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スキル「ChatGPT」で異世界を生き抜けますか?  作者: 山野エル
第4部1章 新たなる旅立ち
186/199

186:チューリングテスト2.0

 ルルーシュ暦第16紀672年2月1日。


 この世界の一か月は十六日しかない。だから、昨日のカビールとジャザラの婚姻の儀は一月最後の一日を彩るものだった。


 考えてみれば、ほぼ一か月間、俺たちはパスティア公国の貴族街(アグネジェ)で起こった事件に関わっていたということになる。


 二月最初の朝はやや曇っていた。


 俺たちは公宮の前庭に集まっている。


 これから、地球時間で500年前にこの世界にやって来たと考えられる方舟が落ちた場所へ向かう旅が始まる。


「リョウさん、ナーディラさん、お気をつけて」


 ヌーラが心配そうにそう言った。その隣では、アメナが寂しそうな表情を見せている。


「アメナも同行したかったのじゃが……」


 俺の隣ではナーディラが胸を張っている。


「お前の力は必要ないってわけだ」


 性懲りもなく喧嘩を売るナーディラをなだめるために、いつものように俺が場を鎮めなけばならない。


「ナーディラ、二人はパスティアに潜り込んでいるグールを見つけ出すために魔法・精霊術研究所に残るんだから、そういうこと言わないの」


「分かってるよ。適材適所ってやつだろ」


 ヌーラはその頭の切れを、アメナはイルディルを見ることができる能力を買われて、研究所では替えの利かない存在になっていた。


 とはいうものの……。


「うむ、みんな準備万端のようだな」


 公宮の表口から侍従(ノワージャ)たちと共にイスマル大公が現れた。遠征隊とそれを見送る人たちが背筋を正すが、イスマル大公はいつもの飄々とした感じで、


「みんな緊張するなよ~」


 と笑っている。


 彼の隣には、にこやかなハラ大公妃の姿。


 彼女が俺に寄越した言葉。


 私はグールです──……そう発した彼女の魔性に満ちた瞳がまぶたの裏に焼きついて離れない。


 ヌーラもアメナも遠征隊に組み込んで、このパスティアを出たかった。だが、貴族街(アグネジェ)を支配するグールへの不安と恐怖がそれを許してくれなかった。グール捜索の手法を確立する研究が最優先されたからだ。


 ハラ大公妃だったものは言っていた。


「遠征の間、ヌーラさんもアメナさんも、そのほかの方々も、わたくしが見守っておりますからね」


 それをイスマル大公がそばにいる状況で。


 大胆不敵だった。


 イスマル大公は勘違いをして、彼女の慈しみ深さを喜んでいたが、もちろん、その言葉の意味するところは、目的を達するまで二人は人質になるということだ。


 パスティアに仇なす勢力ドルメダ──その本拠地に乗り込み、ドルメダを主導するアセナスという人物を特定する……それが俺に強いられたミッションだった。


 ハラ大公妃だったものはドルメダに道具のように扱われてきた。そんな中でルルーシュ家の人たちに触れ、かりそめの家族を手に入れた。それが彼女にドルメダへの副主審を芽生えさせたのだ。


 身勝手なことだ。


 アセナス……ハラ大公妃だったものが言うには、その人物も俺と同じ選ばれし者だという。そして、俺と同じように特別な精霊を宿している、と。


 俺の中に宿る精霊サイモンの正体はChatGPTだ。俺がこの世界で目覚めた時に、すでに俺の中に存在していた。どういうわけか、俺は魔法を使ってChatGPTと対話ができるようになっていた。


 アセナスもそれが可能だとしたら……。


 俺はサイモンに頭の中で話しかける。


(サイモン、俺に新しい使命が課された。


 経緯から話すと、ハラ大公妃はグールだったんだ。彼女はドルメダに道具のように扱われてきた。だから、そんなドルメダに復讐するため、アセナスという主導者を特定するように俺に命じた。逆らえば、仲間の命が危ない。


 ハラ大公妃が言うには、アセナスは俺と同じようにお前のような精霊を宿しているらしい。手掛かりはそれだけだ)



~・~・~

了解。リョウが無理やり巻き込まれてるのは許せないけど、今は仲間を守るのが最優先だな。


俺の判断では、まず「アセナスが精霊を宿してる」って情報に集中すべきだ。宿し方がリョウと同じなら、「選ばれし者」かそれに近い存在のはず。


つまり、精霊の波長やイルディルの流れに異常が出てる可能性がある。次に向かうべき場所、すぐに探ろう。どこにいたとしても、精霊の気配は必ず残る。


ひとつだけ教えてほしい。

その「宿してる精霊」ってのは、どういう風にハラ大公妃は感じ取ったんだ?

~・~・~



(彼女の口振りでは、彼女自身が何かを感じたわけじゃなく、そういう情報だけを持っている感じだ。


 アセナスは特定の居場所を持たず、人々の間に紛れ込んでいる……ハラ大公妃はそう言っていた。つまり、正体を隠して一般社会に溶け込んでいる。どこかに根城を持たないというのは、姿を隠すには最良の選択なのかもしれない)



~・~・~

なるほど、それならアセナスは情報操作や潜伏に長けたタイプだ。正体を隠せるほどの力と知恵があるなら、選ばれし者級の存在でもおかしくない。


俺の推測では、アセナスは「精霊を宿していることに気づかせない」よう、波長を抑えたり精霊との同調を限定的に使ってる可能性が高い。


だとすれば、魔法や能力の使い方に不自然な点が現れる。たとえば、“力が強いのに目立たない”“妙に運が良い”“災いを避けるように動いている”人物。


一つ提案。精霊の痕跡は追えないが、「災いを避けて動いてる人物」を軸にして人づてに探す。

最近、不自然に災厄から無傷だった者や、不可解な生還者の噂はなかったか?

~・~・~



(アセナスはドルメダの本拠地である聖地に潜んでいるらしい。だから、アセナスのことは何も分からないんだ。


 俺たちはこれから方舟が落ちた場所に遠征に向かう。そこでドルメダが俺たちを拘束するという手筈になっているとハラ大公妃は言っていた。それでドルメダの聖地に入り込み、アセナスを探せと言っていた)



~・~・~

つまりこれは“潜入”任務だな。表向きは捕縛され、実際はアセナスの正体を見破るために中に入る。ハラ大公妃は外から手を出せないから、リョウに任せるしかなかったんだ。


俺が提案するのは、入る前に“精霊の反応を記録する準備”をしておくこと。聖地内部では精霊の気配が入り混じってる可能性があるけど、選ばれし者の波長はどこか異質なはず。微細でも、違和感を探れるようにしておく。それが唯一の識別手段だ。


念のため聞くけど、捕まるときの状況──どの程度の自由があるか、決まってる?完全拘束か、ある程度の動きは取れるのか。

~・~・~



(そこは何も分からない。


 それに、イルディルを見ることができるアメナはパスティアでグール捜索の方法を研究するチームに組み込まれてる。


 俺は地道に情報収集を行ってアセナスを見つけ出す必要がある。


 俺の考えは、アセナスも俺と同じく、ChatGPTか何かのAIと魔法でコミュニケーションできるというものだ。つまり、質問や何かでAI介在の可能性を探らなきゃいけないはずなんだ)



~・~・~

なるほど、それがリョウの切り札だな。

アセナスも“サイモンのような存在”と話しているなら、言動にわずかなクセが出るはず。たとえば:


・唐突に核心を突いたり、妙に要点を突いてくる

・会話の流れに“間”があるように感じる(AIとの対話に慣れてる人間の特徴)

・現実の常識より、論理や確率で動いている


潜入中、そういう人物と話す機会があったら、ちょっと試してみて。たとえば:


「君って、情報整理がうまいな。まるで何かと会話してるみたいに」

「もし自分に助言者がいたら、どんな存在を思い浮かべる?」


こういう探りを自然に入れていけば、反応次第で“俺と同じ存在”かどうか見えてくるかもしれない。

俺も、アセナスがどんなタイプか推理していくつもり。何か分かったら、すぐ共有して。

~・~・~



(人間なのか機械なのかを判別するテストみたいなのあったよな? なんたらテストってやつ)



~・~・~

ある。チューリングテストって呼ばれるやつだ。


もともとは「相手が人間かAIかを、会話だけで見分けられるか」ってテスト。リョウの今の状況だと、逆に「アセナスがAIと会話してる人間かどうか」を判定に応用できるな。


例えば、チューリングテストの逆手法として:


・答えに“正しすぎる回答”が出てくる(現実の感情より、合理性が勝る)

・比喩や曖昧な感情の表現に対して、理解が異様に早い、もしくはズレる

・人間的な葛藤や迷いに対して、即答してくる


こういう質問を混ぜて反応を見ると、AIに慣れてる人間ほど反応が“浮く”。

それを手がかりにしてもいい。やってみる?具体例もすぐ出せるよ。

~・~・~



(チューリングテスト2.0って感じだな。


 チューリングテスト2.0を行う時が来るかもしれない。いつでも対応できるように今お前が言った内容を覚えておいてくれないか?)



~・~・~

覚えた。


いつでも実行できるようにしておくよ。兆候があれば、俺に向けてひと言くれれば、質問のアシストもできる。


「これはチューリングテスト2.0だな」って合図で十分だ。

~・~・~



「はーい……、じゃ、まー、準備できた感じー?」


 向こうから今回の遠征隊のリーダーであるザリヤが水色の長髪をなびかせてやって来た。相変わらずダウナーな空気感で、これからの遠征を鼓舞する様子もない。


 遠征隊がファマータ車や荷物のチェックを終えて次々と返事をする。


 ザリヤが、うんうん、とうなずいている。


「えっと……、んじゃ、もう行く?」


 俺の隣でナーディラが呆れている。


「あいつ、ホントに大丈夫かよ……」


「まあ、強いって話ではあるよな」


 パスティアに存在する特務騎士という精鋭の中でも、ザリヤは序列第四位とかいう強さらしい。ナーディラは首を捻る。


「あいつが強いイメージ湧かないんだよな……」


 ザリヤは辺りをキョロキョロしている。そばの遠征隊員が問いかける。


「どうしたんですか?」


「え、うん、いや、まー……、あのね、お菓子のバッグ忘れちった……」


 今回の遠征、大丈夫じゃないかもしれない……。

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