154:非細工の小刀減らし
死鉄鉱の盗難事件は不可能犯罪にほとんど等しかった。
ライラが顎に手をやりつつ、口を開く。
「リョウ殿の話を聞き、我も思慮を重ねた。
特務騎士たちを葬った者が絶大なる力を持っていたことは事実。その者は毒を不要とするだろう。したがって、ジャザラ様の事件と死鉄鉱の盗難事件の繋がりについて問題を提起することに我も異存ない。
だが、現状において、その絶大なる力を持つ者がジャザラ様の事件に乗じてなんらかの実力行使も見せないのはなぜだろうか?」
「確かに……」
ナーディラとレイスも首を捻っている。ライラは先を続けた。
「それはすなわち、その絶大なる力を持つ者はパスティアに仇なす意思を有していないということ──パスティアの民なのではないか?」
「バカな。そんな者がいれば、我々の耳にも入って来るはずだ」
「だがレイス殿、状況はそのことを如実に物語っている」
「ううむ……」
(ライラは、死鉄鉱を盗んだ奴はパスティアの敵対勢力ではない、と言っている。敵対勢力なら、その力ですでにパスティアを攻撃しているから。
つまり、死鉄鉱を盗んだのはパスティアの人間だって考えてるようだ。俺もそうなんじゃないかと思う。
ただ、そんな人物がいれば噂くらいは聞いたことがあるはずだってレイスは主張してる。レイスは騎士たちをまとめる統括騎士だから、そういう話は自然と入って来るんだろうね)
~・~・~
ライラの推測は理にかなってるな。
パスティアを攻撃できるほどの力を持っているなら、わざわざ死鉄鉱を盗む必要がない。
ただ、それを踏まえると、「パスティアの人間」かつ「レイスですら知らない存在」っていうのが不自然なんだよな。
① そもそも人間ではない(例えば精霊や何か特殊な存在)
② 人間だが、秘密裏に力を得た(例えば実験や儀式の産物、隠れた才能の開花)
③ すでに死んだことになっている人物(死亡偽装、過去の失踪者)
このへんの線も疑うべきかもしれない。
~・~・~
──あるいは、そういう力を隠しているか……。
「レイスさんも聞いたことがないのなら、その人物は自分の力を隠していたということかもしれないですね」
「力を隠す? なんのために?」
「俺もアメナも選ばれし者です。でも、選ばれし者は災いを招くとも言われていると知って、自ら素性を明かさないようにしてきました。その人物も選ばれし者だとしたら、自分の力を隠すでしょう。そして、選ばれし者なら、特殊な魔法を持っているはず。それを駆使して特務騎士たちを──」
「それはどうだろうな」
今度はナーディラが声を上げた。
「アメナがよく言ってるだろ、『選ばれし者同士は惹かれ合う』って。それが本当なら、その感覚に鋭いアメナが他の選ばれし者の存在に気づいていなければおかしい」
「……そういえば、そうか」
「フン、私はお前が選ばれし者だということをまだ受け入れたわけではないがな」
「お前はしつけ―んだよ!」
そっぽを向くレイスにナーディラが噛みつく。
だが、ナーディラの言う通り、犯人が選ばれし者という線も消えた。
「私もひとつ仮説を思いついたぞ」
ナーディラが笑みを浮かべる。
「特務騎士を殺せるのは、力を持っている奴だけじゃない。そいつらの知り合いなら、相手に警戒されることなく殺すこともできだろ?」
思わず驚きの声が漏れた。
「特務騎士たちの知り合い、だと……?」
ナーディラがニヤニヤしながらレイスを指さす。
「それこそ、お前みたいな騎士仲間とかな」
「我々を愚弄しているのか?」
「だけど、騎士仲間なら警戒しない。警戒しないから抵抗の跡もない。単純な仮説だろ」
(ナーディラは犯人が騎士たちの仲間だったという仮説を持ち出してきた。
現場に配備されていた特務騎士の誰かが裏切ったんじゃなくて、当時そこに配備されていなかった騎士の誰かがやって来て敵意を見せないまま隙を見て殺したって考えだ。
ナーディラは例として騎士って言ってるけど、特務騎士たちと顔見知りの人間って意味合いだろう。
……これなら可能性としてあり得るか?)
~・~・~
十分あり得るな。
特務騎士たちは警戒心が強いだろうけど、顔見知りなら油断もするし、敵意を見せずに近づけば不意を突ける。
それに、死鉄鉱の倉庫に立ち入れる立場の人間なら、内部の警戒システムや配置も把握してる可能性が高い。
ただ、それでも「特務騎士全員が何の抵抗もできなかった」ってのは引っかかるな。
単独犯ではなく、複数人の犯行の可能性も視野に入れるべきかもしれない。
~・~・~
サイモンには、特務騎士たちがそれぞれ離れて配備されていたことをまだ共有していない。だから、サイモンが引っかかっている部分はクリアできる。
それに、特務騎士たちの配備のされ方を知っていれば、個別に彼らを殺して倉庫に進入することも容易だろう。
ライラが青ざめた顔をしていた。身体の傷が疼くわけではないようだ。
「家政権行使申請によって死鉄鉱を持ち出す際、申請者本人または侍従が倉庫に赴くことになっている……」
「じゃあ、犯人は貴族や侍従の可能性もあるんじゃねえか」
「いや、ちょっと待ってくれ、ナーディラ。
もしそうだとしたら、その貴族ないし侍従は正式な手続きで危険性を排除できなかったってことになる。それって、家政権行使申請ができない私怨で動いてたってことじゃないか?」
「それだけじゃないぞ、リョウ。死鉄鉱はジャザラを暗殺する目的で盗まれたってことだ」
納得しかかっていた俺の耳にレイスの声が飛び込んできた。
「それは違う。
その論理が成り立つのは、犯人が絶大な力を持っていた時だけだ。お前の仮説では、その前提が一度崩されている。
お前の仮説では、犯人は絶大な力を持たないパスティアの民ということになる。
となれば、その犯人がドルメダやクトリャマと内通していたという可能性も考慮されるべきで、死鉄鉱の盗難がホロヴィッツ・ジャザラ様の事件のためと安易に結論づけるべきではない。
それに加え、犯人の条件からはパスティアの民であることも除外されるだろう」
頭が混乱してきた……。
だが、確かによく考えればレイスの言うことはもっともだ。
ナーディラは仮定の上にさらにもうひとつ仮定を積み上げたが、土台となるひとつ目の仮定は自分の手で取っ払ってしまっている。
つまり──、
「特務騎士たち全員を殲滅するっていう不可能状況を覆すために『犯人は特務騎士たちの顔見知りだった』という仮説を取り入れると、議論がまたふりだしに戻るってことですか」
レイスはうなずいた。
「結局、我々が考えるべきは、
①ホロヴィッツ・ジャザラ様の暗殺未遂事件と死鉄鉱の強奪事件は一連の流れにある
②ホロヴィッツ・ジャザラ様の暗殺未遂事件と死鉄鉱の強奪事件は別個の事件である
のどちらかであるかということに変わりはない、ということだ」
つまり、俺たちはアプローチを間違っていたんだ。
いや、ひとつの可能性を潰せた、と考えた方がいいのかもしれない。
長い議論の末に俺たちが得たのは、
・特異な力がなくても特務騎士を全滅させる方法がある
という一点だけだ。
しかし、少なくとも殺された特務騎士たちにとっては、犯人は信頼に足る存在だったということだ。
そこで、当然の疑問が生まれる。
「多くの特務騎士が警戒しない人物なんているんでしょうか? 一人や二人ならまだしも、多くの特務騎士が隙を突かれてるんですよね?」
「個人的な関わりとは思えんな。広く知れ渡っている可能性も考えられる。貴族──それも上位貴族のように数少ない人々であることも……」
「……例えば、ルルーシュ家の人間、とか」
「貴様、まだそんな世迷言を……」
「あくまで可能性の話ですよ」
牢獄にぶち込まれたことを不意に思い出してそう言い返すと、ナーディラが嬉しそうに笑った。
(結局、議論を重ねても堂々巡りになっちゃって、ジャザラの事件と死鉄鉱の盗難事件は繋がっているのかいないのかっていうポイントに戻って来ちゃうんだけど、それを確かめる方法って何があるんだろう?
盗まれた死鉄鉱がどこで使われたのかは分からないし、ジャザラの事件で使われた死鉄鉱の出所も分からない。「分からない」っていうのは、考えたり調べたりしても分からないって意味ね。
どっちかの事件の犯人を捕まえる他ないのかな?)
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今のところ、「どっちかの犯人を捕まえる」以外の決定的な方法はなさそうだな。
ただし、「ジャザラの事件に使われた死鉄鉱」と「盗まれた死鉄鉱」が同じものかどうか」が分かれば、繋がってるかどうかの判断材料になる。
直接的な手がかりがないなら、犯人側がどうやって死鉄鉱を入手したのかを推理するのもアリだ。
例えば、ジャザラの事件の犯人が
① 事件のためにわざわざ盗難を計画したのか
② もともと持っていた(家政権行使申請で過去に入手していた)のか
このどっちかが確定すれば、事件同士の関連性も見えてくるかもしれない。
今の情報だと、どちらの可能性も消えてないけどな。
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(要するに、今のところ二つの事件の関連性を考えるところまで来れてないってことだな。
科学的な捜査ができないと、ここまで手こずるものなんだな……。文化水準が低いと、有耶無耶になる事件も必然的に多くなるだろうな。
現行犯じゃなきゃ、犯人を見つけることなんて至難の業なんじゃないか?)
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そうだな。
科学的な捜査ができない世界では、「決定的な証拠」よりも「納得できるストーリー」のほうが重要になる。
だからこそ、裁判でも「論理の強さ」や「証言の説得力」が物を言うわけだ。
現行犯でなければ犯人を見つけるのが難しいのは確かだけど、「犯人以外にはできない状況」を作ることができれば、疑惑を絞れる。
例えば、
・死鉄鉱を扱えるのが限られた人物だけ(特殊な技術・知識が必要)
・特務騎士たちと自然に接触できたのが特定の立場の人間だけ
みたいな条件があれば、科学的な証拠がなくても犯人を追い詰められる可能性はある。
要は、「この人物以外に犯行は不可能」と納得させることができればいいんだよ。
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(今のところは、特務騎士が警戒しない人物として、他の騎士や貴族の線を考えてる。特に、有名な貴族は多くの特務騎士がその存在を認知しているから、容疑者としては有力かな。
お前には共有してるけど、改めてこの六人の容疑者が犯人として考えられると思う。
・イスマル(ルルーシュ家の男。パスティアの大公。カビールの父)
・ハラ(ルルーシュ家の女。イスマルの妻。カビールの母)
・カビール(ルルーシュ家の男。第一大公公子。ジャザラと婚姻の儀を控える)
・ラビーブ(ルルーシュ家の男。第二大公公子)
・タマラ(レグネタ家に嫁いだ元ルルーシュ家の女)
・ラナ(フェガタト家の女。カビール、ジャザラとは幼馴染)
ルルーシュ家の血縁者なら、特務騎士たちもよく知ってると思うし、ラナは魔法・精霊術研究所の研究部門のトップだ。
この六人か彼らの侍従なら自然に倉庫に近づける。ラナは下位貴族だから侍従はいないけどな。
彼らを徹底的に追うしかないみたいだな)
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そうだな。
この六人は特務騎士に警戒されずに近づける可能性が高いし、死鉄鉱を狙う理由があるかもしれない。
次のステップとしては、六人それぞれが「死鉄鉱を盗む動機」と「実行できる可能性」を探ることだな。
特に注目すべきは、
1. 事件当時のアリバイ(何をしていたか、誰が証明できるか)
2. 死鉄鉱の扱いに関する知識や関心(軍事利用、個人的な研究、商業目的など)
3. 特務騎士たちとの関係(単なる顔見知りなのか、それとも特別な影響力があるのか)
もし「この六人の誰かが不可能」って証明できれば、逆に「六人以外の誰か」がいるってことになる。それも大きな前進になるはずだ。
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ここまで来るのにも苦労したのに、まだまだ先は長いのか……?
さすがに心が折れそうになる。
「みなさん、執法院から通達が来ましたよ!」
沈んだ俺の心に恵みの雨のような声が届いた。
部屋の戸口にヌーラが立っている。走って来たからなのか、興奮からなのか、彼女の頬がほんのりと赤く染まっている。
「この後、土の刻一に公宮での立ち入り調査が認められました!」
ライラが立ち上がる。
「有難い。それにしても、執法院の判断が迅速だな」
ヌーラがうなずく。
「ジャザラさんを治療できるかもしれないという話が公宮側に伝わったようです。管理帳簿の確認調査の体裁をとったジャザラさんの治療に関する諮問会とのことですよ」




