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スキル「ChatGPT」で異世界を生き抜けますか?  作者: 山野エル
第3部7章 ChatGPTは異世界で発生した事件を解決できるか? 3
147/199

147:この中にいる?

 結論から言うと、俺たちの聞き込み捜査はほとんど暗礁に乗り上げた。


 だいいちに、ジャザラ暗殺未遂が起こって、貴族(イエジェ)──特に上位貴族(イエジェ・メアーラ)の警戒心が高止まりしていた。


 貴族(イエジェ)の家には門番が配置され、中に入ることはおろか、近づくのにもすぐに身分を聴取されることになってしまったのだ。


 頼みの綱のレイスの名前も、“悪名”が広まったせいで逆に機会を潰すきっかけになる始末。


 朝早くから風の刻いっぱいを使って無駄骨を折ることになってしまった。


「くそ、早くジャザラさんを治すために犯人を特定したかったのに……」


 俺たちは一度休憩のために現場の『フォノア』近く、ザミールの経営する『ランダール』に向かっていた。


「ジャザラ様を襲った凶事はパスティアの未来を揺るがすもの。貴族(イエジェ)の警戒心を燃え上がらせるには十二分の出来事だ」


 ライラの表情はいくぶん晴れやかだ。


 ラナ犯人説を覆すような証言が出なかったことに安堵しているのかもしれない。ナーディラは鼻持ちならない様子だ。


「お前はいいよな。このままじゃラナが犯人ってのは固い。気楽なもんだろう」


「ジャザラ様が危険な状態にあって、何が気楽なものか。ジャザラ様の回復をもって我の心は平静を取り戻すだろう」


「でも、ジャザラさんが回復したとして、ライラさんはこれからどうするんですか? ホロヴィッツ家からは追放されてしまったわけですよね」


 ライラの顔が強張る。


貴族街(アグネジェ)を出て、パスティア・タファンで仕事にありつくか、それとも……」


 こちらをチラチラと見てくる。俺たちと行動を共にしたいのだろうか。


「それにしても、昨日のあの仮説にはたまげたな」


 ライラの気持ちを知ってか知らずか、ナーディラが話題を変えてしまう。


「あの仮説?」


「ジャザラがカビール以外の男と会っていた可能性だよ」


 ライラの頬がピクつく。


「そのようなふしだら、ジャザラ様がなさるはずがない」


「そんなこと分からないだろう。ラビーブってやつと裏で繋がっているかもしれない。今回の婚姻の儀が流れたら、そいつに継承権が移る可能性だってあるんだろ?」


「継承権の話ならば、すでに決着はついたはずだ。死鉄鉱を盗み出す必要などない」


 だが、ラビーブはルルーシュ家の人間だ。家政権行使申請のために家督の承認を得ることなどできないのではないか?


 その点を尋ねると、ライラは声を低めた。


「ルルーシュ家は特別だ。継承権を持った者は、実際にはルルーシュ家の中に居ながらひとつの家の家督として扱われる。ゆえに、それぞれが自由に家政権行使申請を行うことができる」


「なんでもありだな……」


「それでも、仮にジャザラさんがラビーブさんと繋がっていたとしたら、その事実が露見しないようにわざと家政権を持っていない人間の犯行と見せかけることもできるんじゃないですか?」


 ナーディラが手を叩く。


「確かに、リョウの言う通りだ」


 ライラの目が鋭い光をもって俺に襲いかかって来る。


「リョウ殿はジャザラ様がそのような犯罪計画に加担するとお思いか?」


「……い、いや、あくまで仮説として考えてるだけです……。それに、こんなことを言い出したら、やっぱりキリがなくなっちゃいますよね」


「リョウ、お前はどう考えてるのか、はっきりしろよ」


 ナーディラの言葉はもっともだ。


「今のままだと、結論なんて何も出せないままだ。事件当夜、みんながどこにいたか知らないとな」


「リョウの旦那!」


 突然声をかけられて、路地の先を見るとザミールが店の前で手を振っていた。



***



「面倒事になってなぁ……」


 ほとんど外観も内装も完成している店の中に案内された俺たちは、ザミールが浮かない表情でそう言うのを聞いていた。


 瓶詰の食品なども棚に並び、開店できる状況のように見えるにもかかわらず、店の中には客どころか店員の姿もない。


「面倒事、ですか」


 ザミールはライラをチラリと見やる。


「リョウの旦那、見るたびに女性を連れてる気がするな」


「こいつは何でもないから話を進めろ」


 ナーディラがザミールの視線を切って先を促す。


「うちの連中が執法院に世話になったせいで、開業許可を出してくれる営業管理局が査定の日取りを保留にしやがったんだ。せっかく寝る間も惜しんで作業してたってのに……」


貴族街(アグネジェ)では業を行う者は必ず許可を取りつけなければならない。また、定期査定も行われ、その審査を通過しなければ業を継続することは能わない。ドルメダなどの敵対勢力が活動のための資金源を設けている可能性も考慮してのことだ」


 ライラの解説にザミールが深くため息をつく。


「噂が飛び交ってる。今回の事件、ドルメダが関わってるんじゃねえかってな。だから、執法院が乗り込んできたことで、オレたちは厳しい状況に立たされたってわけさ」


「ドルメダにクトリャマに貴族(イエジェ)に……節操のないことだ」


 ナーディラが呆れたように天を仰ぐ。


「だからよ、うちの連中に事件のことを探らせてるんだ。さっさと事件を解決すれば、この店の開業許可も早いうちに出るだろ?」


 この街では、数多くの思惑が入り組んでいる。自然と事件を追う人の数も多いのだろう。


「なにか分かったことはあるんですか?」


 ザミールが得意げにうなずく。


「まず、事件当夜、貴族街(アグネジェ)にある談話室のうち、『フォノア』以外の場所を利用していた貴族(イエジェ)をまとめあげた。ちょっと待っていてくれ」


 ザミールは立ち上がって店の奥に消えた。


 しばらくして、彼は帳簿を抱えて戻ってくる。


「こいつに調査内容をまとめているんだ」


「手が凝ってますね」


「オレらは巻き込まれた。いわば被害者なんだよ、リョウの旦那。犯人に仕返ししてやらねえと」


 ザミールは帳簿のページを繰ってお目当ての場所を開いた。


 次々と内容を読み上げていく中で耳に飛び込んできた名前があった。


「──……それから、『森の囁き』は事件当夜土の刻いっぱい、レグネタ・ジマルとエメゴラシュ・エディンが利用していたようだ」


「レグネタ・ジマル?」


「ん? 何かあるのか?」


 俺たちが今、タマラの子供の葬儀に参列した人物を負っているということを説明すると、ザミールは膝を叩いた。


「なんだ、そういうことか。なら、先に言ってくれればいいのに」


「土の刻いっぱいということは、事件当時は……」


「一緒にいたようだ。同席していた侍従(ノワージャ)にも話を聞いて確認を取ってある」


 ──アリバイ成立だ。


 ナーディラがザミールの帳簿を覗き込んでいる。


「エメゴラシュって聞いたことあるな」


「ああ、今は代理で執法官をやってるダイナって人の旦那だよ」


「道理で聞き覚えがあると思った」


 昨日の執法判断がトラウマだったのか、ナーディラは名前も聞きたくないといった様子で首を振っている。


「その二人は談話室で何を?」


「急遽のことだが、ダイナがタマラ執法官の代理に就くってことで、その支援のために会議の場を設けたそうだ。どちらの家も女系の家で、旦那が支援をするってのが習わしみたいだな」


「よくそこまで調べましたね」


「新しい談話室を作るって名目でうちの連中に聞き込みをさせた。談話室はその性質上、貴族(イエジェ)が重要視してるだろ? それだけ不満点も多いから、話を掻き集めやすいんだ」


 ナーディラがニヤリとする。


「悪知恵が働くな。嫌いじゃないぞ、そういうの」


「お褒めにあずかり光栄だね」


「でも、そういう内密な話を家でやらずに談話室でやるものなんですね」


 俺の言葉にライラがうなずいた。


「第三者の場所を使うことで対等な立場をとることが可能だ。かつては一方の家に相手を引き入れて暗殺するという手口が用いられたことが所以になる」


 ザミールが顔を強張らせる。


「物騒なことに詳しいんだな……」


 ライラは胸を張る。


「我はホロヴィッツ家の侍従(ノワージャ)だ。知識として持っておくべきだろう」


侍従(ノワージャ)……、道理で──」


「いや、今の我は元侍従(ノワージャ)だ……。我が失態によってジャザラ様は……」


 急に項垂れるライラにザミールが首を傾げる。


「……感情の起伏が激しい人だな」


 ザミールは帳簿をものすごい勢いで浚って、俺が挙げた葬儀参列者の情報を手繰り寄せてくれた。


「ああ……忌々しいことに、この店の査定をする予定だった営業管理局にも話を聞きに行ったんだ。営業管理局の人間が事件当夜、フェガタト家を訪れてる」


「フェガタト家? 何ゆえだ?」


 ライラが身を乗り出すと、ザミールは落ち着くように手で制した。


「フェガタト家の当主と妻が魔法道具の店を開く計画を立てているらしい。そのためには、魔法・精霊術研究所との折り合いをつけなきゃならん。そこで、営業管理局の連中と計画の草案作りを続けているんだと」


「フェガタト家の当主……ラナさんの両親ってことか。事件当夜、ラナさんのアリバイがないって証言はここにも繋がるんだ……」


「事件のあった一昨日の夜遅くまで営業管理局の連中と話し合いをしてたみたいだな。それから……」


「まだあるのか?」


 好奇心に目を輝かせるナーディラにザミールが笑い返す。


「次が最後だ。公用車の御者にも話を聞いている。それによると、事件当夜、ホロヴィッツ家の当主と旦那は執法院でパスティア法の確認作業をしていたみたいだな」


「パスティア法の確認、ですか? 改訂でもするんですか?」


「カビール第一大公公子が大公になった場合にパスティア法に修正が入るかどうかを確かめるんだよ。まだまだ先のことだが、内容は膨大なものだし、継承の話が出ると慣例的に行うみたいだな」


 これでザミールが手に入れた情報が出揃った。


「公宮の中のことは分かりますか?」


 ザミールが一瞬で顔色を変えた。


「さすがに分からねえよ。……もしかして、あんたら、ルルーシュ家を……?」


「別に疑っているわけではなくて、あくまで情報を整理したいってだけなんです」


 つまり、タマラの子供の葬儀に参列した人間のうち、事件当夜のアリバイの確認ができないのは次の六人になる。


・イスマル

・ハラ

・カビール

・ラビーブ

・タマラ

・ラナ


 三分の一がルルーシュ家だ……。

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