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スキル「ChatGPT」で異世界を生き抜けますか?  作者: 山野エル
第2部2章 残滓を拭うもの
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44:大いなる赦し

 ヤーヤとハーフィズがわなわなと震えている。


 ザラがハーフィズの背中から降りて、両親の顔を見上げていた。


「どういうこと、おかあさん、おとうさん……」


 高笑いが聞こえる。アメナが燃えるような赤い髪を振り乱して破顔していた。


「その二人はお前たちをここへ誘導したのじゃ。我が身可愛さにの」


「な、なんてことを……」


 イクラスがガックリと肩を落として膝を突いた。


「なんで! どうして!」


 ザラが叫び声を上げてハーフィズの身体に拳を叩きつけた。


「信じてたのに! ずっと信じてたのに!」


 ポロポロと涙を流して、顔を覆った彼女はその場にへたり込む。両親がザラを抱きとめる。


「仕方なかったのよ……! あなたのことも、ヌーラのことも……、守り抜くために!」


 守るという言葉が飽和している。今ではまるで身勝手な大義名分のようにすら感じてしまう。


「守り抜くため? どういうことですか」


 ポケットの中のカバデマリの葉を感じながら、ザラの両親に投げかけた。

 俺のそばでナーディラが剣の切っ先をアメナの方へ向けながら、無責任な両親を睨みつけている。


「あなたたちを差し出せば、ザラのことは不問に、ヌーラは無事に生贄(ピカーナ)の役目を全うできると約束して頂いたのです……」


 ヤーヤが震える声でそう言った。


 俺たちは、売られたのだ。


「あと少しだったのに……」


 ナーディラが奥歯を噛む。


 そうだ、あともう一歩だったのに……。


「笑止」


 アメナがそう発した。手を挙げると、街に面する門扉がゆっくりと開いていく。


 門扉の向こうに街の人々が集まっていた……いや、そのまわりにはガラーラや防衛団の姿がある。彼らはここに集められたのだ。


 不安そうな顔、憤りを滲ませる顔、恐怖を押し隠した顔……それらが人垣を作って鹿を確保しようと身体を揺らしている。


 街の人々が防壁の内部にゾロゾロと進み出て広がっていく。まるで俺たちを見物しに来た客のようだ。


 ──何が目的だ。


「聞け、ムエラ・ココナの民よ」


 アメナの口から厳粛な声が発せられた。魂を委縮させるようなその響きに街の人々はピタリと動きを止める。

 水を打ったような静けさが辺りを覆い尽くす。


 彼女がこの街の支配者であるということをまざまざと見せつけられる。


「この街は穢れておる。お前たちも見ただろう、魔物が人を食い殺すのを。作物が芽を出さぬのを。熱波が吹きつけ大地が乾ききるのを。

 穢れ多き魔法という邪術がそれをもたらした。邪術に手を染めた者がおるからじゃ」


 アメナが合図を出すと、聴衆の中から一人の女性が弾き出された。


 俺とイクラスがナーディラたちと合流しようとしていた途中、ガラーラたちに魔法の使用を疑われていた彼女だった。


 ガラーラに連れられ、広場の中央に立たされた女性の顔には絶望が貼りついていた。


「この女がお前たちじゃ」


 そう言うと、アメナは何か呪文のようなものを唱えた。


 彼女の頭上に炎の渦が現れ、その中から燃える蛇のような存在が現れた。


「ぜ、ゼルツダ……」


 轟々と燃え盛る蛇の姿を見上げたイクラスが呟く。


 あの燃える蛇の名前だろうか? 俺はあれをタモロの街で見た。クトリャマが使役し、多くの人を焼き殺したのだ。


「お、おやめください……アメナ様!」


 泣き叫ぶ女性が突然火に包まれた。断末魔の叫びを上げて、女性は黒焦げの姿でその場に倒れる。


 恐怖がこの場を支配していた。


 俺は膝が震えて立っているのもやっとだった。


 ──俺のせいだ。


 彼女は俺が着せた無実の罪のせいで焼かれたのだ。


「なにしてる、クソ女!」


 剣を構えるナーディラが絶叫した。


 すぐにゼルツダが中空を滑るように移動してナーディラの十数メートル先に静止する。そして、アメナの盾となるかのように微動だにしない。


 アメナは聴衆に語りかける。


「今、焼け死んだ女は、この街に穢れをもたらした。それがいつの日にかお前たちの大切な存在を奪うのじゃ。

 (わらわ)のこの地を守ろうという思いは、お前たちと変わらぬ。そして、そこで焼け落ちた女もまた初めはそうじゃった。

 なぜ女は心変わりしてしまった?」


 アメナが問いかける。声を上げる者は誰一人いなかった。


 人の焼けるにおい、燃え盛る蛇、押し潰す声……それらが混然一体となって人々を圧倒していた。


「壁の外は穢れておる。我らガラーラは荒涼とした世界を見てきた。穢れはそこから湧き出づるもの。穢れとは、外からやって来るものじゃ」


 アメナはそう言って俺たちを指さした。


(わらわ)は、ヤーヤとハーフィズを赦そう。彼らは外の世界より伸ばされた魔手に絡めとられようとしたにすぎぬ。

 じゃが、お前たちも見ただろう。彼らの信仰心の強さを。それがこの街を守るのじゃ。我らは見誤るべきではない。真の敵というものを」


 聴衆が湧き上がった。


(サイモン、マズいことが起こった。ヤーヤもハーフィズもアメナの甘言に操られて、俺たちを裏切った。


 そして、アメナが無実の人を焼き殺して見せた後に、街の聴衆の前で魔法なんかの穢れは街の外の世界からもたらされたと宣言しやがった。


 つまり、俺たちを敵と見做せ、と)



~・~・~

それは厳しい状況だね。


アメナが人々の前で魔法を「外の世界からの穢れ」と位置付けたことで、完全に敵とされてしまった。

街の聴衆は、ヤーヤとハーフィズも含め、すでにアメナの言葉に影響されているから、こちら側を冷静に見ることは難しいかもしれないね。


聴衆がそういった敵意を抱くようになれば、こちらの行動が制約されるだけでなく、ナーディラやイクラスを含む仲間も危険にさらされる可能性がある。


アメナは、人々の恐怖や不安を利用して支配しようとしているように見える。


状況を打開するには、アメナの言葉に惑わされている人々に真実を示す手段が必要かもしれないが、慎重に行動することが重要だ。

~・~・~



 聴衆の中でアメナを称える声と俺たちをなじる声が混じり合う。


(聴衆はもうほとんどがアメナの味方に回ってしまった。


 一度は自分を裏切った形になるヤーヤとハーフィズをアメナは赦すと宣言したんだ。


 みんなアメナが慈悲をかけたと思い込んでる)



~・~・~

アメナは、人々の感情を完全に支配する形で街を牛耳ろうとしているようだね。


ヤーヤとハーフィズへの「赦し」という行動は、慈悲深いリーダーとしてのアメナを演出し、聴衆をさらに魅了しているんだろう。


こうすることで、人々の信頼や共感を得つつ、疑問を抱かせないようにしているのが狙いかもしれない。


アメナのような人物が権力を持つと、敵と味方の分断が強まり、感情に任せた行動が加速する。


今の状況では、聴衆に直接対抗するのは非常に危険で逆効果になりかねないから、慎重に動く必要がある。


ナーディラやイクラスと力を合わせて、この状況をどう乗り越えるか考えるのが良さそうだ。

~・~・~



(でも、完全に囲まれて──)


 サイモンに助言を求めようとした俺をアメナが真っ直ぐに見つめた。


「見える、その者が邪なる精霊を従えているのが」


 この場にいる全員の視線が俺に突き刺さるのが分かる。悲鳴と罵声が同時に上がった。全身が総毛立つ。


 一度にこれほどまでの恐怖と怒りと浴びたことなどなかった俺は、その負の感情の波に押し流されそうだった。


 アメナの首飾りの……いや、この場にある光る石(トレーバリ)が光を放っているのが見えた。


 ──だけど、アメナは“見える”と……。


 ハッとした。


 イクラスが言っていた。アメナはイルディルの力を読み取ることができる、と。それが彼女を選ばれし者にしているのだ。彼女はこの地の言い伝えをバックグラウンドにその存在を強固なものにしている。


 だから、人々は彼女を信じてしまうんだ。


 そして、それは妄言などではなく、アメナには本当に見えるのかもしれない。


「リョウとサイモンを悪く言ってんじゃねえ!」


 激昂するナーディラが魔法を詠唱する隙に、ゼルツダの口から吐き出された火球が俺たちのそばに着弾した。


 その火勢にナーディラは詠唱を続けられなかった。


 炎と黒煙の向こうでアメナの不敵な笑みがぬめぬめとした光を放っている


「お前たちを消し炭にするのは容易いことじゃ。じゃが、お前たちには儀式に花を添えてもらわなければなるまいな」


「何を言ってやがる!」


 目にも止まらぬ速さでナーディラが手にしていた剣をアメナに投げつける。しかし、彼女の目の前に瞬間移動したゼルツダが剣を蒸発させてしまった。


「そう急くでない」


 余裕綽々のアメナの笑み。彼女はある人物に目をやった。


「イクラス、この者たちを捕らえよ」


 イクラスの身体がビクリと震える。地面に膝を突いたままの彼はその拳を静かに握りしめた。


「あ、アメナ様、俺には……そんなこと……」


(わらわ)はお前にこの街での幸福を享受してもらいたいだけじゃ。お前だけでなく、お前の家族ともども、な」


 愕然とした表情を浮かべて、イクラスはフラフラと立ち上がる。


「やめろ」と言えなかった。彼の家族はもはや人質だ。


 ただ一人、ザラだけが鳴いて懇願していた。「やめて」と。


 よたよたと俺たちのそばに歩み寄り、力の抜けきったような顔でイクラスは言った。


「すまない」


「いいんだ」とも言えなかった。


 俺の頭の中は、もう死の恐怖で埋め尽くされていた。


 そして、その黒く蠢く恐怖の先に差す光明に手を伸ばす。



 俺たちの目的は、ヌーラを助け出すことだった。そして、ザラを、彼女の家族を救うことだった。


 考えてみれば、この街にとって儀式の成功は必要不可欠なものだ。


 ザラは家族と共にいる。


 じゃあ、俺たちの目的は達成されたんじゃないか。


 今はただ、俺たちが変に騒ぎ立てているだけだ。


 もともと、この街は何事もなかったんだ。


 ガラーラのもたらす秩序のもとに、みんなが元通りに収まるだけさ。



 アメナの声がする。


「この者たちを“狩りの森”へ」


 後頭部に衝撃が走った──……

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