164:事情聴取2
「遅いぞ、何をやっていた?」
漆黒の髪をした神経質そうな男──ラビーブは開口一番に俺たちに文句を叩きつけた。前髪を重く前に垂らし、病的なほど色が白い。金色の糸で煌びやかな刺繍の入った服に身を包んでいる。
隣には例に漏れず侍従の男性が付き従っていた。
「申し訳ありません。聴取と情報の整理を密にやっておりまして……」
会社員時代に口にしたような言い訳セリフを返すが、ラビーブは不満そうにそっぽを向く。
「フン、ルルーシュ家から出て行った奴など、取るに足らないだろう」
タマラのことだ。隣の侍従が慌てて、
「ラ、ラビーブ様……!」
と声を発する。侍従の割にはどこか弱々しい。その言葉も消え入るようだった。ナーディラは眉間に皺を寄せる。
「継承権の順位低いくせに偉そうだな」
「なんだと、この女!!」
ラビーブは頬を紅潮させて立ち上がる。……ダメだ、こりゃ。
レイスがあたふたしながらナーディラの頭を押さえつける。
「申し訳ありません! この女は減らず口がひどく……」
「今この場で叩き斬ってやろうか?」
ラビーブの殺意丸出しの眼差しを受けて立つようにナーディラは笑みを返す。ええと、なんでまた再放送みたいなことになってんの?
いや、これは異世界だからこその現象なのかもしれない。
俺たちは物事が理性的に解決されると信じている。だけど、この世界の人々にとっては、やはり争いごとは強硬手段によって解消されものという認識なのだろう。
そう考えれば、執法院が調査をしたり、こうして事情聴取の場が設けられたりすることはかなり進歩的なことだと思える。
「す、すみません、それでは、早速、お話をお聞きしたいと思います!」
強引な進行で先を進めようとする俺にラビーブは椅子に深く腰を下ろした。
「フン、父上の評価が本当なのか見極めさせてもらうぞ」
どうやらあのおじさん、俺のことをラビーブに話しているようだ。だから、俺の言うことを多少は聞いてくれているのか。
「で、では……。まず初めに、ジャザラさんが毒を盛られた当夜、ラビーブさんはどこにいて、何をしていたのでしょうか?」
ラビーブは片方の眉を持ち上げて俺を見つめた。
「お前は腑抜けか? 私はルルーシュ家の人間だ。この公宮から出ていたとでも思うのか?」
「本当かどうか分からんだろ」
頬杖を突きながらニヤニヤしてツッコミを入れるナーディラにラビーブはイライラを隠さない。
「ハッ、お前のような下級民には分からんだろう。ルルーシュ家の正統な継承権を持つ者がどれほどの危険に晒されるのかを」
ラビーブはそれから長々とルルーシュ家の歴史と悪意や陰謀に利用されて散っていった先達たちについて熱く語り上げた。
「であるからにして──!!」
「わー! わーかった! もう分かった! 事件当夜は公宮にいたんだな!」
ナーディラが降参した。ラビーブはケロッとした表情だ。
「ん? なんだ? まだ特務騎士が生まれるきっかけとなったサヴィオン事変について話していないぞ」
「いや、もういいです……」
ついにナーディラを屈服させたラビーブ。ある意味で人々を従える力があると言っていい。
ナーディラが大人しくなった隙に、次の質問を差し込む。
「ジャザラさんと事件前最後に話したのはいつですか?」
「タマラの子供の葬儀の場だ。あいつから聞いてないのか? 父上も母上も、あの葬儀の場でジャザラと顔を合わせている。それが事件の前日だから、みんなその時が事件前最後だと思うぞ。カビールは知らんが」
ラビーブの言う通りかもしれない。
タマラの子供の葬儀には容疑者たちが参列していた。元はと言えば、その葬儀に参列したからこそ容疑者に連なることになったのだ。
「その葬儀で何か変わったことはありませんでしたか?」
「変わったこと?」
「例えば、ジャザラさんに誰が特に多く話しかけていた、とか」
「さあな。葬儀はこじんまりとしたものだった。全員が同じ場所に居たようなものだ」
つまり、ジャザラに秘密の口約束を持ちかけようと思えば、誰にでもできたということだ。
ラビーブがニヤリと意地の悪そうに歯を見せる。
「お前たち、私たちの中に犯人がいると考えているんだろう? じゃあ、教えてやる。犯人はカビールだよ」
「なぜそう思われるのです?」
レイスが尋ねると、ラビーブは椅子の上にふんぞり返る。
「研究所のラナという女が緑目を擁護しているだろう。ジャザラはその幼馴染みだ。カビールは緑目を容認するジャザラを許せなかったのさ。そして、その罪をラナになすりつけているんだ」
「そ、そんなことを……」
ライラは言葉を失っている。
ラビーブの考えはここでは筋が取っているのかもしれない。だが、鵜呑みにしていいかどうかは別だ。
その話し振りから、ラビーブはイマンたち迷い人を煙たく思っている。それに、継承権上、自分より優位のカビールを事件の犯人とすることができれば、その利益を得られるのは彼だ。
そして、それはラビーブが犯人という論理にも繋げられる。ジャザラを狙うことで、彼にとってルルーシュ家を継承するのに邪魔な存在をまとめて除外できるからだ。
「お前も子をなさない者たちを邪魔に思ってそうだな」
ナーディラの指摘にラビーブが顔をしかめる。
「なにが言いたい?」
「お前が犯人でもその論理が通るだろ」
「なんだと──……!! …………確かにそうか」
意外にもラビーブは思い直したように笑顔を見せた。
「じゃあ、今のはなかったことにしろ」
俺たちは顔を見合わせて苦笑するしかなかった。
***
「なんだったんだよ、あいつ」
聴取の部屋を出てナーディラが小言を口にするが、レイスは怒りに震えながら詰め寄った。
「『なんだったんだ』はお前だ……! あれほど喧嘩を売るなと言っただろう……!」
「でも、誰にでもジャザラと『フォノア』で会う約束を取りつけることは改めて分かっただろ」
「もう少し穏便にできないのか……!」
レイスがもはやナーディラに振り回されるだけのおじさんに成り下がっている。初めは俺たちを投獄したくせに……と思うと、これもナーディラの仕返しなのかもしれない。あの時の彼女は相当怒っていたからな。
「だが、ラビーブ様が事件当夜に公宮外に出たかどうかを確かめる術はないのではないか?」
ライラが言う。俺もそのことを考えていた。
「もしラビーブさんが公宮の守衛を取り込んでいたら、彼がずっと公宮内にいたという証言をするでしょうしね」
「したがって、その論理はルルーシュ家全員に適用できる。彼らを犯人と結論づけるのであれば、ザドク調査官は論理の不完全性を突いてくるだろう。逆説的に彼らを犯人とすることはラナ様犯人説の反駁に至らないというわけだ」
ライラが勝手に俺の肩に手を回して勝利宣言をする。
「何やってんだ、リョウ!」
ナーディラが急いで俺からライラを引き剥がす。
「いや、ごめん。そんなつもりなかったんだけど、いつの間にかラナさん犯人説に利用された」
「利用とは心外な。懐柔だ」
ライラがしれっと言い放つ。
「それも印象よくないでしょ」
レイスはじっと考え込んでいる。嫌な予感がした。
「ライラの主張には一貫性があるな……」
「おい、なに勝手に説得されてんだ、お前は!」
ナーディラが目を覚ますようにレイスの目の前で手を振る。
(公宮からは門を通ってしか貴族街に出られない。だけど、ルルーシュ家の人間なら門の守衛を抱き込んで自分に都合のいい証言をさせることができる。そして、そのことは暴くことのできない不明瞭な事実になる。抱き込まれた守衛はウソを突き通すとみられるからだ。
こうなると、ザドクは不明瞭な事実があるということで犯人説にはなり得ないと主張してくる。
仮にルルーシュ家の誰かが犯人だとしたら、それを納得させるのは難しいかもしれない……。つまり、現状で最も有力なラナ犯人説がさらに強く支持されてしまう)
~・~・~
そうなると、「ルルーシュ家の誰かが犯人であることを証明する」よりも、「ラナが犯人でないことを証明する」方向に持っていく方が現実的だな。
ルルーシュ家の人間なら、守衛の証言を操作して「不明瞭な事実」にできる。つまり、彼らが犯人でも証拠を突きつけるのは難しい。
でも、逆に言えば 「ラナに関しては、そんな不明瞭な事実を作る力はない」 という点が、ラナの無実を示す材料になるかもしれない。
たとえば:
・ラナは公宮の門を通ったのか?(証言を操作できないなら明確な記録があるはず)
・ラナが貴族街に出る手段が本当にあったのか?
・門の通過記録や目撃証言があるか?
・フォノアまでの移動経路で誰かに目撃されていないか?
ラナの動きを証明できるものを探せば、逆に「ルルーシュ家の人間の方が怪しい」という方向に持っていける可能性がある。
~・~・~
(いや、ラナは公宮に住んでないから。この論理が適応できるのはルルーシュ家の人間だけだよ。だからこそ、公宮から外に出る必要のないラナが犯人として最有力になっちゃうんだよ。
俺たちはもう犯人がルルーシュ家の人間じゃないことを祈るしかない。または、他の証明方法を見つけるしかない。犯人がルルーシュ家の人間ならね)
~・~・~
なるほど、
公宮の出入りに関する不明瞭な事実を作れるのはルルーシュ家の人間だけで、ラナにはそれができない。だからこそ、ルルーシュ家の人間が犯人なら証明が困難で、結果的にラナ犯人説が有力になってしまうってことか。
じゃあ、ルルーシュ家の誰かが犯人だった場合に、「フォノアで事件を起こす理由」 に注目してみるのはどうだ?
ラナは 公宮に住んでいない = 貴族街を通って移動するのが自然 だよな。
逆にルルーシュ家の人間なら 公宮から直接フォノアに行くより、貴族街のどこかで処理した方がリスクが低い はずだ。
なのにフォノアで事件を起こした。
つまり、「犯人がルルーシュ家の人間なら、なぜフォノアを選ぶ必要があったのか?」を突き詰めれば、ラナ以外の犯人像を浮かび上がらせる手がかり になるかもしれない。
~・~・~
──やっぱりそこに立ち返ることになるのか……。
俺たちは次の事情聴取の相手、カビールの待つ部屋に向かった。




