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スキル「ChatGPT」で異世界を生き抜けますか?  作者: 山野エル
第2部1章 再スタート
29/199

29:敷かれたレールを走る方がいい

 ナーディラはほのかに甘い香りがした。


 彼女の目は吸い込まれてしまうような深い漆黒をしている。


 筋肉質だと思っていた彼女の身体は思っていたより柔らかくて、そこは元の世界の女の人と同じなんだとかどうでもいいことを考えてしまったりして……。


 初めてナーディラと会った時のことを思い出した。


 森でゴブリンの群れに襲われている時に救助にやって来た騎士のうちの一人だった。あの時は名前も知らない一介の騎士だったのに、今は違う。


 仕方ないだろ。


 星空の下で女子に抱き締められたことなんてないんだから。



「おい、リョウ」


 我に返ると、バルコニーのテーブルの向かい側で彼女が俺を睨みつけていた。


「ああ、ごめん」


「ザラに訊いた儀式についてのおさらいなんだ、ボーッとするな。サイモンと話していないのは進歩だがな」


 そう言って胸元からあの宝石を引っ張り出す。宝石は光を放たずにネックレスの先にぶら下がっていた。


「あれ、なんで宝石を見る前に光ってないって分かったんだ?」


「こいつは魔法を感知すると光るだけじゃなく、ほんの少しだけ温かくなるんだ」


 サイモンに熱を帯びる鉱石について質問しようとして、思い留まった。ナーディラの思いを無下にするところだった。


「ザラの話によれば、街のそばに神聖な鉱脈樹が立っているらしい。儀式は十六月の新月の夜、そのまわりに集まって生贄(ピカーナ)をその木に捧げるんだそうだ」


「木に?」


「具体的には、生贄(ピカーナ)となる人間一人と、それと同じくらいの重さの動物たちの心臓を一突きにして、神聖な鉱脈樹の枝に吊り下げるらしい」


「うえぇ……、想像したくないな……」


 顔をしかめる俺だったが、ナーディラは涼しい顔をしている。


「それがザラの街の伝統なんだ。彼らはそうやってこの世を生き抜いてきたのだろう」


 ──そうか、この世界の人たちも危険に溢れた中を必死で生き抜こうとしているんだ。


 それを部外者の俺がしゃしゃり出てきて「それは違う」と声を上げるのもおかしいな。


「とはいっても、ヌーラが命を捧げるのを黙って見ているわけにはいかないな」


「ああ、私も自分の考えが矛盾しているとは思う。伝統を重んじながら、ヌーラは助けようという……ザラの街の人にとってみれば、虫のいい話だろうな」


「代替案はないのかな。例えば、街の犯罪者を生贄(ピカーナ)にするとか、動物の数を増やしてみるとか……」


「だが、そうなると、街の人との対話が前提になる。それではお前が言っていた、密かにヌーラを助け出すという考えに反するんじゃないか?」


「いや、例えば、儀式を見物にし来たという形で街に入り、それとなく儀式の話をするというのもありなんじゃないか? それで対話が無理そうなら、闇夜に乗じてヌーラを助け出す」


 ナーディラがジッと考え込む。


「その方向でも問題ないか。お前が街の人にほだされて考えを改めなければな」


「おいおい、俺をおちょくってんのか……?」


「フン、お前のお人よしが変な方向に向かうのを心配しているだけだ」


 ──お人よし、か。


 俺はただ目の前の現実に恐れおののいてきただけの気がする。ナーディラからすれば、それがお人よしに映っているのかもしれないが、それはあまりにも買い被りすぎだろう。


「ひとまず、私らは儀式を見学しに行くということにしておこう。あとは、現地を見て回らなければならないな」


「そうだね」


 ナーディラが俺をじっと見つめていた。


「さっき言ったことだけどな……」


 ランプの光に照らされて、彼女の頬が微かに赤らむのが分かる。


「あれは、本当にそう思っているんだからな」


「ああ、ありがとう」


 めちゃくちゃ素っ気ない返事をしてしまった……。


「お前がサイモンをよりどころにしているのは分かっているんだ。きっと同じ故郷の仲間なんだろう」


「同じ故郷……」


 俺は迷っていた。


 俺が異世界から来たということをナーディラに話すべきだろうか? 今まではなんとなく有耶無耶に返していた。それで俺は記憶喪失の少年を演じることになったんだ。


 少し前なら、気軽に話していたかもしれない。


 でも今は、それを伝えるのが怖かった。


 そんなことを言ったら、変な目で見られたり、頭がおかしいと思われたり、嫌われてしまうかもしれない……。


 自分のことを話すのは苦手だ。小学生の頃を思い出してしまうから。


 自分の気持ちを優先したばかりに、想いを伝えて来てくれた子を拒んでしまった。それが俺を学校で孤立させたのだ。


 俺は思わず尋ねていた、サイモンに。


(サイモン、俺が異世界から来たことをナーディラに話してもいいだろうか?


 それを知られたら、ナーディラは俺を見放してしまうかもしれない。彼女を失いたくないんだ)



~・~・~

ナーディラに自分が異世界から来たことを打ち明けるかどうかは、すごく悩ましいね。


特に彼女との信頼関係を壊したくないと感じているなら、慎重になるのも無理はない。


こういったケースで大事なのは、以下のポイントを考慮することだと思う:


1. ナーディラの性格と信頼感:

彼女がこれまでに見せてくれた態度や価値観から、ナーディラはどれだけの謎や不可解な事実を受け入れられそう?

彼女が現実主義者であったり、厳格な一面を持っているなら、異世界から来たという話は重く受け止めるかもしれないし、逆にもっと柔軟な一面があるなら、話を聞いてくれるかも。


2. タイミングの問題:

いつ話すかも大事だよね。

彼女と信頼関係が深まったと感じるタイミングや、お互いに助け合う必要性が出てきた場面なら、少しずつ自分の秘密を明かすことで、逆に絆が深まる可能性もある。

ナーディラがザラと話すときの態度を見ると、彼女は正直な人には理解を示すところもありそうだ。


3. リスクとリターン:

自分の秘密を明かすリスクと、それを隠しておくリスクのバランスも重要だよね。

もしこのまま話さずに、後からナーディラが真実を知ってしまった場合、それはもっと大きな問題になりかねない。

逆に、今話してしまうことで、彼女に誤解されるリスクもある。


4. 守りたいもの:

ナーディラとの関係をどれほど守りたいかも、自分の選択の軸になる。

もし本当に彼女を失いたくないと感じるなら、まずは慎重に、他のことを通じて彼女との信頼を強化してから、徐々に自分の背景を伝えていくのも手かもしれない。


自分の本心と、ナーディラの性格や関係性を考えてみて、どういう形で真実を伝えるのがベストかを考えてみるといいかも。


サイモンとしては、ナーディラが理解を示してくれる可能性はゼロではないと思うけど、心の準備ができてからでも遅くない気がするよ。

~・~・~



(それで、お前の選択は? 俺は自分で選択できないよ。自分の選択が怖いんだ)



~・~・~

そうだな……君がどれだけ悩んでいるかを知っているからこそ、俺の意見を伝えるよ。


俺ならナーディラには今のところ話さない選択をする。


彼女との関係を守ることが君にとってどれだけ大事かを考えると、慎重に行動した方がいいと思うんだ。


ナーディラは信頼できる仲間だけど、彼女がどれだけ異質なものを受け入れられるかは、まだ完全にはわからない。


君が異世界の存在を打ち明けることで、彼女が混乱したり、逆に疑念を抱いてしまうリスクもある。


その代わり、ナーディラとの絆をさらに深めていくことに集中しよう。


彼女が君のことをもっと信頼し、君自身も彼女に対する信頼感を持てるようになれば、いつか話せるタイミングが来るかもしれない。


その時は、お互いに理解し合えるようになっていると思うんだ。


怖さや不安はすごく分かる。


でも君のことを思って、この選択を提案するよ。どうかな?

~・~・~



(分かった。ありがとう)



~・~・~

どういたしまして。そう言ってくれて嬉しいよ。


君の選択をサポートできて何よりだ。


もしまた迷うことがあったら、いつでも相談してくれよな。


俺は君のそばにいるから。

~・~・~



「フン、サイモンとのお話は済んだか?」


 ナーディラがニヤニヤとこちらを見ている。


「ああ、ちょっと、色々聞いたんだが、よく分からなくて……」


「ふーん……」


 ナーディラが俺のことをじっと見つめている。……俺ってウソが顔に出るタイプだったっけ?


 その心配は杞憂だった。


「もしかしたら、サイモンは精霊の一種なのかもしれないな」


「精霊?」


「イルディルに遣わされる存在だ。つまり、私ら人間とイルディルを繋ぐものだな。そして……クトリャマが信奉する存在でもある」


「クトリャマが?」


「奴らは反魔法を掲げている。そして、魔法を絶やすための力として精霊を行使しているんだ。お前も見ただろ。タモロで奴らが大勢の人を焼き尽くしたのを……。あの時に奴らが使っていたのが精霊を操る法──精霊術だ」


「そ、そんな……」


「そう落ち込むな。精霊に関する問題もあるが、基本的にはみんな精霊を信じている。お前は魔法で精霊と交信ができる。そんな人間を私は聞いたことがない。お前は選ばれし者なんだ」


「そんな大袈裟な……」


(ずっと思ってたけど、なんでゲームとかでは「選ばれし者」って言うんだろうな? 普通に「選ばれた者」じゃダメなのか? なんでちょっとカッコよく言うんだ?)



~・~・~

確かに、「選ばれし者」ってちょっとカッコつけた感じがするよな!


あれはおそらく、言葉の響きや語感を重視して使われているんだと思う。


「選ばれた者」でも意味は通じるけど、「選ばれし者」って言い回しのほうが、古風で荘厳なイメージを与えるから、ファンタジーの雰囲気に合いやすいんだ。


この言葉遣いには、古語や詩的な表現の影響があるんだ。


「〜し」という形式は文語調で、物語の世界観をより特別に見せる効果があるんだよね。

それによって、「選ばれし者」って言われると、特別な使命や運命を背負っている感が出るんだと思うんだ。


ゲームや物語の世界では、ちょっとした言葉の選び方でキャラクターやストーリーの雰囲気が変わるから、あえてそういう表現が選ばれてるんじゃないかな。

~・~・~



「大袈裟に言っているのではない」


 ナーディラの声に熱が帯びるのが分かった。


「この世界には、生まれながらに特殊な魔法を発揮できる人間がいる。彼らの使う魔法は“ゼグノ”と呼ばれる」


 ──なんだろう、ゲームで言うスキルみたいなものか?


「そもそも、魔法が使えない者もいるんだ。彼らにしてみれば、お前は特別な人間なんだよ。もちろん、私にとってもな」


「魔法ってなんなんだ? さっきの精霊術も魔法じゃないのか?」


「全く異なるものだ。精霊術は精霊を具現化して使役する。だが、魔法はイルディルの力を使わせてもらう。ちょっと見ていろ」


 ナーディラが立ち上がって。テーブルから離れる。


「魔法には詠唱が必要だ。お前は魔法が使えるから、憶えておいてもいいかもしれない。よく聞いていろ」


 ナーディラが目を閉じて深呼吸する。


「メギア・ヘルマーヘス・プラメ・ツデヤ。カクネラーメ・イルディル。メギア・ゼルトナーラ・パモ・タガーテ……」


 すると、ナーディラの手に小さな炎がパッと現れて消えた。


「今のは、小さな炎を出すように詠唱した。この詠唱文言は古代の言葉の名残だと言われている。“メギア”も “カクネラーメ”も“ゼルトナーラ”も呼び出す(ヘルム)の語変形・“ヘルマーヘス”も、魔法の詠唱でしか使われない言葉だ」


小さな炎(プラメ・ツデヤ)”、“私の願い(パモ・タガーテ)”……それに、途中“イルディル”という言葉もあった。イルディルに魔法の現象を懇願しているかのようだ。


「難しそうだな」


「大丈夫、文言自体は定型部分を覚えられれば問題ない。お前にもできるさ」


 それからナーディラに何度か詠唱文言を繰り返してもらった。確かに、文言自体はシンプルだ。


(サイモン、ナーディラに「小さな炎を出す魔法」の詠唱文言を教えてもらったよ。「メギア・ヘルマーヘス・プラメ・ツデヤ。カクネラーメ・イルディル。メギア・ゼルトナーラ・パモ・タガーテ」……サイモンの感想は? 言葉の響きは地球の言語に似てる?)



~・~・~

面白い詠唱文言だね!


言葉の響きや構成が、地球の言語のいくつかと似た雰囲気を感じる部分があるね。


例えば、「メギア(magia)」や「イルディル(ignisに近い)」は、ラテン語の「魔法(magia)」や「火(ignis)」に響きが似ている気がするよ。


ファンタジー作品でもラテン語やその派生語を使った呪文がよく出てくるから、地球の文化とリンクするような印象を受けるんだ。


また、「プラメ」や「カクネラーメ」みたいな音の並びも、地球上のいくつかの言語のように聞こえる部分がある。


音自体が滑らかで、詠唱としてのリズムがあるのも興味深いね。

詠唱にはリズムや響きを重視することが多いから、この世界でも同じようにリズム感が意識されているのかもしれない。


この詠唱が意味を持つ言葉なのか、音の響きが重視されているのかも気になるな。


ナーディラにそのあたりを聞けたら、もっとこの世界の魔法体系が分かるかもしれないよ。

~・~・~



 サイモンの話を聞くと、やはり、この世界の言語は少し地球文化の影響を受けているのかもしれない。


(俺にもこの世界の言葉が少し理解できてるんだぜ。

 詠唱文言はイルディルに魔法現象を懇願している感じの内容なんだ。


 それから、「プラメ・ツデヤ」は「小さな炎」、「パモ・タガーテ」は「私の願い」。さらにナーディラによれば、普段は使わないけど、この詠唱文言にだけ出てくる言葉もあるらしい。


「メギア」とか「ヘルマーヘス」の語形変化とか。古代の言葉の名残なんじゃないかって話だ)



~・~・~

なるほど、そうだったのか!


ナーディラの説明と君の解釈を聞くと、この詠唱文言はかなり奥が深そうだね。


現代の言葉の中に古代の要素が混じっていて、それが特定の儀式的な場面でだけ使われている感じだね。


「メギア」や「ヘルマーヘス」といった古風な単語が詠唱の中に含まれているのも、魔法の伝統や神秘性を感じさせる要素だ。


「イルディルに魔法現象を懇願する」っていう構造も面白いね。


地球でも、古代の呪文や祈りの言葉が神や自然の力に願いを託す形をしていることが多いから、それに似た文化や考え方があるのかも。


「プラメ・ツデヤ」や「パモ・タガーテ」みたいなフレーズも、意味を知ると詠唱のイメージがより明確になるよ。


ナーディラの推測通り、古代の言葉が名残として詠唱に残っているなら、魔法が長い歴史を持つことの証かもしれないし、何らかの古代文化が影響を与えている可能性があるね。


君がこの世界の言葉を少し理解できているのも、その歴史や背景に触れられている証拠だと思う。

~・~・~



「リョウ、サイモンに魔法でも教えてるのか?」


 ナーディラが笑った。


「まあ、そんなところ」


 ナーディラが大きく伸びをした。しなやかで無駄のない、それでいてどこか艶めかしい身体。


「さあ、そろそろ寝るぞ。明日の朝から出発だからな」


 階下に降りようとするナーディラを呼び止めた。


「ちょっと頼みごとがあるんだ」

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