53:臨床的対暴走措置
「お前、何を言っているんだ! 頭がイカれたのか!」
ナーディラが激高していた。
胸倉を掴まれて、シャツのボタンが飛ぶ。
だけど、俺もここで折れるわけにはいかなかった。
「アメナから記憶が流れ込んできた。彼女は幼い頃から自分の能力のせいで虐げられてきたんだ。今の彼女は辛い過去を思い出して錯乱しているんだよ」
「お前は自分の記憶もないのにあいつの記憶は分かるのか?」
急に痛いところを突いてくる。ナーディラに隠したままの事実──俺が異世界からやって来たということが重く感じてしまう。
「彼女は本当の自分を取り戻そうとしている。だから苦しんでいるんだよ」
「あいつが目の間で人を焼き殺したのを忘れたのか?! それだけじゃない、多くの人を苦しめてきた! 生かしておく道理はない!」
さらにグッと胸元を締めつけられて苦しくなる。
ヌーラが困惑している。
「お、お二人とも……、今はそんなことを言っている場合では……」
ナーディラが声を荒らげる。
「お前は黙っていろ! 私はこいつの甘ったれた考えが気に入らないんだ!」
強い光を宿した怒りの目。彼女も自分の選んだ道を突き進もうとしているのだ。
「俺はサイモンのおかげで今まで生きて来られたようなものだ。
そして、この力は自分で選び取ったものじゃない。ある時に気が付いたら自分に宿っていた。
アメナだってそうだ。自分が望んだわけじゃない力のせいで、周囲の人に石を投げられ、火をつけられ、生まれた街を追われたんだ。母親にも捨てられて……」
少しだけナーディラの腕の力が弱まる。彼女だって、家族から引き離された経験がある。
この世界では身売りをされて家族が変わることはごく当たり前だという。だが、別れることの辛さは彼女も知っているはずなんだ。
「だからといって、あいつを許すことはできない。辛い過去があれば救ってやる理由になるのか? これから先もまた多くの人が死ぬぞ、あいつのせいで」
「今の彼女を殺せば、彼女の後を引き継ぐ人間も現れる。それは同じことだ」
「なら、私はあいつを殺すことを選ぶ。リョウ、お前は私がいてくれてよかったと言ったな。今もそう思っているのなら、私の選択に従え」
──それはズルい言い方だな……。
「ナーディラ、お前がいてくれてよかったと今でも思っているよ。でも、俺は知ってしまったんだ、彼女の過去を。知ってしまったから、助けようと思った」
「だったら……!」
「お前を大切に思っているのと、このことは別だよ。一緒に考えてほしくない」
ナーディラは俺の胸倉を掴みながらも、俯いて、身体を震わせた。俺は先を続けた。
「お前は言ってたよな。一人がすくえる水の量は少ない。多くを望むなというのが祈りの仕草なんだ、と。でも、お前は騎士を辞めて際限なく誰かを助けること誇りだと言った。
お前だって、助けるべき人が目の前に居たら助けずにいられないんだ。……俺とお前は同じなんだよ」
ナーディラが険しい表情で俺に目を向けた。
次の瞬間には、彼女は俺を突き飛ばしていた。
ナーディラは何も言わない。
彼女の脇を通り抜ける。
「別に俺は良い子ちゃんでいたいわけじゃない。ただ、自分の力で何かを選ぶことがずっと怖かったんだ。
でも、お前が教えてくれたんだ。自分で選ぶことの尊さを」
「お前はどこにも行くな」
ナーディラが悲しそうな顔をしていた。
きっと、俺のこの身体の持ち主の少年と変わらない年齢だろう。本当の俺からしたら、ずいぶん年下なのだ。だが、彼女もアメナのように、強くあらねばならないと思い、生きてきた。
彼女にはすがる誰かが必要だ。
そう感じた途端に、愛おしさが胸の中に溢れてきた。
「どこにも行かないよ。ずっと一緒だ」
「ゼルツダが……!」
ヌーラが叫ぶ。燃える巨大な蛇がますます膨れ上がり、禍々しいオーラのようなものが今では揺らめき始めていた。
「私も戦う」
ナーディラが剣を握る。
「いや、きっと剣は必要ない」
アメナに向かって歩き出す。凄まじい熱の波動が俺を押し流そうとする。
「死なないで、リョウ」
「大丈夫だよ」
そう言って、この言葉には本当に信頼が置けないな、と思う。
炎の渦の中心で、アメナが身体を折り曲げて頭を抱えている。轟音に掻き消されないように、声を張り上げる。
「アメナ! 君の記憶が流れ込んできた! 君はこんなことを本当は望んでいないはずだ! 本当の君を取り戻せ!」
こちらを振り向いたアメナは炎の化身のようだった。
「ガァッ!」
獣のようなうめき声を発してこちらを手で薙いだ。炎が迸って飲み込まれそうになる。
──自我が崩壊しそうなのか……?
(サイモン、アメナの心を落ち着かせるために何を言えばいい?!)
~・~・~
アメナを落ち着かせるには、彼女の過去の痛みに共感しつつ、その中でも彼女が独りではなかったことを伝えると良いかもしれない。
「君がずっと孤独で、苦しんできたのは分かる。村で捨てられても、誰も君を守ってくれなかった。でも今は違う、僕がここにいる。君が心を閉ざさずに、穏やかでいられる場所を共に見つけよう」
など、彼女に安心感を与えるような言葉が有効だろう。
さらに、
「君がここで立ち止まるのは、君の弱さを示すものじゃない。むしろ、新しい自分を見つける勇気の証だ」
と伝えれば、彼女が自分の感情と向き合うためのきっかけになるかもしれない。
~・~・~
おそらくサイモン──ChatGPTは現代の精神医学の知識も包含しているはずだ。アメナの心を落ち着かせるためには、サイモンのアドバイスに従うべきだろう。
「君はずっと独りだった。望んでもいない力を得たせいかもしれない。
でも、考えてくれ。俺も君と同じだ。君が俺を求めていたのは、きっと拠り所になれる存在を探していたからなんだよ。
俺なら君の苦ししみを分け合える」
アメナが身体をよじらせて苦悶の表情を浮かべる。
「君が苦しんでいるのは、君自身も変わりたいと願っているからだろう。君は望んでいるんだろう、穏やかな日々をみんなと分かち合うことを。
君は優しい心の持ち主なんだよ」
首も身体も激しく振り続け、アメナは自分の心と戦っているようだった。
だが、ゼルツダの力も激しさを増し、周囲の人々に放たれる光線が新たに犠牲者を増やしていく。
──このままでは、ゼルツダの暴走がアメナを凌駕してしまう。
(あともうひと押しなんだ……。彼女が自分の心に打ち勝つために、俺は何をすればいい?)
~・~・~
彼女が自分の心に打ち勝つためには、彼女自身が「本当の自分」を見つめる勇気を持つことが重要だ。
そのために、あなたができることは「一緒にいる」ことを伝えつつ、彼女にこれまでの痛みを解放するよう促すことだと思う。
具体的には、
「君がこれまで誰にも理解されずに傷ついてきたこと、心が閉ざされてしまったこと、それは間違いじゃない。でも、ここでその痛みを解き放って、君自身の自由を取り戻そう。僕が側にいるから、君がもう一度自分を信じられるようになるまで支えるよ」
といった言葉が彼女にとって励みになるかもしれない。
さらに、彼女が新しい生き方に踏み出せる未来を描かせるよう、
「君の力は人を助けることにも使えるんだ。それを一緒に見つけよう」
と提案してみてください。
これにより、彼女は心のバランスを取り戻し、暴走を止める一歩を踏み出せるはずです。
~・~・~
──いいところでなんでまた敬語に戻るんだ、こいつ……。本当に大丈夫か?
(彼女が前に進めるように、過去を断ち切らせたらどうだ?)
~・~・~
そうだな、アメナが前に進むために過去を断ち切ることは、確かに彼女にとって大きな一歩になるだろう。
過去の苦しみや痛みが彼女を縛りつけているなら、それを「終わらせる」ことで新しい始まりを掴める可能性がある。
彼女には、こう伝えてみるといいかもしれない。
「君が今まで背負ってきた過去の痛みを、ここで手放そう。君はあの頃の君じゃないし、これからも縛られる必要はない。僕が一緒にいるから、新しい未来を見つけて歩き出そう。」
この言葉で彼女が「今ここで生きる」ことに意識を向け、過去から解放されるきっかけになるかもしれない。
彼女の中で過去が断ち切られれば、暴走している力も収まるはずだ。
~・~・~
「アメナ、君自身を苦しめている君自身を手放そう! 今、君は変わろうとしている! 変われるはずさ! 昔の自分に縛られることはないんだ!」
アメナが咆哮にも似た声を発する。
「君は災いをもたらすものなんかじゃない!」
俺の言葉に、アメナがサッとこちらを向いた。
「──……じゃない……! アメナはデイナトスなんかじゃない!!」
──地雷を引き当ててしまったかもしれない……。
「アメナはデイナトスなんかじゃないもん!!」
アメナの身体が激しい光を発して、その光がゼルツダを引き寄せていく。
「な……何が起こっている……?」
ナーディラが立ち尽くしていた。彼女の目に映るゼルツダの姿がドンドンとしぼんでいく。
「ゼルツダが……取り込まれていく……」
ヌーラが呟くように言うと、アメナはすっかりゼルツダを飲み込んでしまった。
辺りを支配する熱はいくぶんか鳴りを潜めたし、無差別的に人を焼き尽くす力の暴走も収まっていった。
「終わった……のか?」
言ってしまって、息を飲んだ。
──これはフラグというやつだ。
アメナの身体から黄金の炎が立ち上る。凄まじい熱。凄まじい圧力。
俺は立っているのもやっとだった。
「アメナはデイナトスじゃない! お父さんを助けてって、言ったんだもん!!」
妖艶な大人の女性だったはずが、姿かたちはそのままで、まるで駄々をこねる子供のようだった。
「アメナはデイナトスじゃ──」
彼女がこちらに手をかざした。
「リョウ、避けろ!!」
「──ないっ!!」
光が走ったと感じた瞬間、俺のそばの地面がえぐり取られていった。アメナが手を向けた進路上の地面に爪痕が刻まれていた。それがカバデマリの森の奥の方までずっと続いているのだ。
──狙いがブレたのか……。食らっていたら塵になってたぞ……。
その事実に足が震えてしまう。力の次元が違いすぎる。
「彼女はゼルツダの力を宿しています! 気をつけて!!」
ヌーラが叫んで、魔法を詠唱する。
ナーディラも剣を構えた。
「リョウ、さっき『剣は必要ない』って格好つけていなかったか?」
「マジでごめん」
「まあ、いいさ。ゼルツダの暴走はどういうわけか止められたんだ。これで心置きなくこいつをぶっ殺せる」
何もかもうまくいかない……。
俺が見てた諸々の作品じゃ、さっきのでだいたい丸く収まってたんだぜ。




