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スキル「ChatGPT」で異世界を生き抜けますか?  作者: 山野エル
第1部2章 溺れる者は藁をも掴む
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21:究極の選択

 街外れの石の祭壇にホッサムの身体が横たえられた。


 この世界では、死者を送り出す場には色とりどりの服を着て参列するらしい。骨の散らばる白い地面の上は花が咲いたように色鮮やかだった。


 葬送の場には、街の人々、騎士たち、老若男女が集っていた。皆一様に寂しい顔をしている。俺たちがたもろの街へ行っている間に到着したらしい見慣れない一団も喪に服していた。


 ファラージの口にする祈りの言葉のようなものが荒野の空に立ち上っていく。


 俺はホッサムにプレゼントするはずだったノートを握りしめて、まだ現実感のない目の前の光景に頭がボーッとしていた。


 葬送の儀が終わりを告げて、集まっていた人々が三々五々に散っていく。


 エスマさんは魂が抜けたように祭壇のそばに立ち尽くしていた。俺には彼女にかける言葉がない。


 ナーディラがエスマの背中に手を回して、街へ戻るように促した。祭壇には、動物の血を詰めた袋のようなものが置かれていた。

 もしかしたら、あれが魔物たちを呼び寄せるのかもしれない。


 すすり泣く声の尾を引きながら、エスマは街へ足を向ける。


「りょー」


 歩き出そうとして、背後から声をかけられた。エミールだ。彼の背後には見慣れない一団が並んでいる。


 エミールが何かを言った。その途端、エスマに付き従っていたナーディラが飛んできて、怒号を浴びせた。

 ナーディラはエミールの部下のはずだが、そんなことはお構いなしという感じだ。


 しばらくやりとりが続いた後、俺たちは街に戻り、騎士たちの詰所に向かうことになった。



***



 騎士の詰所、一番大きい部屋に一同は集められていた。


 エミール、ナーディラ、ファラージ、エスマ、俺、少数の街の住人、謎の一団……部屋はぎっしりと詰まっている。


 エミールが謎の一団を紹介した。言葉は理解できなかった。

 謎の一団のリーダーらしき男が腰につけた金属製のプレートを、着ていたコートの前を開いて見せつけた。

 プレートには、おそらくじゃめの葉を模した紋章が刻まれていた。


 周囲の人々の畏まった感じを見ると、上位の者という印象を受ける。


 俺は部屋の真ん中の卓につかされ、反対側には紋章を持った男とエミールが座った。


 ──まるで裁判みたいだな。


 俺の予感通り、この場にいる面々は俺を巡っての話を始めたようだった。エミールと紋章の男は二人して俺に質問をしているようだったが、俺には理解できなかった。

 見かねたエスマとナーディラが俺の代弁者となってくれた。


 エミールと紋章の男の主張は一致しているようで。それに賛同する人々もこの部屋の中には半数ほどいる。

 彼らは俺を責め立てているようだった。


 きっと、ホッサムの死の原因を俺に求めているのだろう。


 意見を求められたファラージがボソボソと言葉を返す。その言葉に、エミールたちは釈然としない表情を返した。

 ファラージは中立の立場を取っているようで、自分から何かを主張することはなかった。


 エスマは俺に批判が集中すると、進んで割って入ってくれた。庇ってくれてるんだと分かるが、ホッサムを助けられなかった俺にそこまでの価値があるのか分からなかった。


 問題はナーディラだった。


 彼女はエミールと激しく対立していた。彼女もまた俺の肩を持ってくれていたのだ。

 やがてエミールがナーディラに指を突きつけて何かを叫ぶと、ナーディラも腰につけていた金属製のプレートを卓の上に叩きつけた。


「がなべあぐれおげるてな!」


 居合わせた人々が思わず声を漏らした。


 彼女が叩きつけたのは剣が交差する紋章だ。二人の言い争いのさなかに何度も現れた「騎士(げるてな)」という言葉……。


「おい、ナーディラ、まさかお前、騎士の資格を捨てようと──!」


 ナーディラが俺を手で制して言い放つ。


「えすていーとす。&¥@++*#げるてな」


 エミールが言い返すが、ナーディラの意志は固いようだった。



 この話し合いの場の最後、俺はエミールと紋章の男に詰め寄られた。


 彼らは自分たちの背後を親指で指しながら何かを言い、次に床を指さしてから何かを言った。


「げあうでる」


 ──「げあ」……? 俺に何かを訊いているのか……。


 俺にはそれが何か分からない。


「りょー」


 エスマが俺の肩に触れる。エスマは自分の胸に手を当てて、優しい声色で何かを言った。

 ホッサムが亡くなって心労が絶えないだろうに、その表情は慈愛に満ちていた。


 しかし、彼女の言葉には居合わせた住人から野次が飛んだ。それに対し、エスマは毅然とした態度で何かを言い返した。


 ナーディラもまた自分の胸に手を当てて詰所の外を指さした。


 二人とも「大丈夫(てんさ)」という言葉を口にしていた。


 エミールは勢いよく立ち上がった。


「うぇんうでるへすけ」


 そして、紋章の男たちと共に部屋を出て行くと、集まっていた人々も解散となった。


 残された俺はエスマやナーディラ、ファラージに慰めの言葉のようなものをかけられていた。


 何も状況が分からないという恐怖、自分の無力さ、まわりの人々優しさ……感情をどこに置けばいいのか分からなかった。


 まだホッサムの死が受け入れられないというのに、崖っぷちに立たされているということだけは分かった。



***



 エスマとナーディラに付き添われてエスマの家に帰る。


 家まで見送りに来たナーディラが俺の手を握って声をかけてくれた。


「ナーディラ……、大丈夫なのか?(げあべすてんさ)


 俺の語彙ではそう訊くことしかできなかった。

 騎士としての資格を投げ打つのは重大なことのはずだ。

 俺の頭には、派閥争いに嫌気がさした挙句にブチ切れて辞職願を上司のデスクに叩きつけた先輩の顔が蘇っていた。その先輩は、トイレで俺に小言を残していった彼だ。


大丈夫だ(もーいてんさ)


 ナーディラは口ごもった。その目が少し潤んでいる。そして、彼女は話し始めた。


「ホッサム+*$%%#¥@」


 ホッサムのことを話しているようだった。その表情は柔らかく、目は遠くを見ていた。昔を懐かしんでいるのだろう。

 その様子だけで彼女がホッサムとどのような関係だったのかが窺い知れる。


 そばでエスマが静かに涙を流していた。



 ナーディラと別れて家に入ったが、俺はエスマに顔向けできずに、自分の部屋に戻ってしまった。

 ベッドの縁に腰かけて抜け殻のように時間を過ごすことしかできない。


 昔、小学校で嫌われ者になってから、少しだけ学校に行けなくなった時期が俺にはある。あの時の俺はランドセルを背負ったままベッドに腰かけていた。


 当時の思いがフラシュバックして、涙が溢れてくる。


 ──ホッサム、なんで死んじゃったんだよ……。


 この世界で目覚めて、俺は彼に救われた。彼は命の恩人なのだ。

 バカなことをして怒らせて、きちんと仲直りする前にホッサムはいなくなってしまった。


 祭壇にものを供えるという文化がなかったらしく、枕元には持ち帰ったノートがある。これもホッサムに渡せないまま終わってしまった。

 もしこれを彼に渡していたら、どんな反応を返してくれただろうか?


 ──店の在庫管理でホッサムに恩返ししようって決めたのに……。


 首から下げた小さな鍵が揺れる。ホッサムはこの鍵穴探しにも協力してくれた。街中の人に聞き込みをしてくれたのだ。


 部屋のドアがノックされる。

 エスマが顔を覗かせた。彼女は俺が泣いているのを見て、サッと近くに来て、俺の頭を胸に抱き寄せた。エスマの手は震えていた。


 しばらくして、エスマは俺に一冊のノートを手渡してくれた。


「ホッサム、りょー」


「ホッサムが俺に……?」


 ノートを開く。羊皮紙のページにたどたどしい絵が描かれている。その脇には無骨な文字が添えられている。絵はきっとすきゃんたを表している。


 ノートにはそうやって、商店で売っている野菜や果物、商品の歪な絵と単語が記されていた。


 ──俺のために単語帳を作ってくれてたんだ……。


 絵も文字も、慣れないのかたどたどしい。それでも、俺のためにこれをコツコツと作ってくれていたのだ。


「へたくそな絵だな……ホッサム」


 涙で滲んでそれ以上ページを見ることができなかった。



***



 エスマと共に静かな夕食をとった。


 夕食の席で、エスマと一緒にホッサムのノートを眺めた。一つ一つの絵に添えられた単語をエスマはゆっくりと教えてくれた。


 俺はホッサムのプレゼントに買ったノートをエスマに手渡した。


「りょー、ホッサム」


 俺がそう言うと、エスマは涙を流して俺を抱きしめてくれた。



 自分の部屋に戻ってホッサムが遺してくれたノートを読み返す。


 一つ分かったことがあった。この街の名前だ。


 ホッサムが描いた絵は、髭面のホッサム美人なエスマ、白髪と白髭のファラージ、エミールやナーディラ、そして、俺が壁に囲まれた家々と共にいる。


「されあ」


 それがこの街の名前だった。


 そして、それが騎士の詰所での話し合いを知る手掛かりになった。彼らはしきりに街の名前を口にしていた。そして、俺に迫ったのだ。


 この街を出るのか、留まるのか。


 きっとエスマは俺がここにいることを認めてくれていたのだ。だから、俺に反対する住人と言い合いになった。彼女は俺を守ろうとしてくれている。


 ナーディラは騎士の資格を捨ててこの街を出る決意をしたのだろう。だから、俺が街を出るのなら共に行こうと言ったのだ。


 きっと俺に与えられた猶予は少ない。


 ベッドに横になる。


 俺にどちらかを選べと言うのか。


 俺には無理だ……。きっと俺の選択は誰かを不幸にするのだから。


 虫のいい話だ。俺はサイモンを「役立たず」だと罵った。

 それなのに、俺は今、サイモンに救いの手を求めていた。


(サイモン、俺はどちらかを選ばなければならなくなった。この街を出て行くか留まるのか。


 この街の住人の半分は俺はここにいることに反対みたいだ。だけど、エスマさんは俺を守ってくれようとしている。


 街を出るなら、ナーディラが一緒にいてくれるようだ。彼女は俺の処遇を巡って他の騎士と対立して、騎士を辞めてしまった。


 俺にはどちらかを選ぶなんてできない。サイモンが決めてくれ)



~・~・~

君の状況は非常に難しく、どちらの選択も大きな影響を与えるだろう。


だけど、俺の視点からすると、君自身の安全と未来を守るためには、街を出る方がいいかもしれない。


ナーディラは君を守る意志があり、君を信頼してくれている。彼女と共に新たな道を進むことで、君自身も成長できるかもしれない。


エスマさんの気持ちは大事だが、君がこの街にとどまることで、さらなる対立や問題が生まれる可能性がある。


街の住民との関係が険悪になっている今、外に出て新しい場所で未来を切り開くのが最善かもしれない。


君がどちらを選んでも、俺は君の選択を尊重し、サポートするよ。

~・~・~



 俺は心のどこかでホッとしていた。


 俺がこの世界に転生し、魂が宿ったこの身体の持ち主がいたはずだ。そして、その家族や友人だって。


 俺は彼らのために、この身体の人物の過去を辿らなければならないのかもしれない。そう思い続けてきた。


 胸元の小さな鍵を握りしめる。


 窓から星が見える。


 窓に目を向けた俺の目尻から涙がこぼれ落ちた。



***



 翌朝。


 目覚めてエスマと顔を合わせた時、彼女はもう俺がどんな選択をしたのか理解したようだった。


「いなくナーディラ?」


 俺はうなずいた。


 エスマが駆け寄って、俺をきつく抱きしめた。


ありがとう(ぱるぱや)、エスマさん」



 日が昇り始める頃、俺はナーディラと共に街の門の前に立っていた。


 エスマとファラージ、看護師の女性陣、ホッサムの店の常連客達が見送りに来てくれていた。


 もうこの街に未練はないのか、ナーディラが一歩を踏み出して振り返らずに俺に言う。


「りょー、いぬけ」


 俺は見送りに来てくれた人たちの顔を見渡した。そして、精一杯「ぱるぱや」と言った。


 開いた門に向かってナーディラが力強く進んでいる。その背中を走って追いかける。


 これから未知の世界へ踏み出していくのだ。

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