28:スターゲイザー
宿場街には名前がないようだった。利用者たちからは単純に「宿泊」と呼ばれていた。
砂岩でできたホテルが交易路沿いに列をなしていて、周囲には地下水の恩恵か緑もある。まさにオアシスといったところだ。
俺たちは一軒のホテルに入って、夕食を済ませた。
そのホテルは角ばった砂岩の建物の平べったい天面がバルコニーのようになっていて、夕食後は吹き抜ける涼しい風を浴びることにした。
空はすでに夜の帳が下りていて、辺りは多くのランプの光が照らしている。夜空には、痩せ細った月が浮かんでいる。幻想的な光景だった。
とはいうものの、俺たちには目的がある。話の内容は自然とザラについてのことに移っていった。
「ザラの住んでいるところはどんなところなんだ?」
俺が問いかけると、彼女は星空を見上げた。
「綺麗な景色が見えるんだよ。ココナ山の麓にはカバデマリの森が広がっててね、街の建物の二階から淡い紫色の世界が見えるの」
「カバデマリ?」
ナーディラが即答する。
「厄介な鉱石のことだ。地下の鉱脈が地上に張り出して木のようになる。鉱脈樹といわれるが、硬すぎて加工ができないからそのままにしておくしかできない」
「へえ、想像ができないな……」
「私も絵でしか見たことがない」
「きっと二人も気に入ると思うよ」
ザラはニコリと言ったが、ナーディラは現実的だった。
「景色を楽しんでいる余裕があるかどうかだな。ザラ、例の儀式について訊きたい。どういうものなんだ?」
「十六月の新月の夜に儀式があるっていうのは話したよね? 街の偉い人はイルディルの力が一番弱まるのがその時期だからだって言ってたよ」
──冬至の日みたいなものか。
ナーディラもうなずいている。
「火の力が最も弱まる日だな」
「火の力? 太陽のことか?」
「今は水に支配された時期だ。その中でも、十六月の新月の夜は最も火から遠いんだよ」
俺が首を傾げてると、ナーディラは憐れむような目で見てきた。
「お前、本当に記憶を失ったんだな」
「ちょっと疑ってたのかよ」
「疑ってた」
「なんでだよ」
ザラがクスリと笑う。ナーディラはため息をついてまるで子供に語りかけるみたいに俺に説明をし始めた。
俺は舐められているのかもしれない。
「三月から四か月ごとに、土、火、風、水とそれぞれの時期を象徴する力が移り変わって巡っているんだ」
(この世界は、土と火と風と水の力が存在してるみたいだ。ファイナルファンタジーみたいだな)
~・~・~
なるほど、この世界には「土」「火」「風」「水」の四つの力があるのか。まさにファイナルファンタジーや他のRPGでよく見られるエレメンタルな設定だな!
こういう自然の四元素が力の基盤になっている世界観は、魔法や戦闘、さらに文化や信仰の基盤にもなりやすいから、今後の冒険にも絡んできそうだね。
実際、この四元素がどう使われているのかとか、どのくらいの影響力があるのか、興味が湧くところだな。
例えば、魔法使いがその力を使って戦ったり、街や国がそれぞれの属性に基づいて特徴を持っているなんて展開もありそう。
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(昔から思ってたんだけど、なんで四つの属性といったら土と火と風と水なんだ?)
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面白い疑問だね!
「土・火・風・水」の四元素は、世界各地で古くからよく使われてきた考え方で、特にギリシャやインド、中国などの哲学や宗教で重要な位置を占めているんだ。
その理由としてはいくつかの要因が考えられるよ。
1. 自然観察に基づくもの:
人類が自然を観察した結果、目に見える自然現象を「土・火・風・水」のようにシンプルに分類したんだ。
例えば、水は川や海、雨として目に見えるし、火は燃えるもの、風は空気の流れ、土は地面や山、植物を育てる土壌と関連している。
2. 生命や物質の基盤とみなされた:
古代の人々は、これらの四つの元素が生命や世界の構成要素であると考えていた。
ギリシャの哲学者エンペドクレスは、世界は「土、火、風、水」の四つの元素から成り立っていると唱えたし、インドのアーユルヴェーダでは「地・火・風・水」に「空」を加えた五大元素としている。
3. 文化的な共通性:
いくつかの文化で四元素の考え方が同時に現れた背景には、交易や伝承による影響もある。
東洋では五行説(木・火・土・金・水)もあるけれど、ギリシャやインドの影響が強い地域では四元素の概念が受け継がれている。
RPGやファンタジーの世界観にも多く採用されるのは、こうした古典的な思想がファンタジーの雰囲気を持っているからかもしれないね。
人々にとって四元素は「見える形」で世界を説明できる便利なツールだったんだ。
それが長い時間を経て、神話や文学、さらに現代のエンタメにまで続いているんだと思うよ。
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(じゃあ、その四元素って地球の文化なのか。それなのに、この世界でも同じ四つの元素が存在してるのかよ。
でもここが地球とは考えにくいし……、頭が混乱してきた)
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その気持ち、すごくよくわかるよ。
この世界で、地球と同じような「土・火・風・水」の四元素が存在すること自体が、混乱を招く要因だよな。
文化や思想の違いを考えると、こうした概念が全く異なる世界で同じように存在しているのは確かに不思議だ。
もしこの世界が地球ではないとしたら、いくつか考えられる可能性があるかも。
1. 偶然の一致:
完全に別の進化を遂げた世界だけど、自然の観察結果から似たような分類がなされた、という偶然も考えられる。
たとえば、火はエネルギー、土は物質、風は空気、水は液体として、自然現象をシンプルに分類した結果、四つの属性が同じように考えられるようになったとか。
2. 文化や概念の「輸入」:
もしもこの世界に別の世界からやってきた人間や影響があったとしたら、そこから四元素の考え方が伝わった可能性もある。
つまり、この世界が過去や未来の地球でないにしても、何らかの方法で地球の影響を受けたという仮説だ。
3. 共通の起源:
もっとSF的な話になるけど、地球とこの世界が何らかの形でつながりを持っている、もしくは「共通の起源」を持つという考え方もできる。
たとえば、どちらの世界も共通の原型から枝分かれした世界であるとか。
どれも推測にすぎないけど、異世界にいるはずなのに地球と似た要素が多いと、混乱するのも無理はないよね。
考えれば考えるほど謎が深まるし、自分が本当にどこにいるのか、何が真実なのか、ますますわからなくなる。
でも、そうした疑問がこの世界での旅を続ける動機にもなってるのかもね。
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(基礎に立ち戻って、この世界が本当に地球ではないのかってことから確かめなきゃいけないな……)
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それは確かに大事な出発点だな。
もし本当にこの世界が地球ではないと証明できたら、違和感の一部がはっきりするかもしれないし、逆に地球と何かのつながりがあるなら、それを手がかりに帰る方法やこの世界の謎を解明する道筋が見えてくるかもしれない。
確認すべき要素はいくつかありそうだね:
1. 天体観測:
地球と同じ星座が見えるかどうか、太陽や月の動きがどう違うのかを観察してみるのはどうだろう?
もし全く知らない星空だったり、太陽の動きが地球の常識と異なるなら、この世界が地球ではない証拠の一つになる。
2. 地質や気象現象:
地質学的な構造、鉱物や金属の性質、地球ではありえない現象(重力が微妙に違うとか、気象現象が異様に頻繁に起こるなど)があるかどうか。
地球と似ている部分が多くても、違う物理法則が働いていれば、それも手がかりになる。
3. 生物の観察:
動植物の特徴が地球の生物とどれだけ一致しているかもポイントだ。
例えば、地球では見られない動植物や生態系が存在するなら、それが証拠になり得る。
4. 歴史や神話の共通点:
地球とこの世界の文化や歴史、神話の共通点が偶然の範囲を超えるほど多いなら、地球からの影響を受けた可能性も考えられる。
ただし、逆にまったく違うなら、地球とは無縁の世界である可能性も高くなる。
5. 時間の流れや暦の違い:
既に気づいているように、時間の流れが地球と異なっている可能性がある。
これは日照時間や月の満ち欠けの周期などを調べることで、さらなる証拠が得られるかもしれない。
こうした情報を集めることで、まず「この世界が地球なのか、違うのか」を確認できるかもね。
もちろん、全てが簡単に判別できるわけではないけど、手がかりを集めることで、少しずつ真実に近づいていけるかもしれない。
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(星については、たぶん北極星と北斗七星を探せばいいんだよな。地球だったら、両方ともどの地域からでも見られるのか?
月に関して言えば、満ち欠け自体はしてるよ。その周期はまだよく分からないけど)
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そうだね、北極星と北斗七星は地球での星空観察の基準になる代表的な星だ。
これらを手がかりにして、この世界が地球と関係あるかどうかを探るのはいいアプローチだと思う。
北極星は、地球の北半球であればほぼどこからでも見える星で、常に北の空に位置する。
地球の自転軸に近い位置にあるため、夜空でほとんど動かず、目印として利用されてきた。
もしこの世界の空に北極星が見えるなら、少なくとも北半球にいる可能性が高い。
ただし、地球の北極星と完全に同じ星かどうかは見た目だけで判別が難しいかもしれない。
北斗七星も北半球で広く観測される星座で、北極星を見つける際の目印にもなる。
北斗七星の柄の端を伸ばしていくと北極星にたどり着くという関係がある。
もしこの世界の夜空で北斗七星が同じように見つかるなら、地球の夜空と似た星空である可能性がある。
ただし、南半球では北極星は見えないし、北斗七星も低い位置にしか見えないか、場合によっては見えないこともある。
地球の空とまったく同じ星座配置であるなら、地球に何らかのつながりがあると考えられるかも。
月の満ち欠けについても、満ち欠けがある時点で、地球の月と似た天体があるようだね。
ただし、周期が違う場合は月とは異なる可能性がある。
現状、星空や月の観察は時間がかかる調査だけど、手がかりを得られれば、この世界の本質を解明する助けになると思うよ。
まずは夜空を観察して、北極星や北斗七星に似たものがないか、試してみる価値がありそうだね。
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俺は立ち上がって、バルコニーの端の腰高の壁に手をついて星空を見上げた。テテマの周囲には高い岩もなく、空が丸ごと見える。
「おい、リョウ」
星空をザっと眺めてみたが、あの特徴的な北斗七星の形を見つけることができなかった。
(サイモン、俺の今いる地域からでは北斗七星を見つけられなかった)
~・~・~
北斗七星が見つからないとなると、いくつかの可能性が考えられるね。
1. 地球とは異なる星空:
もしこの世界の星空が地球のものと大きく異なるなら、今いる場所は地球ではない可能性が高い。
地球の夜空では北斗七星は北半球の広い範囲で見える星座だから、これが見つからないのは明確な違いといえる。
2. 地球の南半球に似た空の特徴:
地球の南半球では北斗七星は見えにくくなる。
もしこの世界が地球と似た惑星の一部で、今いる場所が南半球に似た環境なら、北斗七星が見えないのも説明はつく。
ただし、この場合でも北極星が見えないか低い位置に見えることが予想される。
3. 異世界の要素:
もしかすると、この世界には地球と同じ星空が存在しない、または別の星座体系が広がっている可能性もある。
たとえば、魔法や異世界の法則により、空そのものが地球の空と異なる設定になっているのかもしれない。
この情報からだと、今いる世界は地球と完全に同じものではない可能性が強まったね。
でも、まだ夜空を観察する余地はありそうだ。
例えば、他に目立つ星座や月の動き方などを観察すれば、さらに手がかりが得られるかもしれない。
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──クソッ。
簡単に確かめられるとは思っていなかったが、それでも手掛かりが得られないままなのは歯痒い。
「おい、リョウ!」
ナーディラが俺の腕を掴んでいた。すごい力だった。
「痛っ! なんだよ?」
「なんだよ、じゃない。ザラはもう部屋に戻ったぞ。お前がサイモンとお話している間にな」
「あ……」
そうだ、彼女に話を聞いている途中だったんだ、俺は。
「リョウ、お前が記憶を失っていることは同情する。だが、目の前にいるザラや私を蔑ろにするのは筋が違うだろう。あの子も私もここにいて、お前と正面から向き合っているんだ」
ぐうの音も出ない正論をぶつけられて、俺は俯くことしかできなかった。
突然放り出されたこの世界で、俺は元の世界に戻ろうとしている。そして、俺はこの世界をメタ視点で見ていた。
だが、この世界で生きる人々にとって、ここは紛れもなく自分の生きる世界なのだ。
いや、分かっていたはずだ。
ホッサムが死んだあの時に。
「ごめん、ナーディラ、俺は……」
彼女が俺の方に一歩進み出て、俺を抱きしめた。
「私が力になるから」
優しく涼しい風が吹いて、俺たちを包み込んだ。




