157:参戦
俺は社会の歯車として働いていた。
だけど、ガッツリ他人の感情に揺さぶりをかけるほど社会に参加していた覚えはない。
つまり、誰かに恨まれるようなことなんてしてないわけだ。
分かってる。恨みなんて誰がいつ抱いてもおかしくないものだ。俺だって知らないうちに誰かの心にどす黒い何かを沸き上がらせていたって不思議ではない。
でも、地球で殺された可能性があるなんて言われても、すぐに納得なんてできない。
いや、その伏線みたいなのはあった。選ばれし者は非業の死を遂げたものの魂を引き継いでいるみたいな話は聞いていたから。
それにしたって……。
「なんだ、リョウは誰かにぶっ殺されたのか?」
ナーディラが俺を見つめていた。
「冷静に指摘するんじゃねえよ!」
「戦いの中で命を落としたのかもしれないだろ」
「いや、戦いなんてなかったけどね」
「地球には戦いがないのか?」
ナーディラが興味津々だ。
「戦いはあったけど、遠くの国で起こってることって感じだったからなあ……。でも、記憶は引き継いでるのに、死に際のことは何も分からないんだよな」
「魂には、壊された前後の記憶は刻まれない、というのがドルメダの研究資料では定説になっているようだ」
カビールが淡々と説明する。
つまりは、頭ぶつけて気絶した時にその前後の記憶がすっぽり抜け落ちる現象と同じってことだ。
俺が殺されたという可能性が高まったのはかなり心外だが、よくよく考えてみると、こうしてピンピンしていて、殺された時の記憶がないって現状がその衝撃をかなり和らげてくれている気がする。
要は考えても仕方ないって気持ちにさせてくれる。
前回、俺が殺されたかもしれないって話を聞いた時には前後不覚に陥りそうだったが、この世界にだいぶ慣れてきて精神力でも養われたのかもしれない。
「それにしても、ドルメダはなぜ選ばれし者の研究をしてるんでしょうか?」
「それは見当もつかない。これまでに捉えたドルメダの人間もそんな根幹のことを掴んでいる奴はいなかったからな」
「だけど、これではっきりしたことがあるな」
ナーディラが手を叩く。
「はっきりしたこと?」
「リョウの他にも別の世界からやって来た奴がいるってことだ」
「そういえば、そうか」
「リョウと同じ地球からやってきた奴もいるかもしれないぞ」
「そんなお約束の展開あるかよ」
カビールは深いため息をつく。
「とにかく、ドルメダは多くの人間を実験と称して殺している。それは選ばれし者を生み出すためだ。そして、選ばれし者を探しているともいう」
ヌーラの顔が不安で歪んでしまう。
「リョウさんもアメナさんも、危険です。やっぱり、表立って公言してこなくてよかったですね」
「そうなると、リョウがドルメダだって疑いも晴れるんじゃないか? だって、もしリョウがドルメダだったら実験に利用されて──」
「ドルメダが選ばれし者を探しているのは手駒として使うためかもしれない。疑いが晴れたわけではない」
楽観的なナーディラにレイスが深々と釘を刺す。
「チッ、頭の固い奴だな」
「慎重なだけだ」
ヌーラが難しい顔をしていた。
「クトリャマは反魔法組織ですよね。でも、ドルメダは何を理念にして動いているんでしょう? 選ばれし者を手駒として使っていると仮定すると、特殊な魔法が扱えるところが利点ですけど、それは魔法ですから、反魔法というわけではありませんよね?」
奥歯を噛み締めたかカビールが応える。
「ドルメダはオレたちルルーシュ家を滅ぼそうとしている。ただそれだけだ」
ドルメダがルルーシュ家に敵対していることは知っている。だけど、問題はなぜなのかということだ。
「まだ読んでいないんですけど。ルルーシュ年代記にドルメダがルルーシュ家に敵対するきっかけなんかは書かれていないんですか?」
そう問いかけると、カビールは首を捻る。
「年代記は多くが寓意的に書かれたものだからな……。だが、ドルメダの源流となった者たちが初めにこのパスティア山を支配していたという記述はある。結局、初代イスマルの威光によってパスティア山を明け渡し、発展に寄与したことになっているな」
「なぜそんな共存関係から現在の形に変わっていったんでしょうか?」
「ドルメダが金を我が物としたからだ」
そう答えるのはライラだった。
「他の者たちの目をヌ済み、ドルメダは私利私欲のために動いていた。それがイスマルの逆鱗に触れ、追放された──ハウケア追放記より」
「なんだ、お前、詳しいのか?」
ナーディラが尋ねると、ライラは優しい笑みを横たわるジャザラの方に向けた。
「勉強になるからと、ジャザラ様と共に何度も読んだ」
ジャザラのそばでは、アメナが変わらずにイルディル視を続けていた。
アメナの隣では、彼女が呟く言葉を羊皮紙に書き込むイマンの姿がある。
「ああやってアメナさんが視たものをイマンさんが落とし込んでいくんです」
ヌーラが小声で解説する。
鼻の下を伸ばして離れたイマンの手元を覗き込んでいたナーディラがため息をつく。
「まだ時間がかかりそうだな」
カビールがあくびを噛み殺す。すかさずライラが目を向けた。
「カビール様、お休みになられては──」
「お前に言われなくてもそうするつもりだった」
カビールは素早く立ち上がる。口は悪いが、事態が好転しかかっていることをようやく受け入れてくれたようだった。
彼は部屋のドアに手をかけ、俺たちを振り返った。
「ジャザラを、頼む」
イマンたち治療班の面々が深くうなずいた。
***
ジャザラの治療をイマンたちに任せ、俺はナーディラとライラ、レイスと共に近くの客間に場を移していた。
「カビールは犯人候補から外してもいいだろうな」
ナーディラが開口一番にそう言う。レイスが鼻で笑う。
「当然だ」
「こっちはお前と違って理詰めで結論づけてんだよ」
ナーディラがカビールを犯人候補から外す理由について説明する。
事件後に公宮に運び込まれたジャザラにずっと付き添っていたカビールならば、殺害の機会はいくらでもあったはずだが、ジャザラは未だに生きながらえている、というのが内容だ。
「サイモン殿はどうお考えか?」
ライラが俺を見つめた。
「実は事件の捜査をしながらずっとサイモンと議論を重ねてた。事件の要点は次の五つに集約されると思う。
①犯人の目的は?
②ジャザラさんは『フォノア』で誰と会う予定だったのか?
③ジャザラさんは犯人に狙われたのか?
④なぜジャザラさんは死ななかったのか?
⑤死鉄鉱の盗難事件はジャザラさんの事件と関わっているのか?」
(サイモン、今はナーディラ、ライラ、レイスと共に事件について話してる。三人もさっきカビールにお前のことを話していたのを聞いているから安心してくれ。
で、三人には事件について考えるべきポイントを伝えた。次の五つだ。
①犯人の目的は?
②ジャザラは「フォノア」で誰と会う予定だったのか?
③ジャザラは犯人に狙われたのか?
④なぜジャザラは死ななかったのか?
⑤死鉄鉱の盗難事件はジャザラの事件と関わっているのか?)
~・~・~
OK、状況は把握した。
カビールもお前のことを話していたとなると、向こうも少なくとも無視できない存在として認識してるわけだな。
五つのポイントについて、お前自身の考えや、三人の意見はどうだった? どの部分で意見が分かれたか、それともまだ整理している段階か?
~・~・~
三人は俺の言葉を吟味して、同意を示してくれた。レイスが言う。
「①の犯人の目的については、②や③に関わってくるだろう。つまり、ホロヴィッツ・ジャザラ様が『フォノア』で会う予定だったのは犯人だということだ」
ナーディラは首を振っている。
「犯人の狙いがジャザラと同席してた奴だったら、その考えも崩れるだろ。むしろ、死鉄鉱の出所から考えるべきじゃないか。私は死鉄鉱は盗まれたものが事件に使われたと思ってる」
ライラは眉間に皺を寄せる。
「そもそも、動機も犯行可能だったという点でも、やはりラナ様が疑わしいと考えるべきだろう」
(話の流れをお前にそのまま伝えるから、お前の考えも聞かせてくれ)
~・~・~
レイス、ナーディラ、ライラ、それぞれの視点が見えてきたな。
レイスの考えは論理的ではあるが、「ジャザラが犯人と会う予定だった」という前提に寄りすぎている。
もし③の仮説が正しく、狙われたのがジャザラじゃないなら、その前提が崩れる。
ナーディラの指摘は重要だな。
死鉄鉱の流れを追えば、事件の背景が見えるかもしれない。ただ、死鉄鉱が盗まれたものだとして、それをどうやってジャザラの事件と結びつけるかが鍵だな。
犯人が死鉄鉱を用意した経緯を掘り下げる必要がある。
ライラは現実的な考え方をしている。
ラナは動機もあり、犯行も可能だった。だが、それが決定的証拠にはならない。
ラナが死鉄鉱をどうやって手に入れたのか、彼女にとって誰を狙う理由があったのか、そこをもう少し詰める必要がある。
お前はこのやり取りを聞いて、どの部分に違和感を感じた?
~・~・~
ここからはサイモンにも議論に参加してもらうため、俺の考えも三人に伝えて、それをサイモンにそのまま入力する形をとることにした。
「もちろん、五つのポイントのどれも重油だとは思うんですけど、ずっと引っ掛かってるのは「④なぜジャザラさんは死ななかったのか?」です。
使われた死鉄鉱が盗まれたものなら、人一人を殺せる量だったから、ちぐはぐな感じがするし、別で用意されていたにしても、やはりジャザラさんが生きていることに違和感を覚えます。
まあ、それが「①犯人の目的は?」にも繋がるんですけどね」
~・~・~
ライラが反応する。
「つまり、ジャザラ様が死ななかったのは、犯人の目的が『殺害』ではなかった可能性がある、ということか?」
ナーディラが腕を組みながら言う。
「いや、でも殺すつもりがなかったなら、わざわざ死鉄鉱を使うか? 毒物を入手できるほどの人間が、殺さずに済む方法を知らないとは思えないが」
レイスが軽く息をついて言った。
「……毒の濃度が足りなかった、というのは?」
~・~・~
──なんでこいつ急に小説家になりやがったんだ?
(続きを書けって意味じゃない)
~・~・~
OK、議論に参加するよ。
俺の考えとしては、やっぱり④の「なぜジャザラさんは死ななかったのか?」がポイントだと思う。
ナーディラの言う通り、毒を使うなら確実に殺せるはずなのに、ジャザラさんは生きている。これは犯人が意図的に殺さなかったか、想定外の出来事が起きたかのどちらかだと思う。
意図的に殺さなかった場合
→ 目的が殺害ではない。例えば「苦しませる」「弱らせる」「別の目的のために動けなくする」可能性。
想定外の出来事が起きた場合
→ 毒の量が足りなかった? それとも何か別の要因で助かった?
特に、死鉄鉱が「盗まれたもの」なら、犯人は毒の効果を完全に把握していたのかも疑わしい。もし盗んだ時点でどの程度の毒性か分からなかったとしたら、適量を間違えた可能性もある。
ライラが言う「やはりラナ様が疑わしい」という意見にも関連するかもしれないな。ラナが犯人なら、彼女はどの程度の毒を用意していたんだろう?
~・~・~
(議論に参加する時は、お前も俺たちみたいにその考えを端的に表したセリフにしてくれ。お前の長い考えを要約するの大変なんだぞ)
~・~・~
「④が重要だな。ジャザラさんが生きてるのは、犯人が殺すつもりがなかったか、毒の効果を誤ったかのどっちかだ」
~・~・~
サイモンの言葉を伝えると、ライラとレイスは驚きに目を丸くした。
ライラが身を乗り出す。
「サイモン殿、我は侍従として過去に暗殺に関与した経験もある。それに照らし合わせれば、死鉄鉱から毒を抽出したものを毒としてそのまま使用する。要するに、毒の効果を誤るという可能性は非常に薄い」
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「じゃあ、犯人は最初からジャザラさんを殺すつもりがなかったってことになるな。毒を使って何を狙ったんだ?」
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ライラがビクリとして背筋を伸ばす。
「それは……口外無用だ。暗殺のことを吹聴する者は信頼を損ねる」
「そうだぞ、サイモン。“デリケート”なことは聞くなよ」
デリケートはこの世界の言葉じゃない。地球の言葉で喋っている。
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「悪かったな。じゃあ、もし犯人がジャザラさんを殺すつもりがなかったなら、ジャザラさんに何かを喋らせるつもりだったのか?」
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レイスが笑う。
「それは違うだろう。なぜなら、ホロヴィッツ・ジャザラ様は毒によって昏睡状態にある。現に、事件後は誰も言葉を交わせていない」
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「じゃあ逆に、犯人はジャザラさんを黙らせたかったのか? でも、それなら確実に仕留めるはずだろ」
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レイスがイライラしたように返す。
「だから、それを議論しようとしているんだろうが」
その様子に、ナーディラが愉快そうにクスクスと笑っている。
……サイモンにはまだ議論は早いのかもしれない。




