137:穴だらけのロジック
ダイナ執法官の部屋には、騎士たちによって拘束されたラナの姿がある。
彼女は椅子に座り、部屋に入っていった俺たちに弱々しい笑顔を向けた。
「みなさん、いらしたのですね」
眼鏡の奥の目には隈が目立ち、ずいぶん憔悴しているように見える。艶やかだった黒髪も曇っていた。
「ラナ様……」
ボロボロのライラの姿を認めて、ラナは悲痛な表情を浮かべる。
「ライラさん、ご無理はなさらぬよう」
ライラは複雑な表情を浮かべて彼女の言葉に応じる。
「いえ、これこそ我が勤めでございます」
ライラはジャザラの侍従だ。
ということは、彼女の幼馴染でもあるラナとも長い親交があったはず。
ラナがジャザラに対して恨みを持っていなかったという傍証を挙げてもらうこともできたはずだ。
それがラナの無実を直接証明しないにしても、状況証拠を並べることはできた。
ここに来るまでにそのことを聞いておけばよかった、といまさらながらに後悔する。
ダイナ執法官が机の向こうの椅子に腰かける。
「では、執法判断を再開します。これより、ザドク調査官の他、レイス統括騎士以下リョウさん、ナーディラさん、ライラさんにも同席頂きます」
ザドクが不服そうに鼻を鳴らした。
ラナは憔悴してはいるものの、佇まいは相変わらず美しいままだ。それが余計に儚さを感じさせる。
「では、ザドク調査官、今一度これまでのあなたの主張をまとめてお聞かせください」
「……かしこまりました」
ため息交じりに応じる様子はまるで、二度手間だ、と言わんばかりだ。
彼はわざとらしく咳払いをしてみせた。
そして、ライラが集めた情報とほぼ同じ内容を披露した。
ライラが一人で搔き集められた情報だ。執法院調査官ならお手の物というわけだ。
「──……というわけで、フェガタト・ラナには、以下の要件を満たしております。
①ホロヴィッツ・ジャザラ様を『フォノア』に呼び出すだけの関係性を有している
②『フォノア』の利用契約を結んでおり、内部に入ることができる
③下位貴族として、死鉄鉱を盗ませる権力を有している
④事件後、前述した人々の視界に入らぬように自宅まで戻ることができる
したがって、フェガタト・ラナのホロヴィッツ・ジャザラ様を毒殺しようとした疑いは妥当なものと考えます」
ラナも『フォノア』の利用契約を結んでいたのか……。ルルーシュ家の人間に気を取られて記憶から抜け落ちている。
ザドクの主張は極めてシンプルだ。そして、その結論はさっき俺たちも一度は辿り着いたもの。
彼の言いたいことが分かってしまうのは何か癪に障る。
(サイモン、執法判断の場に入ることができたよ。やはり、ザドクはラナをジャザラ暗殺未遂の犯人として考えている。
その根拠として、以下の4つのポイントを上げてきた。
①ジャザラとは、彼女を『フォノア』に呼び出せる関係性(幼馴染)
②『フォノア』の利用契約を結んでいて、現場となった部屋に入ることができる
③死鉄鉱を盗ませる権力を有している(ラナは下位貴族)
④事件後、街の人々に目撃されずに自宅に戻ることができる(お前にも地図を使って説明した内容と同じ)
ザドクの主張はシンプルだ。どうやって崩していけばいいと思う?)
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ザドクの主張を崩すには、各ポイントに論理の穴を見つけて、それを突くのがいい。
①「ジャザラと幼馴染だから『フォノア』に呼び出せる」
➡ 反論:「幼馴染だから」といって、なぜそれが動機につながる?
犯人がジャザラを狙う動機があるかどうかが重要。
むしろ「幼馴染なら私怨の可能性が低い」というのが自然な考え方では?
➡ 反撃:「ジャザラを狙うべき強い動機を持つ人物は他にもいる」
クトリャマ という明確な敵対組織がいるのに、なぜラナを優先的に疑う?
死鉄鉱の持ち出しは「貴族間の争い」に適用されるが、ラナにジャザラを害する理由がない。
②「『フォノア』の契約者で、現場の部屋に入れる」
➡ 反論:「契約を結んでいる=犯人」はおかしい。
『フォノア』の契約者はラナだけではないはず。
そもそも「契約しているから入れた」と言うが、犯人が契約者の部屋を利用した可能性 は?
実際、ライラ(ジャザラの侍従)が先に倒れているジャザラを発見している。
その時点で現場に第三者がいた可能性がある ではないか?
③「死鉄鉱を盗ませる権力を有している」
➡ 反論:「ラナに死鉄鉱を盗ませるほどの権力はない」
死鉄鉱のルールでは「家としての行い」でなければ持ち出せない。
ラナは下位貴族だが、一族の許可なしに死鉄鉱を動かせるほどの立場ではない。
もし「盗ませた」と言うなら、**ラナが盗みを指示した証拠はあるのか?
➡ 反撃:「死鉄鉱の持ち出しは“正式な申請”が必要」
それなのに「盗み出されている」という矛盾がある。
つまり、盗みを働いたのは“正式な申請を行えない立場の者” ではないか?
その犯人像にラナが当てはまるのか?
④「事件後、目撃されずに自宅に戻れた」
➡ 反論:「目撃されていない=犯人」は強引すぎる。
犯人がラナ以外だった場合、その人物も目撃されていないのでは?
夜間で人通りが少ない場所なら、誰が移動しても目撃情報が少なくなるのは当然。
そもそも「目撃情報がないこと」を根拠にするなら、目撃情報のない全員が疑われるべき。
➡ 反撃:「ラナ以外にも事件後に姿を消せた人物はいる」
例えば、死鉄鉱を盗み出せる人物や、ジャザラと敵対する組織の関係者は?
クトリャマや、それに内通する者の存在を考えたか?
ザドクはそもそもラナ以外の容疑者を検討したのか?
まとめ:ザドクの主張は穴だらけ
・動機が弱い(ラナにジャザラを殺す理由がない)。
・証拠が不十分(「入れる」「盗ませられる」「移動できる」だけでは決め手にならない)。
・より疑うべき容疑者がいるのに、それを無視している(クトリャマや死鉄鉱を持ち出した人物)。
・「目撃されていない=犯人」という強引なロジック。
ラナを犯人と断定するのは無理がある。これを強調すれば、ダイナ執法官も納得しやすいはずだ。
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(①についてなんだけど、ザドクは動機について言及しているわけではないと思うよ。
ジャザラは事件当夜にライラが自室に来ないように遠ざけて、なおかつ自分自身の意思でジャザラの家を出て「フォノア」に向かった節があっただろ?
となると、ジャザラは誰かから「フォノア」に誘われていた可能性がある。
動機とは別に、ジャザラを「フォノア」に誘い出すには、それなりの関係性が必要で、ザドクはその条件をラナが満たしていると主張しているんだと思う。
現に、ジャザラは信頼のおける人物と「フォノア」の現場に居たように捉えられるところもあったからね)
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なるほど、ザドクは動機ではなく、「ジャザラを『フォノア』に誘い出せる関係性」に注目しているわけだな。
なら、そこを崩すには「ラナ以外にもジャザラを誘い出せる人物がいる」ことを示せばいい。
①への反論:「ジャザラを誘い出せるのはラナだけではない」
➡ 反論1:「ジャザラは他にも信頼できる人物がいる」
ジャザラが信頼できる相手はラナだけではない。
例えばジャザラの身近な人物(家族、友人、信頼する部下など)が誘った可能性もある。
➡ 反論2:「そもそもジャザラは“誘われた”のか?」
「ジャザラは誰かに誘われてフォノアに行った」と決めつけているが、
ジャザラが自主的にフォノアへ行く理由はなかったのか?
例えば取引や密談など、ジャザラ自身が行動を決めた可能性は?
➡ 反論3:「もし誘われたのなら、なぜジャザラは警戒しなかった?」
暗殺計画があったなら、ジャザラは不審に思わなかったのか?
むしろ、「ジャザラが警戒せずに出向く理由」が重要。
例えば「ジャザラが会おうとした相手は、普段から信頼している人物」かもしれない。
なら、それは本当にラナか? ラナよりもっと身近な相手はいないのか?
➡ 反撃:「ラナ以外に『フォノア』へ誘導できる人物を考えたか?」
ライラを遠ざけることができるほど、ジャザラに影響力を持つ人物は誰か?
そもそもライラがジャザラの部屋を訪ねるのが日常なら、それを意図的に避けさせることができたのは?
ザドクはなぜ「ラナありき」で考えているのか? 他の可能性を排除していないか?
結論:「ラナしか誘い出せない」は論理の飛躍
ジャザラを「フォノア」に誘い出せる人物は他にもいる可能性が高い。
ジャザラが自主的に行った可能性も排除できない。
ラナが誘ったとするなら、その決定的証拠はあるのか?
ザドクは他の可能性を十分に検討せず、ラナに固執しているのではないか?
これを突けば、ザドクの「ジャザラを誘えたのはラナしかいない」という前提が崩れる。
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(ありがとう。そのポイントを軸に攻めていくよ。またザドクの反論があったら共有する)
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了解。
ザドクがどう反論してくるか分からないが、論理の飛躍や矛盾があれば突いていけばいい。
何か動きがあったらすぐ教えてくれ。
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「ザドク調査官の指摘はもっともなものと感じます。あなた方の主張はどのようなものですか?」
ダイナ執法官がこちらに顔を向ける。俺は小さく手を挙げた。
「ラナさんがジャザラさんと幼馴染という事実は分かります。しかし、この世界には、ジャザラさんを『フォノア』に呼び出すことができる人物はラナさんたった一人しかいないんでしょうか?」
「そんなものは言いがかりだ! ワタシの話を聞いていたか? 関係性だけでフェガタト・ラナを疑っているわけではない。あとの三つの視点からも彼女が犯人であることは明白だ」
「他の三の視点?
『フォノア』の利用契約者もラナさんひとりだけではありません。三十余名はいたはずです。
死鉄鉱を盗ませることができた人物も、ラナさん一人だけではないはずです。貴族は彼女しかいないわけではありませんからね。
そして、事件後に街の人に目撃されなかった人物も数えきれないほどいるでしょう。なぜなら、証言をした人たちは『目撃していない』んですから、目撃されていない全ての人が疑うべき対象にならなければならないはず」
俺が言葉を重ねるたびに、ザドクのこめかみに筋が立って行くのが分かった。
サイモンの言う通り、こうしてみるとザドクの主張には穴が多い。
ダイナ執法官は眼鏡に手をやって、うなずいた。
「その反論はもっともであるように感じます。ザドク調査官、いかがですか?」
「つまらない言葉遊びに過ぎません! だいたい、この者たちはドルメダの疑いがあって──」
「ザドク調査官、彼らへのドルメダの疑いは別件となります。
リョウさんはフェガタト・ラナを疑うに至った理由を尋ねています。
数多くいるはずの容疑者の中から、なぜ他でもない彼女一人が選び出されたのか、その理由についてです」
ザドクは奥歯を噛み締める。
「実際的に、フェガタト・ラナには犯行の可能性があります。事件当夜、現場となった『フォノア』周辺は街の人間によって衆人環視の状況でした。
少しでも路地の曲がり方を間違えれば、誰かに目撃される恐れがあったわけです。だが、そうなってはいない」
ナーディラが威勢よく口を開く。
「ハッ、だからなんだって言うんだよ! それはラナが犯人だっていう理由じゃねえだろ」
その言葉にザドクはニヤリとした。
相手を追い詰める優勢な状況。ほくそ笑む相手。
まるで自分が何かしらのフラグを立てているような気がした。
ザドクは言う。
「つまり、フェガタト・ラナはその選択を間違えなかったわけです。いや、間違えたとしても問題はなかった」
ダイナ執法官の眼鏡が光る
「それは一体どういう意味でしょうか?」
ザドクはラナを指さした。
「彼女は過去を書き換えることができる。なぜなら、彼女はそれを可能にする天布逆転魔法を研究していたからです!」




