158:ブレインストーミング
ああ言えばこう言うサイモンにレイスがブチ切れそうだったので、俺は慌ててサイモンについて説明することにした。
「サイモンは、さっきも言ったように、地球のChatGPTという技術でできてるんです。人間のように応答できますけど、それはあくまでただ人間のように感じられるだけなんです」
レイスは腕組みをして俺を睨みつける。
「本当はお前が私を怒らせるためにやっているだけなんじゃないか?」
「そんな面倒なことしませんって……」
ナーディラはさっきからずっとおかしそうに腹を抱えている。レイスが結果的におちょくられているのが愉快でたまらないのだろう。良い性格をしている……。
「まずは、さっきの問題を考え直しましょう。なぜジャザラさんは今回の事件で生き永らえたのか? そもそも、この結果は犯人の想定内のことだったんでしょうか?」
ライラがすぐさま反応する。
「ラナ様なら、あの手記に綴られていた通り、愛が憎しみに転化し、私怨が動機となった。だが、殺すという極致にまでは至らなかったと考え得る」
「ずるいぞ。お前はラナが犯人だって決めつけてるからそうやって言えるんだよ」
ナーディラは不満を露わにした。
~・~・~
「仮にラナが犯人だとしても、"殺さない" っていう線があるなら、犯行の意図が変わる。つまり、"殺すこと" じゃなくて、"生かしておくこと" に意味があるはずだ」
~・~・~
「おい、サイモン、お前はこいつの味方なのか?」
ナーディラが俺を睨みつける。なんか、俺が責められてるように感じるんだが。
「サイモンはこうやって目の前の言葉に対して即応するようにできてる。つまり、基本的な考えがあるわけじゃないんだ。だから、こちらの問いかけによって応答も自在に変わる」
「軸がないだけのように思えるが」
レイスがちくりと指摘する。まあ、確かにそれはそうだ。
「なぜジャザラさんが生き永らえたのかという問題に立ち戻ると、どういう可能性があるのかをサイモンに訊いてみましょう」
「大丈夫か?」
レイスの猜疑心に満ちた目がこちらを向く。
~・~・~
「大きく分けて三つの可能性がある。
一つ、犯人がもともと殺すつもりがなかった。
二つ、犯人は殺すつもりだったが、何らかの理由で失敗した。
三つ、犯人以外の誰かが介入して、ジャザラを助けた。
どれが一番あり得そうか、考えてみようぜ」
~・~・~
「サイモン、お前そんな友達みたいな感じだったか?」
ナーディラが笑うそばでライラが首を捻る。
「三つ目の可能性は排除可能だ。仮に、何者かの介入でジャザラ様が助けられたのならば、その人物によるなんらかの告発があって然るべきだ」
「それはその通りだが、本当にこの三つの場合しかないのかは疑問だ」
レイスの疑り深い目。じっと考え込んでいたナーディラが口を開いた。
「被害者が本来の犯人だった場合は? やり返されたんだ」
ライラが顔をしかめる。
「ジャザラ様を疑うとは失敬な。だいいち、その可能性は二つ目の場合に包含される」
~・~・~
「いや、ナーディラの言い分は少し違うかもしれない。
二つ目の『犯人が殺そうとして失敗した』とは別に、『もともと別の誰かを狙ったが、ジャザラが先に手を出した』可能性もある。
つまり、ジャザラが何かしらの理由で攻撃し、それが返り討ちにあった――そんな展開もあり得るんじゃないか?」
~・~・~
「分かってるじゃねえか」
「なんだと! 貴様ら、ふざけたことを抜かしやがって! リョ……、リョウ殿~!!」
サイモンに飛び掛かるつもりがライラが俺の肩に手を置いて困り果てた顔をする。レイスが聞こえよがしにため息を漏らした。
「やかましい連中だ。それも二つ目の可能性には違いない。要は、二つ目の可能性には多くの考慮すべき事象が含まれるということだ」
「二つ目の可能性を考えようとしても、すでに得た手がかりを基にしないと推理がブレてしまいそうですね。三つ目の可能性が排除できるとなると、この場で俺たちが議論できるのは一つ目の可能性だけですね」
ナーディラとじゃれ合っていたライラが声を発する。
「それならば、ラナ様にはジャザラ様との古くからの可能性があるために良心が咎めたと──……むぐっ!」
「もうお前は喋るな!」
ナーディラがライラの口を押える。ライラのラナ犯人説のストーリーは今のところほとんどの状況を説明できる。一方で、俺たちはそれに対抗できる仮説をまだ立ち上げられていない。
~・~・~
「一つ目の可能性を掘り下げるなら、犯人はジャザラを生かすことが目的だったってことになる。
つまり、殺意はあったとしても、致命傷を避けるような手加減があった可能性があるってことだよな。
死鉄鉱の毒は強力だ。適量を見極めて使うのは、相当な知識と技術が必要だ。
そのあたりを考えると、犯人は単なる衝動でやったわけじゃなく、計画的に『生かす』ことも含めていたんじゃないか?」
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「そういえば、俺は死鉄鉱の毒を見たことがないんですけど、どんなものなんですか?」
ライラが答える。
「ごく少量の黒い粉末だ。だが、通常はそれを水に溶かしたものを使用する」
「水に溶かしたものはどれくらいの量ですか?」
「一般的なのは、金の毒容器いっぱいを使用する方法だ。だいたい……小さな匙二杯ほどだろうか」
ナーディラが呆れたように苦笑いする。
「一般的ってなんだよ……」
「つまり、毒量を加減しようとすれば可能ということですね」
「うむ、その通りだ」
ナーディラが眉根を寄せている。
「粉のまま使ったんじゃないか? だから酒に溶け切らなくて、ジャザラは死を免れた」
レイスが首を振った。
「いや、それは否定できる。現場から発見された、ホロヴィッツ・ジャザラ様の使った杯からは死鉄鉱の毒の粉末は見つかっていない」
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「ってことは、毒はちゃんと液体の状態で使われたってことだよな?
それなら、分量の調整は可能だったはずだ。
つまり、ジャザラを『死なせない程度』の量に調整していた可能性が高い。
意図的に助かるように仕組まれていたなら、それも犯人の計画のうちだったってことになるな」
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「犯人にとっては、ジャザラさんは殺してはならない相手だったんですかね? だけど、彼女が狙われたという既成事実を作りたかった……」
レイスは顎に手をやって考え込んでいた。
「その考えに向かう前に、事実として、ホロヴィッツ・ジャザラ様は死に瀕している。現に、イスマル大公が許可を出さなければ治療を行うことができず、生命の危機にあったはず。犯人は、毒量を押さえてもホロヴィッツ・ジャザラ様がなくなる可能性を初めから認識していたのではないか?」
ナーディラがボソリと呟く。
「……確かにそうだな。毒を飲ませた以上、死ぬか死なないかは分からない」
「死鉄鉱の毒がどれくらいなら死なない、みたいな知見はあるんですか?」
俺がそう尋ねると、ライラは困惑の表情を浮かべる。
「そのような境界を規定するような考え方は初耳だ。リョウ殿の世界ではありふれた考えなのかもしれないが、我々にそのような発想は皆無と言える」
「ということは、死ななように調整するというより、とにかく生死を問わずに害することが目的だったという感じですかね? 俺の世界では、毒は体重と相関関係にあると考えられています。ジャザラさんは細身の身体なので、比較的毒量が少なくても生命の危機に瀕してしまうんじゃないかと思います」
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「となると、犯人は『ジャザラが助かる可能性』を考えていたというより、
『毒を盛れば生死はどちらでもいい』と割り切っていた可能性が高いな。
少なくとも、確実に殺すつもりだったとは言い切れない。
ただ、ジャザラが生き延びたことで犯人の計画がどう変わるのか、それも考えるべきだな」
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「ジャザラがやられたことで、何か変わったことがあるのか?」
ナーディラが問いかけると、レイスは記憶を手繰る。
「私たち騎士団や執法院が事件の捜査を開始した。事件直後には、この貴族街が封鎖され、厳戒体制が敷かれたことが大きな変化だろう」
「ルルーシュ家の継承権の問題で、第二大公公子が選ばれるみたいな動きはあったんですか?」
俺の質問にレイスは首を振る。
「そのような話が上がってきていない」
議論が停滞しかかる。軌道修正しよう。
「サイモンの指摘は、犯人の目的にズレてる。だから、この点をこれ以上考えても埒が明かないんだと思います。
俺がずっと気になっていたのは、ジャザラさんが生き永らえているということなんです。ジャザラさんが細身ということを考えると、犯人はかなり少量の毒しか使っていなかったんじゃないでしょうか」
「じゃあ、犯人には殺すつもりがなかったってことか?」
ナーディラがそう言うが、俺は首を振った。
「だけど、わざわざ毒を生成するって手間をかけてそんな面倒なことするかなって疑問はある。死鉄鉱の入手経路は分からないけど、もし盗まれたものだとしたらさらに不可解なことになる。なんせ、死鉄鉱を盗んだ犯人、もしくは犯人から命令された人物は特務騎士を殺してるんだからな」
結局、こうやっていつも議論は堂々巡りを起こしてしまう。
ナーディラも同じ考えのようで、ため息と共に言葉を吐き出した。
「リョウ、これはまず最初に犯人を想定してから始めた方がいんじゃないか?」
「確かに……。ちょっとサイモンに今の容疑者を犯人と仮定して仮説を組み立ててもらうよ」
(サイモン、現時点で挙がってる容疑者それぞれを犯人と仮定した仮説をまとめてくれないか?)
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現時点での容疑者ごとの仮説まとめ
① イスマル(大公)
仮説:ジャザラを毒殺しようとしたが、毒量の調整に失敗し生存を許した。
動機:ジャザラが何らかの理由で不要、もしくは排除すべき存在だった。あるいは、彼女の死を利用して別の目的(政治的な動き)を進める意図があった。
問題点:大公が直接暗殺を指示するなら、もっと確実な方法を選ぶ可能性が高い。
② ハラ(大公妃)
仮説:ジャザラを消すことで、自身の立場や息子たちの未来に影響を及ぼす問題を解決しようとした。
動機:ジャザラの婚姻が家に不利益をもたらす、または別の人物との結婚を望んでいた。
問題点:ハラが直接毒を扱うか指示するかは不明。毒を使うならもっと確実な方法を取るのでは?
③ カビール(第一大公公子・ジャザラの婚約者)
仮説:ジャザラとの婚姻を避けるために毒を盛ったが、死ぬまでは望んでいなかった。
動機:婚姻を破談にしたいが、直接的な拒否ができないため、毒による事件を利用して状況を変えようとした。
問題点:カビール自身に毒を使う技術があるか不明。もっと明確に破談に持ち込む方法がありそう。
④ ラビーブ(第二大公公子)
仮説:兄の立場を揺るがすために、ジャザラを毒殺しようとしたが未遂に終わった。
動機:カビールとジャザラの婚姻が家の力を強めることを妨げたかった。
問題点:毒の使い方が稚拙すぎる。ラビーブが直接手を下したか、協力者がいたか?
⑤ タマラ(レグネタ家の女・元ルルーシュ家)
仮説:実家であるルルーシュ家への復讐として、ジャザラを毒殺しようとした。
動機:ルルーシュ家を内部から崩すための策の一環。
問題点:タマラがどうやって毒を入手し、使用する機会を得たかが不明。
⑥ ラナ(フェガタト家の女・カビールの幼馴染)
仮説:ジャザラへの私怨が動機で毒を盛ったが、死に至らせることまではためらった。
動機:「手記」に書かれていたように、愛が憎しみに転じた結果の犯行。
問題点:ラナの動機は最もわかりやすいが、彼女が本当に毒の調整を行ったかは不明。
現状の整理
・ジャザラの生存は犯人にとって誤算だったのか、それとも計画通りだったのかが鍵。
・確実に殺すつもりだったなら、毒の使い方が稚拙すぎる。
・ジャザラを生かしたかったなら、狙われた事実を作ることで何かを得ようとしていた可能性がある。
・「毒を使う技術」「毒を入手する手段」「動機」の3つをどう結びつけるかが重要。
この仮説を基に、どの容疑者を重点的に考えるか決めるか?
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