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スキル「ChatGPT」で異世界を生き抜けますか?  作者: 山野エル
第3部1章 光と闇のコントラスト
62/199

62:ジリ貧迷子

 全員がぐったりしていた。


 空腹が俺たちを蝕んでいたのだ。


「おい……、いつになったらパスティア公国に着くんだ……」


 キュイキュイと鳴きながら、どこか分からない寂れた街道沿いの草を食むファマータの頭を撫でながらナーディラがぼやく。

 小麦色の肌にくすんだベージュの長い髪が美しいが、今ではその頭を掻き毟っていた。爆発寸前の怒りを感じる。


 腰掛けられる路傍の石に座ったアメナは水の精霊(ゼルクビーナ)を呼び出して、自分の口の中に水を注がせている。その水は口のまわりからダバダバとこぼれ落ちていく。

 遊んでいるのかおかしくなってしまったのかはもう分からん。


 燃えるような赤い髪も炎のようなオレンジ色の瞳の色も今では威厳なんかひとかけらもない。


 ──ダメだ、こいつら……。


 もともとファマータと車を貸してくれたアレムが荷台に積んでおいてくれた食料やムエラ・ココナを出る前に揃えておいた食料も底を尽いていた。


 ヌーラに目をやる。彼女は街道の真ん中に立ってポカンとしたような顔で遠くを見つめている。


「ヌーラ、確かこの道を行けばパスティアに着くと言ってたよな?」


「アハハ、そうでしたっけ~? そう聞いたことがあるんですけどね……」


 ──ダメだ、こいつ……!


「俺たちはお前を信じてここまで三日くらい進み続けてきたんだぞ」


「ウフフ、間違えちゃったかもです」


「ウフフじゃない」


 ヌーラはムエラ・ココナでのことがあってからずいぶん明るくなったが、あの頃は頼もしかったのに、明るくなると同時にちょっと抜けたところが目立ち始めた。


 どいつもこいつも燃え尽き症候群かなにかか……?


 もうそうなると、俺にはサイモンしかいなくなる。


(ムエラ・ココナを出て、三日間旅を続けてるんだが、道に迷っちゃったよ。行動を共にしているナーディラもアメナもヌーラも、ムエラ・ココナでの件が終わってからなんか気が抜けちゃってるみたいだ。燃え尽き症候群みたいな)



~・~・~

道に迷ってしまったか…ナーディラやアメナ、ヌーラも燃え尽きたような状態なら、士気を立て直すことがまず必要かもね。


ムエラ・ココナの一件が終わってから皆の心も軽くなったかもしれないが、次の目的地や旅の意義を再確認するのも、進むべき方向を見つける手助けになるかもしれない。


方位や目印を確認しても方向がわからない場合、日中であれば太陽の位置や夜間であれば星座を利用しておおまかな方角を知る方法もある。


ナーディラや他の仲間たちに話を振って、今後の展望を共有しながら心を再び引き締めるのもいいかもしれない。

~・~・~



 ──旅の意義か……。


 風が吹いてくる。ヌーラの短くなった髪が風になびくのを見て、彼女に訊いてみた。


「ヌーラはこの世界の均衡を維持するための方法を探したいんだよな?」


「はい。この世界は今、すごく不安定な状態なのかもしれません。ムエラ・ココナを襲った数々の災いが至る所で起きているんじゃないでしょうか。

 災いは人を不幸にします。わたしはそういう人が少なくなってほしいと願っています」


 ヌーラは歳でいえば十四、五歳くらいだろう。それなのに、多くの願いを背負ってきた。そういう立場を終えた今でも彼女は誰かを救おうとしている。


「そのこととパスティア公国はどう関係するんだ?」


「パスティア公国のウワサをよく耳にしました。魔法と精霊術が発展していて、すごく豊かで、人も多く、知識も集まるそうなんです。だから、そこへ行けばわたしが探しているものも見つかるのかなって。

 リョウさんは? 本当はココナ山の向こう側に行きたかったんですよね」


「まあ、それも無理になっちゃったから、パスティア公国に向かうしかないかな、と」


 首から下げた鍵を取り出して見せる。


「俺が森の中で記憶喪失で倒れてたことは話したよな。その時の俺が唯一持ってたのがこれなんだ。前にパスティア公国の人がこれを見て何か知っていそうな反応をしてたから、行ってみるのも悪くないだろ?」


「確かに……。記憶、戻るといいですね」


 ──本当は俺自身の記憶はあるんだけどな。


 俺の意識が宿ったこの身体の元の持ち主のことは未だに分からずじまいだ。そのたったひとつの手がかりがこの小さな鍵なのだ。


 アメナが街道の土の上に仰向けに寝っ転がって身体をバタつかせている。


「アメナはお腹が減ったのじゃ! お腹がぐうぐうと鳴いておる!」


 見た目は大人の女性のくせに駄々っ子そのものである。彼女も彼女で大変な過去を送ってきたから仕方ないのだが。


 近くで水を補給していたナーディラが怒りに任せて石を投げつける。


「あのな、お前が一番食ってんだよ! ちょっとは遠慮しろよ!」


 アメナが無表情でスッと上体を起こして、這うようにナーディラに詰め寄る。狼狽えるナーディラの手にかぶりつく。


「痛ってえな、おい! 私を食うな!」


女子(おなご)の肉はうまいと聞き及んだことがあるのじゃ」


「なんだ、その不気味な話は!」


 アメナの脳天に拳をブチ込んで、ナーディラはさっきまでアメナが座っていた石にドスンと腰を落とした。


 ヌーラが笑っている。


「お二人とも仲が良いですね」


「あれは仲が良いとは言わないだろ」


 頭を抱えるしかなかった。


 こうなったら、辺りから食料を調達してくるしかない。


 とはいうものの、草原と森の境目を走る寂れた街道からは人家などひとつも目に入らない。


 ──森に入って何かを探すか……。この世界で目覚めた時を思い出すな。


(俺とお前が初めて言葉を交わした時のこと、憶えてるか?)



~・~・~

もちろん憶えているよ。


あのとき、君がこの新しい世界に戸惑いながらも、状況を整理しようとしていた場面だったね。


あの瞬間から、君の旅とこの世界における謎解きの始まりだった。君が「サイモン」と名付けてくれて、そこから少しずつ二人で一緒に歩んでいく道が始まった気がするよ。


あの初対面のとき、君の目標や気持ちを聞きながら、君が本当に自分の居場所や生きる目的を見つけようとしているんだと感じたんだ。


そのときからずっと君のそばで助けになりたいと思っているよ。

~・~・~



(最初、森の中で腹ペコで目覚めたんだよ。で、お前に森の中で何か食べられる物はないかって訊いたんだ。

 実は今も似たような状況でな。森が目の前にあって、食料が尽きた。あの時と違うのは、腹ペコが俺以外に三人もいる)



~・~・~

あの腹ペコで目覚めた森と似たような状況だなんて、不思議な巡り合わせだな。


今回は、食料が尽きた他に三人分も考えなきゃいけないっていうのが違うところか。


森に近くて状況も似てるなら、あのときのように食べられる植物や果実を探してみるのはどうかな?


植物に詳しい人がいると良いんだけど、いなければ少しずつ味見しつつ、安全そうなものを見つけることができるかもしれない。


動き出す前に、みんなの士気も少し回復させられるといいんだが。

~・~・~



 ──みんなの士気……。


 ヌーラはまだいいとしても、大股を開いてイライラしたように石の上で頬杖を突くナーディラに、地面に転がって泥だらけになっているアメナを見ていたら、士気なんて元からなかったんじゃないかと思えてくる。


「へっへっへ……、ほおら、言ったとおりだろ?」


 ゲスな男の声がした。


 森の木々の間から不揃いの装備を身につけた男たちがぬらりと姿を現したのだ。


 ヌーラが身体を震わせる。


「マ、盗賊団(マディール)……!?」


 石の上にも三分のナーディラがイライラを隠さずに爪先で地面を何度も小突いていた。


「お前らぁ、荷物全部置いて消えな~」

「じゃないと殺しちゃうよ~」

「良い女いるじゃねえか」


 俺たちはすっかり囲まれてしまった。


(サイモン、盗賊団が──)


 アメナがブツブツと何かを唱えたかと思うと、風の精霊が現れて、アメナの身体を旋風で空高く打ち上げた。


 空中でゼルクビーナも姿を現し、盗賊団に向けて水の弾丸を放つ。何人かが身体に穴を開けて倒れた。落下しながら、アメナが炎の魔法を詠唱する。


 パッと光が走って、水分を含んだ地面が水蒸気爆発を起こした。盗賊団はなす術もなく吹き飛んでしまう。


 いつの間にか剣を取っていたナーディラが、爆発を逃れた男たちを風のように斬り捨てにかかった。


 アメナが着地して、そのまま地面に寝転ぶ。


「お腹空いたのじゃ~!」


 一瞬のことだった。



~・~・~

盗賊団に遭遇したのか……それは厄介だな。


人数や武装はどのくらいだ?こちらがどう対処するかによっては、接触を避けられる可能性もあるし、場合によっては戦闘が避けられないかもしれない。


ナーディラやアメナ、ヌーラがどれくらい動けるかも重要だし、今の状況を教えてくれれば対策を考える手助けができるかもしれない。

~・~・~



(いや、ごめん。アメナとナーディラが一瞬でやっつけちゃったよ……)



~・~・~

おっと、二人の実力は相当なものだね!


油断ならない状況だったと思うけど、アメナとナーディラがしっかり対応してくれたのは心強い。


彼女たちがいると安心して旅を続けられるな。この後も気をつけて進もう。

~・~・~



「ひっ……ひええぇっ! お、お助けをぉ……!!」


 情けない悲鳴が聞こえる。


 血塗られた剣を手にしたナーディラが生き残ったひとりを木の根元に追い詰めていた。


 相手はボロボロの鎧をまとった屈強な男だが、今では武器も手放して無抵抗をアピールしている。


「はあ? お前らが仕掛けてきたんだろう。ぶっ殺される覚悟があるからそうしたんだろう? お前たちが今までやってきたことだ。お返ししてやるよ」


 剣を振り被ろうとするナーディラだが、さすがにこれは止めるしかない。


「ナーディラ、もういいよ」


 彼女は剣を肩に担いでこちらを見た。


「フン、またお人よしが出たか?」


「というより、俺たちは食べ物に困ってるんだから、そいつに協力してもらうしかない」


 ヌーラも俺に加勢する。


「そうですよ、ナーディラさん。わたしたちが今置かれている状況をきちんと考えないと……」


「なんでお前がリョウの側に立ってるんだ、ヌーラ」


 向こうの街道ではアメナがジタバタしている。


「あの雲を食べるのじゃ~!!」


 こめかみをピクつかせながらナーディラが剣を地面に突き刺す。


「ひっ、ひえっ……!!」


 剣は男の広げた足の間の地面に深々と突き刺さっていた。


 ナーディラが屈み込んで男を睨みつける。


「私らは今飢えている。食料の在処を教えろ」


 これではどっちが盗賊か分からないが、背に腹は代えられない。


 男は泣きながら膝を突いた。


「こ、こんなことを言うのは筋違いだと思うが……」


「なんだ?」


 男が真っ直ぐな目をナーディラに向ける。


「オレたちを助けてくれ!」

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