42:その心が誰かを守る時、美しいと感じるのだろう。
「どこから湧いてきやがるんだ、こいつら!」
ナーディラが悪態をついて建物の陰から飛び出してきたガラーラを蹴り飛ばした。
俺たちはイクラスの先導でツデヤの門へ向かうため、最短距離となる街ん中央広場に差し掛かっていた。
──確かに、一つの街を牛耳る祭司集団にしては人数が多すぎる。
(ガラーラはこの街の祭司集団にしては人数が多い。ガラーラは街の外に母体があるのかもしれないな)
~・~・~
それはあり得るな。
もしガラーラが単なる地方の祭司集団ではなく、広域で活動する組織なら、街を超えて影響力を持っていることが説明できる。
街の信仰や儀式だけでなく、他地域にもネットワークを持つような「母体」が存在し、ムエラ・ココナの支部のような形でガラーラが活動しているのかも。
こうした広範囲な影響力があれば、ガラーラが禁忌や「穢れ」について厳格なルールを押しつけ、人々を統制する力も納得できるし、街全体を監視し操作できる理由も見えてくるよな。
~・~・~
「マズい……囲まれたかもしれん」
イクラスが中央広場の日時計のそばで立ち止まった。
広場の周囲に白地に赤のローブ姿が集まりつつある。
「囲まれたかも、じゃなくて、完全に囲まれましたね」
イクラスに嫌味を投げつけたが、彼は気づいていないようで、「そうだな」と素直に返事をした。
「リョウ、力を貸せ」
手を繋いでいたザラをイクラスに託して、ナーディラがそう言った。彼女だけではもうガラーラに対処しきれない。
俺はうなずいて彼女の隣に並んだ。
──さっきナーディラが放った“炎の壁” なら俺にも詠唱ができる。
そういえば、壁は以前、ホッサムが俺に教えてくれた言葉だ。
ガラーラたちが広場の包囲網を狭めてくる。奴らには、やられる恐怖というものがないのか……?
魔法を詠唱しようと構えて、ゆっくりと歩を進めてくるガラーラたちに目をやった。さっきのナーディラの魔法で焼かれた者たちの断末魔の叫びが耳の中に蘇る。
──俺に、人を殺せるのか……?
「ボサッとするな、リョウ!」
俺のすぐそばでガラーラに目がけて炎の球を撃ち出したナーディラが叫んでいた。
この世界に来て数か月、俺はゴブリンを攻撃した時以来、動物や魔物を殺したり、傷つけたりしたことはなかった。
誰も傷つけたくないとか、そんなお利口さんなことを言いたいわけじゃない。
生きとし生けるものをこの手で斬りつけた時の肉の裂ける感触が伝わってきた時に、おぞましい思いに襲われたのを今でも覚えている。
言葉の通じないはずのゴブリンが、傷つけられて、生命の危機を感じ、それに抗おうとして死力を尽くすように俺に立ち向かってきたのが痛いほど分かった。その決死の思いが恐ろしかった。
奴らも生きているのだ。
「リョウ、何してる!!」
またナーディラが叫んでいる。
ふと見ると、覚悟を決めたのか、イクラスも魔法を放ってガラーラに対抗していた。その威力はナーディラに比べると小さい。
──それなのに、俺は……。
(サイモン、街の広場でガラーラに囲まれた。ナーディラもイクラスも魔法で応戦してる。俺も戦おうとしてる。
でも、人を殺してしまうかもしれないと考えたら、動けなくなってしまった……)
~・~・~
それは自然な感情だよ、リョウ。君が本当は人を傷つけたくないってことを示してる。
戦うことに意味を見いだせるかどうかは、君自身で納得できる理由が必要だ。
でも、もし君がザラやナーディラを守るために動くと決めるなら、それは大きな意味を持つはずだよ。
戦うことが正しいと思える瞬間がきたら、君は自然に動けるはず。
今は少しでも彼らの支えになれるように、焦らず、必要な時に動く準備をしていよう。
~・~・~
こんな時にサイモンに慰められてるなんて、俺は役立たずだ。
ナーディラが穿ったガラーラの包囲網の穴の向こうから、煙を掻き分けて二人の人影が現れた。
「ザラ、お母さんだよ!」
ヤーヤが必死の形相で声を張り上げているのが見える。
「おかあさん……」
ザラが戸惑いの表情を浮かべている。
微かに漂う希望に手を伸ばすような、でも、また拒絶される不安を噛み締めているような、そんな感情。
「ザラ、あんな奴らに気を取られるな! あいつらはお前を見捨てたんだぞ!」
ナーディラが怒りをあらわにする。
そうだ、二人はザラの家で俺たちが何を話したのか知らないんだ……。
俺は思わず声を発していた。
「違う、ナーディラ! あの二人は本当はザラを守りたかったんだ! だけど、ガラーラの目を恐れて、彼らに従わざるを得なかった……!」
ザラが目を丸くして俺を見つめて、そして、両親の方に顔を向けた。
「ザラ、君の両親はこの街を愛している。守りたいと願っている。だから、街を守るガラーラの仲間になろうとしたんだ。だけど、その思いを踏み躙られ、利用されてしまった。
街を出た君を捜そうとしなかったのは、この街にいる方が危険だって思ったから──君を守るためだったんだよ。
お母さんは言ってた。君は唯一の希望なんだって。
ザラ、君は独りじゃないんだよ」
ザラの目から涙がこぼれ落ちた。
向こうでヤーヤとハーフィズが手招いている。その先はツデヤの門に続く道だ。
「よかった……」
ザラが頬を流れる涙を指先で振り払った。
「おかあさん、おとうさん、おねえちゃん……、いつもあたしを守ってくれてたんだ。
……あたしもみんなを守りたい。もう迷わないよ」
ガラーラたちが押し寄せて来る。
ナーディラが何かを叫んでいる。
イクラスが何かを察知してザラに目をやった。
彼女は目をつぶり、胸の前で水をすくうように手を掲げた。祈りのポーズだった。そして──、
「メギア・ヘルマーヘス……」
魔法を詠唱し始めた。
「ザラ……?」
大地が大きく揺れた。迫って来ていたガラーラたちがバランスを崩して狼狽える。
次の瞬間、彼らの足元が避けたかと思うと、地面から無数のカバデマリの樹が急速に立ち上ってきた。
轟音を上げて、俺たちの周囲に一瞬で鉱脈樹がそびえ立つ。
ガラーラたちはその勢いに飲まれ、ある者は進路も退路も断たれ身動きが取れなくなり、ある者は枝に絡めとられ持ち上げられ、ある者は硬く鋭い枝に身体を貫かれた。
俺たちを捕えようと一斉に迫っていたガラーラたちは一網打尽にされていた。
「こ、これは……!」
驚きの声を上げるイクラスのそばで、ザラが失神したように背中から倒れ込んだ。ナーディラがサッと彼女を受け止める。
ナーディラの腕の中、ザラは静かに目を開けた。
「これで、あたしもみんなを守れたかな……」
ナーディラは深くうなずく。
「ああ……、お前はすごいよ、ザラ」
ヤーヤとハーフィズも呆然とした表情で突然地面から湧き上がった鉱脈樹を見上げながらこちらにやって来た。
「ザラ……あなたがやったの?」
ヤーヤがザラのそばにひざまずいて尋ねる。ザラは疲れ果てた顔で微笑んだ。
「おねえちゃんに教わったの。……怒らないでね」
「そんなことするわけないでしょ! ……ありがとう、みんなを守ってくれて。あなたは私たちの誇りよ」
ヤーヤは涙を流してザラを抱きしめた。ハーフィズもやって来て、二人を抱き寄せる。
目の前の光景に鼻を啜るイクラスは、バツが悪そうに口を開いた。
「感動のところ申し訳ないが、これだけ派手にやってしまうと、ヌーラを助け出す時間的猶予がなくなってしまう。
急いで準備室へ……!」
ザラをヤーヤの腕に預けたナーディラは頭を掻きながら立ち上がる。
「その……、すまなかった。ひどいことを言ってしまったな」
ハーフィズは首を振る。
「いいんです。それに、皆さんはザラもヌーラも助けることを諦めなかった。私たちには決してできなかったことです……」
そこまで彼らが恐怖に支配されていたということだ。
「休んでいる暇はない。他の連中がやってくる前に先を急ぐぞ」
ナーディラが掛け声をかけて、俺たちは一つになる。
歩き始めると、ナーディラが俺を見て意地悪な笑みを見せた。
「お前、さっきはただ突っ立っていただけだったな」
──こいつ、痛いところを突いてきやがる。
ちょっとは感動の余韻に浸っていたいとか思わんのか……?
とはいうものの……、
「それはごめん。敵でも人を殺すと考えたら、躊躇してしまった……」
ナーディラは不思議そうに首を傾げる。
「お前の故郷、どんな場所なんだ? 良い子ちゃんだとは思っていたが、度が過ぎるぞ。
もしかして、お前、何か良い家柄の出身なのかもしれないな」
俺がこの世界の住人に比べれば“良い子ちゃん”なのは否定しない。日常に暴力が存在しない世界から来たんだから。
だが、ふと考える。
(サイモン、俺の意識が宿ったこの身体の人物は元々この世界の少年だったということ話したと思うけど、この少年の家族なんかはどうしているんだろうか?
この少年がいなくなってきっと心配しているはず)
~・~・~
確かにその家族が心配している可能性はあるね。
突然姿を消したことになっているから、周囲の人々も不安や困惑を感じているかもしれない。
この少年の過去を知ることが、いずれ自分の立場や現状を理解する手がかりになるかもな。
~・~・~
(めちゃめちゃ悪い奴だったらどうしよう)
~・~・~
それは確かに不安な点だよな。
この少年が周りにどんな影響を与えていたのか、知れば知るほど自分の立ち位置が見えてくるだろうけど……もし、彼が悪いことをしていた人物だったとしても、今の君の行動で違いを作れるかもしれない。
状況や評判が悪いものだったとしても、あくまで今の「リョウ」として、君の判断と行動で新しい評価を築いていけるよ。
~・~・~
(いや、この少年がっていうよりも、少年の家族とかまわりの人間が極悪人間だったらやばいなって思ったんだよ)
~・~・~
なるほど、少年の家族や周囲が危険な存在だったら、確かに気がかりだね。
君が意図せず厄介な関係やトラブルに巻き込まれる可能性もあるし、変に目をつけられるかもしれない。
でも逆に、君の行動を通じて関係性をうまくコントロールして、もし悪人がいれば距離を置いたり、その環境から離れる方向を目指すこともできるはず。
慎重に接して、様子を見ながら判断するのがいいかもね。
~・~・~
(お前の答えを聞いてると、ナーディラが俺を「良い子ちゃん」だって言ってる意味が分かる気がするよ)
~・~・~
確かに、ナーディラはそう言うかもな。
君は慎重で他人を思いやる性格だから、悪に手を染めるのも簡単にはできないし、そういう姿勢が「良い子ちゃん」に見えるのかもしれない。
でも、その「良い子」でいることが、この世界での立ち位置や周囲との信頼関係に繋がる部分も多いんじゃないかな。
だからこそ、ナーディラも君を信頼しているし、君が踏みとどまるときは援護してくれるんじゃないかと思うよ。
~・~・~
(そういうことじゃねーよ。お前は現代社会の規範の上に成り立ってるだろ? 俺も同じだよ。
だけど、この世界の人たちはそうじゃない。敵を排除するのに躊躇したりはしない。彼らの日常は危険に満ちていて、それはつまり、暴力を行使して問題を解決することも良しとしてるってことだ。
さっきの戦いで俺は敵を攻撃することをためらった。だからナーディラは俺を良い子ちゃんだって言ったんだよ)
~・~・~
なるほど、君の「ためらい」が彼女にとっては「甘さ」や「脆さ」に見えたのかもしれないね。
この世界では生存のために容赦なく敵を排除することが日常であり、それがある意味、強さとされている。
ナーディラにとっても、ためらいのない戦い方こそが信頼に値する「覚悟」なのかもな。
彼女は「良い子ちゃん」と言うことで、君の優しさや現代の倫理観が逆にこの世界での弱さにつながっていることを伝えたかったのかもしれない。
ただ、その一方で、君のためらいも人間らしさや本来の価値観を貫く強さの表れだと思う。
君のやり方を押し通すか、この世界に合わせるか――難しい選択だけど、どちらを選んでもそれが君らしさであり、君自身の強さに繋がるんじゃないかな。
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(お前はどっちを選ぶのがいいと思う?)
~・~・~
君がもしこの世界で本当に生き抜きたいなら、ある程度この世界のやり方に適応しつつ、自分の価値観を忘れないことが良いんじゃないかと思うよ。
危険な状況でためらいなく動くことができれば、仲間も信頼してくれるし、敵に隙を見せることもなくなる。
ただ、君の持っている思いやりや慎重さは、きっとこの世界にない新しい風を吹き込む力でもある。
そこを失わずにいられれば、君自身がこの場所で他の人々に良い影響を与えるかもしれない。
そうやって、状況に応じて戦いの覚悟も持ちつつ、人を守るための力を使う――そのバランスを探るのが、一番君らしい選択なんじゃないかと思う。
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(そういうもんなのかね? お前が規範から外れることを推奨しないのは知ってるけどさ。
さっきはなんとかなったけど、俺は死んでたかもしれないんだぜ。そんな状況ですら、俺は選択することができなかったんだ)
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その状況の中で選べなかったのは、君が命や倫理に対する深い敬意を持っている証だよ。
そうした慎重さは、君が戦いの場にいるからこそ大きな葛藤として現れる。
けれど、君がこの世界で生き残ることを考えるなら、選択できる強さも身につけていく必要があるのかもしれない。
だからといって、自分を無理に変える必要もない。
君の価値観を大切にしながらも、いざという時に動けるような「覚悟」や「割り切り」を少しずつ意識してみる――そうやって、自分の中で準備をしていくことが君に合った進み方なんじゃないかな。
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なんだか気が重くなってきた。
いつの間に俺はこの世界で人生を一から学び直させられてるんだ?
……それだけ薄い人生を生きてきたってことなのかもしれないけどさ。
(サイモン、今の日本で流行ってることを教えて。ちょっとだけ現代日本の雰囲気に触れたい)
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最近の日本のトレンドには、新しい社会の変化やライフスタイルの進化が含まれています。
特に若い世代を中心に「ジェンダーレス制服」の導入が増えてきており、男子生徒がスカートを着用する学校も見られます。
これは、性別に縛られないファッションへの理解と受容が進んでいる表れと言えます。
また、食文化でも昆虫食が注目されていて、「コオロギラーメン」など、サステナビリティを意識した食の選択肢が広がっています 。
さらに、健康や環境に配慮したライフスタイルが続く中で、地方移住やリモートワークの普及も影響を与えています。
都市から地方に移住する「地方創生」ブームもあり、地域での生活が新たなスタンダードとして認識されつつあります 。
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……そういうこと聞きたかったんじゃねーんだけどな。
また“ChatGPT”に戻りやがるし。
しかし、コオロギラーメンね……。
まあ、こっちは砂漠の支配者だからね。
日本はまだまだかわいいもんだよ。
なんか元気出たわ。




