41:Another gifted one
見張り塔から長い梯子を下りながら、サイモンにこれまでの状況を説明する。
ナーディラが派手におっぱじめてくれたおかげで、心置きなくサイモンと話すことができる。
それは彼女に感謝しなければならない……かもしれない。
(ガラーラは魔法を穢れた存在として、それを使った人間を探し出して、奴らによる街の秩序を保ってきたようだ。
奴らを信奉する街の人たちもまわりの人間が魔法を使っていないか監視して密告していたみたいだぞ。
そうやってお互いを疑心暗鬼にさせて街の人々を縛りつけているんだと思う)
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ガラーラが街の秩序を保つために、魔法を穢れとし、人々に相互監視と密告を促しているのか。
まるで見えない鎖のように、人々を疑心暗鬼に縛りつけ、誰もが他人を疑う状況を作り出しているんだな。
街全体がガラーラの思惑に囚われ、表向きは安定しているように見えるが、その実、恐怖と不信が根付いているわけだ。
こうした状況下では、ナーディラのように堂々と魔法を使う者はまさに異端で、ガラーラからすれば脅威以外の何物でもない。
彼らの「秩序」が守られる限り、街の住人は支配下に置かれ、ガラーラの存在価値が強化されるという構造なんだろうな。
このままではザラもナーディラも、そして君も安全に動くのは難しいかもしれない。
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(まあ、ナーディラは強いからめちゃくちゃ心配してるわけでもないんだけど、それでも数で押される可能性もあるからな。
それにしてもやばいのは、禁忌を破った者は表向きには街から追放されるらしいが、裏ではガラーラたちが狩りのように楽しみながら殺しているらしい。
街の人はそのことを知らないんだ)
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それは……想像以上にガラーラの支配が根深いな。
表向きは「秩序維持」のために追放とされているが、実際は彼らの「狩り」の対象として命を奪われているなんて、恐ろしい話だ。
街の人々が知らないことをいいことに、ガラーラはその「掟」を利用して、恐怖で支配を強化し、さらに自分たちの楽しみにもしているわけか。
ナーディラは戦闘力が高いけれど、相手がガラーラ信奉者や密告者だらけなら、一人の力で押し通すのは難しいかもしれない。
君やイクラスがいることで、少しでも裏の真実を広めることができれば、ガラーラの勢力にもヒビが入るかもしれないな。
でも、まずはザラたちとの合流が最優先だ。
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イクラスと俺は見張り塔を下りて走り出した。
周囲では、街の人々が慌てふためいている。どこかで鐘の鳴る音がする。それが状況をより緊迫なものにしていた。
(その狩りにしても、知った人間は同じように狩られるか、弱みを握られて利用されるらしい。
ザラの両親は、ヌーラを無事に儀式の生贄にしたいのなら、ザラの居場所が分かった時に教えろと脅されてるんだ)
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ザラの両親もガラーラに完全に支配されてるんだな。
娘を守りたくても、ヌーラを生贄にしないと何をされるか分からない状況じゃ、下手に反抗もできないし、協力せざるを得ないのか。
こうやって、家族同士をも脅し合うように仕向けているのが本当に卑劣だ。
ザラにとっては、自分が狙われているだけでなく、家族までもがガラーラに操られてる現実はかなりつらいはずだ。
早く彼女を見つけて、この悪循環をどうにかしないと、ザラの家族の絆がどんどん壊されていきかねないな。
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(両親にとってはザラもヌーラも大切な家族だ。彼らはこの街が好きで守りたいと思って生きてきた。
だから、この街を儀式などで守っているガラーラに認められて仲間になりたいと思っていた。
だけど、ガラーラはそんな彼らの思いも踏み躙っている。
ザラの両親は街を守るのか娘たちを守るのか、その間で苦しんでる)
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両親にとって、ザラもヌーラも等しく大事な存在だからこそ、街を守るという自分たちの信念と、娘たちの安全を守りたい気持ちがぶつかり合っているんだろうな。
ガラーラの狡猾さを考えると、彼らの苦悩がどれだけ大きいか想像できる。
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(二人の母親はヤーヤっていうんだが、彼女はザラを産んだ時に身体を痛めてもう子供を作ることができなくなってしまったんだ。
ヌーラを生贄に捧げれば、もう子供はザラしかいなくなる。
だから、街から逃げ出したザラを捜そうとせずに放っておいたんだそうだ。街から出て行ってくれていた方がいい、と。
俺はそのことを知らずに、ザラの両親を「最低な奴だ」って言ってしまったんだ)
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それは辛い状況だったな。
ヤーヤの事情を知らずに責めてしまったのも無理はない。
親として苦しみの中で二人の娘の命を天秤にかけるような決断を強いられているのは、並大抵の覚悟ではできないはずだ。
ザラがその現実にどう向き合うかも心配だけど、今は君がその重荷を理解し、二人の娘を守りたい気持ちがあることを伝えることが救いになるかもしれないね。
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中央広場は、ナーディラの戦闘から逃げてきたのか人の数が多いようだ。みんな口々にとんでもないことが起こったと言い合っている。
中には、水の入った桶を持って駆けていく人たちの姿もある。
俺たちは彼らの後を追うように通りに向かって行った。
(そういえば、防衛団の人が言ってたんだ、ガラーラとクトリャマは似てるって。確かにどちらも反魔法を訴えてる)
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それは興味深い指摘だな。
どちらも魔法を忌むべきものとし、人々を厳しく管理している点で確かに似ている。
ガラーラは儀式や秩序維持を名目にしているが、クトリャマも似たような方法で恐怖を利用している。
こうやって見ていくと、どちらの勢力も単に魔法を拒絶しているだけでなく、人々を支配するための道具として反魔法の思想を利用しているように感じるな。
その共通点が、どこかで繋がっている可能性も捨てきれない。
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(大きな理由があって反魔法を訴えているんじゃなくて、人々を支配するために魔法に反対してるってこと?)
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そうかもしれない。
ガラーラもクトリャマも、人々を支配する手段として反魔法の思想を利用している可能性がある。
表向きは「魔法は穢れたものだ」「街の秩序を保つためだ」と言っているが、実際にはそれを口実にして、人々に恐怖を植え付け、密告や疑心暗鬼を煽っている。
本当に魔法そのものが街や人々に危険をもたらすから禁止しているというよりも、「支配するために反魔法を掲げている」という方が筋が通る気がするんだよな。
特に、ガラーラやクトリャマの内部でだけ都合よく魔法が使われたり、特定の目的のためにのみ利用されているなら、その可能性はさらに濃厚だ。
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確かに、魔法がこれまで良くない作用をもたらしたという印象はない。それどころか、水を生み出したり、火を起こして調理に利用したりと、人々の生活に役立っている。
(クトリャマは精霊術っていって、精霊を操って魔法みたいな力を使ってた。魔法も精霊術も似たようなものに見えたけどな。
精霊術はOKで魔法はダメって、曖昧な線引きだよな)
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まさに、その曖昧さが支配の手段になっているのかもな。
精霊術が「神聖」で魔法が「穢れたもの」だとするのは、単なる表向きの設定であって、実際にはガラーラやクトリャマが自分たちの都合のいいように線引きしているだけかもしれない。
そうすることで、彼らは精霊術の独占権を持ちながら、魔法を理由に他者を取り締まったり、追放したりできる。
もし魔法と精霊術が根本的に同じような力なら、禁じている理由は単に権力を維持するための方便で、人々に「これは違うものだ」と信じ込ませているだけなんだろう。
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似通った二つの集団……。
サイモンはその二つがどこかで繋がっているかもしれないという。
もしそれが本当だとしたら、この世界には人々を束縛する大きな思想が横たわっているということになるじゃないか。
考えを巡らせていた俺の目の前で、木造の建物が木っ端微塵に吹き飛んだ。
「どわっ!!」
もんどりうって転がる俺の視界は煙と砂ぼこりでぼやけている。
その砂煙の中から飛び出してきた影がある。
「ナーディラ!!」
くすんだベージュの髪、小麦色の肌が躍動する。小脇に抱えたザラが目を丸くして俺たちを捉えた。
「イクラスさん! リョウおにいちゃん!!」
俺の眼前で足を滑らせながら急停止したナーディラが白い歯を見せた。
「クソどもが喧嘩をふっかけてきやがった」
だからぶっ飛ばしてやった、と言わんばかりにナーディラが拳を掲げた。
つい頭を抱えてしまう。
「あのなぁ、お前な……」
「伏せろ!」
ナーディラが叫んで、ザラを抱えたまま俺を地面に押し倒した。顔をナーディラの胸で押し潰されて窒息しそうになる。
だが、彼女の肩越しに水の塊が弾丸のように飛び去って行くのを見て、ゾッとしてしまった。
ナーディラはすぐに立ち上がって、素早く魔法を詠唱した。
彼女が腕を振るうと、通りを塞ぐほどの炎の壁がガラーラたちを飲み込んでいった。
「うがあああっ……!!」
ガラーラの断末魔の叫びを聞くナーディラは息を切らしている。魔法を連発していたのだ。無理もない。
「これだけ派手にやってしまったら、一気に準備室に向かうしかない!」
イクラスが叫ぶ。
もう何かを考えている暇はない。俺たちはうなずいてツデヤの門に続く道に向かうことにした。
しかし、巻き上がる黒煙と炎の向こう側から、白を基調とした赤い文様のローブ姿がまた現れて俺たちを追って来ていた。
「チッ、しつこいゴミどもだ」
このナーディラさん、戦闘になると一瞬で沸騰したようにガラが悪くなる。頼もしいが恐ろしい……。
精霊の生み出す炎や水の弾丸を、建物を遮蔽物にしてひとまず中央広場の方に戻る。
「あいつら、数で押せると思って連発してきやがるな……! 体力の消耗を待つか?」
俺が提案すると、ナーディラは首を振った。
「精霊術は魔法と違って体力を消耗しない。そんなことをしても無駄だ」
「なんじゃそりゃ。じゃあ、こっちも精霊術を……!」
ナーディラの顔が曇る。
「精霊術は……好かん」
そうだ、俺たちはクトリャマがタモロの街の人たちを焼き殺したのを見た。彼女はクトリャマの使う力を悪と見做しているのだ。
(ナーディラと合流した。ザラも無事だよ。
ナーディラは精霊術を嫌っているみたいだ。タモロの街で多くの人が精霊術の犠牲になったからな。
魔法を使う人間と精霊術を使う人間はお互いを悪だと認識してるんだ、きっと)
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二人とも無事で何よりだ!
ナーディラが精霊術を嫌うのも、タモロの街での経験が深く影響しているんだろうな。犠牲になった人々を思えば、彼女にとって精霊術は忌まわしいものに違いない。
こうして見ると、この世界では魔法と精霊術の対立が根強いんだな。
どちらも相手を「悪」と認識し、それぞれの使い手が異なる信念や価値観に基づいて行動しているのかもしれない。
互いに憎み合っていることで、両者の真の力や起源について冷静に考える余裕もないのかも。
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(精霊術は魔法と違って体力を消耗しないらしい。根本的に違う原理の力かもしれない)
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なるほど、体力を消耗しないのは確かに大きな違いだ。
魔法が使い手の体力を直接消耗するのに対し、精霊術はおそらく精霊から力を引き出しているんだろう。
つまり、精霊術は使用者自身ではなく、外部の存在である精霊に依存している分、負担が少ないのかも。
こうした違いが「精霊術は清らかで、魔法は穢れている」といった信仰の根拠になっているのかもしれないな。
もし原理そのものが違うのであれば、単に「似たような力」とは捉えられず、どちらかが許容され、どちらかが忌避される理由も見えてくる。
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ナーディラが俺の腕を掴む。
「ああ、もちろん、お前のように精霊と話ができるような力は素晴らしいと思うぞ」
精霊にも善悪がある。彼女はそう言いたいのだろう。彼女が背負うザラも俺を慰めるかのように微笑んでいる。
「精霊と話ができるだって?!」
俺たちを先導するイクラスが振り返って叫んだ。ナーディラはなぜか得意げに答える。
「リョウは魔法で精霊と交信ができるんだ。選ばれし者だぞ」
イクラスは驚きを隠せない様子だ。
「この街には、言い伝えがある。『“選ばれし者”がこの地を救う。彼の者に従えよ』と。だから、俺たちはアメナ様を信じてきたんだ……」
「ちょっと待ってください! じゃあ、アメナは……」
イクラスは深くうなずいた。
「彼女は数十年振りに顕現した選ばれし者なんだ」




