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スキル「ChatGPT」で異世界を生き抜けますか?  作者: 山野エル
第2部2章 残滓を拭うもの
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39:燃える魔女の妖気

 アメナは真っ赤なローブに身を包み、燃えるような赤い髪をなびかせてザラの家に颯爽と足を踏み入れてきた。

 色香を纏った空気であっという間に室内が充満する。


 一言で表せば、魔女──その言葉が最もしっくりくる。


「賑やかなことじゃ」


 たった一言でも分かる。圧力を感じる声の響きだ。


 大手だからと横暴に振る舞っていた取引先の人間のことを思い出した。

 絵に描いたような接待というのを、俺はあの時に初めて経験した。この社会には明確な上下構造があるのだと、身をもって知ったのだ。


 アメナは炎の核のような輝くオレンジ色の瞳で俺たちを睥睨するように眺める。


「ザラはどこじゃ?」


 心臓を鷲掴みにされたような感覚に襲われる。

 たった今、ヤーヤやハーフィズと心をぶつけ合ったその只中にあった名前がポンと目の前に提示されて、心を見透かされたような気持ちになってしまった。


「わ、分かりません……。あれからずっと見ていないのです……」


 そう答えるヤーヤの声が震えていた。


「ほう? 防衛団の話によれば、街に戻ってきたようじゃぞ。……驚かないのじゃな」


 冷たい視線を浴びて、ヤーヤとハーフィズが固まってしまう。「私は知っているぞ」と、鎌をかけられたのかもしれない。


 真意はどうでもよかった。


 彼らと街を守る者との間には、親しみも分かち合いもない。尋常ではない雰囲気だということがひしひしと伝わる。


 ──だが、裏を返せばザラの居場所を知らないということか。


「分かっておろうが、あの子は儀式を前にこの地を穢す悪の精霊に魅入られた。あの子を追放せねば、この地は穢れに満ちてしまう」


「待っ──!!」


 ヤーヤが自分の口を押える。


「なんじゃ?」


「なんでも……ありません」


 首を振るヤーヤにアメナがゆっくりと近づく。


「涙の跡……なぜ泣いておったのじゃ? お前の心を揺さぶるような何かがあったのか?」


「い、いえっ、決してそんなことは……!」


 ヤーヤもハーフィズも胸に手を当てて頭を下げた。


「穢れをもたらすザラを見つけ次第、我らに伝えるのじゃ。分かっておろうな?」


 二人は強くうなずいた。


 アメナの目が俺の方を向いた。彼女がニコリと笑う。


「旅のお方じゃな。ムエラ・ココナの儀式を学びたいと?」


 ──街に入る時の聞き取り調査の帳簿を見られたんだ……。


「そ、そうです」


「記録によれば、貴殿は他の二人と街に入ったようじゃな」


 ──疑われている。


「そうです。たまたま道の途中で会ったんです、ザラと」


「つまり、ザラは自らの意思でここに戻ってきたと?」


 そう言うしかないだろう。そうすれば、ザラにも情状酌量の余地ができるかもしれない。


「街の外に六日、なんのあてもなく彷徨い、何もなく戻ってきたと?」


 アメナが俺に近づいてくる。甘い香りで眩暈がしそうだ。

 彼女のローブの胸元には、金色の首飾りが光っている。そこには、魔法を感知する光る石(トレーバリ)が象嵌されている。


 俺が答えられずにいると、アメナは妖艶な笑みをこぼした。


「まあ、よい。旅の学者よ、儀式を存分に学ぶといい。

 ただし、聞き及んでおるだろうが、儀式は穢れを嫌う。そのことはゆめゆめ忘れるでないぞ」


 彼女はイクラスに目をやった。


「防衛隊長、防衛任務は順調か?」


「旅のお方を案内しておりました。すぐに持ち場に戻ります」


「わざわざ生贄(ピカーナ)の家族を紹介したのか」


「儀式の研究をされるというので……」


 アメナは笑って、


「ご苦労」


 と言い残すと、従者たちを従えて去って行った。


 その姿が見えなくなるまで、俺たちは身動きが取れなかった。



 しばらくして、ヤーヤが膝から崩れ落ちた。


「ヤーヤ!」


 ハーフィズが彼女を支える。アメナの妖気にあてられたかのように、ヤーヤは震えていた。


「アメナ様がザラを……」


 アメナはザラを捜している。一緒にいるナーディラや子供たちが危険だ。


「イクラスさん、俺はどうすればいいですか……?」


 すがる思いでそう尋ねた。イクラスは悪夢から覚めたような眼差しで俺を見つめ返した。


「とにかく、ザラやナーディラさんたちと合流しなくては。街のガラーラ様にザラのことが広まれば逃げ場はなくなってしまう」


 ここに来る途中、祭司二人組とすれ違ったのを思い出した。


「まだガラーラの中にはザラの顔を知らない奴もいるってことですよね?」


「ああ、ザラの手配書はまだ作られてはいないはず。早々に合流して、君たちもご家族の皆さんも街を出るしかない」


 ハーフィズが首を振る。


「それはダメです。私たちにはヌーラもいるんです。私たちが裏切ったことが知れれば、あの子がどんな目に遭うか……。それに儀式だって……」


「今は儀式がどうとか言っている場合じゃないでしょう」


 俺はそう返したが、ハーフィズもヤーヤも複雑な表情を崩すことはなかった。


 儀式の失敗は街の平穏を乱す……。そのことを俺はまだ頭でしか理解していないのかもしれない。


「しかし、派手な動きをすればますますザラの身が危ないな……」


 弱り果てたようにイクラスが呟く。


 どうすればいい……?


 クソッ、こんな時にサイモンのアドバイスが聞ければ……。だが、それでは、魔法を感知されてしまう。


 ──魔法を感知……。


「イクラスさん、俺に考えがあります。信頼できる防衛団の人たちを集められますか?」



***



 走って出て行ったイクラスを待っていた。


 ヤーヤも今ではようやく落ち着いて、椅子に座ってコップの水を口に含んでいた。そのそばではハーフィズが寄り添う。


 初対面の印象が悪すぎて、いくつもひどいことを言った。


 そのことをまだ謝れていなかった。



 数分して、走って戻ってきたイクラスは五人の仲間を引き連れていた。


 息を弾ませてイクラスが俺に尋ねる。


「それで、考えとは?」


「この街では魔法を使えば知られてしまうんですよね」


「ああ、魔法は穢れとして見られているからな。特に、儀式前のこの時期はかなり厳しい監視体制が敷かれている」


 集まった防衛団員の一人が不満げに声を漏らす。


「魔法が穢れだなんてのはまやかしだぜ、きっと」


「おい、やめろ」


 イクラスが声を飛ばすが、他の団員も不満を漏らした男に同調していた。


「俺ぁ、聞いたこと、ある。昔、旅人が言ってた。クトリャマって、魔法を親の仇みたいにしてる連中、たくさん、悪さしてるって。それに、似てる」


 クトリャマ……タモロの街を破壊し、多くの命を奪った仮面の男たち。奴らは反魔法を唱えている。


 ──確かに、共通点はある。


「とにかく、魔法を感知されてしまうんですよね」


 俺が無理矢理に軌道修正すると、一同はうなずいた。


「ならば、魔法を使えばガラーラを引き寄せることができるはず」


 俺がそう言うと、団員たちは揃って難しい顔をする。


「何かマズいことが?」


 イクラスが答える。


「魔法が使われれば、ガラーラ様による調査が行われ、疑わしい人間は処罰の対象になるんだ」


 ──疑わしきは罰せよってことか……。


「その調査というのは?」


「魔法は使えば痕跡が残る。生み出した水や炎の跡が現場に残るからな。それをもとにガラーラ様は容疑者を断定していく」


「痕跡の残らない魔法の場合は?」


「その時にはアメナ様が直々にお調べになる。アメナ様は身体の中を駆け巡るイルディルの力を読み取ることができるんだ」


「イルディルの力を読み取る……? イルディルは目に見えたりはしないはずですよね」


「よく分からんが、アメナ様はそれが分かるらしい」


 ──ブラフかもしれないな。


 現代でも黒魔術や呪術は存在しているらしい。


 ウィッチドクターという職業もあって、病気などにかかった時に診せると、そのウィッチドクターが病気になる呪いをかけた人間を名指しするらしい。


 その原理はよく分からないし、はたから見れば根拠のない指摘に感じられることもあるようだ。

 アメナもそのようなものかもしれない。


 イクラスが心配そうな顔で俺を覗き込んでいた。


「リョウの考えにとって、なにか都合が悪いのか?」


「いえ、問題ありません。ひとまずはガラーラが動くわけですよね。奴らを動かすことができればザラたちと合流するにも役に立つはず」


「それをリョウが引き受けてくれるということか?」


 俺はうなずいた。


「ならば、考えている暇はない。街は広いとはいえ、四方を壁に囲まれている。残された時間は短いぞ」


 俺たちは立ち上がった。


 ヤーヤとハーフィズが不安に満ちた表情で俺たちを見送る。


「どうか、みなさんお気をつけて……!」


 二人を振り返った。


「さっきはお二人を疑うようなことを言ってすみませんでした。俺はザラを助けようと……」


 ヤーヤがポケットの中から淡い紫色の平べったい欠片を取り出して、俺の手のひらに乗せた。


「これは?」


「ヌーラが大切にしていたカバデマリの葉です。あの子、これをずっとお守り代わりにしていました。でも、生贄(ピカーナ)に選ばれて持って行くことができず……」


 硬く、冷たいひとひらの鉱石の葉。


 ヤーヤはそれをどういう思いで俺に託してくれたのか。


 それを握りしめて、俺は答えた。


「必ず二人を助け出してみせます」

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