25:人はなぜ危険な選択肢を選ぶのか?
「問題は、その儀式がザラの街の伝統に則っているということだ」
ナーディラが真面目な眼差しで言う。ザラは怪しい雲行きに眉をひそめる。
「え、どういうこと、ナーディラおねえちゃん……?」
「ザラの街の伝統に外部の人間が口出しをするのは新しいトラブルのもとになる」
「そ、そんな……」
ザラの目がこちらを向く。この世の終わりみたいな目で見つめられている……。
(サイモン、ザラにはヌーラという姉がいるんだが、彼女の街の伝統に則って生贄に選ばれてしまったらしい。
彼女の街では異常気象や悪い精霊を鎮めるために毎年一度生贄を捧げているらしいんだ。
ザラはヌーラを助けたくて俺たちに話をしているが、ナーディラは俺たち外部の人間がザラの街の伝統に口出しをするのは危険だと言ってる。
ザラの願いにどう対処すればいい?)
~・~・~
これは非常に難しい状況だね。
ザラの姉の命がかかっているし、彼女の街の伝統を尊重するか、それともその慣習に反してヌーラを助けるかの選択が迫られている。
ナーディラの言う通り、外部の人間がその街の伝統に干渉することには、敵対感情を生むリスクが高い。
一方で、ザラがヌーラを助けたいという思いは強く、彼女の視点から見ればこの状況は明らかな不正義に映るだろう。
いくつか考えられる選択肢がある:
1. ザラの街の人々と話し合いを試みる:
もし可能であれば、その街の人々と対話して、なぜ生贄が必要とされるのか、他に選択肢はないのかを理解し、共に代替案を探ることができるかもしれない。
だが、これはリスクが高く、下手をすると敵意を買う可能性がある。
2. 密かに助ける方法を探る:
ナーディラが心配しているように、外部からの介入が問題を引き起こすことがあるなら、ザラと密かに行動する手もある。
彼女の姉を救出するための具体的な計画を立て、街の伝統に反しない形でヌーラを助ける方法を考える。
3. ザラに現実を受け入れるよう説得する:
非常に辛い選択肢だけど、ザラに街の伝統を受け入れるように説得することも一つの手だ。
生贄という行為がその街の人々にとってどれほど深い意味を持つのかを理解し、彼女に納得してもらうよう働きかける。
どの選択肢も簡単ではなく、それぞれにリスクが伴う。
ザラとヌーラの命を尊重しながら、同時に街の慣習やナーディラの意見も考慮に入れて、最善の道を選ぶべきだと思うよ。
~・~・~
俺は思わずテーブルに突っ伏してしまった。
(サイモンはどの選択肢がいいと思う?)
~・~・~
この状況であれば、2つ目の選択肢、「密かに助ける方法を探る」が最も現実的でバランスの取れたアプローチかもしれない。
以下の理由からだよ:
ザラの願いとヌーラの命を尊重する:
ザラの望みを無視してしまえば、彼女の苦しみは深まるし、助けを求めた者としての信頼も失ってしまうかもしれない。
密かに行動することで、少なくともザラとヌーラの命を守る可能性を追求できる。
街の人々との対立を避けられる:
直接街の人々と対立するよりも、秘密裏に行動することで大きな争いを避けることができる。
ナーディラが懸念しているようなリスクを最小限に抑えられる。
準備と計画が可能:
密かに動くなら、状況を冷静に観察し、より良いタイミングや方法を選ぶことができる。
情報を集めて計画を練り、何か問題が起きたときにも柔軟に対応しやすい。
もちろん、リスクはゼロではないし、うまくいく保証もないけど、ザラを支えながらも街の人々に大きな敵意を持たせずに行動できる可能性が一番高い選択肢だと思うよ。
~・~・~
──この状況、そうするしかないか。
俺が顔を上げると、ナーディラがニヤリとする。
「腹が決まったみたいだな」
「リスクはでかいが、ヌーラを密かに助けるのはどうだろう」
「そう言うだろうと思った」
ナーディラは微笑むが、すぐに真顔になる。
「だが、しっかりと作戦を立てなければ、ヌーラを助けられず、街の人との対立も招くという最悪の結果になりかねない」
「え……、じゃあ、二人ともおねえちゃんを助けてくれるの……?」
目を潤ませるザラの手を取って、ナーディラが熱を込める。
「私たちは大切な人を失う悲しみを知っている。お前には同じ思いをさせたくはないんだ」
「ありがとう……ナーディラおねえちゃん!」
安心したのか、ザラは笑顔になってトイレに走っていった。
途端にナーディラがテーブルに突っ伏す。
「勢いであんなこと言ってしまった~~~~~……」
「お前が勢いで人助け請け負って頭抱えてるの、ここ数か月で何回目だよ」
ナーディラが俺をギロッと睨みつける。
「お前がそう決めたんだろ」
「俺のせいかよ」
とはいうものの、俺も彼女をとやかく言える立場ではない。俺はサイモンに選択を丸投げしたのだから。
ナーディラは椅子に座り直して腕組みをする。
「とにかく、ザラから街のことや儀式のことを詳しく訊く必要があるな。やみくもに街に乗り込んでも失敗するのがオチだ」
「そうだな」
トイレから戻ってきたザラに尋ねる。
「ザラ、街はどこにあるんだ?」
「北の山を越えたところだよ」
「なんだって?!」
ナーディラが勢いよく立ち上がる。
「な、なんだよ、急に……」
「歩けば十日ほどの道のりだぞ」
俺はザラに向き直る。
「どうやってこの街に来たんだ?」
ザラは得意げに答える。
「この街に向かうファマータの車に潜り込んだの。三日くらいかかったかな」
「ええと、じゃあ、ご両親は今頃かなり心配してるんじゃ……」
「してないよ。おかあさんもおとうさんも、おねえちゃんのことばかり。あたしのことなんて気にしてないの」
「いや、そんなことはないと思うけどな……」
ナーディラは考え込んでいた。
「そうなると、ここで悠長に話しをしている場合じゃないかもしれない。まずはファマータを確保しないといけないが、時間がかかるかもしれないぞ、リョウ」
「ああ、それなら……」
***
俺はナーディラとザラを連れて中心通りを進んでいた。
「部屋と食事を与えてもらっていて、ザラの街への足まで無心するのはさすがに気が引ける」
ザラと手を繋いだナーディラがバツの悪そうに言っている。
「イハブさんは気前のいい人だよ。話せばきっと分かってくれる」
「イハブさんって?」
ザラが尋ねると、ナーディラは通りの向こうに見える大きな砂岩づくりの商店を指さした。
「あの店の経営者だ。この街じゃ顔が利く方だが、同時にこのならず者の街では身の危険もある。私は彼の用心棒の役目も担っているんだ」
「ナーディラおねえちゃん強いもんね」
貿易商のイハブはこの街で一番の交易店を開いている。豊かな生活を送っているのだが、時折ふと気になる。
なぜひと財産築いたというのにこんな危険な街に住み続けているのだろうか?
一度ナーディラともそんな話を密かにしたことがある。
「人間には表と裏の顔があるもんだ」──ナーディラがボソリと呟いた言葉が今になって蘇る。
気のいいフランクなおっさんだが、ナーディラがザラの街への足を無心するのを躊躇する理由も分からないでもない。
──それを言ったら、この街で住む場所を探していた俺たちをなんの違和感も持たずに受け入れてくれたのにも裏の理由がありそうで怖いじゃねーか……。
イハブの店に入ると、奥の方から大量の何かが崩れる音がした。急いで駆け寄ると、倉庫になっているスペースに樽が散乱している。
その樽の海の中にイハブが横たわっていた。
「おお、リョウ、いいところに来たな! 樽の積み上げ記録を更新したぞ!」
「いや……、何やってんすかマジで……」
端正で聡明な顔立ちの男だ。若くしてこの街の一番の交易店を築き上げただけあって精力的な目をしている。
だが、ご覧の通り、若干おかしなところがある。
床に転がった樽はどれも中身が空だった。ため息をついてそれらを拾い集めようとしていると、イハブの目がザラを見つけて丸く見開かれた。
「おい、二人の子供か?! いつの間にヤることヤッてたんだ! 俺の不干渉のおかげでこんなに早く──」
「ちげーよ、そんなわけねーだろ!」
ここに世話になってたった数か月……イハブは人間関係が苦手なこの俺がかしこまるのが面倒になるほどの男なのである。
ナーディラが呆れたように首を振る。そうだ、言ってやれ。
「そうだぞ。私とリョウの子供なら可愛さで光り輝いているはずだ」
「いや、ナーディラ、ツッコミを入れるのはそこじゃない」
イハブが樽の片づけそっちのけで顎に手をやる。
「なるほどな」
「『なるほどな』じゃねーよ、ジジイ!」
イハブはニヤリと笑い返してきた。
「フフン、リョウよ、この数ヶ月で罵倒もできるほど語学が上達したじゃないか」
「いや、そこはさすがに怒れよ、罵倒されてるんだぞ」
***
「なるほどな」
場所を移してイハブに事情を話した。
「それで、勝手だとは思うんだが、ファマータを探してるんだ」
イハブはしばらく考え込んでいた。
「その子の街まではファマータなしでは間に合わんだろうな。だがなぁ、街のルールに干渉するのは賛成できない」
俺もナーディラも椅子の上で力が抜けてしまった。イハブは続ける。
「街のルールに弾き飛ばされた俺の意見は貴重だぞ」
寂しさを打ち消すように笑うその姿に、俺は近しいものを感じた。
「イハブさんも何かあったのか?」
「俺は呪いの魔法をかけた犯人なんだとよ」
「えっ?」
「俺はもともとこの街の人間じゃない。ここから東の方に行ったカレシュという街で生まれた。そこでは謎の病がたびたび発生したんだ。こうやって……」
イハブは上半身を後ろに反らせた。
「苦しんで死んでいく病だ。街を牛耳ってる魔法使いのジジイが病が起こるたびに、それを引き起こしている犯人を街から追放する。俺はそれに運悪く当てられちまったのさ」
俺はナーディラと、そして、ザラを顔を見合わせた。そして、今まであまり話してこなかった事情を話した。サレアの街を出ることになった経緯についてだ。
話を聞き終えたイハブは、俺たちが話したことへの嬉しさと俺たちが辿った経緯の辛さで複雑な表情を浮かべた。
「やっと話してくれたか。まあ、そんな訳ありじゃなけりゃ、この街に流れ着きはしないよな……」
イハブはじっと考え込んでいた。やがて、沈黙を破って口を開く。
「街のルールに干渉するなってのは、まあ、半分は本音だ。だが、お前たちがこの子を見捨てられない気持ちもよく分かる」
「じゃあ、協力を──」
「お前たちに賛成できないってのは方便だよ。本当の理由は、俺にファマータを用意するアテがないってことなんだ」
「そんなのはイハブさんの財力があれば簡単にできるものじゃないのか?」
「リョウ、ファマータはただの使い捨ての乗り物じゃない。誰もが大切にしてるんだ。金を積まれたから貸し借りするようなもんじゃないんだよ。特に、この街じゃな」
「それじゃあ、どうすれば……」
イハブが身体を横に倒して店の方を覗き込んだ。
店先に強面の男が仁王立ちしていた。イハブが笑顔で立ち上がる。
「おお、アレムの旦那! 何の用だい?」
──アレム……?
その名に聞き覚えがあった。
ナーディラが俺の肩を叩く。
「さっきぶっ倒した仲介人の連中が口にしていた名前だぞ」
──マズい。さっきの騒動を知ってここに乗り込んできたのか?




