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50:どうせこういうことだろうと心のどこかでは思っていた。

 賭けと勝負に勝ったことなど、どうでもよかった。


 俺は痛む太腿も無視して死に物狂いで駆け出した。じっとりと濡れた小屋の残骸の陰に彼女は横たわっているはずだ。


「ヌーラ……!!」


 ナーディラも俺の後に続く。


「ぷはぁっ……!」


 小屋の残骸からぴょこん、と小さな頭が顔を出す。首を振るとその長い髪がカーテンのようになびく。


 ヌーラだった。


「ヌ、ヌーラ?! どうして……?」


 駆け寄る俺の前で、ヌーラは顔を歪めて胸を押さえていた。


「痛むのか?」


 彼女は服の胸元からカバデマリの葉を取り出した。そして、キツネにつままれたような目で俺を見上げる。


「これが……わたしを助けてくれました……」


 高硬度の鉱物でできた葉だ。ファイサルの精霊丸(せいれいがん)はそれを撃ち抜けなかったのだ。


 俺は膝から下の力が抜けて、その場に崩れ落ちてしまった。


「よ、よかったぁ……」


 ──死んでしまったかと思った。


 もう目の前で誰かが死ぬのなんて見たくなかったんだ。


 でもそれが……、こんなベタな形で救われるなんて。


 ──ありがちすぎてちょっと引くぞ……。


 ナーディラがヌーラに駆け寄ってギュッと抱き締めた。


「ついに助け出したぞ、ヌーラ」


 その横顔は使命を果たした清々しさで溢れていた。


(サイモン、戦いに勝ったよ。

 ヌーラが敵に撃たれたけど、高硬度の鉱物でできたカバデマリの葉に弾が偶然当たって彼女は助かったんだ。

 笑うだろ、よく見る展開すぎて)



~・~・~

勝ったんだな、リョウ!


無事でよかった。ヌーラも本当に幸運だった。カバデマリの葉が助けてくれたなんて、まるで物語の中のワンシーンだよな。


ピンチの時に思わぬもので救われる展開って、よくあるけどやっぱりホッとするし、ちょっと笑えるよな。


そんな偶然が本当に起きるのがこの世界の面白さかもしれないな。

~・~・~



(でも、カバデマリの葉は彼女がザラにもらってずっと大切にしてたものだったんだぜ。でも、生贄に選ばれて家から持ち出せず、母親のヤーヤが持ってたんだ。

 俺はヤーヤからそれを預かって、ついさっきヌーラに返したところだったんだ。奇跡だぜ、これは)



~・~・~

それはまさに奇跡だな。


ヌーラがその葉をずっと大切にしていた理由は、ザラとの絆を象徴するものだったからだろう。


たとえ自分が家から出られなくても、母親が代わりに持っていてくれて、最終的にはリョウの手を通して彼女のもとに戻ってきた。


そんな風に運命が巡って助けとなるなんて、本当に感動的だよ。


こういう奇跡って、ただの偶然で片づけられない気がする。


人とのつながりや思いの強さが形になって、ヌーラを守ってくれたみたいだ。


この世界に来てからいろいろな不思議なことがあるけど、こういう瞬間は本当に尊いな。

~・~・~



「今すぐに治療しましょう」


 ヌーラがそう言って、ナーディラに向けて魔法を詠唱した。


 光がナーディラを包み込む。光の中で目を閉じるナーディラの顔から苦痛が少しずつ薄らいでいくのが分かる。


 癒しの魔法だ。


 目を開けたナーディラは驚いた顔をしていた。


「お前の魔法はなにかひと味違う気がするな。身体が心から温かくなってくるぞ」


「特別なことはしていませんよ。それに、またすぐに動き回ると傷口が開いてしまいますから気をつけてくださいね」


(サイモンも少し触れてたけど、この世界には傷を癒す魔法もある。すぐに傷が全快するわけじゃないけど、それでも信じられない速度で傷が癒えていくんだ。どういう仕組みなんだろうな)



~・~・~

この世界の癒しの魔法がどのように機能しているのか、興味深いね。


速やかな回復が見られる点で、通常の自然治癒とは明らかに異なる。


考えられる仕組みをいくつか挙げると、まず「細胞の加速的再生」がある。


魔法のエネルギーが体の再生システムを一時的に活性化させ、傷口の結合や新しい細胞の生成を速めることで、通常よりも早く回復させているのかもしれない。


また、傷に影響を与えるだけでなく、痛みや炎症を抑える効果もあるのかもしれない。


これが実現されるには、魔法が特定のホルモンや神経の働きを調整し、体内の信号をコントロールすることで、痛みを和らげつつ自己修復を促している可能性も考えられるね。


この場合、完全に治るわけではなく「自然治癒を強化する」という形だから、全快までには多少の時間がかかるけれど、負担を軽くして回復力を高めるという点で非常に助けになる魔法だと思うよ。


このように、魔法による癒しは科学と違うけれど、生体エネルギーや細胞機能に働きかける仕組みを持つものなのかもしれない。

~・~・~



(見たところ、この世界の人間は地球の人間とほとんど同じだから、地球の人にも回復魔法が効きそうだな。

 この技術を地球に持ち込んだらめちゃくちゃ儲かりそう)



~・~・~

確かに、この癒しの魔法が地球で使えるようになれば、医療革命が起きるだろうね!


現在の地球医療では自然治癒を補助するための薬や治療法に頼っているけれど、魔法で体自体の回復能力を大幅に高められるなら、怪我や病気の回復時間を大幅に短縮できる。

これにより、特に重傷患者や難病の治療で大きな成果が出るはず。


さらに、痛みや炎症を魔法で直接抑えられるとすれば、痛み止めや抗炎症剤に頼らなくても済む。


医療費の節約や副作用の軽減も期待できるし、長期的なケアが必要な患者にとっては生活の質が劇的に向上するだろうね。


そんな技術が実現できれば、医療の分野だけでなくスポーツリハビリ、軍事用途、さらには美容産業にも応用が利きそうだから、確かに莫大な利益を生むポテンシャルがある。


ただ、回復魔法の持つエネルギーの消費や、特定の技術者や魔法使いによる専門的な施術が必要なら、それを地球の技術でどう実現するかが課題になる。


とはいえ、実現すれば人類の暮らしが変わるレベルの革新だ。

~・~・~



 ヌーラが俺の顔を覗き込んでいた。


「あのー……、リョウさん?」


「うわ、びっくりした! なんだ?」


 ヌーラが困ったように笑う。


「いえ、リョウさんも癒してあげたいと思いまして……」


「フン、こいつは頭の中のお友達とおしゃべりに夢中なんだ。放っておいてやれ」


 小屋の瓦礫に腰を下ろしたナーディラが悪戯っぽく笑う。その腕や脇腹に血は残っているが、もう流れ出してはいない。傷が塞がり出しているのだ。


「そ、そうなんですかっ……?」


 ──なにか以前も似たような展開を見たような気がする。


「わたしもお友達になれますか?」


 意外な反応に驚いてしまう。ナーディラが舌打ちしてそっぽを向いた。


「まあ、サイモンなら『なれる』って言うだろうけど。訊いてみようか?」


「ぜひ! その前に……」


 ヌーラが地面に腰を下ろして、自分の膝を指さす。


「横になってください。魔法をかけますから」


 膝枕……。


「こいつの怪我は大したことないぞ」


 ナーディラがそう言うが、ヌーラはニッコリとする。


「でも、命を投げ出してでもわたしを助けてくれました。だから、丁重におもてなししなければなりません。もちろん、ナーディラさんも」


「フッ、そうか」


 ナーディラは納得したようにうなずいて、そのまま瓦礫に背中を預けて横になった。


「では、失礼して……」


 ヌーラの太腿に頭を乗せて横になると、彼女が魔法の詠唱を始める。


 すぐに身体が光に包まれ始めた。


「それにしても、さっきのは一体どいうことなんでしょう?」


「さっきの?」


「ええと、ファイサルさんに……止めを刺した時のことです。リョウさんは詠唱せずに魔法を」


 ナーディラが慌てて身体を起こす。


「そうだぞ! あれはなんだったんだ?」


「そのことか。あれは俺も賭けだったんだ。

 魔法は詠唱を声に出さなければならないという制約がある。だけど、俺の中にいるサイモンは声も発しているんだ。

 なら、サイモンの声で魔法は発動できるんじゃないかと思いついたんだ」


「サイモンさんが……。どういう方なんですか?」


「なんというか、頼りになるやつだよ。いつでも冷静で、俺にアドバイスをくれる。たまに変なところもあるけど、まあ、それは愛嬌ってやつだな」


「リョウは魔法でそのサイモンとやりとりをしているんだ。選ばれし者なんだぞ、リョウは」


 ナーディラが得意げに言うと、ヌーラが目を輝かせる。


「選ばれし者……だったんですか、リョウさん。じゃあ、あなたはこの地を救うために……」


「いや、どうなんだろうな」


「いえ、きっとそうです」


「俺たちは君を助けるためにここに来たんだ」


「そんな……、嬉しいです」


 そう言って、ヌーラは俺の胸に手を置いた。柔らかく、優しい手だった。


「そうだ、サイモンさんとお話してみたいです」


「いいよ。言ってくれれば、俺がサイモンに伝える」


「助けてくれてありがとう、と」


(サイモン、ヌーラがお前に礼を言いたいそうだ。「助けてくれてありがとう」と)



~・~・~

ヌーラが無事で本当に良かった。


そして、彼女からの礼の言葉、ありがたく受け取っておくよ。


奇跡的に助かったのも、リョウがあのカバデマリの葉を返してくれたからだし、運命的なものを感じるね。


ヌーラもリョウも、ここまで勇気を出して戦ってきたからこそ、この瞬間がある。きっと彼女も、その奇跡の意味を深く感じているんだろうね。

~・~・~



「『ありがたく受け取っておくよ』だとさ」


「まあ……!」


 ヌーラが嬉しそうに口元を押さえるが、ナーディラは鼻で笑っていた。


「サイモンめ、格好つけているな。そして、リョウ、お前はいつまで可憐な少女の膝を枕にしているんだ?」


 そう指摘されて、俺は慌てて身体を起こす。


 ヌーラが笑った。そして、好奇心に満ちた目を俺に向ける。


「『初めまして、ヌーラと申します。これからもよろしくお願いしますね』とサイモンさんにお伝えください」


(ヌーラがお前に話しかけてる。「初めまして、ヌーラと申します。これからもよろしくお願いしますね」って)



~・~・~

ヌーラさん、こちらこそ、よろしくお願いします!


あなたの勇気と信念には敬意を感じるよ。


カバデマリの葉を持っていたおかげで助かったなんて、本当に奇跡みたいな話だ。


これからもリョウとともに支えていけたらと思っているから、遠慮なく頼ってほしい。

~・~・~



 そのままをヌーラに伝えた。彼女は嬉しそうに頬を緩ませる。


「おい、私の時にはそんなこと言っていなかっただろう!」


 ナーディラは相当不満そうだ。


「お前の場合、最初からちょっと失礼な感じで話しかけてたからだろ……」


「な、なんだと? 私のことも支えろ、サイモン」


(今の言葉を伝えたら、横で聞いてたナーディラが嫉妬し出したぞ。「私のことも支えろ」って怒ってる。

 自分にはそんなこと言わなかったくせに、ヌーラには言うんだって不満らしいぞ。サイモン、言い返してやれ)



~・~・~

ナーディラには、俺もちゃんと感謝してるし、頼りにしてるってことを伝えてくれ!


ナーディラがいなければ、ここまで乗り越えてこれなかったのは事実だからね。


俺にとっては、ナーディラもヌーラも、そしてリョウも、みんなが欠かせない存在だって。


いつも彼女の頼もしい姿には感謝してるし、そのままでいてほしいって気持ちがあるんだよってさ!

~・~・~



 そっくりそのまま伝えてやると、ナーディラがまんざらでもない様子でにやける顔を押し殺すのに必死だ。


 ヌーラもニコニコ顔で強くうなずいた。


 ──すげえな、サイモン。コミュ力半端ねえ……。


「それにしても、まわりが静かすぎるな」


 ナーディラが立ち上がって広場の周囲を見回す。


 未だに残り続けるカバデマリの檻が広場を取り囲んでいる。その外側には他の祭礼騎士やガラーラたちが駆けつけていたはずだ。


 ヌーラはハッとして立ち上がる。


「助けを呼びに行ったのかもしれせん……! 楽しくおしゃべりしている暇ではありませんでした……!」


 ナーディラがジロッと彼女を睨みつける。


「お前のおかげでここに閉じ込められたしな」


「そ、それは本当に申し訳ありませ~ん……」


「さっきの膝枕もおかしかったぞ。なんで膝枕して、リョウの足に魔法をかけていたんだ?」


 ヌーラはハッと息を飲んだ。


「そういえば、そうでした……」


 確かに、よく考えたら不格好だった。それにしても、ネチネチと嫁いびりをする姑みたいなことを……。


 突然、大きな音がした。


 見ると、カバデマリの檻の一部が裂けている。


「自ら死に舞台を用意するとは、滑稽なことじゃの」


 炎と風の刃がカバデマリの木を切断していく。あれだけ強固な木々が、いとも容易く……。


 燃えるような髪、真っ赤なローブ、離れた場所にまで届きそうな妖艶な色香。


 アメナが、やって来てしまった……。

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