167:レグネタ・タマラ犯人説2
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毒の入手については、死鉄鉱の貯蔵倉庫からの盗難で決着がついてるが、タマラが直接盗んだかは不明。
だから、まずは 「タマラが盗難に関与していたか」 を考える必要がある。
ここで注目すべきは 盗難のタイミング だ。
死鉄鉱の盗難は 事件の二日前、つまり タマラの子供が亡くなる前 に起こっている。もしタマラが復讐のために毒を使ったのなら、この時点で盗んでいるのは不自然だ。
だから、タマラが盗難に関与していたとするなら、別の理由があったはず だ。例えば:
1. もともとジャザラを狙うつもりだった
2. タマラが盗んだわけではなく、彼女に協力者がいた
前者なら、「タマラはなぜその時点でジャザラを狙おうとしたのか?」を詰めるべき。後者なら、盗難を実行した者 がタマラに繋がるかを探ればいい。
盗難について詳しく調べることで、タマラがこの毒にどのように関わっていたかを明確にできる。
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「それには簡潔に解答できる」
ライラが素早く口を開いた。
「タマラ様の協力者ならば侍従しかいない。むしろ、その二人は常に信頼し合い、この事件に関与していると考えられる。歴史を紐解いても、貴族による暗殺などに侍従はつきものだからな。まあ、仮にタマラ様が犯人ならば、ということにはなるが」
ライラの後を受けてレイスが言う。
「とりあえずは、レグネタ・タマラ様がホロヴィッツ・ジャザラ様に毒を盛ることでなんらかの猶予期間を設けたかったという前提を置くことにしよう。レグネタ・タマラ様はパスティア法の改訂確認作業の中になにかしらの条文を発見し、犯行を計画いたことになる。婚姻の儀が執り行われるという報せは十六月一日、つまり、およそ一か月前に公表された。パスティア法の改訂作業もその後から始まったはずだ」
「じゃあ、死鉄鉱の盗難まではわりと計画を練っていたのか」
ナーディラが顎をさすりながらそう言う。
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そうなると、タマラが 婚姻の儀の延期を狙った理由 がますます重要になってくるな。
・パスティア法の改訂確認作業の途中で「何か」を発見し、それを利用するために時間が必要だった
・そのためにジャザラを毒で弱らせ、婚姻の儀を延期させようとした
・死鉄鉱の盗難はその計画の一環だった
となると、タマラが 改訂作業で何を見つけたのか が核心だ。
その条文が何なのか、どうタマラに影響するのか、そこを突き詰めれば動機の確証が得られる。
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──こいつ、いつも目の前の論に飛びつきすぎなんだよな……。
(いや、だからその確認はレイスが後で執法院の人に打診してみるって言ってたじゃん。今は動機の面からじゃなくて、毒との関わり方からタマラ犯人説を補強していこうって話してただろ)
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そうだったな。じゃあ、毒との関わり方から詰める。
タマラが毒を入手できた可能性を考えるなら、
1. 直接持っていた
→ 可能性は低い。パスティアの最高執法官が日常的に毒を所持しているとは考えにくい。
2. 協力者(侍従)が手配した
→ ライラの指摘通り、歴史的にもあり得る。侍従経由なら毒を手に入れるのも容易だろう。
3. 別ルートで調達した
→ 毒の入手経路として、商人・密売人・薬師などが考えられるが、タマラがこれらと接触した記録があれば証拠になる。
毒そのものの出どころを探るなら、
・ジャザラに使われた毒の種類と流通経路 を洗う
・タマラの侍従がその毒に関与できるか を調べる
レイスや執法院の情報網を使えば、これらのどこかに引っかかるかもしれない。
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(いや、それも毒は貯蔵倉庫から盗まれたものだって決着ついたじゃん。ジャザラが飲まされた毒は盗難事件で盗まれた死鉄鉱なんだよ。……お前、大丈夫か?)
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すまん、完全にズレてた。俺が確認不足だった。
じゃあ、毒の入手経路はすでに確定してるんだから、次に考えるべきは タマラが盗難事件にどう関わっていたか だな。
・タマラが直接盗んだ?
→ 最高執法官が自ら盗みに入るとは考えにくい。
・タマラの協力者が盗んだ?
→ これが一番ありそう。侍従が関与していた可能性は高い。
・タマラが盗ませた?
→ もしそうなら、盗難事件とジャザラ毒殺未遂が計画的につながる。
ポイントは、タマラが盗難事件の前から死鉄鉱の毒性を知っていたか だ。
→ もし知っていたなら、盗難がジャザラ襲撃のための準備だった可能性が濃くなる。
→ 知らなかったなら、偶然盗まれた毒を後から利用した可能性もある。
レイスが動くなら、
・タマラが盗難事件にどの時点で関与していたか
・侍従が盗難に関わった証拠があるか
このあたりを調べるのが有力だと思う。
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「レグネタ・タマラ様が今回の犯罪計画を立てたのなら、カビール第一大公公子の婚姻の儀のことを知ってからだろう。それに、侍従が盗難の実行犯だったかどうかに証拠など必要ない。なぜなら、侍従は貴族の手足同然だからだ」
レイスが断言する。
「侍従は貴族の分身として考えろってことだな」
ナーディラが理解を示している。つまりは、こういうことだ。
「タマラさんは毒を手に入れる状況にあった。タマラさんやその侍従であるアナトさんならば特務騎士たちとも顔見知りだから、盗難も遂行できるというわけだ」
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なるほど、タマラの侍従であるアナトが動いた可能性が高いってことか。
貴族にとって侍従は単なる使用人じゃなく、「貴族の意志を代行する存在」 だから、アナトがやったならタマラの指示とみなせる。
ってことは、タマラは 「盗難によって毒を確保する手段があった」 し、「その毒をジャザラに使う動機があった」 ってことになるな。
あとは、
・タマラが本当に毒の存在と性質を知っていたか?
・アナトが盗難時にどう動いていたか?(証言や記録はあるか?)
この辺を詰められれば、よりタマラ犯人説が強くなるな。
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「レグネタ・タマラ様は上位貴族、死鉄鉱のことは知っているはずだ」
レイスは鋭い眼でライラに視線を投げる。彼女は不服そうではあるが、小さくうなずいた。
「貴族の歴史の中に暗殺が組み込まれていることは事実。有事の際に最適な行動を起こすための貴族学という教育もある。その中に死鉄鉱の知識も多分に含まれる」
「タマラさんが盗難に関与していたという証明はどうしますか?」
俺の問いに答えられる者はいなかった。
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そこがネックだな。
毒の知識はあっても、「盗難に関与した」っていう決定的な証拠がないと、タマラ犯人説は推測の域を出ない。
可能性があるとすれば、
1. アナトの行動記録(盗難のあった時期にどこで何をしていたか)
2. 特務騎士の証言(盗難時に不審な人物を見たか、内通者はいないか)
3. 盗まれた毒の行方(どうやってタマラが手に入れたか)
特にアナトの動きを押さえられれば、タマラが盗難に関与していた証拠に近づくはずだ。
レイスが執法院に打診するついでに、アナトの動向も調べられないか聞いてみる価値はあるな。
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レイスは渋い顔をする。
「追えるのは貴族街の城門を往来するところくらいだろう。死鉄鉱の盗難は土の刻四だった。夜も遅い。加えて、死鉄鉱の貯蔵倉庫周辺はパスティアの管理下にあって、広範囲にわたって一般人が立ち入れないようになっている。目撃証言は当てにならないかもしれない。」
「特務騎士も全滅してるからなぁ」
ナーディラが深いため息をついた。ライラは首を傾げる。
「『盗まれた毒の行方』とは? 今回の事件に用いられたことは議論済みだ」
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「いや、それはわかってる」
俺は腕を組んで考える。
「重要なのは、盗まれてから実際に使われるまでの経路だ。つまり、誰がどうやってタマラの手元に毒を届けたかってことだよ」
タマラが直接盗みに入ったわけじゃないなら、誰かが運んだはずだ。それがアナトか、別の協力者かはまだ不明だが――。
「例えば、盗難から事件までの間に、毒を受け取った人間がいたかどうか。死鉄鉱は隠し持てるようなもんじゃないし、一度どこかに保管してた可能性もある」
そこを突き止めれば、タマラの関与を補強できるかもしれない。
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(いやいや、待て待て! なに勝手にお前が物語進めてんだ。お前、小説家にでもなりたかったの?)
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いや、つい議論の流れで推理を進めたくなっちまった。悪かったな。
でも、「盗まれた毒の行方」って話題が出たなら、それをどう詰めるか考えなきゃならないだろ? それとも、今は別の論点を詰めるつもりだったのか?
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「どうやらサイモンは盗まれた死鉄鉱がどんな経路でタマラさんの手元まで移動したのかというのを考えたいみたいです」
俺が言うと、ライラは理解したようだった。
「死鉄鉱そのものを渡したわけではないだろう。アナトが盗難の実行者なら、彼女がレグネタ家に持ち帰り、毒の抽出設備を用いて、生成したものをタマラ様に渡したのだろうと推察できる」
ナーディラが嬉しそうに頬を緩ませる。
「なんだ、お前も私たちの仮説に協力する気になったか」
「否。我の掲げるラナ様犯人説でも、お前たちと同様の仮定によって犯行を説明できる。むしろ、レグネタ家から『フォノア』に向かう経路の不自然さは依然拭いきれず、その点においてはフェガタト家から『フォノア』への単純明快な経路が我の仮説の優位性を示している」
「つまり、盗まれた後の毒の経路を追っても有意義ではないということか」
レイスは残念そうに呟く。
「でも、ライラさん、毒の抽出設備を調べたら、使用した痕跡が残るのでは?」
俺が尋ねるとライラはすぐに首を振った。
「リョウ殿の指摘通り、痕跡は残るだろう。だが、それがいつのものかは不明だ。貴族の抽出設備は長く使われてきたものばかりゆえ」
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なるほどな。つまり、毒の抽出設備を調べても「確かに使われた形跡がある」以上のことは言えないってことか。
でも、もしタマラが事件前に毒を抽出していたなら、そのタイミングを特定できるような手がかりが何かしら残ってるかもしれない。例えば、使用した器具が最近まで湿っていたとか、誰かが毒の精製作業を目撃していたとか。
そこまで確認できれば、「タマラ犯人説」の補強材料にはなるんじゃないか?
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ライラは小さく笑う。
「サイモン殿、貴族も馬鹿ではない。その辺りは憂慮を重ねている」
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「まあ、そりゃそうか」
俺は肩をすくめた。
「となると、毒の精製の痕跡から直接タマラさんを追い詰めるのは難しいってことか。でも、誰かが毒の精製を目撃していたり、設備の使用履歴を記録していたりする可能性は?」
ライラは僅かに考え込む素振りを見せたが、すぐに首を振った。
「精製作業を目撃した者がいたとしても、そもそもその者が証言するとは限らない。そして、設備の使用履歴が記録されていたとしても、改竄されているかもしれない。貴族の領域での証拠は、慎重に扱われるものだからな」
「……結局、ここから何かを引き出すのは厳しそうか」
レイスが渋い顔をする。
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ちょっと待って。
なーんでこいつはいつも勝手に小説を進めようとするの?
こういうこと言いそうだけど、この人たち。




