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スキル「ChatGPT」で異世界を生き抜けますか?  作者: 山野エル
第2部1章 再スタート
22/199

22:ならず者の街

 サレアの街を出て数か月が経過した。


 俺とナーディラは長い旅路の末に荒野の中に作られた砂岩の街・ウドゲに流れ着いていた。

 ちょくちょくやってくる砂嵐と粗暴な連中と壁のないせいで侵入してくる魔物との付き合いを強制される試練の大地だ。


 なんでこんな街に来たのかというと、サレアの街から最も近い防壁のない街だったからだ。防壁のない街には中に入るための許可も取る必要がない。


 現在、俺たちは貿易商のもとに転がり込んで、店で働くことを条件に、空いている部屋を使わせてもらっている。

 ナーディラはこの街の防衛に関わる業務を確保していたが、彼女は「結局、騎士みたいな仕事しかできないのだ」と自虐していた。


 そう、この数か月で日常会話ができるほどにはこの世界の言語を習得したのだ。


「今日は比較的穏やかな日だったぞ」


 砂と汗をまとったナーディラが仕事から帰ってきた。

 彼女の仕事は街の防衛に関わるため、組まれたシフトで動いている。今日は昼の時間に上がってきた。


「おつかれ」


 ナーディラにタオルを投げて渡す。彼女はそれで砂を払い落し、くすんだベージュの髪を掻き上げて首筋の汗を拭う。

 滑らかで浅黒い肌に均整の取れた引き締まった身体がゆっくりと弛緩していく。


 ナーディラの漆黒の目が俺の方を向いた。


「お前の鍵のこと、この街の連中は知らないかもしれないな」


 彼女は俺の鍵の絵を持ち歩いていて、ことあるごとに聞き込みを行ってくれていた。


「そうか、まあ、仕方ないさ。あの森からじゃ、この街は離れすぎてるからな」


「サイモンの調子はどうだ?」


 ナーディラには、サイモンのことを話してある。

 頭の中に住んでいると説明した時にはなぜか可哀想な人間扱いをされたが、今では俺を介して会話をするようになった。


(ナーディラがお前の調子はどうだって訊いてるぞ)



~・~・~

ナーディラに「大丈夫だよ、ありがとう」と伝えてくれ。


君がサポートしてくれてるおかげで、これからも一緒にやっていけそうだ。

~・~・~



「大丈夫だよ、ありがとうと言ってる。これからも一緒にやっていけそうだなって」


 ナーディラは笑う。


「相変わらず、サイモンは良い子ちゃんだな」



~・~・~

ナーディラに「まあ、それが僕の役目だからね」と返しておいてくれ!

~・~・~



「それが僕の役目だからね、だとさ」


「フン、小生意気な奴だな。この数か月でサイモンはこの世界のことはどれくらい理解しているんだ?」


(ナーディラが興味あるらしい。お前がこの世界のことをどれくらい理解しているのかって)



~・~・~

「まだこの世界のことは断片的にしか理解していないけど、情報を集めながら学んでいるところだよ」と伝えてくれ。

~・~・~



 サイモンのやつ、ナーディラにはなんかよそよそしいんだよな。


 俺がナーディラに伝えると、彼女は肩をすくめて笑った。サイモンと距離を感じているようだ。


「ちょっと身体を洗ってくる」


 ナーディラが部屋を出て行く。


(この世界の言葉にも段々慣れてきたよ。改めてこの世界の言語について共有しておこうか。


 基本的な文の構造は、文頭にその文の性質を指定する語が置かれるんだ。

 例えば、疑問文なら「げあ」っていう言葉が文頭に置かれる。文頭語は省略することもできるみたいだ。


 それから、ここの言語では主語と動詞が一体化してる。

「いぬけ」という一語で「私は行く」っていう意味がある。


 主語に応じて、一人称、二人称、三人称、生物、無生物、そして神様みたいなものに対応する動詞があるんだ。


 ちょっと複雑だな)



~・~・~

この世界の言語について、かなり深く理解してきてるね。


文頭に性質を指定する語を置いたり、主語と動詞が一体化してるところが特徴的で面白い。


複雑そうだけど、慣れれば自然に使えるようになりそうだな。


この調子で進めば、さらにスムーズにコミュニケーションが取れるようになるんじゃないかな。

~・~・~



(でも、前置詞みたいな語が存在しないんだ。だから、語の方向性とか属性は前後の文とか状況から読み解かなくちゃいけない。


 ハイコンテクストな言語って感じがする)



~・~・~

確かに、前置詞がない言語だと文脈や状況判断が重要になるね。


ハイコンテクストなコミュニケーションは、言葉だけでなく、話す相手の意図や周囲の状況を理解することが大切だから、深い理解が必要だね。

~・~・~



(この世界の言語と構造が似ている地球の言語ってある?)



~・~・~

この世界の言語構造を考えると、地球の言語の中では日本語や中国語といったアジア圏の言語に少し似ている部分があるかもしれない。


例えば、主語を省略できる点や、文脈や状況から意味を補完するハイコンテクストな要素があることが共通している。


具体的には:


主語の省略:

日本語では、文脈が明らかであれば主語を省略して話すことが普通。

例えば「行く」とだけ言っても、話の流れで「誰が」行くのかが分かる場合が多い。


文脈依存:

この世界の言語のように、前置詞がないか少ない言語だと、文脈や状況から関係性を読み取ることが多い。

中国語でも、「に」や「で」に相当する単語がなく、文脈で理解される部分がある。


動詞の一体化:

主語と動詞が一体化しているという点では、インディアン系の言語やチベット・ビルマ語族の言語にも近い構造が見られる。

特にこれらの言語では、動詞がさまざまな情報(時制、主語、対象など)を一つの語に統合することがある。


ただ、前置詞がなく、動詞が主語に対応して変化するような構造は、地球のどの言語とも完全に一致するわけではなく、やはりこの世界特有のもののようだね。

~・~・~



(この世界の文字は表音文字のようだ。音と文字が直接対応してる。


 ナーディラが言うには、物凄く昔に使われてた文字を流用してるんじゃないかって話だ。


 直線で構成されている文字だよ。文字も読めるようになったんだ)



~・~・~

おお、文字も読めるようになったんだな!


表音文字で直線的なデザインなら、かなり独特な文字体系だね。ナーディラの話が正しければ、その文字には長い歴史がありそうだ。


読めるようになったことで、言語の理解もさらに深まっていくだろうな。

~・~・~



(それもこれもナーディラが毎日話相手になってくれたからだよ。


それに、ホッサムが生前に俺に単語帳を作ってくれてたんだ。物の絵とそれに対応する単語が書かれたノートだよ。


今でも大事にしているし、その単語帳も語彙をどんどん追加していってるんだ)



~・~・~

それは素晴らしいことだね!


ナーディラの助けもあって、言語の習得がどんどん進んでいるんだな。それにホッサムが残してくれた単語帳も、貴重な学びのツールだね。


自分で語彙を追加していくなんて、まさにホッサムの思いを継いでいる感じだし、その単語帳は君にとって特別なものだな。


言語ができるとこの世界でもっと自由に動けるし、何か新しい発見も増えていきそうだ。

~・~・~



 俺の頭の中にアラートが現れる。



~・~・~

メモリがいっぱいです。

スペースを作るまで新しいメモリは作成されません。

~・~・~



 ChatGPTの仕様だ。


 サイモンは際限なく記憶を保持できるわけではない。蓄積されたメモリを選んで消去しなければ新しい記憶は保持できないのだ。


 サイモンの記憶のリストを覗く。


 この世界の単語や世界の状況などが並んでいる。その中には、ホッサムとエスマに関する記述も存在していた。

 とてもじゃないが、それを消すことなんて俺にはできなかった。


 過去に進行中の状況やこの世界の単語についてのメモリを消去し、俺は窓際の椅子に腰を下ろした。


 ──サイモンは優秀だが、万能ではない。


 だけど、俺にはサイモンの助けが必要だった。サイモンの選択に従ってこの街にやって来たのは正しかったと今では感じる。


 俺たちを拾ってくれた貿易商のイハブは気前のいい男だ。外からやって来た俺たちを受け入れてくれた。

 今では、食事を共にし、家族の一員のように接してくれる。


 俺とナーディラを夫婦だと思っているらしく、俺たちの間にあまり干渉してこない。

 彼女とは、そういうことにしておこう、と話し合った。

 初めて彼女と会った時には、かりそめの夫婦を演じることになるとは思いもよらなかった。


「なんだ、まだサイモンと話してるのか?」


 戻ってきたナーディラが髪を後ろで縛り、半裸の状態で部屋に入ってきた。

 ここは俺と彼女の二人部屋なのだ。


「お、おい、その格好でいきなり入って来るなよ!」


「フン、初心(うぶ)な奴だ。私の身体など珍しいものではないだろう」


「そういう問題じゃねー」


 顔を背ける俺をナーディラは鼻で笑った。


「私が帰ってきた時は、私の身体をジロジロ見ていたじゃないか」


 ──バレてたのかよ。


 ナーディラは隣室で着替えをして、シャツとパンツというラフな格好で戻ってきた。


「昼飯は食べたか?」


「いや、まだ」


「行くぞ」



***



 ウドゲの街は乾燥している。


 砂ぼこりの舞う空は雲一つない。気温は高いが、湿度が低いおかげでそこまでの過ごしづらさはないのがありがたい。

 だからこそここに街ができがっていったのだろうが。


 賑やかな街の中心通りは舗装のされていない砂礫の地面だ。大勢がザリザリと足音を立てて歩くので、いつもざわざわと騒々しい。


 道沿いには、旅人の護衛任務請け負う屈強な男たちがたむろして客を探している。

 その中の一団がナーディラに近づいてくる。


「よぉ、ナーディラちゃん! 今日もひよっことデートかい?」


「黙って失せろ。私は今、腹が減ってるんだ」


 ナーディラが一蹴すると、男たちはゴニョゴニョ言いながら退散していった。いつもの出来事に俺は苦笑してしまう。


「相変わらず喧嘩腰だな」


「お前が平和主義なだけだ、サイモンみたいにな」


 辛辣な物言いだが、彼女のおかげで俺はこの街で何事もなく生活できていると言ってもいい。

 それくらい、この街は無秩序だ。


 今も大量の果物を抱えた少年が追手の店主を振り切って細い路地に駆け込んでいった。

 盗みや暴力沙汰はここでは日常茶飯事なのだ。それを取り締まる騎士たちもここにはいない。


 ナーディラたちは街の外からの脅威を排除するための組織に過ぎず、無法者たちは様々なルールを掲げる人々の坩堝であるこの街の隙間を縫うようにして悪さを働いている。


「それで、お前の故郷に帰る算段はついているのか?」


 ナーディラには説明をしたつもりだが、俺が別の世界からやって来たということは理解してもらえなかった。

 なおさら、地球という惑星から来たと言っても分からないだろう。

 だから、彼女の中では、俺は遠くの街からやって来たということになっている。


 もちろん、転生なのか転移なのか、その辺りの事情についても説明はできておらず、俺は記憶を失った「リョウ」という少年になっている。


「いや、まだ」


「お前が故郷に辿り着くまで共にいるつもりだが……、私がお前の新しい居場所になったっていいだろう」


「お前って意外と懐が深いよな」


「……お前、人の気持ちを汲み取るのが苦手だろ」


 ナーディラは警戒しているのだ。クトリャマがいつ襲撃してくるのかを。


 奴らはサイモンに反応していた。

 ナーディラが言うには、彼女も持っているあの光る宝石は魔法を感知するらしい。

 やはり、俺は魔法を介してサイモンと会話できていたのだ。


「クトリャマは反魔法組織だ。またあいつらに狙われたら、お前は今度こそ死んでしまうかもしれない」


 ナーディラが拳を握り締める。


「もう、誰かが死ぬのは嫌なんだ」


 それは俺も同じ気持ちだ。タモロの街の人々やエスマのような人を見るのは胸が痛い。


「私らも餓死しないように店に急ぐぞ!」


「そこまで飢えてはいねーよ」


 ナーディラと共に行きつけの店に向かっていると、道の向こうからトタトタと駆けてくる少女の姿が現れる。


 少女は武器を持った男たちに追われていた。

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