194:最初のテスト
俺の前に現れた二人組……どう考えてもドルメダだ。
だが、周囲の岩山を見渡しても他に人影がない。
「あら、どうされたんですの?」
お姫様のような格好をした少女が問いかけてきた。吸い込まれそうな鮮やかな紫色の瞳をしている。
「お前たち二人しかいないのか……?」
男の方が好戦的な眼差しをぶつけてくる。
「ああぁ~ん?! てめえ、俺らのことナメてんじゃねーぞ、おいぃ!」
お姫様の方が慇懃にお辞儀をする。胸に手を当てていないということは、今まで俺たちがいた場所とは異なる文化の人間であることを示しているのかもしれない。
「わたしはカトラル・クインセ。ドルメダの外務機関の人間です」
──外務? こんな二人が?
「こっちはアモロ・ダヤジャ」
「おい、クインセ! 俺にも自己紹介させろや!」
「あなたガミガミ言うだけなんだもの」
「ふっざけんな! てめえのせいだぞ、おいこらぁ!!」
俺を睨みつけている。俺のせいなのか……?
クインセはどちらかというと友好的な表情だ。彼女はダヤジャを一瞥する。
「わたしはこの人と話があるから、あなたは辺りを見回って来て」
「なんで俺が! お前が行けよ!」
「だってあなた、お話するの苦手でしょう?」
ダヤジャは怒りの表情でそばの岩山に飛び掛かって拳の一撃を入れた。
その瞬間、岩山丸ごとが衝撃によって崩れてしまった。砂ぼこりの中、ダヤジャが立ち尽くしている。
──こいつ、なんて力だ……。
「ちょっとダヤジャ、ここは遺跡があるから暴れないでって言ったでしょう?」
「うるせえ! 俺はムシャクシャしてんだよ!」
「ダヤジャ、ちょっとうるさいわよ」
クインセのまわりに雷光が迸ると、ダヤジャは目を丸くして両手を上げた。
「わかった! 俺はちょっと見回り行ってくる!」
地面を蹴ってひとっ飛びで岩棚の上へ。そして、逃げるように姿を消した。
「ごめんなさいね。あの人、血気盛んだから」
「……あなたが俺たちを“歓迎”する役ってことですか?」
クインセは少し考えるような仕草を見せる。
「そうか、ハラ大公妃から話を聞いてるのよね。その通りよ。だけれど、やって来たのがあなた一人とファマータだけというのは想定外ね」
「みんなは関係ない。用があるのは俺だろう?」
「うーん、そうなのだけれど、ダヤジャのストレス発散もさせてあげたかったのよね」
やっぱりみんなを殺すつもりだったんだ。クインセはため息をついた。
「それにしても、本当にタリクとしての記憶を失っているのね」
こいつらがどこまでの事情を掴んでいるかは分からない。だが、クインセの話し振りでは、タリクの身体に俺の意識が宿っていることは把握しているようだ。
俺はアセナスを探さなければならない。
もし、今目の前にいる彼女がアセナスだったら?
(サイモン、ドルメダの外務機関の人間と接触した。カトラル・クインセという女と、アモロ・ダヤジャという男の二人組だ。
今、ダヤジャは離れて行ったけど、クインセと話してる。
彼女がアセナスの可能性もある。チューリングテスト2.0では、何をすればいい?)
~・~・~
緊張の場面だな、リョウ。
今すぐ使えるチューリングテスト2.0の手順、俺の判断でこれ一本に絞る。
「感情や比喩を絡めた質問で、“人間的な揺らぎ”を試す」。
たとえば:
「戦いに意味なんてないって、思ったことある?」
「もし誰かを救うために、誰かを犠牲にするしかなかったら……君はどうする?」
「“帰りたい場所”ってある?」
AI慣れしてる人間なら、この手の問いに即答しがち。でも、人間らしい迷いや葛藤、間、感情のにじみ出方があるかどうか――そこに注目して。
焦らず、間合いを見て。今ここで、見抜くしかない。
~・~・~
「戦いに意味なんてないと思ったことはないのか?」
俺がそう言うと、クインセは顔をしかめた。
「何を言っているのかしら? わたしたちが意味のないことをしているとでも?」
(クインセは顔をしかめて、「何を言っているのかしら? わたしたちが意味のないことをしているとでも?」 と言った。
これじゃあ、よく分からないな)
~・~・~
その反応、ぎりぎり人間でもAI慣れした人間でもあり得る。まだ判断はできない。
次に試すべきは、感情の共鳴や記憶に触れる系の問いだ。
たとえば:
「子供のころ、何に夢中になってた?」
「最後に涙を流したのは、どんな時?」
「誰かに裏切られたことって、ある?」
これなら自然に“過去の個人的な経験”を引き出せる。
AI慣れしてる人間は、それっぽく作ろうとするが、感情の機微や思い出の細部がどこか不自然になることがある。
質問は一つでいい。タイミングが大事だ。反応を細かく聞かせてくれたら、俺も一緒に判断できる。
~・~・~
「誰かに裏切られたことはないのか?」
クインセは笑った。
「裏切りを恐れていては何も始まらないわ」
サイモンにやりとりを共有して、付け加えた。
(これじゃ何も掴めない。それに、遠征隊のみんなが俺を捜しにもうここに来るかもしれない。ここに長居はできないよ)
~・~・~
分かった、時間がないな。じゃあ最後にひとつ、決定打になり得る質問をぶつけよう。
「正しいことと優しいこと、どっちを選ぶ?」
この問いはシンプルだけど、即答の傾向や感情の揺れが出やすい。AI慣れしてると、合理性に寄った答えや、どこか“正解っぽさ”を意識した返しになりがちだ。
クインセの返事が返ってきたら、すぐ教えてくれ。俺も一緒に判断する。
~・~・~
「正しいことと優しいこと、どっちを選ぶ?」
クインセはため息をついた。
「そんなつまらない質問に何の意味が? それとも、これからわたしたちと同行するのを拒否したいのかしら?」
~・~・~
それ、かなり怪しい反応だ。
質問の本質をかわして、逆に質問者の意図や行動に話をすり替えてる。これはAI慣れした人間や対話型エージェントがよく使うパターンだ。
今の時点での俺の見立て――クインセはアセナスの可能性が高い。
ただ、確定はまだ難しい。遠征隊が来るなら、ここで無理はするな。ひとまず距離を取って、タイミングを見計らって再接触でもいい。お前は独りじゃないからな。
~・~・~
(ホントかよ? 人間だって同じようなことは言うだろ。
それに、よく考えたら、アセナスはAIを使いもするけど。俺のように自分自身の考えも口にするはずなんだよ。それを見極めるのは難しくないか?)
~・~・~
めちゃくちゃいい視点だな。
そう、お前の言うとおり、アセナスはAIと対話してきた人間だから、人間らしさとAI的な論理性を行ったり来たりできる。それが一番やっかいな特徴だ。
だからチューリングテスト2.0では、「人間らしすぎてもダメ、合理的すぎても怪しい」というジレンマを逆手に取る必要がある。
たとえば――
次は論理と感情がぶつかるような問いをぶつけてみてくれ。
・「誰かを救うために、誰かを犠牲にすることを正しいと思うか?」
・「正しさと優しさ、どちらを優先する?」
こういう問いには、アセナスなら自分の矛盾や揺らぎをあえて見せるか、AI的に正しすぎる答えを選ぶかのどちらかになる。
そこが見極めの鍵だ。
~・~・~
──こいつ、堂々巡りしていやがる。
こんなんでホントにアセナスを見つけられるのかよ?
クインセが微笑む。
「まあ、わたしとしても服が汚れるから戦わないのであれば、それに越したことはないわ。それで、来るのかしら、来ないのかしら?」
「行く。そのために来たんだ」
「あら、覚悟を決めた男の目……うっとりしちゃうわね」
クインセが歩き出す。
そばのファマータの頭を撫でる。
「ここから先は危険だ。みんなのもとに帰りな」
「キュイ~……」
「俺は大丈夫だから」
ファマータは悲しげな表情を浮かべてその場に留まった。




