とはっきり言う。


3. 記憶の曖昧さを逆に利用する

記憶喪失という状況では、全てを正確に説明することができないのは当然だと伝える。

それでも「自分が何も隠していない」という態度を見せる。


4. 冷静な態度を保つ

相手が挑発的だったり不信感を示したりしても、感情的に反応しないこと。

これにより、嘘をついていないと信じてもらいやすくなる。


レイスはおそらく、他の尋問対象から得た情報とあなたの話を照らし合わせることで矛盾点を探している。


もし矛盾がない場合でも、彼の不信感を完全に払拭するのは難しいかもしれない。


しかし、あなたが一貫した態度と誠実さを保てば、少なくとも彼の追及が過剰にならない可能性が高くなる。

~・~・~



(気になってることがあるんだ。

 今回、俺たちがレイスに捕まったのは、イマンのことを街の人たちに訊くついでに、ナーディラが俺の鍵のことも聞いて回ってくれていて、どうやらその情報が騎士の耳に入ったからみたいなんだ。

 ナーディラは俺の記憶を取り戻す手がかりを探してくれていて、その唯一の手掛かりが俺の持っていた鍵だったからな。


 もし俺がこの鍵の用途を知っているなら、鍵のことを街の人に聞いて回るのはおかしいよな。

 そのことをレイスにぶつけてみてもいいだろうか?)



~・~・~

それは説得力のあるポイントだと思う。


鍵の用途を知っていれば、ナーディラが情報を探し回る必要はないし、それを騎士の耳に入るようなリスクを犯すこともない。


以下のように話を展開するといいかもしれない。


1. 論理的な矛盾を指摘する

「もし鍵の用途を知っていたならば、街中であのように情報を集める必要がなかった」と冷静に述べる。

この鍵について何も知らないからこそ、手掛かりを探そうとしていたと説明する。


2. ナーディラの意図を明確にする

「ナーディラが俺の記憶を取り戻すために助けてくれていた」と言うことで、鍵を使った行動が疑念ではなく善意の結果だったと伝える。


3. 自分の立場を強調する

「鍵を持っていただけの自分が、なぜ騎士たちの疑念を向けられるのか理解できない」と質問の形で投げかけることで、レイスに説明を求める形に持ち込む。


4. 冷静に反応する

この話題を切り出す際は、挑発的にならず冷静に語ることが重要だ。

「説明できる状況が限られている」という態度を保ちつつ、矛盾点を指摘する。


もしレイスが合理的な人間であれば、この主張によって少なくとも不必要な疑念を減らせるかもしれない。


やってみる価値は十分にある。

~・~・~



 自由を勝ち取るために、ここは踏ん張らなければならない。


 俺は深呼吸をして、レイスを正面に見据えた。

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