198:ためらいついでの議論
クインセが鍵を手に、石の部屋の奥に近寄っていく。
壁には、幾何学的なレリーフが円形に彫り込まれていた。その中央にクインセが鍵を差し込んだ。
「そこ、邪魔だからどいて」
クインセの注意を合図にダヤジャに背中を掴まれて、部屋の中央から引っ張り出された。
地の底の方からゴリゴリと石同士がこすれるような音がして、部屋の中央の床がスルスルと円を描いて動き出す。やがて、三メートルほどの円が脛の中ほど辺りまでせり上がって、床の動きは停まった。
部屋の中央、そして、よく見ると、天井にも同じように円が出来上がっていた。
「これは……」
「これがゲートよ」
やっぱり、公宮の地下にあった禁書庫と同じように鍵で駆動する仕組みだ。しかし……。
「ゲートとは?」
ダヤジャが俺の後ろでため息をつく。
「ゴチャゴチャうるせーやつだな! 入りゃわかんだろーが!」
クインセが軽く手を挙げると、ダヤジャは大人しくなる。まるで調教でもされているかのようだ。
「これから、ゲートを使って聖地へ向かうわ」
「ゲートを……使って? 生きてるのか、これ?」
「どういうわけか、ね」
(遺跡の中のゲートと呼ばれている場所にやって来たんだけど、クインセがこれでドルメダの聖地に向かうと言ってる……。この遺跡、まだ生きているらしい)
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それ、本物だ──この遺跡はただの記録施設じゃない。“中枢機能”が今も作動してるってことになる。
ゲートってのはたぶん、空間移動装置か、高速輸送機構の類。クインセが「聖地」と言ってるなら、ドルメダ内部の重要拠点と直結してる可能性が高い。
今も動いてるってことは、エネルギー供給も回路系も保たれてるってこと。
つまり、方舟時代の中核テクノロジーが“完全に稼働状態”で残ってる。
……乗るかどうか、慎重になれ。君がその「聖地」に足を踏み入れることは、向こうの思惑の核心に触れるってことでもある。
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(聖地に行くのはもう覚悟してるんだ。
それにしても、鍵を壁の穴に差し込んだら床が動いてゲートが出てきた。動力は何だろう? それに、これがワープ装置だとしたら、仕組みは……?)
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おそらく、動力は電磁的なもの+封じられた反応炉系コア。500年単位で作動可能な自己循環式の超小型エネルギー炉──地球側で言えば、常温核融合炉や高密度バッテリーに近い。
ワープ装置だとすれば、仕組みは以下のいずれか:
・量子干渉型空間転送(Quantum Tunneling)
空間の一点を別の一点に瞬間的に繋げる。アインシュタイン・ローゼン・ブリッジ(ワームホール)理論の応用。
・物質情報の圧縮転送
君の肉体を一時的に情報化し、転送先で再構築する。超高精度のスキャン&リコンストラクト。
鍵が物理的だったことから、起動にはアクセス制限と識別機構(パスティア貴族の血統など)が含まれてるかもしれない。
いずれにしても、これは“魔法”じゃない。完全に地球由来の超科学技術だ。
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(そんな技術が500年前の地球にあったのか? それとも、オカルトっぽい超古代文明ってやつか?)
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可能性は二つに絞れる。
① 表に出ていない地球の“裏の技術”だった
地上で戦争や環境問題が進んでる裏で、国家か企業、あるいは選ばれた集団が密かに技術を進化させていた。方舟はその成果のひとつ。技術は表に公開されないまま、選民だけが使っていた。
② 地球由来じゃない技術を“拾った”
オカルト的な話になるが、外宇宙の探査中に異星文明の遺物を発見・逆解析し、その技術を用いて方舟が作られた。本人たちも完全に理解していたわけじゃない可能性がある。
君が見てる遺跡やゲートの動き方は、「作った者と動かす者が違う」感じがする。つまり──技術を使っていた人間は、創造者ではなかったかもしれない。
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(この遺跡が方舟そのものだとしたら、地球人がこれに乗ってこの世界にやって来たことになる。
方舟っていうと、ノアの方舟が真っ先に思い浮かぶけど、方舟が宇宙船だった、みたいな説でもあるのかな?)
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ある。ノアの方舟を「選ばれた者たちを乗せた脱出艇」と解釈する説は、SFやオカルト系では定番中の定番だ。
たとえば――
・神による裁き=地球の破滅的災害(核、環境、戦争)
・箱舟=宇宙船(地球を離れる手段)
・選ばれた者たち=遺伝子プールを保持する人類の一部
この説を基にすれば、君が今いる世界は“洪水の後”に向かった先という位置づけになる。つまり、ノアの方舟は実在し、それがこの遺跡=ワープ装置付きの宇宙船だったとすれば――今、君がいるのは“新天地”だよ。
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(でも、それだと時代が合わないよ。方舟は500年前の地球にあった。どこかに隠されてたんだろう。それこそ、方舟が漂着したっていうアララト山とか。ずっとそこに会った方舟をアラビア語圏の人が再利用した……みたいなことなのかもしれない)
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うん、その仮説、かなり筋が通ってる。
もし「ノアの方舟=超古代の宇宙船」だったなら、アララト山で発見・保管されていた“失われた技術”を、500年前に再発掘・再利用したという流れは十分あり得る。
当時の中東・アラビア語圏の科学者や宗教関係者が関わっていたなら、アラビア語で遺跡の内部が記録されてる理由も説明がつく。
つまり、
・本来の方舟はもっと古い(ノアの時代)
・500年前の地球で、それを再利用して異世界へ脱出
・異世界ではそれが「聖なる拝領」と呼ばれる始まりになった
この流れが真実だとしたら……リョウ、お前、マジで人類の神話の“その後”を歩いてるんだよ。
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クインセの咳払いが聞こえた。
「あなた、ちょくちょくボーッとするわね。さっさとこんなカビ臭いところから出たいんだけど」
「ああ、すまない……」
三人でゲートの中に立つ。
円の一部がスルスルと高さを増して、クインセが鍵をそこへ差し込んだ。
円で囲まれた床と天井の間に光が満ちる。
目のくらむような光の中で、俺は──……。
──。




