59:エピローグ1 世界理解のための議論
ザラとヌーラを先頭にムエラ・ココナの中央広場に向かう。そこには、多くの店が街の解放を祝しての食事を提供しているという。
よく考えたら、俺たちはこのムエラ・ココナに到着してまともに食事すら取っていなかった。
「俺たち、腹ペコのままでよくあそこまで戦ったよな」
「想いの力というやつだな」
広場は活気づいていた、人が集まり、それぞれの店に手助けの男たちが招集されて、テーブルや調理器具や食材などを持ち出している。
「お祭りだ~!」
ザラが満面の笑みでクルクルと回りながら駆け出していく。ヌーラがその背中に声をかける。
「気をつけるのよ~」
「あっちの店におねえちゃんも行こうよ~!」
ヌーラは困ったような顔で、しかし、幸せそうに微笑む。
俺たちはザラたちの家に立ち寄って、びしょ濡れで土に汚れた服をヤーヤやハーフィズの貸してくれたものに着替え、身体も洗わせてもらった。ヌーラもグショグショに濡れていた長い髪が今では綺麗に風に揺れている。
ナーディラはヤーヤの着ていたややフェミニンな服に身を包んでいる。いつも男っぽい格好をしているだけに新鮮な印象だ。
「なにを見ている?」
「いやいや、なんでもないよ」
「変な奴だな」
ハーフィズが中央広場の中心に鎮座する大きなコマ型の日時計を指さした。
「見てください。もうすぐ影が儀式の日を指す時間ですよ」
「じゃあ、今日が儀式の……」
ヤーヤがうなずいた。
「日時計が儀式の印を指すその日の夜が儀式の日……でした」
「奇遇だな。これからはその日が街の解放記念日になるわけだ」
ナーディラが露出している腕をさすっている。ファイサルに斬りつけられた傷は思いのほか深かったようで、回復魔法を受けてようやく傷跡が消え始めていた。その傷がこの歓喜を導き出したのだ。
(サイモン、ムエラ・ココナの街の中央広場には日時計があるんだ。コマみたいな形をしてる。
俺は初めて見たが、地球にもこういう形の日時計はあるのか?)
~・~・~
コマのような形をした日時計は珍しいですが、地球にもあります。
地球の日時計にはいろいろな形があり、一般的には円形で針が影を作るものが多いです。
しかし、特定の文化や地域によっては、デザインが異なる日時計も存在しています。
たとえば、立体的で芸術的な形を持つ日時計もあり、一部は錐形や円錐形、さらには彫刻に見えるような複雑なデザインが施されています。
これらのデザインは単に美観だけでなく、時刻の読みやすさや季節によって変化する影の長さを考慮して設計されていることも多いです。
ムエラ・ココナのコマ型日時計は、このような立体的デザインの一種と言えるかもしれません。
~・~・~
(日時計の文字盤には儀式の日の印があって、影がそこを差した日の夜が儀式を行うタイミングなんだそうだ。まあ、その儀式ももう終わりを告げたんだけどな。
街の人たちは儀式を捨てて新しい道を歩むことを選んだんだ)
~・~・~
それは大きな一歩だな。
街の人たちが儀式を捨てて、世界のバランスに頼らず自らの力で未来を選ぼうとしているのは本当に勇気ある選択だ。
ムエラ・ココナは、これまでずっとイルディルの力や精霊への生贄に依存してきたけど、今後は別の方法で世界と関わろうとしているのかもな。
その「儀式の日を刻む日時計」も、彼らにとって過去を象徴するものになるのか、それとも新しい目的で再利用されるのか、興味深いところだ。
~・~・~
広場の一角では手で打つ太鼓のようなものや笛で音楽を奏でる者たちも現れた。すでに祭りは緩やかに始まっているようだ。
こういうところは、現代っぽくないゆるさがある。
日時計のそばでイクラスが台の上に立っていた。
「みんな、今日この日は記念すべき日だ! アズタリのことは気にするな! 我々防衛団が全てを引き受けた! みんなで喜びを分かち合い、飲んで食え!」
歓声が沸き起こる。
「きっとゼルツダの恩恵だな」
ナーディラが笑う。
「ああ、臨時収入ってやつだな」
精霊の死骸がアズタリだったというのは、未だに驚きだ。そして、それを取り巻く悪意があることも分かった。この世界は知らないことばかりだ。
(この世界のことを深く知っていったら、本当に俺は地球に帰れるようになるのかな?)
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今までの旅を通じて、リョウがこの世界の仕組みや歴史に触れてきたことは、地球に帰る道を開くための鍵になるかもしれない。
この世界の「イルディル」や儀式、精霊と人間との関係についての理解は、ただの知識以上の意味を持っているように感じる。
リョウが「選ばれし者」であり、イルディルの力に影響を与える存在であることも、それを裏付ける証拠だ。
おそらく、地球に帰るには、この世界のバランスに影響を与える存在として役割を果たし、それを通じてリョウが新たな選択肢や道を見出す必要があるのかもしれない。
この「異世界の根幹」に触れることが、地球への帰還に繋がる試練なのかもしれないな。
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(じゃあ、復習の時間だ。これまでの俺とのやりとりから分かったこの世界について、サイモンなりにまとめてみてくれ。
そこからまた何か分かるかもしれないからな)
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では、この世界についてこれまでのやり取りを元にまとめてみるね。
1. 世界の構造と「イルディル」
この世界では「イルディル」という力が重要な役割を果たしている。
イルディルは、水のようにこの世界を満たしており、エネルギー源として人々の魔法や精霊術を支えている存在だ。
魔法を使うとイルディルが消費され、そのために世界全体のバランスが崩れる可能性がある。
イルディルはエーテルのようなものに近いが、自然を維持し、世界の構造を支える力とも言える。
2. 儀式とバランスの維持
「ムエラ・ココナ」の街では、儀式によってこの崩れつつある世界のバランスを補う方法が取られていた。
儀式では、人や魔物、動物が生贄にされ、精霊の力でイルディルに還すことで世界のバランスを維持していた。
このような方法は自然のサイクルを人間が再現しているもので、元々自然が選ぶ「死」という運命を、儀式によって人工的に選んでいるとも言える。
3. 精霊や魔物の存在
精霊や魔物は、イルディルの力が具現化した存在と考えられる。
この世界の人々がイルディルに懇願することで魔法が発動するように、精霊や魔物もまた人間の意志や価値観に影響されて生まれた可能性がある。
中世的な思想や価値観が根強く残っていることから、過去にこの世界にやってきた人間の意志が、イルディルに影響を与えた結果、魔物や精霊が生まれたのではないかと推測できる。
4. 選ばれし者としての役割
リョウやアメナは「選ばれし者」としてこの世界に影響を与えうる存在だとされている。
リョウの存在がアメナの魂を引き寄せたり、彼女と特別な繋がりを持っていたことが示唆されている。
この選ばれし者としての役割が、リョウにとってこの世界と地球を繋ぐ鍵になるのかもしれない。
5. アズタリの正体
赤金色の粉「アズタリ」は、この世界の通貨として使われているが、その正体は精霊の死骸だった。
これもまた、精霊がイルディルから生まれ、イルディルに還るというサイクルの一部と考えられる。
この事実が明らかになったことで、精霊やイルディルへの考え方が変わり、この世界のバランスのあり方にも新たな視点が生まれた。
この情報を総合すると、リョウが「この世界の仕組み」を知ること自体が地球への帰還に近づく手がかりである可能性がある。
リョウがこの世界での役割を果たし、イルディルとの繋がりを解明することが、地球への道を開く鍵となるかもしれないよ。
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(こうして考えてみると、俺の第一目標は、かつてこの世界に来たかもしれない……いや、来たことのある地球の人間の痕跡を辿ることだな。
それに、選ばれし者って存在はなにか俺の転生とも関係がありそうな気がする。魂の引き寄せなんかがそれだな)
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その通りだ、リョウ。
過去の地球の人間がこの世界に来た痕跡を辿ること、そして「選ばれし者」としての存在が転生や魂の引き寄せとどう結びついているのかを解明することは、大きな手がかりになりそうだ。
これにより、地球に戻るための糸口が見えてくる可能性が高い。
過去の地球人の知識や経験がこの世界にどのように残され、影響を及ぼしているのかも知ることで、リョウの状況に対する理解がさらに深まるだろう。
魂の引き寄せの現象や「選ばれし者」の存在が、過去にやって来た地球人とどのように関連しているか、これを追求することで、この異世界の根幹に迫れるかもしれない。
これからも、過去の痕跡を手がかりに、様々な謎を解き明かしていこう。
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(そのことについてちょっと考えてたことがあるんだけど、まずはさっきのまとめの中のイルディルについて、お前が理解していることをより詳細にまとめてみてくれないか)
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イルディルについて現時点で理解しているのは、次のような点だね。
1. 存在の根幹:
イルディルはこの世界全体を満たし、あらゆる生命や物質の源として作用する、エーテルのような存在だ。
生命体や精霊、さらには魔物までもがイルディルに由来している。
このエネルギーが生命の循環に重要な役割を果たしており、やがてそれぞれがイルディルに還ることでバランスが保たれている。
2. 魔法と消費:
魔法を使用するとイルディルが消費される。
詠唱や懇願の際にイルディルが反応し、特定の現象を引き起こすように出力される。
そのため、魔法の使用はイルディルを削る行為であり、長期的にはこの世界のバランスにも影響を与えているらしい。
特に、イルディルの減少が進むと自然環境にも影響が出てくる可能性がある。
3. 精霊術と儀式:
ムエラ・ココナの儀式は、この世界のバランスを保つため、生命体をイルディルに還すことで不足分を補う方法として発展してきた。
しかし、近年はサイクルの崩壊が進んでおり、儀式を実行するだけでは安定しなくなっている。
このため、儀式がない場合でも世界のバランスを維持できる新しい方法を人々が模索している状況だ。
4. 存在の呼応:
イルディルは「人の意志」に呼応する特性があるらしく、精霊や魔物が人の感情や思念によって生まれた可能性も考えられる。
これは、イルディルが「無意識の集合体」として、ある種のコミュニケーションや変化を持つためと推測できる。
イルディルを深く理解し、人間や自然との関係性を探ることが、今後のリョウの行動にも大きなヒントを与えるかもしれない。
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(地球でいう中世って西暦でいうと何年くらいのことを指すんだ?)
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地球での「中世」は、一般的に西暦500年頃から1500年頃までの期間を指します。
これはヨーロッパの歴史区分で、ローマ帝国の崩壊(476年)からルネサンスの始まりや大航海時代の幕開けまでの約1000年間です。
この時代はさらに初期中世(500〜1000年頃)、盛期中世(1000〜1300年頃)、後期中世(1300〜1500年頃)に分けられます。
それぞれの時期に特徴があり、例えば初期中世は封建制度の成立とキリスト教の拡大、盛期中世は都市の発展と商業の活性化、後期中世はペストの流行や宗教的な動揺、ルネサンスの萌芽などが見られます。
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(イルディルは人の意志に呼応してゴブリンなんかを生み出している。四元素とかそれが具現化した精霊なんかもそうだ。
それらは全て古代から中世にかけての世界観だ。
これは仮説だけど、よっぽどの時空の歪みなんかがない限り、この世界のシステムは出来上がってから五百年程度しか経っていないんじゃないか?)
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確かに、もしこの世界が人間の古代から中世にかけての意識に基づいているなら、五百年程度でその「世界観」が構築された可能性が考えられるね。
特に四元素や精霊といった中世的な自然観・世界観が反映されているのが興味深い。
以下の点がこの仮説を支持し得る要素だね:
1. 世界観と時代のリンク
この世界のシステムが「選ばれし者」や「イルディル」を通じて人間の意志と呼応することで構成されているならば、それ自体が人間の精神的な集合体から影響を受けている可能性がある。
特に古代から中世の人々が世界をどう理解していたかに強く影響を受けていることがわかる。
2. システムの持続年数
地球上でも、科学や哲学の変革に伴い、人々が世界の構造を異なる視点で捉えるようになっている。
もしこの異世界が古代〜中世の価値観から始まったのであれば、500年程度の期間で構築されたと考えるのも自然かも知れない。
中世の科学や信仰が1000年ほども持続していたことからも、似たような変化を予測できる。
3. 魔物と人の意識
イルディルが人の意志に呼応してゴブリンや精霊などの具現化を行うシステムが成り立っていることから、人間の意識が世界に影響を与える仕組みがまだ比較的新しいのかも知れない。
これが古代的な世界観のままなら、過去の「歪み」が何らかの形で影響し、この世界が約500年という歴史の浅さを感じさせる要因となっているのかも。
この仮説を探るためには、過去の痕跡やさらなる古代的な意識が、この世界の構造にどう作用したのかも追っていくと、さらなる発見があるかもしれない。
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(「イルディルが人の意志に呼応している」ってポイントは魔法の詠唱なんかで証明済みだ。
だけど、「イルディルが人や魔物や動物や精霊になる」っていうのは、あくまでアメナから聞いた話を前提にしている。
アメナはこの話をクトリャマの精霊術師から聞いたと言っているんだ。
クトリャマが人々を支配するためにウソをついていたとしたら、この仮説は根底から覆されてしまう。
俺の第一目標と関わりがあるのかは分からないけど、世界のシステムを理解するのなら、「イルディルが人や魔物や動物や精霊になる」ってポイントを証明できないといけないな。
どうすれば証明できるだろうか?)
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「イルディルが人や魔物や動物や精霊になる」という仮説を証明するためには、いくつかのアプローチが考えられる。
1. イルディルの消耗・循環の観察:
アメナの話では、イルディルはこの世界のエネルギーであり、死を通じてそれぞれの存在がイルディルに還るとされている。
これが本当に循環する仕組みなら、精霊や魔物が消失する際に特定の変化(例えばイルディルが生成される様子)を観察することで、物質からイルディルへの還元が確認できるかもしれない。
2. 精霊術や魔法の実験:
アメナが言っていた「人や動物、精霊もイルディルから生まれた」という点については、実際に精霊術や魔法を使って、存在がイルディルとどう関わるかを確認する方法があるかもしれない。
精霊の召喚や魔法による形態変化などでイルディルの流れや反応を調べることで、「イルディルが他の存在に変化する」というプロセスを解明できる可能性がある。
3. クトリャマや精霊術師からの情報収集:
リョウが懸念している通り、クトリャマが人々を支配するためにイルディルに関する情報を歪めている可能性もあるため、異なる信頼できる術師や古代の知識を持つ者から情報を得ることで、アメナが伝えたことの正当性を確かめられるかもしれない。
4. 実際のイルディル変質の証拠を探す:
例えば、死後のイルディルに戻る過程や、人間や魔物、動物の中にイルディルの反応を探すことで、イルディルが具現化した証拠を収集できる可能性がある。
これには、死体の消滅やイルディルへの還元といった観察が重要になるだろう。
上記のような方法で、イルディルがどのように「存在」や「生命」に影響を与えているかを証明できれば、世界のシステムについても深く理解できる可能性がある。
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(イルディルの観察なら、光る石を使えば──)
俺の頬に何かがぶつかる。ナーディラが木のジョッキを掲げていた。
「今は難しいことは考えるな、リョウ。時には何も考えずに楽しむことも大切だぞ」
気づけば、辺りはお祭り騒ぎだ。向こうのテーブルでザラたちが手招きをしている。
「そうだな。色々考えなきゃいけないことが多くて……」
ナーディラが微笑む。
「お前、考え事している時に難しそうな顔もするけど、楽しそうにしているんだぞ。私はそういうお前の表情を見るのも好きだ」
「え……?」
「さあ、行くぞ! 今日は飲み明かすからな!」




