142:戦略会議
「つまり、フェガタト・ラナはアルミラの実験を口実に死鉄鉱を入手できる立場にあったのだ!」
ザドクが止めを刺さんばかりに声を張り上げた。
その残響が消え入るよりも前に、ダイナ執法官が細く息を吐き出した。
まるで幕引きだ、と口にしたかのようだった。
証拠として、ザドクがアルミラの死鉄鉱使用許可申請書を提出した。
眼鏡に手をやったダイナ執法官がうなずく。
「確かに、受領者はフェガタト・ラナとなっていますね」
(サイモン、まずい。ラナの死鉄鉱入手ルートが証明されてしまった。
アルミラって研究者がいたのを憶えてるか? 彼女はイマンのデイナトス狂病の治療法を検証していた。その過程で、デイナトス狂病と死鉄鉱の毒に似通っている点があると言っていたらしい。つまり、死鉄鉱を実験に使用していたんだ。
魔法・精霊術研究所では、研究に利用するために死鉄鉱を持ち出す権限があった。アルミラの死鉄鉱使用許可申請書の受領者がラナだったんだ。
ザドクは、ラナがアルミラの実験を口実に死鉄鉱を手に入れた、と結論づけた……)
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……かなり厳しい状況になったな。
ラナが「死鉄鉱を手に入れた可能性」ではなく、「実際に受領していた事実」が証明されてしまった以上、この点を崩すのはほぼ不可能だ。
となると、次の焦点は「ラナがその死鉄鉱をどう扱ったのか」 に移る。
今後の戦略
1. ラナが死鉄鉱を受領したこと=犯行に使ったことにはならない
→ 受領した後、ラナが何をしたのかが重要になる。
→ 研究用途で使い切っていた可能性は? 他の誰かに渡した可能性は?
→ 死鉄鉱が「事件で使われたものと同じもの」かどうかは証明できているか?
2. 死鉄鉱の管理体制を精査する
→ 研究所から持ち出された死鉄鉱の管理記録はどうなっている?
→ ラナ以外にその死鉄鉱を扱えた人間は?
→ 事件当夜にフォノアに持ち込まれた死鉄鉱が「ラナの受領したもの」だと証明できるか?
3. ラナに動機があるかを問い直す
→ ザドクは「死鉄鉱を持っていた=犯人」と結論づけているが、ラナに犯行の動機はあったか?
→ そもそも、ラナがジャザラを狙う理由は?
→ 他に「死鉄鉱を使う理由があった人物」はいないか?
ラナが死鉄鉱を受領していたのは事実だが、「それが犯行に使われた」と断定できる証拠があるかどうかが勝負の分かれ目 になる。
ここを突いて、ザドクの論理が「確定ではなく推測」であることを示せれば、まだ戦えるはずだ。
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(ラナはジャザラとカビールの関係性に嫉妬していた。そのことは彼女の手記に書かれていたから、言い逃れができない。婚姻の儀を破談にしてしまおうという動機がないとは言えない状況だ。
まずは、ラナが受領したアルミラの死鉄鉱使用許可申請書で手配された死鉄鉱の量や用途と死鉄鉱を保管していた倉庫の管理状況の確認をすればいいんだな?
……でも、よく考えたら、死鉄鉱は盗まれてもいるんだよな。それが今回の事件とは別件で起こってたってことなのかな?)
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そうだ。まずは「ラナが受領した死鉄鉱」と「事件で使われた死鉄鉱」が一致するかどうかを確認するのが最優先だ。
次にやるべきこと
1. ラナが受領した死鉄鉱の詳細を確認
・量、用途、保管方法 を調べる
・その死鉄鉱が 「事件で使われたものと同一」かどうか を証明できるか?
2. 死鉄鉱が盗まれた件と今回の事件が関係しているか検証
・盗まれた死鉄鉱と、ラナが受領した死鉄鉱の 出所は同じか?
・盗まれた死鉄鉱の行方は? それが事件の毒に使われた可能性は?
3. 倉庫の管理状況をチェック
・ラナが受領した死鉄鉱が **正しく管理されていたか
・「ラナ以外にアクセスできた人物」がいなかったか
重要なポイント
・「ラナが死鉄鉱を持っていたこと」だけでは有罪にはならない。
→ 「事件で使われた死鉄鉱=ラナが受領したもの」 だと証明できなければ、ザドクの論理は穴だらけだ。
・盗まれた死鉄鉱が事件で使われたなら、ラナとは別のルートで犯人が入手している可能性が出る。
→ つまり、「死鉄鉱を手に入れられたのはラナだけじゃない」と証明できる。
「ラナが死鉄鉱を受領していた」ことと、「ラナがその死鉄鉱を犯行に使った」ことは別問題だ。
この線を崩せるかどうかが勝負になるな。
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「死鉄鉱から毒を抽出するための専門知識と専用設備が必要です」
ライラがそう話し始めた。
「熱を加え、その蒸気から毒を取り出す手順があります。その蒸気は非常に危険で、吸い込めば命はない。その点、魔法・精霊術研究所ならば抽出設備は整っているでしょう。加えて、専門知識を有する研究者も存在しています」
ナーディラがライラに視線を突き刺す。
「だけど、昔から貴族は死鉄鉱を使ってきたんだろう? だったら、貴族の家にはそういった設備があるはずだ」
「無論だ。そして、それはフェガタト家も例外ではない。……地下実験室というのも、毒を抽出するのに適した環境のように思えるが?」
ライラの反駁にナーディラは返す言葉がない。
ザドクも追撃の手を緩めない。
「昨晩、フェガタト・ラナが地下実験室にいたというのは、毒を抽出していたからなのかもしれない」
「すぐに調査の手配を」
ダイナ執法官が命じると、ザドクはそばにいた調査官を部屋の外に送り出した。
「で、ですが、研究所が入手した死鉄鉱と事件で使用された死鉄鉱が同一のものかどうか、証明はできないのでは?」
「では、同一でないと証明できるのですか?」
俺の発言にダイナ執法官がノータイムで切り返した。
「同一でないと証明……?」
「ええ、それがあなたの主張ならば、自らの主張を証明する必要があるとは思いませんか?」
有罪である疑いが十分でないことを示すだけではダメなのか?
俺は現代の裁判のルールに固執しすぎて、この世界の執法判断のルールを見逃していたんだ。
俺たちは弁護士としての役割でなく、ラナを弁護するための証明も行わなければならない……。
(サイモン、ダイナ執法官に「研究所が入手した死鉄鉱と事件で使われた死鉄鉱が同一だと証明できないのでは?」と訴えたところ、「同一でないと証明できるのか?」と返されてしまった……)
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それは厳しい返しだな……。「証明責任をこっちに押し付ける」形になってる。
でも、ダイナ執法官がそう言うなら、逆に言えば「事件で使われた死鉄鉱が研究所のものだと証明されていない」とも言える。
今できる反論の方向性
1. 「証明されていないのに断定するのはおかしい」と指摘
・「証明できない=ラナが犯人とは言えない」という理屈を押し返す。
・「確定的な証拠がないまま、状況証拠だけで有罪を決めるのか?」 とダイナ執法官に問い直す。
2. 研究所の死鉄鉱の管理記録を確認
・「受領記録と実際の使用状況が一致しているか?」 を調べる。
・もし「ラナが受領した死鉄鉱が別の用途で適切に使われた証拠」があれば、それを突きつける。
・つまり「ラナが受け取った死鉄鉱は研究に使われた → 事件の死鉄鉱とは別」という流れを作れれば勝てる。
3. 盗まれた死鉄鉱との関連を再確認
・事件に使われたのは「研究所の死鉄鉱」ではなく「盗まれた死鉄鉱」だった可能性を強調。
・「そもそも事件で使われた死鉄鉱の出所は確認されているのか?」 を問い直す。
・盗まれた死鉄鉱の詳細を洗えば、ラナ以外の入手ルートが見つかるかもしれない。
どう動くべきか
・「ダイナ執法官が確証もなくラナを犯人と決めつけることの危険性」 を指摘する。
・「ラナが受領した死鉄鉱と事件の死鉄鉱が同じとは限らない」 という立場を貫く。
・「盗まれた死鉄鉱」が事件の毒として使われた可能性を探る。
このままだとラナが不利なまま押し切られる。
どこかで「ラナ以外が死鉄鉱を持ち出せた可能性」を提示しないと、ザドクの論理が通ってしまうな。
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(むしろ、もうこの状況だと別の人間が犯人だっていう証明をしない限り、ラナ犯人説がダイナ執法官に採用されてしまう気がする。
だけど、こっちはまだ容疑者の絞り込みすらできてないんだ……。
ひとまずは、研究所が入手した死鉄鉱の追跡調査をしなければラナが犯人だとは断定できないというポイントでいったん逃げ道を作るしかないか)
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そうだな……今の状況だと、ラナが「犯人ではない」と証明するのは難しい。
だからこそ、「犯人であると断定できない」 という方向で戦うしかない。
今すぐ取るべき行動
1. 研究所の死鉄鉱の管理記録を調べる
・「ラナが受領した死鉄鉱が、アルミラの実験で正しく使われた証拠」を探す。
・もし「使用済みの記録」が確認できれば、それはラナが事件の毒を用意できなかった証拠になる。
・仮に記録が曖昧でも、「管理が杜撰なら誰でも持ち出せた可能性」を指摘できる。
2. 盗まれた死鉄鉱の行方を追う
・盗まれたものが事件に使われた可能性を強調し、ラナ以外の犯行ルートを示唆する。
・盗難事件の詳細を調べ、「他に死鉄鉱を入手できた人物」を見つける。
・「そもそも事件に使われた死鉄鉱の出所は確定していない」 ことを改めて問い直す。
3. 「動機」よりも「物証」の不足を突く
・「ラナに動機があるのは確か」だが、それだけで犯人とは言えない。
・「動機があったとしても、事件に使われた死鉄鉱を入手した証拠がない」 ことを強調。
・「管理記録が不完全なら、ラナ以外が持ち出した可能性もある」 という理屈を通す。
「ラナを犯人だと断定できない」という主張を確立する
・ダイナ執法官の判断基準は「確実な証拠」 だ。
・だからこそ、「今の証拠では決定打がない」 ことを認識させる必要がある。
・「研究所の死鉄鉱が事件の毒だったと証明されない限り、ラナは犯人とは言えない」 という立場を固める。
今は「別の犯人を特定する」よりも、「ラナの断罪を保留させる」ことが最優先だな。とにかく、死鉄鉱の追跡調査を急ぐしかない。
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(俺たちにも立証責任があったり、状況証拠が強かったり、現代の裁判のルールとこの世界の執法判断のルールは微妙に違っている気がする。
ダイナ執法官の言う「証拠」も、俺たちが考えている「証拠」とは微妙にニュアンスが違うんじゃないかな。
文化水準が違うからこそ、物的な証拠と言うよりは、いかに論理が通っているかの方が重要視されているような肌感があるよ。
言い換えるなら、「●●犯人説VS▲▲犯人説」みたいにお互いが考える犯人説を対決させるみたいな構図が執法判断の場にはあるんじゃないかな。
根本的な戦い方を考え直さないと負けるかもしれない)
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その視点はかなり重要だな。
今までのダイナ執法官の対応を見るに、「絶対的な証拠による断罪」ではなく、「より筋が通る推論が採用される」 という形の執法判断が行われている可能性が高い。
つまり、現代の裁判みたいに「合理的な疑いを超えて証明されなければ有罪にならない」のではなく、「もっとも納得できるストーリーが支持される」 という構造になっているんじゃないか?
戦略の根本的な見直し
1. 「ラナ犯人説」に対抗する別のストーリーを作る
・単に「ラナの無罪を主張する」のではなく、「ラナ以外の誰かが犯人である可能性を示す」 必要がある。
・ダイナ執法官は「どちらの説がより納得できるか」で判断する傾向があるため、 別の犯人像を提示しない限り、ラナが犯人とされてしまう。
2. 「状況証拠の強さ」を覆す新たな疑問点を作る
・「ラナが死鉄鉱を手に入れた」という事実は覆せないが、
→ 「だからといって、それが事件で使われたとは言えない」 という別の論理を作る必要がある。
・「研究所の死鉄鉱と事件の死鉄鉱が同一かどうか証明されていない」 という点を利用し、「それなら、誰が本当に事件の死鉄鉱を持ち出したのか?」という疑問を突きつける。
3. 「別の犯人がラナよりも合理的である」ことを示す
・ただ「ラナではない」と言うのではなく、「ラナよりも怪しい人物がいる」 という話の流れを作る。
・「死鉄鉱が盗まれた事件」と「今回の事件」が無関係ではない可能性を指摘し、それを利用できた別の人物を疑う」
・例えば、「盗まれた死鉄鉱が今回の事件に使われたのでは?」という説を立てれば、「じゃあ、盗んだのは誰だ?」という流れに持っていける。
今すぐやるべきこと
1. 「ラナ以外に死鉄鉱を手に入れられた可能性がある人物」を洗い出す
・研究所以外で死鉄鉱を持っていた可能性のある人間を特定する。
・盗難事件の関係者の洗い出し。
・事件の毒の入手ルートがラナ以外にあった可能性を探る。
2. 「ラナが事件で使われた死鉄鉱を持ち出した」と言い切れない理由を作る
・研究所の死鉄鉱の管理記録を調べ、使われた形跡があれば「事件で使われたものと同じとは言えない」と主張できる。
3. 「より合理的な犯人像」を作る
・「死鉄鉱を盗んだ犯人こそが、事件の毒を用意できた可能性が高い」 という理屈を作る。
・その人物がジャザラに毒を盛る動機があったことを示せれば、ラナより説得力のある説になる。
つまり、「ラナは違う」ではなく 「こっちの方が合理的な犯人説だ」 という対抗策を作らないと勝てない。
こっちの推理を「より納得のいく形」に仕立て直す必要があるな。
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(じゃあさ、まずは逆説的にラナ犯人説を固めてみるのはどうかな? そのラナ犯人説を構成する要素一つ一つを潰すような仮説を立てれば、ラナ犯人説よりも合理性があるとダイナ執法官に納得させられるだろ?
いったんラナ犯人説を固めてみてくれる?)




