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60:エピローグ2 想定外の結末

 ナーディラが酔っ払っていた。


 酒のたっぷり注がれた木のジョッキが次から次へと空になっていって、途中まで数えていたが、諦めてしまった。


 晴れ渡る空の下、街の人たちが入り乱れてどんちゃん騒ぎである。


「なぁにが『魂の絆』だ! 私だってなぁ、リョウとな、約束したんだぞぉ!」


「ナーディラ、分かったから! 飲み過ぎだって!」


「ハハハ、リョウさんは年齢の割には余裕があるな! 女どもに言い寄られても平然としていやがる!」


 ──ナーディラの目が据わっている……。


「お、やってるな!」


 イクラスがほろ酔いで俺たちのテーブルにやって来た。


「おお、イクラス! お前も精一杯戦ったな! よしよし!」


 ナーディラがイクラスを胸に抱いてその頭をガシガシと撫でつける。いつも以上に豪快な人間になっているようだ。


 ──明日の朝に今のこと教えてやったらへこむだろうな、こいつ。


 地面が少しだけ揺れたような気がした。


「なんだ、揺れてる?」


「この街じゃ、当たり前のことだ」


 そう言ってイクラスは防壁の向こうに霞むココナ山を指さした。


「この大地の鳴動は“ココナの身動ぎ”と呼ばれてる」


 テーブルの向こうでザラが笑う。酒の席に子どもがいるのはなんだか不思議な気分だが、この世界にはそもそも酒について大人と子供を分けるものがない。


「あたしは全然平気だよ! リョウおにいちゃんは怖いの?」


「いや、慣れっこだよ」


 ──日本じゃ、地震なんて珍しくもないからな。


 近くで酒に酔ったのか、男たちが言い争いを始めていた。


「お前は間違ってる! アメナもガラーラもぶっ殺すべきだったんだ!」

「違う! 俺は聞いたんだ、アメナはこの街を変えようとしてくれてるんだって!」

「お前、この期に及んでまだあのクソ女に心酔してやがるのか!」


 ついには殴り合いが始まる。イクラスが慌てて止めに入る。


「おいおい、今日は記念すべき日なんだ。喧嘩なんかするな!」


「アンタはどうなんだよ! 今までガラーラの下っ端みたいなことしていやがったけどよぉ!」

「やめろって、防衛団だって俺たちを守ってくれてただろうが!」

「うるせえ!」


 喧嘩の周囲では、酔いが醒めたように静まり返ってしまう。


 この街に根を張るわだかまりはそう簡単に払拭されるものではない。これからの未来を思うと、頭を悩ませられる。


 広場の向こうを怒号が駆け抜けていく。


「ガラーラがいるぞ!」

「やっちまえ!」

「アメナは公会議場にいるらしいぞ!」


 イクラスが呼子笛を鳴らす。近くの防衛団が顔を向けた。


「一部暴れ回ってる連中がいる! 誰か一緒に来てくれ!」


 椅子がガタガタと音を立てて、頼もしい男たちが集まる。イクラスが眉根を下げて俺たちを見た。


「すまんな、バタバタしていて」


「俺たちも行きましょうか?」


「いや、俺はこの街を新しく作り守っていくと決めたんだ。君たちは客人。手を煩わせるわけにはいかない」


 イクラスはそう言い残して駆け出して行った。


「イクラスさんも逞しくなったなぁ」


 感慨に浸るように感想を述べる横で、ヌーラが思い詰めたような顔をしていた。


「ヌーラ、大丈夫か?」


「え、ええ。ちょっと空気に酔っちゃったみたいで……」


「なんだったら、向こうの静かなところで横になったら?」


 ヌーラは逡巡して、うなずいた。ザラが心配そうに見つめている。


「おねえちゃん、大丈夫?」


「うん、ちょっと魔法を使いすぎちゃったのかも」


「あたしが看病してあげるよ」


「ううん、ひとりで大丈夫よ。ザラ、いっぱい頑張ったね。みんなと楽しんでね」


「おねえちゃんも良くなったらすぐに戻って来てね」


 ザラは駆けつけていた友人たちのところへ走っていった。


 ヌーラが俺の手をそっと握る。


「一緒に居てください……」



***



 広場から少し離れた場所に、木のベンチが置かれていた。ヌーラと隣り合って腰を下ろす。


 なにか心拍数が上がって──、


「やましいことでも考えているんじゃないだろうな?」


 突然、ナーディラの声がした。手には水の入ったコップが握られていた。


「みんなの興奮にあてられたのかもしれないな。水を飲んで落ち着け」


「ありがとうございます……」


 ヌーラはコップを受け取って口に運ぶ。そして、重々しく話し始めた。


「ずっと考えていたんです。歴史を積み重ねてきたこの街はそんなに早く変われるんだろうかって」


 ヌーラを挟んで俺の反対側に座ったナーディラがゆったりとした口調で応える。


「ゆっくりだが、変わっていくさ」


 ──さっきまで酔って暴れ回ってた奴とは思えないな……。


「だとしても、変化を始める時期としては、難しいのではと思うんです」


 ヌーラは険しい顔をしている。明るい未来を見据えているとは、あまり感じられなかった。その姿がなんだか俺の胸を締めつけた。


「なんでそう思うんだ?」


「だって、本当なら今日が儀式日なんですよ。そして、わたしは生贄(ピカーナ)としてイルディルに捧げられるはずだった……」


「もうその呪縛からは解放されたんだよ。気に病むことはない」


「でも、きっとそう思わない人も大勢いるはず」


 その時、街の向こうで爆発音が上がった。広場の方からは小さな悲鳴が聞こえる。


 立ち上がって見ると、広場のずっと向こうから黒煙が上がっていた。


「さっきの連中か?」


「……あの方向、公会議場のある方です」


「行くぞ!」


 ナーディラが駆け出す。俺とヌーラも後に続く。



 公会議場が燃えていた。


 辺りにはガラーラや祭礼騎士、防衛団や街の人々も倒れている。


 武器を持った暴徒が公会議場を囲み、それを止めようとする防衛団が立ちふさがっている。その向こうには、アメナたちガラーラが佇んでいた。


「もうやめろ! 彼女たちは抵抗もしていないだろう!」


 イクラスが叫んでいた。


「黙れ! そいつらのせいで、俺たちは長い間苦しめられてきたんだ! 殺して、イルディルに捧げてやるよ!!」


 ──この街には、長い歴史で行われてきた儀式の血が染みついているのだ……。


 そして……、また地面が揺れ出した。


 さっきよりも大きな揺れだ。


「お、おい……、あれ……!」


 暴徒の一部が遠くの空を指さして立ち尽くしていた。


 視線の先、霞むココナ山。


 その頂上から巨大な噴煙が立ち上っていた。


「ココナ山が……怒っている!!」


 ──噴火?! このタイミングで?


 俺の脳裏にこれまで見てきた光景がフラッシュバックする。


(サイモン、鉱脈の存在は火山活動があることを示すのか?)



~・~・~

鉱脈の存在は火山活動と関係していることが多いですが、必ずしも火山が必要なわけではありません。


鉱脈が生成される過程には、マグマや火成活動が関与しているケースが多いため、鉱石や鉱物が地下の熱や圧力で結晶化し、特定の場所に集まることがあります。


これは火山活動や地殻変動によってマグマが上昇・冷却する際に生じることが多く、特に金、銀、銅などの金属鉱脈が見られることが多いです。


ただし、火山活動がなくても、地下の熱水(地熱)や鉱化流体が地層に侵入し、鉱脈が形成される場合もあります。


こうした鉱脈は、しばしば地下の断層や亀裂に沿って堆積し、鉱石を含む鉱脈を生み出すことがあるため、火山活動とは異なるメカニズムで生成されることもあります。

~・~・~



 カバデマリの森はそれ自体が巨大な鉱床だ。イルディルの存在があるから細かいことは分からないが、その規模の鉱床が熱水や地熱で形成されるとは思えない。現にココナ山は噴火してるじゃないか……。


 ──無意味な問いじゃないか……。


 ヌーラが静かに涙を流していた。


「やっぱり、この地は穢れているんだ!」


 暴徒たちが口々に叫ぶ。誰かがアメナを指さした。


「あいつだ! サッサとあいつをイルディルに還すんだ!!」


「お、おい! 落ち着け!」


 イクラスたちが暴徒に飲まれそうになる。


 俺の視界の隅を華奢な影がスッと通りすぎて行って、アメナたちと暴徒の間に静かに立った。ヌーラだった。


「わたしは生贄(ピカーナ)です。この日のために準備をしてきました」


「何を言ってる、ヌーラ!!」


 喉が裂けるほど叫んだ。


「いいんです。生贄(ピカーナ)に選ばれた時、きっとわたしの運命は決まっていたんです。わたしの命はこの地を守るためにあるんだと、その時から覚悟を決めていました」


「やめてくれって……!」


 暴徒たちが叫ぶ。


「儀式の準備を始めろ!」


 防衛団の中で暴徒を押さえつけていた人間も、ココナ山の噴火を見て心を飲み込まれてしまったのか、アメナたちに迫っていた。儀式を進めろ、と。


 錯乱と狂騒がここを支配していた。


「リョウ、ヌーラの家族を呼んでくる! お前は彼女を!」


 ナーディラが行ってしまう。


 俺は暴徒たちを掻き分けるようにして、佇むヌーラのもとに這うように駆け寄った。その小さな肩を掴む。


「自分が何を言っているのか分かっているのか、ヌーラ!」


「分かっています」


 そう言いながら、彼女の両眼から大粒の涙がこぼれ落ちていた。


「だったら、なんでこんなことを……!」


 悲しくて、辛くて、悔しくて、俺も涙が止まらなかった。


「だって、このままじゃ、この街がバラバラになっちゃう……。わたし、この街が好きです……」


「考え直せ……! 考え直してくれよ、ヌーラ……!」


「わたしだって、この街の未来を夢見ているんです」


 ヌーラの瞳は真っ直ぐと俺を捉えていた。


「力を貸してください」

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