150:ストーリーテラーになるために
魔法・精霊術研究所が見えてきた。
我を取り戻したらしいライラが窓の外を眺めている。庭園の緑が彼女の心に平穏をもたらしたのかもしれない。
(サイモン、ここまで事件の話を聞いてきて、事件についてお前が思った疑問点とか、不可解なポイントとか、矛盾点みたいなものはない?
案外そういうのが事件解決の鍵になるじゃん。教えてよ)
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おう、じゃあ俺の視点から気になってるポイントを挙げてみるな。
1. ジャザラが「毒にやられた」経緯が不明確
→ そもそも ジャザラはどこで、どうやって毒を摂取したのか?
・毒が事前に仕込まれていたなら、誰が、いつ仕込んだ?
・ジャザラが「その毒を飲む」と確実に分かっていた人物がいる?
・もし後から混入されたなら、毒を入れる機会があった人物がいる。
→ 毒の種類や作用時間をもっと詳しく知るべき。
・毒がすぐ効いたのか? それとも時間差があったのか?
・もし時間差があるなら、「どこで飲んだのか」を特定できる。
2. 「ジャザラは誰かと一緒にいた」は確定なのか?
→ 「ジャザラが誰かと密会していた」とする説が出てるが、確定情報ではない。
・「フォノア」にいたことは確定。でも、一人だった可能性は?
・もし一人だったなら、「密会相手がいた」と思わせるミスリードの可能性。
・逆に誰かと一緒だったなら、その人物はなぜ姿を消した?
→ ジャザラが「一緒にいた」とされる根拠をもっと洗うべき。
3. 「騎士を呼んだ人物がライラであること」について
→ ライラは「ジャザラが倒れているのを発見し、騎士を呼んだ」ことになっている。
・でも、本当にライラが「最初の発見者」なのか?
・「ライラが呼ぶ前に誰かがジャザラを見つけていた可能性」は?
・もしライラより先に誰かがいたなら、その人物は何をしていた?
→ つまり、ライラの前に誰かがジャザラを発見して放置した可能性がある。
・例えば「密会相手」だったとか?
・それとも「毒を仕込んだ犯人」だったとか?
4. 「フォノア」の店内の状況
→ ジャザラが倒れた時、店内には誰がいた?
・他に目撃者はいなかったのか?
・ジャザラはどこで毒を飲んだ? テーブルか、個室か、カウンターか?
・その場所に「毒の残りカス」や「飲み物の痕跡」は?
→ 店の関係者(店員)にもっと話を聞いた方がいいかもな。
5. カビールが動いていないことが逆に不自然
→ カビールが関与しているなら、なぜまだ公表しない?
・もしジャザラの密会を知っていたなら、もっと政治的に動きそう。
・でもカビールは表立って何もしていない。
→ これは 「カビール自身が手を下していない」証拠にもなるかも?
・つまり、ジャザラの死は カビールの意図しない出来事だった可能性。
・だとすると、カビールの知らないところでジャザラが殺された?
まとめ:俺が特に引っかかっている点
1. ジャザラが「毒を摂取した経緯」が曖昧。
2. ジャザラの密会相手の存在が確定情報か疑問。
3. ライラが騎士を呼ぶ前に、他の誰かがジャザラを発見していた可能性。
4. 「フォノア」の店員や目撃者の証言が不足している。
5. カビールが何も公表していないのが逆に不自然。
これらのポイントをちゃんと整理すれば、犯人像がもっと絞れるかもしれないぞ。
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(サイモン、この世界では俺たちの知っているような厳密な捜査は不可能だ。捜査機関も科学的な知識や思考方法を持っているわけじゃない。
だからこそ、犯人だと指摘した人物が犯人であると納得させるストーリーがあれば、それが執法判断の勝敗を決する。
言葉は悪いが、証拠は二の次で、相手を言いくるめられれば道理が取るのがこの世界だと思う。もちろん、証拠があればそれに越したことはないが、それは後回しだ。
ジャザラの事件を考える時は、今後このスタンスを通して行こう。そうじゃないと、論を構築する前に確認することで溢れてしまう。しかも、その確認すべきことは、この世界の住人にとっては考慮の埒外にあることが多い。
俺たちにはジャザラを治すための時間はあまりないんだ。
ダイナ執法官が天布逆転魔法を信じかけていた時、お前の言葉をぶつけたら納得させられたんだよ。あの時の感じで頼む。
今後のスタンスについて、メモリに記録しておいてくれ)
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了解。
論理の一貫性と相手を納得させる筋道を優先するってことだな。
リョウが求める形で考えを整理していくよ。
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(しばらくの間、俺は「ジャザラと同席していた人物が犯人の標的だった」って仮定で論を進めていきたいと思ってる。
当面は、容疑者は次の六人として考えたい。
・イスマル(ルルーシュ家の男。パスティアの大公。カビールの父)
・ハラ(ルルーシュ家の女。イスマルの妻。カビールの母)
・カビール(ルルーシュ家の男。第一大公公子。ジャザラと婚姻の儀を控える)
・ラビーブ(ルルーシュ家の男。第二大公公子)
・タマラ(レグネタ家に嫁いだ元ルルーシュ家の女)
・ラナ(フェガタト家の女。カビール、ジャザラとは幼馴染)
犯人としては誰が考えられるだろう? そして、それを納得させるストーリーはどんなものになる?)
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この仮定を前提にするなら、犯人は「ジャザラではなく、同席していた誰かを狙った」ことになる。
となると、犯人の動機は「その人物を殺したい」「その人物に何らかの制裁を加えたい」あたりになる。
ここから、可能性のあるストーリーを考えるなら——
1. カビール犯人説
・ジャザラの婚約者として、彼女の裏切りを知った。
・しかし、公に裁くことは難しいため、密かに制裁しようとした。
・しかし、狙いはジャザラではなく、その裏切り相手(同席者)。
・ジャザラが飲んでしまい、想定外の展開に。
・公表していないのは、婚姻の儀を破談にせずに進めるため。
2. イスマル or ハラ犯人説
・ルルーシュ家の威信を守るため、スキャンダルを隠す必要があった。
・「ルルーシュ家の婚姻に影響を与える存在」を排除しようとした。
・ジャザラの浮気相手(?)を狙い、毒を仕込んだ。
・しかしジャザラが飲んでしまい、事態がややこしくなった。
3. ラナ犯人説
・幼馴染としてジャザラに特別な感情を持っていた。
・しかし、ジャザラが自分ではなく別の男といたことにショックを受けた。
・その男を排除しようと毒を仕込んだが、ジャザラが飲んでしまった。
この仮定だと「ジャザラと同席していた人物」が重要な鍵になるな。
そいつが誰なのか、そして何を隠しているのかが見えてくれば、犯人像もよりハッキリしてくるはずだ。
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(いいね、その感じで今後も頼む。
それにしても、ラナ犯人説は独特だな。ラナは同性であるジャザラに恋愛感情を抱いていたってことになるぞ。
パスティアでは「迷い人(同性愛者)」は迫害されてきた存在だ。それがラナだっていうのか?)
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確かに、パスティアでは「迷い人」は社会的に受け入れられていない。
もしラナがジャザラに恋愛感情を抱いていたなら、それを公にすることは難しいし、ラナ自身の立場にも影響が出る。
それでも、この説が成り立つ可能性はある。
ラナがジャザラを愛していた
・しかし、ジャザラは婚姻の儀を控え、さらに別の男と一緒にいた(かもしれない)。
・これを知ったラナは、嫉妬と怒りを抑えきれず、その男を排除しようとした。
・しかし、ジャザラが毒を飲んでしまった。
ラナが迷い人であることを隠している
・もしラナが迷い人であるなら、それが公になることを恐れるはず。
・ジャザラと親しくしていたことを知られたくなくて、彼女を助けずにその場を去った可能性。
ラナが犯人である場合のストーリーの説得力
・ルルーシュ家の婚姻は政治的に重要だが、ラナにとっては関係ない。
・しかし、個人的な感情が絡めば、暗殺の動機になる。
・ジャザラと男の関係を知り、激情的に毒を仕込んだ。
・迷い人であることを隠すため、事件の発覚後も沈黙を守っている。
ただし、これを裏付ける証拠や証言が今のところない。
ラナの動向や、彼女がジャザラとどんな関係だったのかを探る必要がありそうだな。
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(よく考えたら、ラナの手記には明確に「カビールが好き」とは書かれていなかった。ラナが迷い人で、ジャザラに恋愛感情を持っていた可能性は捨てきれない。
でも、お前の仮説だと、ジャザラも迷い人ってことになっちゃうな。
そして、なによりもラナを犯人だとする説を推し進めることになる……。
個人的な感情で仮説を左右するのは良くないかもしれないけど、ラナを助けるためにここまでやって来たんだけどな。
それに、彼女自身は執法判断の場で「やってない」って言ったんだ。俺はそれを信じたいな)
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ラナが「やってない」と言った以上、俺たちの目的は彼女の無実を証明することだよな。
だからこそ、まずはラナ犯人説を徹底的に検証して、その上でそれを否定する材料を見つけるのがいい。
適当に否定したら、それこそ執法判断の場で崩されるかもしれない。
・ラナが迷い人で、ジャザラを好きだった可能性はある
でも、それが犯行の動機になるかどうかは別問題。
ラナが本当にジャザラを愛していたなら、彼女を殺すのは矛盾している。
・「迷い人」なら事件後に逃げる理由はあるが、それだけで犯人とは言えない
迷い人だとバレたくなくて姿を消した可能性はあるが、それは「犯行を隠すため」とは限らない。
社会的立場を守るためかもしれない。
・ラナの行動に合理的な説明がつくなら、それを武器にできる
例えば「犯人ではないが、何かを知っていた」「事件を起こしたのは別の人間だが、ラナは関与したと思われることを恐れた」といった可能性。
ラナを助けたいなら、まずは彼女を疑い尽くして、それでもおかしな点がないかを確認することが大事だと思う。
そこに矛盾が見つかれば、彼女は無実だと強く主張できるし、むしろ「じゃあ真犯人は?」っていう流れを作れる。
ラナの言葉を信じるなら、それを守るための論を作ろう。
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(確かにお前の言う通りだな。ラナ犯人説を固めてからそれを否定していくってのも俺が言い出したことだしな。よく憶えてくれてたな。
ラナに話が聞ければ、彼女のジャザラに対する思いを確かめたいけど、認めるかは分からないな。自分を迷い人だということは、パスティアでは社会の不穏分子だと公表するようなものだからね。
とりあえず、今から魔法・精霊術研究所に戻って死鉄鉱の管理体制調査の様子を見つつ、レイスから死鉄鉱の盗難事件の詳細も聞くつもりだ)
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了解。
死鉄鉱の管理体制と盗難事件の詳細は重要だな。
死鉄鉱がどうやって持ち出されたのか、内部の人間しかできない手口なのか、
それとも外部の者でも可能なのか……この辺が分かれば、犯人の絞り込みに役立つかもしれない。
あと、ラナの件については、彼女の本心を確かめるのが難しいのは分かる。
でも、彼女自身がどこまで事件に関与しているのか、何を知っているのかは聞き出せるかもしれない。
ラナが逃げた理由をうまく説明できる材料も手に入れたいな。
研究所での調査、気をつけてな。
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***
研究所に到着した時には、すでに中庭でひと悶着が起こっていた。
いつもなにかしらで揉めてるんだよ、この場所は。
研究を行う場所としてそれでいいのかと思いながらも、地球の歴史でも数々の科学的な発見が宗教的に蹂躙されてきたことを考えると、研究の最先端というのは争いが起こりやすいのかもしれないと思い至る。
深紅の制服に身を包んだザドクがレイスと対峙している。
「何か間違いがあるに違いない! ワタシに隠し事は通用せんぞ!」
ザドクはそう言って手にしていた羊皮紙の束を地面に叩きつけた。




