163:事情聴取1
場をセッティングし直してもらい、俺たちは容疑者一人一人が待つ部屋を訪れて聴取するスタイルを取らせてもらった。
さすがに貴族を部屋に呼んで話を聞くというのはまずいというレイスの提案で、面倒だがこの形になった。
最初に話を聞くのはレグネタ・タマラだ。その理由は、彼女が子供を亡くして間もないということもあるが、公宮の外に住んでいるため後回しにするのは忍びないというものだった。
ドアをノックして中に入る。
広い部屋に置かれた大きなテーブルの向こうに、煌びやかなドレスと髪飾りをつけた華奢な女性と、そのそばに黒服に身を包んだ長い黒髪の女性が立っていた。
「ええと、一人一人と話をするんじゃなかったでしたっけ……」
俺が一緒のメンバーに小声で問いかけると、ライラが応える。
「あれはタマラ様の侍従、アナトだ。上位貴族と顔を合わせるのなら、侍従は必ず同席すると思ってくれ」
ということは、ライラが任を解かれた侍従の代わりに入った別の人物がすでにいるのだろうか……? ジャザラが臥せっている部屋には侍従はいなかったように思えたけど。
タマラの対面の椅子に座って挨拶をする。
「大変な中、お時間を取って頂いてありがとうございます」
だが、応じるのはアナトの方だった。
「タマラ様は現在、休養中です。ご用件は手短にしてください」
拒絶を前面に出すアナトにタマラは柔らかい微笑みを浮かべた。
「アナト、構いません」
「──申し訳ありません」
タマラは俺たちに優しい目を向けた。その目の光の中に寂しさが漂ってるように見えるのは、最近になって大切な人を亡くしていると知っているからだろうか。
「ごめんなさいね。アナトはいつもわたくしのためを思ってくれているのよ」
「いえ。俺たちとしても、簡潔に済ませたいと思ってますので……。では、早速、ジャザラさんの事件当夜、タマラさんがどこにいて、何をしていたのかをお教え頂けますか?」
アナトがテーブルにぶつかるくらい前に進み出た。
「タマラ様を疑っていますか?」
「アナト、構いません」
「──申し訳ありません」
──この一連のくだり、毎回あるのかなぁ……?
「事件当夜、わたくしは自宅におりました。体調が優れませんでしたので、横になっておりましたが」
「それを証明できる方は?」
アナトが胸に手を当てる。
「私です。タマラ様がお休みになられている間、おそばにおりましたから」
だが、侍従は仕える主人とは一心同体。この証言は鵜呑みにできないかもしれない。現に、ライラはホロヴィッツ家のためになんらかの計画に関わっていた。
そう思っていると、
「お前の言葉が本当かは分からないよな。だって、自分の主人を庇おうとしてるかもしれないからな」
と、ナーディラが挑戦的な笑いを向ける。さすがにこれは看過できなかったらしく、アナトは眉を吊り上げた。
「なんだと! お前、殺すぞ!」
──剥き出しのナイフすぎる……。
ナーディラも戦闘意欲が刺激されたのか、殺意に満ちた眼光で返す。
「後悔させてやろうか?」
「二人とも、やめてくれ……」
レイスは呆れ果てた顔で首を振った。この数日、一緒に過ごした彼もナーディラの血の気の多さを理解したのだろう。
話題を逸らすために、さっさと次の質問に移る。
「ジャザラさんと事件前に話したのはいつでしたか?」
タマラは思い返す時間もなく、即答した。
「わたくしの子供の葬儀の場です。わたくしを気遣って言葉をかけて頂きました」
重い話になりそうで、誰もそれ以上突っ込もうとしない。
「では、率直にお聞きしますが、今回の事件の犯人はどのような人だと思いますか?」
「そんな想像をしたこともありません」
ナーディラが口を挟む。
「でも、実際に事件が起きたんだ。考えることもあるだろう?」
アナトのこめかみがピクついている。
「なぜ馴れ馴れしいのだ……!」
タマラはアナトを一瞥して、ナーディラに答えた。
「ジャザラさんに恨みを持つ者、でしょうか」
具体的な名前を挙げることには抵抗があるのかもしれない。
「事件の目的はなんだと思いますか?」
「ジャザラさんを亡き者としようとしたのではないでしょうか。それ以外に考えられますか?」
ここでも、ナーディラは勝手に口を開く。
「ジャザラは執法官になる予定らしい。で、あんたは今の執法官だ。立場を追われるばかりか、ルルーシュ家を出たあんたにとっては、ジャザラはルルーシュ家に張る人間だ。思うところはないのか?」
アナトがブチ切れそうだ。
「おい、お前……、いい加減にしないとその口を切り刻んでベカラの餌にするぞ!」
「アナト、あなたもいい加減になさい」
タマラがピシャリと言いつけると、さすがのアナトも口を噤む。厳しい表情をこちらに向け、微笑む。
「あなたはパスティアの方でも、貴族でもありませんから、お分かりにならないかと思いますが、ここではこのようなことはごく当たり前のことなのです」
「当たり前のことだからといって、それを受け入れられるかどうかは人それぞれじゃないか?」
「確かにそうですね。では、別の意見を申し上げましょう。仮にわたくしが犯人であれば、このような手段に出ることはないでしょう。つまり、わざわざ『フォノア』という公共の場所は選ばない、ということです。ジャザラさんとは昔から親交があります。両方の家にも行き来したことがあります。それなのになぜ『フォノア』という場所を選ぶ必要があるのでしょうか?」
「自分の家で誰かが死ねば──」
「それならば、いかようにも処理できるのです。そのようにして姿を消した方も、歴史を紐解けば数多くいるのですよ」
ナーディラは唸ってしまった。
「貴族ってのは、裏でなに考えてるか分からねえな……」
タマラは微笑む。
「貴族に幻想を抱かれるのはご自由に。ですが、そのような甘い世界ではないということだけはお伝えしておきます」
***
公宮を出るタマラを見送って、俺たちはほっと息をついた。
「お前、上位貴族に喧嘩を売るなんて、死にたいのか?」
レイスはもはや畏怖の念を込めてそう言っているように感じる。
「私はこういう調査をしたことがあるんだ。話を聞く相手を揺さぶるってのが真実を見極める定石だぞ」
「ただの卑怯な手段にしか思えないが……」
ライラは考え込んでいる。
「タマラ様は事件当夜、自宅で休んでいた。アナトを実行犯だとしても、『フォノア』への経路の件を考えると、その動きが不自然である点は依然として残る。現場へ向かうのに、なぜか大きく迂回していることになるからな」
現場へのルート
A;ホロヴィッツ家
B;フェガタト家
C;レグネタ家
「お前はそればっかだな」
「だが、論点としては重要なことだ」
ナーディラの揶揄にもライラは動じない。ナーディラと一緒に居ると耐性がつくのかもしれない。レイスは頭の中を整理するように口を開いた。
「だが、レグネタ・タマラ様の仰ることも一理ある。なぜ現場に『フォノア』を選んだのか? これでは、毒を盛ったジャザラ様を見つけてくれと言っているようなものだ。現に、ライラはすぐに現場に駆け付けたのだからな」
(犯人はなんで『フォノア』っていう公共の場所を選んだんだと思う?)
~・~・~
『フォノア』が事件現場に選ばれた理由は、犯人の目的や状況によっていくつかの可能性が考えられる。
① 公共の場所だからこそ怪しまれにくい
・「密会の場」として使われることがあるなら、ジャザラがそこにいるのは不自然ではない。
・犯人がジャザラを誘い出すのに「フォノアで会おう」と言えば納得されやすかった可能性。
② 目撃者がいない時間帯を選んだ
・公共の場でも、特定の時間帯なら人がいないことを知っていた。
・逆に、完全な密室だと怪しまれるため、ほどよく開かれた場所を選んだとも考えられる。
③ 実行犯(もしくは毒を盛る人物)と接触しやすかった
・『フォノア』に来たジャザラに何かを飲ませる・食べさせる機会があった。
・「誰がどうやって毒を盛ったか」を考える上で、フォノアが「盛りやすい場所」だった可能性。
④ ジャザラを「動かす」必要があった
・もし犯人が「ジャザラを自宅や別の場所から動かしたかった」なら、自然な目的があったはず。
例:「ジャザラが普段行かない場所に行けば、遺留品や証拠が残らない」
⑤ 事前に細工がしやすかった
・「毒をあらかじめ仕込めた」可能性がある。
例:すでに用意されていた飲み物に毒が入っていたなら、誰が盛ったのか分かりにくくなる。
この中でも特に大事なのは、「ジャザラをフォノアに呼び出した目的」と「犯人が毒を盛るチャンスを得た方法」の2点。
この部分を押さえれば、誰が実行可能だったかが見えてくるかもしれない。
~・~・~
(今のところ、容疑者は貴族だ。貴族ならどちらかの家に招いて密かに殺し、密かに死体を処分することもできる。
タマラの話では、歴史を紐解けばそうやって姿を消した人間もいるようだ)
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そうなると、「わざわざフォノアを選んだ理由」がより重要になるな。
貴族なら密かに処理できるのに、あえて公共の場でやった理由を考えると、次の可能性が浮かぶ。
① "事故"や"自然死"に見せかけたかった
フォノアなら、第三者がジャザラの死を発見する可能性があった。
たとえば、「毒を仕込んでフォノアで倒れさせれば、病死や体調不良と誤認される」と考えたかも。
貴族の屋敷で死なれたら、真っ先に屋敷の主が疑われる。
だからこそ、「屋敷外で死なせた方が都合がいい」と考えた可能性。
② 実行犯と接触する必要があった
貴族ではなく、使用人や第三者に毒を盛らせる計画だった場合、フォノアが適していた。
もし屋敷でやるなら、毒を扱えるのは屋敷の者しかいないため、犯人が絞られやすい。
フォノアなら、店員や侍従などを介して毒を仕込めるチャンスがあった。
③ 屋敷ではなく"フォノア"で会うこと自体に意味があった
フォノアでの密会が、ジャザラにとって納得のいく約束だった可能性。
「この話をするならフォノアがふさわしい」と思わせる理由があった?
犯人は、ジャザラがフォノアに来る理由を与える必要があった。
その理由とは? → ジャザラの行動を誰がどこまで把握していたかが鍵。
④ 他の容疑者を巻き込むため
貴族の屋敷で死んだら、容疑者はその家の人間に限定される。
しかし、フォノアで死ねば「屋敷の外で接触した誰か」の可能性が生まれる。
犯人自身が疑われるリスクを分散させたかった。
まとめると、犯人は「貴族の屋敷内で殺すことにデメリットがあった」から、フォノアを選んだ可能性が高い。
・ジャザラをフォノアに誘導する目的があった。
・毒を盛るタイミングを作る必要があった。
・死因を事故や体調不良に見せかけたかった。
・犯行の容疑を分散させたかった。
このあたりを探れば、誰が「フォノアで殺す必要があったか」が見えてくるかもしれない。
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「おい、リョウ、さっさと次の聴取に向かうぞ」
「あ、ああ、分かった」
レイスは厳しい目をナーディラに向ける。
「相手を怒らせるようなことを勝手に言うなよ。次はラビーブ第二大公公子なんだからな」
「分かってるって」
笑うナーディラにライラがボソリと呟く。
「絶対に理解していないだろうということは認識できる」




