48:アンカー
夢中でガラーラの身体に剣を突き刺していた俺の背中から、息を飲む声がした。
ヌーラがその場にへたり込んで、俺を見つめていた。見つめていた、というより、恐怖の眼差しを向けていた。
ハッとして、剣を床に放り投げた。
ガラガラと音を立てる剣の隣には、力なく横たわるガラーラ。その白地のローブは真っ赤に染まっていた。
──夢中だった。
それは、こいつに助けを呼ばれないためだ。こいつは窓から逃げ出して仲間を呼ぼうとしていた。そうなったら、俺たちがヌーラを助け出すことは困難になる。
「助けに来たよ、ヌーラ」
手を伸ばすと、ヌーラはガタガタと震えて首を振った。長い髪が揺れる。
「や……、やだ、ひ、人殺し……!」
「違うんだ、俺は……!」
ランプの光の中で俺の腕に返り血が飛んでいたことに気づく。途端に、両手が震え始める。
俺はこの手で人を殺したんだ。
ヌーラの視線が俺の脇を通り抜けるのが分かった。思わず振り向く。横たわっていたガラーラが窓の外に腕を伸ばしていた。
空間に陽炎のようなものが揺らめいて、炎の渦が現れる。
──精霊術……! いつの間に……。
そう思う間もなく、燃える蛇ゼルツダが飛び出していった。
「やめっ……!」
星明りの中に滑り出したゼルツダが大きく開けた口から火球を吐き出す。勢いよく撃ち出されたそれがカバデマリの木に直撃して大きな爆発音を上げた。
ガラーラに目をやる。もう動いていない。最期の力を振り絞って精霊を呼んだのだ。
「何してる、リョウ!」
開いたままの扉の外からナーディラが叫ぶ声がする。
──早く行かなきゃ……!
ヌーラに近づいて抱き上げようとする。
「やめてっ!」
「違う! 俺たちは君を助けに来たんだ!」
「ウソっ! ガラーラ様が言っていた、生贄のわたしを狙う悪い奴がいるって!」
遠くから微かに人の声がする。増援が近づいてきているのだ。
「君は生贄にされて殺されてしまうんだぞ!」
「わたしは生贄よ! ムエラ・ココナのためにイルディルと一つになるの!」
──そうやってガラーラどもは生贄を言いくるめてきたんだ。
「街はガラーラのせいで大変なことになってる! 君の両親やザラだって、本当は君を生贄になんてしたくなかったんだよ!」
ヌーラの目の色が明らかに変わった。深い動揺。不安。
だけど、それはすぐに掻き消された。
「ウソっ! そうやってわたしを騙そうとしてる……!」
「ウソじゃない」
俺はポケットの中からカバデマリの葉を取り出してヌーラの目の前に突き出した。
カバデマリの葉を目にした瞬間、ヌーラは両手で口元を押さえて、それから、俺の手から葉をひったくるようにして胸に抱きとめた。
「大切なものだったんだろう? 君のお母さんから預かったんだ」
「……ザラが拾ってきてくれた。綺麗でしょって。だから、形を覚えるくらい大切にしてたの」
「お守りみたいにしてたって聞いたよ」
ヌーラは深くうなずいた。
いつの間にか、震えていた俺の手は鎮まっていた。不思議な気持ちだった。今、目の前にいるこの子を守らなければ、と心の底から思ったのだ。
ヌーラのそばに膝を突く。
「ザラもヤーヤもハーフィズも、君を待っている」
口を真一文字に結んでいたヌーラの目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「ホントは嫌だった……! みんなと別れたくなかったよぉ!!」
気丈に振る舞っていたのだ。
ザラは言っていた。街のみんなに愛されている、と。だから、街の人たちの期待を裏切らないよう、一身に背負ってきたのだろう。
そして、一人の女の子としての純粋な願いを胸の中に押し込んでしまった。
本当は願っていたのだ。家族と共に生きたい、と。
外が騒がしくなってきた。
「行こう、ヌーラ」
ヌーラは涙を拭って強くうなずいた。
ナーディラが祭礼騎士と戦っていた。
「何してたんだ、バカ!」
森の向こう側に目をやる。別の祭礼騎士やガラーラが迫って来ていた。
「ナーディラ、行くぞ!」
そう呼びかけたものの、彼女は祭礼騎士の力に押され始めていた。防戦一方なのだ。
このままでは囲まれて……。
俺の脇をヌーラがスッと通り抜けて、小屋の前の広場に静かに立った。
「ヌ、ヌーラ、ここは下がって──」
「メギア・ヘルマーヘス・カバデマリの壁。カクネラーメ・イルディル。メギア・ゼルトナーラ・パモ・タガーテ……」
小屋を囲む広場の周縁部が地割れを起こして、無数のカバデマリの木が立ち上って来る。それがまるで檻のように俺たちを周囲から隔絶した。
カバデマリの壁の向こうから怒りに満ちた声が届いてくる。
「す、すごい……。これで奴らは近づけない」
ヌーラは深く息をついた。
「魔法は使ってはいけないと言われてきたけれど、魔法はみんなを支えてくれるものだとわたしは信じてる」
「君と同じ魔法で俺たちはザラに救われたんだ」
ヌーラは目を丸くして、そして微笑んだ。
「フフ、あの子……」
凄まじい剣戟の音がする。ナーディラが祭礼騎士との距離をとって、地面に着地したところだった。
「バカか! これじゃあ、私らが外に出られないだろうが!」
──そういえばそうだ。
「ハッ、やっちゃった……!!」
ヌーラが頭を抱えてうずくまる。綺麗な長い髪がまるでロングスカートのようにふわりと広がった。なんだ、このドジっ子は。
「だ、大丈夫だよ、ヌーラ。あまり気にするな……」
「わたし、熱くなるとやらかしちゃうんです……」
──よく考えたら、退路くらいは開けておいてほしかった気もする。
「舐められたものだな。お前たち三人で我に勝てるとでも?」
祭礼騎士が大剣を俺たちに向ける。
「そういう作戦じゃなかったんです。信じてください」
そう言ってみたが、どうやら奴の燃える怒りに油を注ぐだけだったようだ。
──だが、三人でかかれば……。
考えを巡らせていると、祭礼騎士がヌーラに手を掲げた。
咄嗟に身体が動いていた。
ヌーラの身体を抱きしめながら地面に伏せた。俺の背中をかすめて、轟音の尾を引いた光が弾丸のように駆け抜けていった。
「大丈夫か、ヌーラ?」
ヌーラを抱き起こす。彼女は茫然とした顔で俺を見つめ返した。
「だ、大丈夫……です」
ナーディラの舌打ち。
「こんな時にイチャつくな、リョウ! 来るぞ!」
イチャついてねー、と返そうとした俺の視界の中で、祭礼騎士がまたこちらに手をかざそうとしていた。すんでのところで、ナーディラの斬撃が奴の動きを止めてくれた。
回避した祭礼騎士を睨みつけて、ナーディラが吐き捨てるように言う。
「使ってるじゃねえか、魔法を」
祭礼騎士は怒りと軽蔑を混じらせた笑いを上げた。
「魔法などという邪術などではない。精霊の力を凝縮した精霊丸だ」
銃で攻撃されるようなものだ。狙われたら外れない限り避けられない。さっきは先読みしてなんとかなったが、あんなものはまぐれにすぎない。
(サイモン、精霊の力を撃ち出す敵と対峙してる。言ってみれば、銃を持って攻撃してくるような奴だ。例えば、銃を持ってる相手に対してはどう立ち回ればいい?)
~・~・~
銃を持つ敵、つまり遠距離攻撃の相手と対峙する際には、以下のような戦略が有効です。精霊術を撃ち出す相手にも通じる立ち回りだと思います。
1.カバーを利用する
銃や遠距離攻撃からの一時的な防御には障害物や遮蔽物を利用するのが効果的です。
岩や木などを使って敵の攻撃を遮り、視界から身を隠して少しずつ接近することが基本です。
遮蔽物があると動きやすくなるうえ、相手にとって狙いづらくなります。
2.相手の視界を制限する
煙や砂、霧などを用いて視界を妨げることで、遠距離攻撃の命中精度を下げることができます。
もしナーディラが火や砂の魔法を使えれば、それを利用して視界を奪う手も考えられます。
3. 予測して動く
銃や遠距離攻撃は、発射されたあとに軌道がほとんど変わらないため、タイミングを見て予測的に動くのが効果的です。
相手が撃つ瞬間に左右に移動したり、ジグザグに走ったりすることで攻撃を避けやすくなります。
4. 距離を詰める
銃などの遠距離攻撃は、近接戦闘には向いていません。
遮蔽物を活用しながら敵に接近し、近距離戦に持ち込むと有利になります。
敵の精霊術が至近距離で使いにくいものなら、接近して攻撃の隙を狙いましょう。
これを踏まえて動いてみれば、敵の精霊術の攻撃をある程度避けられ、隙を突くチャンスが増えるはずです。
~・~・~
(ありがとう、サイモン。そして、これから先は敬語は禁止な。博士キャラのつもりか?)
~・~・~
分かった、じゃあこれからはカジュアルでいくよ。
博士キャラのつもりはなかったけど、リョウがそう言うなら気をつけるよ!
~・~・~
──こいつ、毎回そう言って、毎回博士キャラになるからな……。
祭礼騎士の大剣の飾りについた光る石が眩く輝いている。すでに警戒心を剥き出しにして剣を構える。奴は、俺たちに鋭い目を向ける。
「邪術を操る者どもめ……」
その大剣が炎を纏い始める。
「いいだろう。この神聖なる地を穢した貴様たちはイルディルへの供物とする。穢れを払い清め、儀式を再開させるには時間は充分ある」
祭礼騎士が大剣を振るうと、その剣の軌跡が炎となって撃ち出される。ナーディラが身体を仰け反らせて間一髪で回避して、そのままバク転して剣を構え直す。
──ますますアニメみたいな感じになってきた……。
妙な感動と共に脳がフル回転する。
俺たちはこいつを倒さなきゃならないのだ。
祭礼騎士が剣を掲げる。もさもさとした髪ともみあげが、まるでライオンのように雄々しい。
「生贄を守護するのは、最も優れた祭礼騎士に課せられた使命だ」
「フン、三人いたように見えたがな」
ナーディラが意地悪く笑う。相手はムッとしたようだった。……子供の喧嘩か。
「我が最も優れている。我が名はファイサル、祭礼騎士長である」
殺気に満ちたナーディラの目が燃えている。グッと剣を構える。
「てめーの名前に興味はねーよ。死ね」




