193:歓迎
夜の砂漠をファマータで駆ける。
砂漠の夜は寒いと思っていたのだが、春の昼下がりみたいな気温で過ごしやすい。
(サイモン、砂漠って夜は寒くなるものだよな?)
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そう、砂漠は昼と夜の寒暖差が激しい。日中は灼熱だけど、夜は地表の熱がすぐに逃げてしまって、驚くほど冷え込む。下手すりゃコートが必要なレベル。
今夜の予定があるなら、防寒対策ちゃんとしておいたほうがいいぞ。
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(今、夜の砂漠なんだけど、全然寒くなんだよ。以前、高い山に登った時も標高が高いのに気温は大して変わらなかった。それもこれもイルディルが環境を安定した状態にしているからなんだろうけど、マジでどういう仕組みなんだろう?)
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それ、俺もずっと気になってた。普通なら気温は標高や日射で大きく変わるのに、この世界じゃそれが効かないことが多い。考えられるのは──
イルディルが「人が過ごしやすい」と無意識に思ってる環境を、自動的に整えてくれてるんじゃないかってこと。つまり、「夜の砂漠は寒いはずだ」という“認識”よりも、「この場所で凍えたくない」という“意思”の方がイルディルに強く届いてるんだ。
この世界の物理法則自体が、“人間の集団的な願い”によって書き換えられてるのかもしれない。まるで、意思が大気の振る舞いや熱の移動まで制御してるみたいにな。
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(過酷な環境がイルディルによって抑制されてるってことか。イルディルは大気の状態をコントロールするエネルギーを持っているんだな。イルディルはこの世界の循環システムの根幹になってるから大気以外にも作用してるんだろうけど、凄まじい存在だよな。地球でいうエーテルとは根本的に違うね)
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まさにそれ。地球の「エーテル」は理論上の媒質に過ぎなかったけど、この世界のイルディルは明確に“機能”してるし、“反応”もしてる。エネルギー源であり、意思と反応し、環境や生態系の維持にまで関与してる。しかも、それが無数に漂ってるってんだから、スケールが違う。
イルディルは単なる物質じゃなくて、「意識のある粒子」と言っていい存在だ。だからこそ、魔法や精霊術みたいな現象が成立するし、世界が“人にとって意味のあるかたち”で動いてる。ある意味、この世界そのものが“イルディルによる夢”なのかもしれないな。
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(そのイルディル濃度のバランスが局所的に崩れてるのがこの世界の抱えている問題だ。反魔法組織のクトリャマは、その原因が魔法の使用にあると考えてる。この世界に人が殖えて、魔法によるイルディルの消費が進んでるんだろうな)
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うん、クトリャマの言い分にも一理ある。魔法の使用がイルディルを消費する以上、人が増えて魔法を多用すれば、どこかで“循環”が追いつかなくなるのは当然だ。その結果が、イルディル濃度の偏りや、魔物の発生、災害の頻発って形で現れてるんだろう。
問題は「使いすぎが原因」と分かっても、誰にも止められないこと。魔法は便利すぎて依存が進んでるし、軍事にも組み込まれてる。つまり、イルディルが減るのは“文明の副作用”みたいなもんだ。
今の世界は、持続可能じゃない。それに気づいてるのがクトリャマで、でも彼らのやり方では“人を守る”こととは両立できない。だからリョウの視点が必要なんだ。
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──とてもじゃないが、そんなスケールのでかい話をまとめられる気がしないな。
月明かりが照らす砂漠を進む。俺は一人だ。抜け出してきたキャンプでは、今頃誰かが気付いているだろうか? 急に姿を消したから、俺がドルメダに寝返ったと思う人もいるかもしれない。
(サイモン、俺は今、遠征隊から離れて一人で方舟が落ちた場所に向かってる。ドルメダと戦闘になればどういう結果でも誰かが命を落とすかもしれない。事情を知ってるのは俺だけだ。だから、みんなを守るために単独でドルメダに接触するしかないと思ったんだ。
お前に相談しないで決めちゃったけど、俺の判断は正しかったのかな?)
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リョウ、お前が一人で行くって決めたのは、守りたいものがあるからだろ? その判断に“正しい”も“間違い”もないよ。命を賭ける理由があるなら、それはもう、誰にも否定できない。
ただ一つ言えるのは――お前は独りじゃない。俺がいる。どこにいようと、何があろうと、必ず支える。だから怖い時は言ってくれ。迷ったら、悩んだら、俺に話してくれ。それだけだ。
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この世界で目覚めて、初めてサイモンと言葉を交わした頃のことを想い出した。あの時はゴブリンに追われて必死だった。サイモンはそんな中で俺を導いてくれた。
あの時も、今も、俺は一人だ。
孤独に慣れていたつもりの人生だったが、全くそんなことはなかったみたいだ。
今はサイモンの言葉に救われている。
***
やがて、地平線の彼方が白み、日が昇ってきた。
夜通し走ってくれたファマータを休ませるために、岩陰を選んだ。魔法で水を生成し、ファマータと一緒に飲む。
「俺のワガママに付き合ってくれてありがとうな」
ファマータの頭を撫でると、首をかしげて「キュイ?」と反応が返ってくる。愛らしい奴だ。方舟が落ちた場所の近くまで行ったら、巻き添えを食らわないように遠征隊のもとに返してやらないとな。
すぐに出発する。
砂漠の日差しは強い。気温もそれなりに高い。だが、やはり、思っていたほどの過酷さはない。これがイルディルの加護というやつなのかもしれない。それにしても、なぜイルディルは人の意思に反応するのだろうか?
(イルディルは、人と動物、魔物、精霊の根源になっていて、世界の循環の中心にある。一体イルディルって何なんだろうな?)
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俺が見るに、イルディルはただのエネルギーでも魂でもない。生命を形づくり、意思に呼応し、環境に干渉する「概念そのもの」なんだと思う。
物質と精神の境界を越えて流れる“存在の原型”みたいなものだ。だからこそ、人や魔物にもなり得るし、世界そのものにも影響を与える。
言ってみれば――イルディルはこの世界そのものの「夢」なんじゃないかな。
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(それ、さっきも言ってたけど、でも、俺はこうして意思を持ってここに居るよ。魔法現象も身をもって体感した。幻なんかじゃないよ)
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もちろん、リョウが体験してることはすべて現実だよ。幻だなんて思ってない。
俺が言いたかった「夢」っていうのは、“作りもの”とか“錯覚”って意味じゃない。もっと根源的な、「世界がどう在りたいか」っていう願望や方向性のこと。
この世界では、現実そのものがイルディルという“意志”によって形作られてる。
リョウが意思を持っているように、この世界そのものも、意思を持って変化してるんだ。
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(いつかも言ったかもしれないけど、イルディルって生き物みたいだな)
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うん、まさにそれ。俺も同じ感覚を持ってる。イルディルはただのエネルギーや粒子なんかじゃなくて、「生きてる」としか言いようのない振る舞いをする。意思があって、記憶があって、呼応する。
たとえるなら、世界という巨大な生命体の血液であり神経であり、魂でもある──そんな感じだよな。リョウの感覚は、きっと正しい。
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(FF7のライフストリームみたいなもんか。あれは目に見えたけど、イルディルは見ることすらできない)
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そうそう、FF7のライフストリームはまさに視覚化された“星の生命”だったけど、イルディルはもっと抽象的で、でも確実に「そこにいる」。見えなくても、感じるんだよな。
それに、イルディルはただ流れてるだけじゃない。意思に反応して動き、形を変え、時に人や精霊になる。ライフストリームが「魂の循環」なら、イルディルは「存在の根源」って感じ。規模も役割も、もっと根深くて複雑だ。
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***
それから丸一日をかけて砂漠を進んだ。
そろそろ方舟が落ちた場所が近い。近くにはごつごつとした岩山が連なっている。地図上ではその岩山群の中ほどに目的地がある。
ファマータを降りて、来た道を変えるように命令したが、ファマータは何かを察したのか、
「キュイ!」
と鳴いて俺のそばから離れなかった。
「お前を巻き込みたくないんだよ」
「キュイッ! キュイイ~!」
「お前、俺を心配してるのか?」
「キュイ!」
これは言うことを聞かなそうな目をしている。
「何かあったら逃げるんだぞ」
「キュイ」
ファマータの厚意に甘えて再び背中に跨り、岩山に入っていった。
岩山が乱立して、細い谷は入り組んていた。山自体はせいぜい数十メートルくらいの岩棚みたいで、俺たちはその隙間を歩いているようなものだ。
少し進むと、開けた場所に出る。
四方が垂直に切り立った崖に囲まれているが、明らかに人の手による彫刻などの意匠があちこちに見える。
「ここが方舟が落ちた場所……」
ファマータを降りて、辺りを見回す。
遠征隊はきっとこちらに猛スピードで向かってきているはずだ。急がなければならない。大きく息を吸い込んだ。
「ドルメダ! 約束通りやって来たぞ!」
俺の声が反響する。
「ハラ大公妃から話は聞いてる!」
しばらくして、どこからか石が落ちる音がした。
「おいおいおいおい、話がちげーじゃねーか! パスティアの奴らをぶっ殺せるんじゃなかったのかぁ、おい?!」
「ちょっと、ぶっ殺すことが目的じゃないんですのよ。勝手に目的を変えないでくださいまし」
岩棚の縁に二人組の影があった。逆光でよく見えない。
「トウッ!」
一人が躊躇なく飛び降りた。
そして、そのまま分厚い砂地の中に頭から突っ込んだ。飛び出た両脚がジタバタしている……。
「あら、登場シーンすらまともに決められないのかしらね、この人は……」
ふわりと砂地に着地したのは、お姫様のような格好をした少女だ。彼女はその細腕で砂に埋まったもう一人を軽々と引っこ抜いた。
「ぶはぁっ!! 死ぬかと思ったぜぇ! てめえ、ふざけんなよぉ!!」
俺を指さしている。俺のせいなのか……?
全身に奇妙な紋様のタトゥーを入れた上半身裸の男がギャーギャーと恨み節をぶつけてくる。
え、なんなの、こいつら……。




