73:閉塞
門をくぐった途端に世界が変わったような感じがした。
パスティア・ウェモンもかなり発展しているように見受けられたが、パスティア・タファンの街並みは写真で見るようなヨーロッパの街並みのようだった。
石畳の道に高い石造りの建物。道も交通が整備されているのか、ファマータの車は道の二つのレーンのうち右側を通るようになっているようだった。道の真ん中には等間隔に街灯が立っている。
道を行く人々の身なりも綺麗なものだ。道沿いに大きな窓ガラスの嵌った商店も並び、経済が発展しているのが見て取れる。
なにより、パスティア・タファンに入った途端、どこからか漂ってくる異臭がぱったりとなくなったのに驚いてしまった。
──こんなすごい街をまさか檻の中から眺めることになるとは……。
どこかで雄々しいと形容すべき荘厳な鐘の音が四つ鳴った。
「ベハロ・ツデヤ・ボーセだ。これが終わったら酒を飲みに行くぞ」
「今日は夜に警備訓練があるんだ、すまんな」
檻の外で二人の騎士が言葉を交わす。
「ベハロ」は「時」というような意味合いがある。「ボーセ」は「四」。だから、それっぽい言葉にすれば「火の刻四」ということになる。
初めて聞く時間の表現だった。
(俺たちは今、ファマータの車に積まれた檻に入れられて、たぶん監獄に移送されている途中だ。門をくぐってパスティア・タファンの中に入ったよ。
パスティアには時間表記みたいなものがあるみたいだ。この世界に来て初めて聞いた。
檻の外の騎士が「火の刻四だから、これが終わったら酒を飲みに行こう」と別の騎士に話していた)
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「火の刻四」という表現があるなら、パスティア公国ではある程度精密な時間の概念が使われているようだね。
この世界では一日が約21時間2分6秒だから、現実の地球と比べても少し短いけれど、それをどう分けているのか興味深い。
たとえば、以下の可能性が考えられる:
1. 刻の分割
「火の刻四」というのが、一日の時間を「火」「水」などの区切りで表現している可能性がある。
「火の刻」が特定の時間帯を指し、そこからさらに細かく数字で分けられる。
2. 時間の社会的役割
この表記からすると、時間が単なる生活の便宜以上に、仕事や生活リズムを決定する重要な基準になっているように思える。
酒を飲みに行く計画が「火の刻四」基準で話されていることから、日常生活にも深く関わっていそう。
3. 魔法や文化との関連性
火、水、風、土といった自然の要素がこの世界の文化や魔法に根ざしているなら、時間表記もそういった要素を取り入れているのかもしれない。
この世界での時間の運用法が詳しく分かれば、もっとその文化的背景を理解するヒントになるかもしれないね。
他の騎士たちの会話を注意深く聞いてみるのも良さそうだよ。
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(昔の日本の時間表記みたいだな、丑の刻みたいな。今はかなり日が傾いてきてる。もう少しすれば、日没だ。
ちょっと考えたんだが、この世界は暦が十六月まであるだろ? もし四元素を時間ごとに分割してるなら、四元素×四で十六になる。一日をそうやって分けているのかもしれない)
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その発想、かなり鋭いな!
確かに、この世界の一日が約21時間で、暦が十六分割されていることを考えると、四元素(火、水、風、土)を基本単位にして、さらにそれを四等分して「刻」として表している可能性は高い。
以下のように整理できるかも:
1. 四元素による区分
「火、水、風、土」が一日の時間をそれぞれの性質で区切る基本単位になる。
たとえば、「火」が昼間、「水」が夕方、「風」が夜、「土」が明け方といった具合。
2. 16の分割と関連
各元素がさらに四等分されて、「火の刻一」「火の刻二」…「土の刻四」までの合計16刻が、一日の流れを形成しているのかもしれない。
3. 文化や暦との一致
暦が十六か月であることや、四元素が重要視されている可能性から、この時間表記が暦や儀式的な文化とも関連しているのでは。
今の日の傾き具合から、「火の刻四」がそろそろ終わりそうだとすると、次の刻は「水」に入る時間帯だろう。
日没に向かう夕方を象徴する「水の刻一」かもしれないな。
その仕組みを理解すれば、もっとこの世界の生活リズムや文化に溶け込む手助けになるかも!
また、もし聞き出せそうなら、地元の人に「刻」の具体的な意味を確認してみるといいと思うよ。
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「街頭に勝手に火が点きましたよ」
ヌーラが道の真ん中に等間隔に立つ街灯を指さす。
確かに、さっきまで火が入っていなかった街灯が光を放っている。
「なんじゃ、この街は! 精霊が仕事をしておるぞ!」
アメナが檻の格子にかぶりつくようにしてパスティア・タファンの街を見つめる。
「おい、静かにしろ!」
騎士が檻を叩く、
アメナに強く「大人しくしてくれ」と念じると、思いが通じたのか彼女は名残惜しそうに椅子に腰かけた。
アメナの口振りからすると、街灯に火が点いたのは精霊によるものなのだろう。
街には、農地ではない緑地が広がるエリアもあるようだった。そこには整備された水の流れや噴水なども見えた。その向こうには神殿のような豪奢な建物も見える。文化水準も高そうだ。
ますますこんな形で来たくなかったと思ってしまう。
街は傾斜気味で、パスティア・タファン中心にそびえる山の斜面に沿って作られているのが分かる。街自体が螺旋を描いて山の上の方に向かっているようだ。
ファマータの車は中心街から離れていく。
人通りが次第に少なくなり、厳めしい角ばった建物が並ぶエリアに入っていく。周辺には騎士たちが配置され、なにか重々しい空気が漂っているように感じる。
ファマータの車は高い石の壁で囲まれた敷地内に入っていく。入口のプレートには『パスティア・タファン監獄』と掲げられている。
***
俺たちは騎士に連行されて、小さな部屋に押し込められた。
そこで、俺たちは持ち物を全て没収され、服も脱ぐように指示された。ナーディラはこういう場面に慣れているのか、粛々と服を脱ぎ始めた。
なにか尊厳を傷つけられているような気がして、女性陣の方を見ることはできなかった。
下着は一度脱ぐように言われ、身体を調べられた。
ボロ布でできたような簡素なつくりのグレーのチュニックを渡されて下着姿で頭から被る。腰ひもはなく、なにか不安感が募る。
ナーディラたちも同様に灰色のチュニックに身を包み、かっちりとした黒い制服の管理者のような男の前に三人で立つ。
そこで名前を訊かれた後、管理者の男がこちらをジロリと見た。
「ドルメダか。ここで貴様たちを檻にぶち込むのは、他の連中に殺されないようにするためだ。殺したいのは山々だが、我々は貴様たちから情報を引き出さねばならん」
──人権なんてあったもんじゃないな。
(裁判もなしに俺たちは監獄にぶち込まれるらしい。
ドルメダというのは、パスティアの人々にとっては忌むべき存在らしい。「ドルメダから情報を引き出すために殺さない」ということを監獄の管理者のような男に言われた)
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それは厳しい状況だね。
ドルメダが忌むべき存在として認識されている背景には、パスティアとの深い対立か、歴史的な敵対関係があるのかもしれない。
「情報を引き出すために殺さない」という管理者の発言からも、尋問の厳しさや、パスティアにとってドルメダの情報が重要であることが伺える。
まず、冷静さを保つことが重要だ。
以下のポイントを念頭に置いて対応しよう:
1. 尋問への対策
言葉を選びながら話し、必要以上の情報を与えないようにする。
相手が聞きたいことに焦点を当てて対応することで、無用な挑発を避ける。
2. 内部での連携
監獄に入れられる前に、ナーディラやヌーラと可能な限り情報や方針を共有しておく。全員が同じ立場で話すことが重要だ。
3. ドルメダへの誤解を解く可能性
自分がドルメダの一員ではないことを証明する機会を探す。
鍵の正体や、ここに来た経緯について話すタイミングがあるかもしれない。
4. 希望を見失わない
ドルメダに対する敵意が強い分、情報を得られる機会も増えるかもしれない。
監視の隙を突く準備や、内部での味方を作る努力が重要だ。
これは耐えるべき試練かもしれないが、動きを誤らなければ、状況を逆転させるチャンスもあるはずだ。
ここでの行動が、後々の信用や関係性にも大きく影響する。
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俺たちを檻に連れて行くために部屋に入ってきたのは騎士ではなく、管理者と同じような黒い制服に身を纏った男たちだった。管轄が騎士から監獄の人間へと変わったのだろう。
部屋を出ると、狭苦しい石の廊下に出る。ここには満足に明かりなどもなく、すでにほとんど真っ暗だ。
看守が持つランプの光が廊下を照らし出す。
高い位置に穿たれた窓にはガラスではなく格子が嵌っている。ジメジメとした床は冷たい。そう、俺たちは裸足で歩かされているのだ。
しばらく廊下を進むと、横に走る通路にぶつかる。そこ出ると、建物の端まで真っ直ぐに通路が伸びているのが分かる。通路には両脇に鉄の扉が等間隔に設置されている。
俺たちは順番に近い方から独りずつ鉄の扉をくぐらされた。まずは、ヌーラ、そして、アメナ、ナーディラと小部屋に入れられていく。
(独房だ。ナーディラもヌーラもアメナも別の部屋に入れられてしまった……)
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独房か……厳しい状況だな。
隔離されていることで情報交換ができず、連携が取りづらいのはかなりの痛手だ。ただ、独房という環境にもわずかながらチャンスが潜んでいるかもしれない。
以下を試してみるといいかもしれない:
1. 周囲の状況を確認する
独房内で使えそうな物、外部からの音、光の入り方など、できるだけ細かく観察しよう。
監獄の構造や見回りの頻度を把握することが、後の行動に役立つ。
2. 監視者との会話を試みる
監視役がいる場合、敵意を抱かせないよう慎重にコミュニケーションを取る。
小さな情報交換や、味方になりそうな人物の見極めが重要だ。
3. メンタルの維持
監禁状態で孤独を感じやすいが、希望を失わず、自分の頭の中で計画を練ることで心の安定を保とう。
4. 他の仲間の状況を探る
声が届く距離にいる可能性もあるから、静かに呼びかけるタイミングを計ってみて。
誰かが応える可能性もゼロではない。
5. 可能な範囲で休む
疲労を溜めないよう、休めるときに少しでも体力を温存しておくことが重要だ。
今は耐える時間かもしれないが、必ず状況を動かせるタイミングが来るはずだ。それを信じて備えよう。
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重い鉄の扉が閉ざされる。どこかから他の囚人のうめき声のようなものが聞こえるが、すぐに看守が「黙れ!」と声を上げた。
(独房は二畳くらいの広さしかない。かなり閉塞感がある。
厚い石の壁に、窓はあるがかなり高いところにあるし、鉄格子が嵌ってる。すでに暗くて、ランプやベッドなんかは一切ない。鉄の扉が一つだけあって、小さな覗き窓があるけど、蓋がついていて通路側は見えない)
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かなり厳しい環境だな。
閉塞感と暗さで精神的に追い詰められるのは避けたいところだ。狭いスペースでもできることを考えよう。
現状でできること
1. 体を動かす
狭くても軽いストレッチや深呼吸をして血流を促し、気分をリフレッシュさせる。
閉塞空間では、身体的な動きが精神の安定に役立つ。
2. 窓や扉をチェック
窓や鉄扉を詳しく観察し、何か緩んでいる箇所や不自然な点がないか確認してみよう。
覗き窓の蓋の隙間など、小さなポイントでも逃げ道や外部との接触の手掛かりになる可能性がある。
3. 音を拾う
壁や鉄扉に耳を当てて、周囲の音を聞く。
監視の頻度や他の独房の様子、通路での会話など、情報が得られるかもしれない。
4. 精神の安定を保つ
独房にいる間は、過去の出来事や計画を頭の中で整理し、冷静さを保とう。
焦って行動するより、次の展開を見据える準備が大事だ。
注意点
騒がず、監視者に警戒されないよう慎重に行動する。
無理に脱出を試みるより、まずは状況を観察して冷静に判断しよう。
暗闇に慣れるまでの時間を利用して、心を落ち着け、次に何をするべきか整理するんだ。どんな状況でも、耐える力が最も大事だよ。
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ここから状況が好転することなどあるのだろうか。
壁際の床に腰を下ろす。
悪臭が漂っている。見ると、独房の隅に木の蓋のついた穴が開いていた。そこで用を足せということだ。そばにはグズグズになったボロきれがうずたかく積み上げられている。紙の代わりだろう。
これまでは木の葉っぱなんかを使っていたから、グズグズでも布であることがこのパスティア・タファンの豊かさを示しているように感じた。
ヌーラは大丈夫だろうか? しっかりしているといってもまだ子供だ。
あとの二人は……、何となく大丈夫そうではある。
静けさに包まれ、ここにいることに心が慣れようとする頃に、通路の方から足音が聞こえた。
扉の開く音がして、男の声がした。
「尋問だ。出ろ」
返事が聞こえる。
……ヌーラだ。




