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スキル「ChatGPT」で異世界を生き抜けますか?  作者: 山野エル
第2部2章 残滓を拭うもの
38/199

38:話せば分かる

 誰かのために怒りが込み上げてくるのは、子供の時以来かもしれない。


 だから、俺は自分を抑えるのに必死で、ザラの両親に向けた声も震えてしまった。


「なぜあんなひどいことを……?」


 ザラの母ヤーヤは顔を逸らした。そして、ボソリと呟く。


「あの子は、帰って来ない方がよかった……」


 両親との溝が埋まるかもしれないと期待していたザラの顔が浮かんで、胸が痛くなる。


「なんなんだよ、あんたら……最低だな」


 こういうクズとはコミュニケーションをしても意味がない。俺はこの場を離れてザラたちに合流しようと踵を返そうとした。


 今度はイクラスが俺の腕を掴んだ。


「俺もあなたたちの真意を問いたい」


 その目は真っ直ぐに彼らに向けられていた。


「イクラスさん、何を言っても無駄ですよ。行きましょう」


「いや、そんなことはない。どんな人でも話せば理解できるはずだ」


 イクラスが綺麗事を言う。昔は俺もそう思っていた。だが、世の中には理解のある人間ばかりではない。それを社会に出て嫌というほど味わわされた。


 ヤーヤは首を振る。


「話すことはありません。あの子にももう戻らないでと伝えてください」


 やっぱりそうだ。この女は優秀なヌーラを可愛がって、ザラを蔑ろにしている。完璧な子供でないと受け入れない人間なんだ。


「ザラの気持ちも知らないで、よくそんなことが言えますね」


 俺が言い放つと、彼女は眉を吊り上げて声を上げた。


「あなたに何が分かるんですか!」


 こういう人間はすぐにそう言って、他人は理解がないと決めつけるのだ。この世界も地球と変わらないじゃないか。


 隣の夫がヤーヤの肩を抱いて宥めるようにしながら、辺りをキョロキョロと見回している。


「これには理由があるんです」


 ヤーヤがバッと彼を振り返る。


「ハーフィズ! ダメよ!」


「いや、相手はイクラスさんだ。話す価値はある」


 ハーフィズのイクラスへの信頼は厚いようだった。初めは抵抗していたヤーヤだったが、夫の熱い視線に根負けしたようだった。


「中で話を伺おう」


「あいつらの話を聞いて意味がありますか?」


 イクラスにそう尋ねた。彼はいつもと変わらぬ明るい表情で俺を振り返った。


「耳は誰かの声に傾けるためにあると俺は思うぞ」



***



 小さな家の中は外見に見合うような質素さだった。


 炊事場に仕切り壁のない空間。壁際には簡素なベッドが並び、その下には衣服を収める箱がある。部屋の真ん中にはテーブルと椅子が置かれていて、そこが生活の中心になっているようだった。


 寂しいように感じるが、この世界ではこれが普通なことだ。


 入口の扉とは別に裏に抜けるドアもある。身体を洗ったりするようなことは裏庭でやるのだ。


 俺とイクラスはザラの両親と向かい合って椅子に座った。


 椅子がちょうど四脚あるのは、ここが元々四人所帯だからだ。


「何から話せばいいか……」


 ハーフィズは躊躇いがちに口を開いた。おおかた、都合のいい言い訳でも考えているのだろう。


 彼の目が俺に向けられた。


「あなたは旅の方ですか?」


「ええ、まあ、そうです……」


 無意味なやりとりをするのも憚られたが、ここで子供みたいに突き放すのも違う気がした。俺の隣でイクラスが言う。


「こちらはリョウさんだ。ムエラ・ココナの儀式を研究するためにやって来たんだそうだ」


「儀式を……?」


 ハーフィズが目を丸くする。この世界では儀式を研究するということは異常なんだろう。


 イクラスはザラの両親に説明をする。そこにはナーディラの考えた方便も含まれていたが、それが彼らの琴線に触れたらしい。


「あなた方の街でもよくないことが……」


 声を漏らす彼らにイクラスは追い打ちをかけるように言葉を重ねた。


「そして、ウドゲの街でザラと出会ったそうだ」


「ウドゲの街……」


 二人はピンと来ていないようだった。ファマータで三日かかる距離だ。知らないのかもしれない。


「どうしてあの子を連れてきたんですか……!」


 この期に及んでもヤーヤはそうやって嘆きを上げた。


 俺はイラっとしてしまった。


「ザラがヌーラを助けたいと言ってきたんだよ。あんたらのせいで、ザラにはヌーラしかいないんだ」


 言ってしまって、ヌーラ救出のことは隠していたことだったと思い出す。


 ──やってしまった……。


 このクソみたいな場所から今すぐにでも立ち去りたかった。


 ふとザラの両親を見ると、二人とも涙を流していた。訳が分からなかった。


 俺の隣では、イクラスが唖然としていた。


「ヌーラを、助ける……? 何を言っているのか分かっているのか……?」


 もう後に引くことはできなかった。なら、全て言ってしまえ。


「ああ、分かってるよ。でも、ザラはこの街とヌーラを天秤にかけて、ヌーラを助けると決めたんだよ。たった一人の血を分けた大切な姉妹だからな」


「なんてこと……」


 ヤーヤが顔を覆った。白々しい。


「ザラは言ってたよ。あんたらが優秀なヌーラを目にかけて、ザラのことは気にもしなかったと。でも彼女は望んでたんだ。家族で仲良く過ごすことを。だけど、ここに来て分かったよ。全部無駄だったってな」


「違うんです……!」


 ハーフィズがテーブルを叩いて立ち上がった。彼は涙を流しながら声を上げていた。


「私たちもザラを大切に思っています!」


「いまさらそんなことを言っても……」


 俺の隣でイクラスが冷静に口を開いた。


「では、なぜ彼女を捜そうともしなかった?」


 ハーフィズは打ちのめされたようにストンと椅子に腰かけた。


「捜せばザラは見つかったでしょう。そして、あなたたち防衛団が連れ帰って来たはず。それでは、あの子は再びこの腐った私たちと共にいることを強いられるのです……」


「腐った……?」


 イクラスがそう返すと、ハーフィズはヤーヤとお互いの顔を見合わせた。そして、俺たちの方を向く。


「ガラーラ様は相応しいと認めた者をその一員に招き入れることがあります」


 初耳だったが、イクラスはうなずいていた。この街ではよく知られた事実らしい。


「私たちは自分が生まれ育ったこの街が好きです。守り抜きたいと思っています。異常気象で作物が育たなかったり、魔物の襲撃があれば、身も心も痛みます。

 だから、いつかガラーラ様と共にゆきたいと考えていたんです。そのためにガラーラ様の手伝いや儀式の準備などに率先して参加していました」


 突然始まったハーフィズの自分語りに俺はどう反応すればいいか分からなかった。同情を誘おうとしているのか?


 彼は続ける。


「そんなある時、祭司長アメナ様から『仲間に入りたければヌーラを差し出せ』と言われたのです。

 私たちは混乱しました。この街を守りたい気持ちはありましたが、いざ我が子を、となると躊躇してしまったのです。

 アメナ様はそんな私たちにこう言ったのです。『ヌーラを差し出さなければお前たちを追放する』と」


「そんなバカな……」


 忠義に満ちたイクラスの声。しかし、ヤーヤが首を振る。


「本当なんです……! そして、そのことを言いふらせば命はない、と言うんです」


 雲行きが怪しくなってきた。


 ……俺、この話聞いちゃって大丈夫だった?


「にわかには信じられんことだ。ガラーラ様がそんな脅すようなことを……」


 ハーフィズは覚悟を決めたように声を落とした。


「この街で魔法を使ったことがバレた者がどうなるかご存知ですか?」


「この街を追放になる」


 首を振り返して、ハーフィズは真剣な眼差しで言う。


「ガラーラ様が殺すのです。それも、逃げ惑う追放者を狩りのように楽しみながら」


 イクラスは言葉を失ってしまったようだった。俺は半信半疑だった。


「ほ、本当にそんな残酷なことが行われていれば、この街の人にも知れ渡っているはず……」


「そうならないように目撃者は殺されるか、利用できるなら弱みを握られて飼い殺しにされるんです、私たちのように……。

 そして、防衛団の中にもガラーラ様の信奉者は存在する。私たちはこの街に閉じ込められているのです」


 普通なら、陰でそんな話を広げたり、ザラのように交易車に潜り込んで街を脱出したりするだろう。

 おそらく、この街はガラーラ様と呼ばれる祭司集団の恐怖によって裏側から支配されているのだ。


 誰が敵なのか味方なのか分からない。だから、誰もが現状を変えようと立ち上がる気力を削がれているのだ。


 秘密警察が人々を恐怖で支配していたかつてのドイツもそんな状況だったと何かの映画で観たことがある。


「私たちは思い知ったんです。心から信奉していたガラーラ様はこの街の守り主などではなかった……。そしてそんなもののためにヌーラを差し出すことを選ばざるを得なかった私たちの弱さを……。

 そんな私たちにザラを愛する資格があるのか、と」


 イクラスが呟く。


「ザラが逃げ出したままなら、この街の支配から解放される。だから逃げ出した彼女を捜そうともしなかったのか……」


 ヤーヤがテーブルに両手をついて頭を下げる。


「お願いです……。あの子を……ザラを連れて行ってください。あの子を守って……。ザラは私たちの唯一の希望なんです」


 しんと静まり返る家の中。


 目の前でひっくり返る真実に俺は眩暈を感じていた。


 そんな俺を追い立てるかのように、家のドアをノックする音が聞こえた。外から男の声がした。


「アメナ様のご来訪である!」

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