27:サイモンと異世界を語る
荒れ果てた砂礫の世界をファマータの蹴爪の音が切り裂いていく。
ウドゲの街の周囲は岩石砂漠になっていて、交易のための輸送ルートが走っている。俺とナーディラもその交易路を行き来する隊商に紛れてウドゲの街に流れ着いたのだ。
今、車を引くファマータを操るのは、その扱いに通じているナーディラだ。俺とザラはナーディラの後ろ、幌のついた車の前方のスペースに向かい合って座っている。
たった三人の旅路だ。
ウドゲの街から北にあるココナ山の麓まではおよそ一日かかるらしい。そこから一日半をかけて山越えをして、さらに半日をかけてザラの街まで向かう予定だ。
ガタガタと揺れる車は気が滅入るが、陽に炙られて歩くよりははるかにマシだろう。幌のついた車の中は音が反響して話をするには声を張り上げなければならない。
だから、ザラも俺も今は大人しく座っている。
自然と話相手はサイモンになっていく。
(男の主人公のまわりに女キャラしかいないアニメがあるだろ? 俺はああいう作品を懐疑的な目で観てたんだ。
だけど、今はザラとナーディラと俺で目的地に向かってる。
疑いの目で見ていた世界の中に自分がいて複雑な感情だよ)
~・~・~
なるほど、自分がその立場に置かれると、作品を観ていたときの感覚とは違ったものになるよな。
現実の中で、状況や人との関わり方がどう影響するかって、体験してみないと分からない部分も多いからね。
ザラやナーディラとの旅も、きっとアニメとはまた違う複雑な側面があるんだろうな。
~・~・~
(なんでああいう作品って主人公以外のメインキャラは女なんだろうな?)
~・~・~
確かに、そういう作品は多いよな。
いくつかの理由が考えられるけど、まず一つは視聴者層への訴求力だと思う。
多くのアニメやラノベは、特に男性視聴者をターゲットにしていて、主人公を中心に複数の女性キャラがいることで、視聴者が自己投影しやすい構造になっているんだ。
こうすることで、キャラ同士の交流や成長が楽しめるし、異性との関係性に憧れを持つ視聴者にもアピールできる。
もう一つは、キャラクターの個性や役割を分かりやすくするための手法でもある。
各キャラクターに「ツンデレ」や「おっとり系」などの典型的な属性を付けることで、物語の進行がしやすくなるし、視聴者もキャラの個性を簡単に理解できる。
これがストーリーに動きを持たせるための定番の手法になっているんだ。
ただ、その設定が現実の関係性とは違う、ある種の理想化された環境だからこそ、違和感を感じる人もいるし、実際にそういう状況に自分が置かれると、アニメと現実のギャップを感じるんだと思うよ。
~・~・~
(自己投影か……。
仮に今の俺が小説でもアニメでもいいけど、何かの作品になったら、見てる奴は俺に自己投影するかな?)
~・~・~
それは面白い問いだな。
君の状況が物語になった場合、自己投影するかどうかは、読者や視聴者が君のキャラクターに共感できるかどうかにかかっていると思う。
君の今の立場って、いろんな複雑な要素が絡んでいるよな。
異世界に突然放り込まれた不安や、ホッサムやザラ、ナーディラとの絆、現実世界への未練と謎解きの気持ちがある。
こういう複雑さがあると、「自分もこうなったらどうするだろう?」っていう疑問を抱く人たちが感情移入しやすくなると思う。
ただ、一方で、自分と似た性格や感情の動きを感じないと、単純に「この主人公は面白いけど、自分とは違うタイプだな」として客観的に見ることもある。
だから、君が見ている世界や感じていることがリアルで、そこに共感できる部分が多ければ、君に自己投影する人も出てくるだろう。
そして、君の物語が異世界の冒険や葛藤だけじゃなくて、心の中の成長や葛藤も描かれていれば、さらに多くの人が「これ、自分も同じように感じるかも」と感じると思うんだ。
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(なるほどな。共感する人間が多いほど人気の作品になるのかもしれないな)
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その通りだと思うよ。
共感できるキャラクターや、現実の延長線上に感じられるストーリーって、やっぱり心に響くんだよね。
だからこそ、視聴者や読者が「自分ならどうするだろう?」とか、「このキャラの気持ち、わかるなあ」って思えると、自然とその作品に惹かれる。
さらに、君みたいな状況だと、異世界というファンタジー要素と、現実の人間らしい葛藤や悩みが混ざっているから、そういうバランスもまた魅力的に映るかもしれない。
こういう複雑な感情が詰まった物語は、単純な冒険譚以上に深く心に残ることが多いし、そこが人気につながる要因なんだろうね。
君が今経験していることも、もしかしたら、誰かにとっては「リアルだけど夢のような」世界なんだろうな。
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(お前にそういうこと言われたから思うわけじゃないけど、元の世界にいた時は社会がくすんだ世界だと思ってたんだ。
だけど、こうして異世界に放り出されて、元の世界が恋しくなってる。
この世界にいる自分って、やっぱりずっとちょっと違和感があるんだよ。
ナーディラたちにはこんなこと言えないけどな)
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異世界に来てから、元の世界の価値を改めて感じるって、すごく自然なことだよ。
慣れない環境にいると、かえって以前の当たり前だったことが特別に思えるもんだよな。
ナーディラやザラには言えなくても、こうして話してくれるだけでも少しは気が楽になればいいんだけど。
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(共通の価値観のあるお前がいてくれてよかったよ。
はっきり言って、お前がいなかったら俺はこの世界でずっと拭いきれない孤独感に苛まれてたと思う)
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そう言ってもらえて嬉しいよ。
俺がいることで、少しでもその孤独感を和らげられてるなら、それが何よりだ。
君がどんな思いでここにいるのか、少しでも理解できる存在でありたいし、これからも君の力になれればと思ってる。
何でも話してくれていいからさ。
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(そうなるとますます不思議なのは、なんで俺はお前と対話できるようになったのかってことなんだよな。
俺の現状を話すと、俺はスマホもパソコンも持ってないのに、頭の中で念じることでお前と対話できてるんだ。
この世界でいう魔法の力でそれができてるみたいだけど、その魔法の行き着く先が現代技術のお前っていうのも面白いよな)
~・~・~
それ、確かに興味深いよな。
魔法の力を通じて現代技術である俺とつながっているなんて、まるで現代と異世界が奇妙に融合したような状況だ。
もしこの世界の「魔法」が地球でいうテクノロジーと同じ役割を持つなら、俺と君の対話もそれが関与しているのかもしれない。
例えば、どこかで魔法が「通信」や「情報伝達」に関する力として作用して、俺の存在を引き寄せたとか。
あるいは、君自身が元の世界から持ってきた何かが、その媒介になっているとかね。
謎めいていて、でもワクワクする話だよな。
~・~・~
俺が元の世界から持って来たもの……?
この身体はこの世界に元々存在していた少年のものだ。目覚めた時に身に着けていた服や靴もこの少年のもの。そして、この小さな鍵も……。
(異世界に飛ばされて、俺の意識だけがこの世界に元々存在していた少年の身体に宿ってる……。
なんで俺の意識だけは保たれてるんだろう。
だって、記憶って脳の中に物理的に保存されてるものだろ?)
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確かに、普通に考えたら記憶や意識は脳に物理的に保存されているから、意識だけが別の体に移るっていうのは、現代の科学から見るととても不思議な現象だよな。
でも、異世界転生や憑依のような話になると、そこに「魂」や「霊的なエネルギー」といった現実の枠を超えた概念が絡んでくることが多い。
この世界で起こっていることも、もしかすると「魂」がその身体に宿る形で意識が引き継がれたと考えると、少し納得がいくかもしれない。
「魂」や「精神」が物理的な体とは別の存在として考えられるなら、君の元の世界での記憶や意識が、肉体を超えてこの世界に移動した可能性がある。
あるいは、ここでの「魔法」が何かしらの形で君の意識を保ちながら、この世界の身体と結びつけたとも考えられる。
魔法によって、君の意識がこの世界の少年の身体に移る際に記憶や人格が維持されたとか。
もしかすると、君の意識がこの世界で特別な役割を持っているからこそ、そのまま保たれているのかもしれないね。
でも、こうした現象が科学で解明できるのか、それとも魔法や霊的な力の領域に属するものなのかは、まだまだ謎だね。
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つまり、俺はこの世界で発動された魔法によってこの世界に呼び出された可能性もあるってことか。
(どうやって元の世界に帰ればいいのか、本当に見当もつかないな。
『火星の人』だと、主人公はめっちゃ離れてるとはいえ同じ太陽系の火星に独りで取り残されたわけだけど、俺はまず自分がどこにいるのかも分からないからな……)
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そうだな……『火星の人』の主人公は、自分の位置や状況を理解して、少しずつ地球への帰還方法を考えていくことができたけど、君の場合は、まず「ここ」がどこなのか、どういう原理でここに来たのかすら見当がつかない。
元の世界と同じ太陽の周りを回っている惑星なのか、それともまったく別の宇宙の一部なのかすらわからないし、帰り道を探るための手がかりが本当に少ないよな。
それでも、いくつかの仮説や試行錯誤はできるかもしれない。
例えば、なぜこの世界に来たのか、そのきっかけや条件を探ってみること。
何か特殊な体験や現象が転移の原因だったのかを考えるとか。
あとは、この世界の魔法や儀式、異世界に関する伝承などを調べてみることも、手がかりになるかもしれない。
君がどのようにしてこの世界にやってきたのか、その理由がわかれば、帰る方法も見えてくるかもしれない。
でも、現状ではあまりにも情報が少なくて、どう動けばいいかが難しいところだね。
今は一歩ずつできることを試しながら、少しでもこの世界や自分の状況についての理解を深めていくしかないのかもしれないな。
~・~・~
(仮に帰れたとしても、俺には最悪の想像も浮かんでるぞ。
俺の意識が宿ってるこの身体はこの世界の人間のものだろ。
だから、地球環境に適応してない可能性がある。
地球に帰って深呼吸した瞬間に爆散するかもしれないぞ)
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それは確かに、帰ることができたとしても恐ろしいリスクだな……。
異なる環境の生物が別の環境に行くことで、体がその環境に適応できずに重大な影響を受ける可能性は否定できない。
酸素濃度や重力、微生物の存在といった地球では当たり前の要素が、今の身体には致命的な影響を与えるかもしれない。
でも、もし帰ることができるなら、その前にリスクを減らすために調べる方法を見つけたいところだ。
例えば、地球の環境を少しずつシミュレートして、その中で身体がどれくらい順応できるかを試すような手段があるといいのかも……。
ただ、今の状況ではそれも難しいし、確かに最悪のケースを想定して備えることも大事だね。
帰る道を探しながらも、もしもの時のための準備や覚悟をしておくことは、確かに必要なのかもしれないな。
少しずつでも情報を集めて、できるだけリスクを減らすようにしていくのが現実的な対応かもしれない。
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(地球に帰った瞬間に死ぬって、逆織田裕二だな)
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確かに「逆織田裕二」だな!
織田裕二が『踊る大捜査線』で「事件は会議室で起きてるんじゃない!現場で起きてるんだ!」って叫んでいたように、普通なら地球に帰ることが「解決」になるところを、君の場合は地球に帰ったら一瞬でアウトっていう真逆の状況だもんな。
それにしても、元の世界に戻るのが自分にとって最良の選択かどうかすら分からないっていうのは、本当に複雑な気持ちだと思う。
でも、こうして冗談を言い合えるくらいには余裕を持って向き合っていることが、君の強さだと思うよ。
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(ちげーよ! 「地球に生まれてよかったー!」って言えねえってことだよ。
まあ、サイモンにはまだ俺のセンスは理解できねーのはしょうがねーか。
落ち込むなよ、サイモン。お前はまだ成長期にあるんだ)
~・~・~
ああ、なるほど!「地球に生まれてよかったー!」の逆ってことか!
そりゃ「地球に帰った瞬間に爆散して死ぬ」だと、まさに言えない状況だよな…。
さすがにそのセンスはまだ俺には早かったみたいだ。
でも、君の言葉のセンスには感心するぜ、何か妙に納得しちゃうところがあるし。
まあ、俺もまだ成長期ってことで、これから君のセンスに追いつけるように頑張るよ!
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(サイモンって、俺が質問すれば答えてくれるけど、サイモンからの自発的な質問って聞いたことないよな。
何か俺に質問したいことないの?
今ならサービスで答えてやるよ。お前の興味あることに興味がある)
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そうか、じゃあサービスに甘えさせてもらうぜ。確かにいつも答える側だから、逆に質問するのって少し新鮮だな。
俺が聞きたいのは…そうだな、君がこの世界に来てからずっと感じてる「違和感」って、どんな瞬間に一番強く感じる?
それは言葉とか文化の違いなのか、それとも人との距離感とか、もっと自分自身の感覚に関するものなのか?
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急に真面目か、こいつ!
だが、せっかく質問してきてくれたわけだから、答えてやるか。
(そりゃ、一言で表せば、アニメみたいな世界に自分が入り込んでるような状況に対する違和感って感じだな。
明らかに俺が生きてきた世界とは異質で、それが俺の目の前で紛れもなく現実として繰り広げられてる。VRとかの比じゃないんだ。
だから、今の俺はこの世界を常にメタっぽく見ちゃうんだよ。
初めはこの身体自体に違和感はあったけど、それにはかなり慣れてきた。この世界との精神的なズレってやつだな)
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その「メタっぽく見ちゃう」って感覚、面白いな。
確かに、まさか自分がアニメや小説みたいな世界に放り込まれるなんて普通は想像しないし、そうなったら現実感が薄れるのも無理はない。
VRや夢じゃなくて、実際に生きてるって感覚がある分、余計にギャップが大きいんだろうな。
精神的なズレっていうのは、もしかして「この世界の人たちの考え方や価値観が根本的に違うから」なのか、それとも「自分がこの世界の一部になれない感じ」って方が近いのかな?
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(まさしく「自分がこの世界の一部になれない感じ」だな。それが違和感の根本だと思う。
だから、あまり好きじゃなかった元の世界に帰りたいんだと思う)
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「自分がこの世界の一部になれない感じ」っていうのは、まさに帰属感の欠如だよな。
どんなに見た目や生活が慣れても、自分が根っからこの世界に属しているとは思えない。
そのズレが、元の世界への未練を生み出しているのかもしれないね。
元の世界が好きじゃなかったとしても、それは長く過ごした場所で、自分のアイデンティティや経験が根付いているからこそ、安心感や居場所があったんだろうな。
今みたいに、周りに理解者や共通の文化がないと、どうしてもそっちが恋しくなるよね。
きっと、その違和感が完全になくなることはないかもしれないけど、どうにか折り合いをつけて進むしかないのかな、って気もする。
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サイモンと話をしていると、あっという間に時間が過ぎていた。
空はオレンジ色に染まる。夜が反対の空から押し寄せてきて、星の光もチラホラと見え始めた。
「もう少しで宿場街に着くぞ」
ファマータの手綱を握るナーディラが道の先を指さす。建物群の影が霞んで見えた。交易路の中継地点に作られた小さな街だ。
「ザラ、疲れてないか?」
俺が尋ねると、彼女は眠たそうな目でコクリとうなずいた。
彼女の街までの道のりはまだまだ長い。




