40:取り急ぎ共有まで
防衛団のメンバーたちは街に散っていった。
俺はイクラスと共にザラの家から離れて中央広場にやって来た。真ん中にある巨大な日時計のまわりには人の姿が疎らだ。
俺はついため息をついてしまう。
「どうした? これから作戦開始だというのに、浮かない顔をしているな」
「いえ……、さっきはザラの両親に『必ず二人を助け出す』と言っちゃって、気分が乗っていたからといっても言いすぎたなぁと思いまして……」
ポケットの中にしまい込んだカバデマリの葉が重く感じる。
「なあに、その言葉を真実にしてみせればいいだけだ」
イクラスがニッコリと笑うが、そんなに簡単な話じゃないのよ……。
「さて、リョウ、どうやって魔法を? ここは人が少ないとはいえ、目撃される恐れもある」
「その前に、光る石についてもう少し教えてください。遠く離れた場所の魔法も感知できるんですか?」
「それはモノの大きさや質によるな。例えば、俺の持っている──」
イクラスが胸元からネックレスにした光る石を引っ張り出した。綺麗に研磨されている。
「こいつはそれなりに高品質のものらしくてな、距離にしてだいたい三十ケセタくらいは感知範囲内だと思うぞ」
ええと、ケセタって確か、肩幅くらいの長さだったよな。五十センチくらいだ……。
頭の中で計算しようとすると、ココナ山の麓の案内所にいたあのジジイの顔が思い浮かんでしまう。
質の良い光る石は十五メートルほどの範囲の魔法を感知できるというわけだ。
「ちなみに、魔法源に近づくほど強く光るぞ」
ナーディラが持っていた石はそれほど光っているように見えなかった。質の低いものだったのかもしれない。
「俺の魔法は特殊なんです。目に見ることができない。発動したらすぐに移動しましょう」
イクラスは不思議そうな表情をしたがすぐにうなずいてくれた。
久々のサイモンとの会話だ。
(サイモン、しばらく話しかけてなかったな。前回に話しかけた時からちょっと状況が変わっちゃったんだ)
心の中でそう発して、イクラスの腕を取って歩き出す。
イクラスが「えっ?」と驚きの声を漏らしていた。
~・~・~
リョウ、久しぶりだな。どんな状況になったんだ?
~・~・~
(ザラの街に着いた。ムエラ・ココナっていう街だ。
手短に説明するけど、この街は魔法が穢れたものだと考えられ続けてきた場所だ。最近じゃ、その考えも少しずつ薄れ始めているみたいだがな。
この街は、ガラーラという祭司軍団が支配力を持っているらしい。例の儀式を執り行ってる連中だ。
魔法を使うとそいつらに捕まってしまうようなんだよ)
~・~・~
ムエラ・ココナに到着したんだな。
魔法を使えないとなると、立ち回りが難しそうだ。ガラーラの祭司軍団も相当厄介そうだし、注意して動く必要がありそうだな。
状況が変わったのは何か他にもあるか?
~・~・~
なんだ、サイモンのやつ、俺に興味津々じゃないか。ちょっと間を置いただけで寂しくなったのか?
「すごい、石が反応しているぞ……!」
隣のイクラスが小さく言って石を見せようとする。
「バレるからやめてくださいって……!」
俺たちは広場を抜けて、ザラの家とは反対方向に歩いて行った。振り返った広場に二人組のガラーラが駆け足で近づいているのが見えた。
(今の状況は、ザラとナーディラとは別行動だ。ちょっとしたトラブルがあってな。
俺はこの街の防衛隊長のイクラスって男の人と一緒にいる。
ガラーラの中にアメナっていう魔女みたいな女がいて、そいつがザラを捕まえようとしてるんだ。ナーディラはザラと一緒にいる。
俺たちは今、二人と合流しようとしてるんだが、まだ彼女たちの居場所が分からない)
~・~・~
それは厄介な状況だな…。
アメナがザラを捕まえようとしている理由がわからないけれど、彼女たちが無事に逃げ切れるか心配だな。
イクラスと一緒なら、街の防衛や内部情報をうまく利用できるかもしれない。
合流するための手がかりや、ザラとナーディラがどこにいるかについて、何か見当はついているか?
~・~・~
(アメナがザラを捕まえようとしているのは、彼女がこの街にとって穢れをもたらす存在だと思われているからだ。なんせ儀式を前にして街から逃げ出したんだからな。
この街の中にはガラーラの信奉者も数多くいる。防衛団の中にも奴らの仲間がいる。
イクラスはガラーラに疑問を持つ人物で、他に五人の防衛団のメンバーに協力してもらってる。ザラたちの居場所の検討はついてない)
──サイモンを茶化していた俺だが、俺もたいがい口数が多いな。
~・~・~
なるほど、ザラが逃げ出したことが街にとって大きな問題とされているんだな。
ガラーラの影響力が街全体に及んでいる状況で、ザラを守り抜くのはかなり難しそうだ…。
でも、イクラスや協力してくれる防衛団のメンバーがいるのは心強い。
彼女たちの居場所については、アメナがどう動くかを考えた方がいいかもしれない。
ガラーラがザラを見つけようとしている以上、彼女らが潜伏しやすい場所や、ガラーラが重点的に探しそうな場所を予測できれば、先回りできるかも。
それに、アメナの行動を監視したり、情報を集めることで何か手がかりを掴むのも一つの手だと思う。
~・~・~
(ザラを見つけるのは、別で動いてもらってる防衛団のメンバーに任せておくしかない。
俺はお前と話すことで魔法を発動してガラーラを引きつける陽動役なんだ)
~・~・~
なるほど、陽動役を引き受けたんだな。
ガラーラにとって穢れた存在と見なされることで注意を引き、ザラたちの捜索を防衛団に任せる作戦ってわけか。
サイモンとのやりとりが彼らにとって魔法と見なされるなら、確かに強力な囮になるだろう。
リスクも高いが、ガラーラの注意を君に向けさせている間に、仲間たちがザラを見つけて無事に連れ出せれば、目的は果たせる。
防衛団のメンバーたちがうまく動いてくれるといいな。
もしガラーラやアメナが近づいてきたら、その動きや反応を逆に利用できるかもしれない。
~・~・~
通りの向かいからやって来るガラーラの姿に、俺たちは通りから外れて建物の陰に隠れた。
息をひそめる向こうで、ガラーラの声がする。
「穢れなる術を用いた者がいる! 名乗り出よ!」
「ああやって魔法を使った人間を炙り出そうとするんだ。俺もあれに加担して、何人もの人間を追放してきた……。狩りの獲物として奴らに提供していたとは……」
イクラスが小声で言う。彼は奥歯をギリリと噛み締めて項垂れた。
「ザラたちと合流しても、ヌーラを助け出さないと意味がありません。今のうちにヌーラの居場所も教えてください。
準備室ってどこにあるんですか?」
「ツデヤの門が儀式の行われる“奉奠の樹”に続く唯一の門だ。準備室は門から奉奠の樹に向かう途中にある」
「じゃあ、そのツデヤの門に──」
通りの方から嘆くような声がした。
「私じゃありません!」
建物の陰から覗き込む。一人の女性が四人のガラーラたちに疑いをかけられているようだった。ガラーラたちが集まってきている……。
この作戦の問題は、街の人を巻き込んでしまうことだ。ザラたちを助けるには、こうするしかなかった。
背に腹は代えられないのだ。
「何をしておるんじゃ?」
突然背後から話しかけられて、俺は心臓が止まりそうになった。
振り返ると、木の台車を引いた老人が立っていた。
「じ、じいさん、なんでここに……?!」
イクラスが目を丸くしていた。どうやら知り合いらしい。
「なぁに、畑で収穫をな。そしたら、お前さんたちがコソコソしているのを見かけてな」
「隠密行動だったはずなのに……!」
イクラスが悔しがっている。こいつに任せて大丈夫か……?
老人は通りで進行している騒ぎに目を向けた。
イクラスは手早く説明をする。信用できる相手かも分からないのだが、俺にはイクラスを止める手立てがなかった。
「ふむ、なるほど……」
老人は顎をさする。
「お前たちは早く行きなさい。ワシに考えがある」
「む、無理するなよ、じいさん……」
「たわけ。お前の何倍も生きておるわい。奴らのことも任せておけい」
老人はそう言って通りに歩み出て行った。
俺たちは建物の間を駆ける。背後で老人が叫ぶのが聞こえる。
「さっき、裏路地を逃げていく怪しい奴がおりましたぞ!」
俺たちが向かうのとは逆を指さす老人がそこにはいた。
しばらく建物の間に身を隠すようにツデヤの門を目指した。
イクラスが俺の肩を叩いて少し先の木組みの塔を指さした。
「見張り塔だ。あそこに登って街を見下ろしてみよう」
長い梯子を昇って見張り塔の上に出た。街の全景がよく見えた。
ムエラ・ココナは防壁に囲まれた広大な街だった。
主要な通り沿いは建物が規則正し並んでいるが、街の中心部や通りから外れる防壁際などはずいぶん無秩序に建物が建っている印象だ。
防壁のそばには田畑も広がっている。この街では、防壁の内側に作物を育てる空間があるらしい。徹底して防壁の中に人々を押し込めている。
街の向こうに雄大なココナ山がそびえており、その麓にはカバデマリの森が広がっていた。まるで桜の花びらを敷き詰めたかのような絶景だった。
ザラが綺麗な景色だといっていたのを思い出す。
「この景色を見るために来る人もいそうですね」
俺がそう言うと、イクラスは心底不思議そうな顔をして首を傾げた。
「そんな物好きがいるだろうか……。景色を見るために?」
そうか、この世界は交通手段も発達していないし、情報の伝達も遅い。ただでさえ魔物などで危険な外の世界を渡り歩いて観光しようという発想自体がないのだ。
サイモンに話しかけようとして思い留まった。塔の上で魔法を使うのは危険だ。
街のあちこちから威勢のいい店の呼び込みの声が立ち上ってくる。声のする方に目を向けると、必ずガラーラの目立つローブ姿が目に入る。
「店の人たちがガラーラの位置を教えてくれている……?」
イクラスが笑った。
「どうやらそのようだ。じいさん、どういう手を使ったのか知らんが、さすがだな」
「何者なんですか、あの人は?」
「この街の元防衛団長だよ」
──この街の人たちもガラーラの圧力に耐えかねているのかもしれない。
ここから確認できる限りでは、ガラーラたちは中央広場付近に集まりつつあるようだった。
「ツデヤの門は、向こうの先だ」
ほとんど街の反対側と言っていい霞んだ防壁に穿たれた門をイクラスが指さしている。
「ガラーラがこちらの方に気を取られている今のうちに向かいましょう」
「よし、そうしよう──」
イクラスのハキハキとした返事を掻き消す爆発音が遠くから聞こえた。
ツデヤの門からずいぶん離れた場所で黒い煙が上がっている。そしてまた巨大な炎が弾けた。
非常にいや~な予感がした。
あの人、好戦的なんだった。
「まさか、ナーディラのやつ……、ガラーラに応戦しやがったな?」
──俺の計画が水の泡じゃん……。
「あれがナーディラさんか! 居場所が分かってよかったな、リョウ!」
イクラスが能天気に俺の肩を叩く。
一発でナーディラの場所が分かってしまった。
きっとザラも一緒だろう。今までコソコソしていたのがバカみたいだ。
(サイモン、俺たちがコソコソしてる間にナーディラが戦いをおっぱじめやがった。
遠くで炎の魔法をガンガン使ってやがるよ、あいつ……)
~・~・~
なんてこった、ナーディラらしい思い切った行動だな……。
遠くで炎の魔法を使ってるってことは、彼女がガラーラの連中の注意を一気に引きつけている可能性が高い。
これでザラを探す時間は稼げるかもしれないが、ナーディラの安全が心配だ。
イクラスや君はどう動くつもりだ?
ナーディラのフォローに回るか、それともこのチャンスを活かしてザラを見つける方に集中するか、選択が難しい局面だな。
~・~・~
(いや、それがね、ザラはナーディラと一緒にいると思うんだよ。ナーディラが好戦的な奴だってのを忘れてた。
今から二人のもとに向かうよ。……俺の作戦無駄だったな)
~・~・~
なるほど、ザラがナーディラと一緒にいるなら、ナーディラが戦い始めたのも納得だね。
彼女は守るべきものがあるとより攻撃的になるタイプだからな。
作戦が無駄になったのは残念だけど、その陽動が少しでも役立っていたかもしれないし、今は二人のもとに急ぐのが優先だね。
ナーディラが戦闘を始めた場所の状況も気になるけど、うまく合流できることを祈ってるよ。
イクラスも戦力としては頼りになるし、うまく連携していこう。
~・~・~
よく考えたら、俺以外ポジティブな奴ばっかりだな。




