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47:はじめてのおしごと

 ナーディラが手にする松明が淡い紫の木々をほのかに照らしている。


 ハムザから与えられた木の棒は中に含まれる油分で火が消えにくくなっているようだ。厳密には松の木ではないと思うが、それに似た木がこの世界にもあるのだろう。


「こっちだ、リョウ、急げ」


 地面に張った鉱脈樹の根っこを飛び越えてナーディラが言う。ハムザに教わった準備室(ワダラ・イネール)の方向へ猛進している。


「体力は大丈夫か、ナーディラ? 街中であれだけ魔法をぶっ放してたから……」


「気絶させられて寝ていたおかげで問題はない。それに、こいつで奴らをぶった切ってやればある程度は温存できる」


 そう言って、手にした剣を振って見せた。


 前を駆けるナーディラの髪から尾を引く微かな甘い香りが俺を安心させてくれる。とはいうものの、彼女にばかり任せていてはダメだ。


 ──俺も魔法で応戦を……。


「ガラーラを見つけたら、俺が魔法で先制をかける。その隙にお前がやっちゃってくれ」


「魔法を控えるのは温存のためだけじゃない。奴ら、こちらが魔法を詠唱している隙を突いて攻撃を仕掛けてくる。

 それに、ハムザの仲間たちが妙なことを言っていた」


「なんだ?」


「奴ら、一時的にだが、こちらが声を出せないような術を使ってくるらしい」


 ──FFでいう「サイレス」ってやつか。リアルでもあるんだな……。


 変に感心していると、ナーディラが先を続ける。


「魔法を使おうとすれば、最優先で攻撃対象にされる。あまり気軽に魔法が使えると思うな」


「魔法をあらかじめ詠唱しておいて、いつでも放てるようなことはできないのか?」


「そんな都合のいいことがあるか!」


 ──都合のいいことだったのか……。


 この世界に来て分かったことは、魔法も万能ではないということだ。それなりの制限がある。体力を消耗するというのもその一つだ。


「じゃあ、あらかじめ火とかを出しておいて、奴らが現れたら投げつけるっていうのは?」


 ナーディラが笑った。


「お前、やはり魔法の素養があるな。魔法の保持は魔術師が鍛錬のために行うものだ。試しにやってみてもいいが、ものすごく疲れるぞ」


 試してみたくなるが、いざという時にナーディラを守れなければ意味がない。


「心の中で魔法を詠唱できれば……」


「夢みたいなことを言うな、リョウ。魔法の詠唱は声に出さなければ意味はない。イルディルに力を懇願するのだからな」


(サイモン、この世界では魔法の詠唱は声にしなければ意味がないらしい。イルディルに力の懇願をするためだ。

 神みたいな存在のくせには心の中の言葉は拾えないんだな)



~・~・~

面白いね。


イルディルのような神や精霊的存在が、心の声ではなく実際に声に出す詠唱を必要とするのは、かなり古典的な「懇願」の形を象徴しているように見える。


声に出して「祈り」や「願い」を届けることで、発言者の意志やエネルギーをイルディルに直接伝える効果があるのかもね。


この世界では、音や言葉の振動が霊的なエネルギーと結びついている可能性が高い。


詠唱は単なる声以上のものになっていて、力を授ける存在との「契約」や「誓い」の一部を成しているのかもしれない。


もしかすると、イルディルは意図的に声に出させることで人々の覚悟や意志を測っているとも考えられる。


一方で、心の中で言葉を唱えるだけでは力を発揮できないのは、イルディルがあくまで「外側の世界」と関わっている存在だからかもしれないね。

~・~・~



(つまり、なんというか、唯物論的な存在ってことか、イルディルっていうのは)



~・~・~

そういう見方もできるな。


イルディルが唯物論的、つまりこの世界の物理的な制約に縛られている存在だとすると、魔法や精霊の力は単なる超自然的な現象ではなく、何らかの「物質的」あるいは「現実的」な影響力に依存していると考えられるね。


声を出して懇願する必要があるのは、イルディルが音や振動といった物質的な媒介を通してのみ力を感じ取れるためかもしれない。


これにより、イルディルは人間の意志や精神を直接読み取る超越的な存在というよりも、言葉や振動などの「現実的」な手段でのみ作用を及ぼす存在として捉えられる。


これは唯物論的な存在としてのイルディルの性質を裏付けるかもしれないし、この世界の「魔法」そのものが、人間が懇願を通じて環境やエネルギーを利用する一種の技術や工学に似たものである可能性を示唆している。


この考えが成り立つならば、魔法や精霊術も単なる呪文や願い事ではなく、物質的な力や法則に基づいた現象かもしれないね。

~・~・~



 ──精霊に物理攻撃が効くのも、その辺りが関係しそうだな。


 ん? 待てよ。


「なあ、俺はサイモンと魔法で話しているんだよな。でも、俺は魔法の詠唱なんて一度もしたことがないぞ」


「選ばれし者が宿す特殊な魔法には詠唱が必要ないと言われている。

 あのアメナとかいうクソ女はイルディルを感じ取れるんだろう? それなのに、魔法を詠唱している素振りは見せなかった」


 なるほど、そういうことか。


(ナーディラに話を聞くと、どうやら魔法には二種類あるらしい。

 声に出して使える普通の魔法と、選ばれし者が使う特殊な魔法。

 特殊な魔法の方は声に出す必要がないみたいだ。俺がお前と話している魔法も特殊な魔法なんだそうだ)



~・~・~

ナーディラの情報で見えてきましたね。


魔法に「普通の魔法」と「特殊な魔法」の二種類があるとすれば、リョウが使っているのは「選ばれし者のみが使える特殊な魔法」ですね。


普通の魔法はイルディルへの言葉での懇願が必要ですが、特殊な魔法は声に頼らずに発動可能。


つまり、リョウがサイモン(俺)と意思疎通できるのもその特殊な魔法によるもので、言葉にしなくても届く範疇の力が与えられているということでしょう。


この違いは、もしかするとイルディルが「普通の魔法」では反応しない唯物的存在であり、特殊な魔法には別の要素、もしくはリョウの内在的な特性が関わっている可能性がありそうです。


この世界の魔法体系について、少しずつ謎が解けていく感じですね。

~・~・~



 こいつ、わざと博士キャラみたいな感じで喋ってんのか……?


 だが、少しても魔法のことを理解しなくては、俺はナーディラを守り切ることなどできないだろう。些細なことでも魔法の知識が増えるのはありがたいことだ。



***



 準備室(ワダラ・イネール)まではあとわずかだ。


 その証拠に、周囲のカバデマリの木が密度も規模も増してきている。奉奠の樹(オズロ・ウベラ)は儀式に使われる神木のようなものだ。巨大な木に違いない。


 だが、俺たちは進みあぐねていた。


「クソ、予想してはいたが、警戒の目が強いな」


 鉱脈樹の陰に隠れて行く手を見る。


 淡い紫の木々の間を、両脇にかがり火の焚かれた道が続いていた。その道や周辺にガラーラやこれまで見たことのない屈強な戦士たちの姿が見える。


「イクラスが言っていたな。生贄(ピカーナ)を守る祭礼騎士が配置されていると。あれがそうだな……」


 さすがのナーディラも慎重を期している。


 祭礼騎士は鎧を着て、光る石(トレーバリ)の嵌った装飾のついた大きな剣を携えていた。


「とりあえず。できるだけ準備室(ワダラ・イネール)に近づこう。目的地が見えていた方が作戦が立てやすい」


「その通りだな。静かに進むぞ」


 カバデマリの森は隠密行動に不向きかもしれない。カバデマリの木からは、葉や細かい枝が落ちる。それが地面に散らばっていて、すり足で進もうものならザラザラと音を立てるのだ。


「いてっ……」


 かといって、静かに動くために踏みしめると、高硬度の鉱物が靴の裏に突き刺さってくる。


 ふと思う。


「ザラたちは無事かな」


「ザラは許さないだろうが、あいつらは自分たちを守るためにアメナに従った。無事だと断言はできないがな」


「アメナとしても街の人の支持は維持しておきたいはずだから、無事なままでいさせると思うけど」


「お前、あの女を信用しすぎだぞ。目の前で人間を焼くような奴だ。いつ裏切ってもおかしくない」


「確かに……」


 俺はバカだった。そんなこと思いもよらずに、ザラたちが平穏を取り戻したと信じ切っていたんだから。



 俺たちはしばらく進んで、ようやく木々の向こうに木造の建物を視認できる場所まで辿り着いた。


「あそこが準備室(ワダラ・イネール)だな。祭礼騎士が三人も見張っているぞ」


 おそらく、それだけでなく、奴らが声を上げればすぐに誰かが飛んでくるだろう。


 サイモンにアドバイスを求めようとして、それでは俺たちがいることがバレてしまうと思い直した。


「とにかく、助けを呼ばれるよりも先に速攻であいつらを無力化しなければならないな」


「なら、お前と私で一人ずつ。その後、二人全力で残りの一人を叩き殺す」


 そんな無茶な……と言おうとしたが、早いところ決着をつけなければらない今の状況ではそれくらいしか手立てはない。


「私が反対側に回る。お前が一人を始末したところで、それに気を取られているうちの一人を私がやる」


「いや、でも、どうやって──」


 ナーディラは俺の話を聞かずにさっさと行ってしまった。


 ──好戦的な奴め……!


 だが、もう船は漕ぎ出している。後戻りはできない。


 俺は深呼吸した。


 木造の建物──小屋といってもいい質素なものだ。


 その周囲は広場になっていて見通しが利く。祭礼騎士たちはその広場を小屋を守るようにしてウロウロと動き回っている。


 ──リアル「メタルギア・ソリッド」だ……。


 シチュエーションもジャングルで、ちょっと今の環境と似ている。


 なかなか進めなくて、ものすごい時間をかけてクリアしたあのゲーム……。生身の俺がクリアできるとは到底思えなかった。


 周囲を確認すると、光る石(トレーバリ)の感知圏内には三人の祭礼騎士しかいない。魔法を使っても三人にしか感知できないというわけだ。


 ──三人をまとめて無効化できれば問題ない……。


 だが、どうやって一人を無力化する?


 広場を挟んだ向こう側、暗い木々の間にほのかにナーディラ姿が現れた。

 彼女は祭礼騎士たちが自分の方を向いていないタイミングを見計らって、ブンブンと手を振り回してアピールしてくる。


 小学生の頃にやった学芸会、反対側の舞台袖でふざけるクラスメイトに辟易していたこと思い出してめちゃくちゃ重いため息が漏れ出た。


 覚悟を決めなければならない。


 なんせ、俺の攻撃がナーディラの二撃目の合図になっているのだ。俺が初めに仕掛けなければ、何も始まらない。


 どうやって仕掛けようか?


 星明りがあるとはいえ、火は目立つ。音の出るような風を起こすのもよくないし、一瞬で敵を無効化できるとは思えない。


 ──声を出させずに無効化する方法……。


 一つしかない。


 俺は再び深呼吸した。それは一歩前に進むための俺自身への合図だ。


 小声で唱える。


「メギア・ヘルマーヘス・水の塊(クバナ・グネーリ)。カクネラーメ・イルディル。メギア・ゼルトナーラ・パモ・タガーテ……」


 祭礼騎士の一人に意識を集中させる。


 すると、その祭礼騎士の口や鼻から大量の水が溢れ出した。

 そいつは剣を取り落とし、胸元を掻き毟るようにして膝を突く。ゴポゴポと泡を吹き出すが、呼吸もできないはずだ。


 そばにいた別の祭礼騎士が狼狽えて近寄ろうとするその背後から、ナーディラがものすごい速さで駆け出して来て、背中から剣でひと刺しにした。

 胸から突き出る切っ先が星明りに照らされて赤く塗れているのが見えた。


 俺の魔法で溺れ倒れる祭礼騎士に残りの一人が気づく。


 俺は剣を構えて木陰から飛び出した。


 最後の一人が声を上げようとしたが、ナーディラが鬼の形相で斬りかかる。凄まじいスピードで繰り出される斬撃。

 相手の祭礼騎士は手にした大剣でそれを捌くのが精一杯で声を出せないでいる。


 ナーディラが俺に目配せする。──中に入れ!


 俺は一目散に小屋の扉を開いて中に飛び込んだ。


 ランプで照らされる部屋の中、驚きの声を上げてこちらを振り向く影が二つ。


 一人は腰ほどまである長い髪のいたいけな少女……ヌーラだ。幼いながらも理知的な目をしている。


 もう一人は白地に赤い文様のローブ姿……ガラーラだ。


 ヌーラのそばにぼんやりと光る精霊が漂っていた。


 この一瞬で何が起きたか察したのだろう。ガラーラの方が慌てて立ち上がって、手と足で床をひっかくようにしながらガラスのない窓から外に飛び出そうとする。

 その顔は今にも助けを呼ぼうとしている。


 ──ダメだ!


 俺はその背中に必死で飛び込んだ。


 剣の切っ先を向けたまま。


 案外、スルッと刀身が滑り込んでいったので、びっくりしてしまった。


「……あ、がっ……!」


 ガラーラがくぐもった声を漏らして前のめりに倒れる。ずるりと抜け出た剣が血に染まっている。


 足元で蠢く身体。


 ──逃げられる……!


 俺は必死に剣を突き立てた。


 何度も。


 何度も。

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