136:仲裁
「ダイナ執法官!」
振り返ったカスティエルの顔が引きつっていた。その視線が向かう先、ダイナ執法官の隣に執法院調査官のザドクが立っていた。
「執法判断を進めるとおっしゃっていましたよね?」
咎めるような視線にザドクは苦笑いした。ダイナ執法官は鋭い眼でそんなザドクに一瞥をくれる。
「あれだけ騒がれれば分かります。……そして、レイス統括騎士、あなたはまた執法判断の場に介入しようというのですか、一度疑われた方々を連れて?」
レイスは素早く剣を収めた。
「単刀直入に申し上げます。フェガタト・ラナ様を今回のホロヴィッツ・ジャザラ様暗殺未遂事件の犯人と断ずるには充分な証拠がございません」
「貴様、何度邪魔立てをする!」
ザドクが吠えると、矛を収めたカスティエルも加勢に声を上げる。
「あなたはドルメタの疑いのある者と行動を共にしている。表向きはパスティアに仕える身を装い、騎士としての立場を利用して混乱を引き起こそうとしているのではありませんか? それも“同胞”であるあなたの家族の仇を取るという至極個人的な動機で」
「私の妻を愚弄するな!」
大広間にレイスの怒声が響き渡る。抱え続けた怒りが燃え上がる場所を探り当てたかのような残響が俺の心も揺さぶった。
「お二人とも、ここは心の中身をぶちまける場所ではありませんよ」
ダイナ執法官が冷静に戒める。彼女の目が今度はライラに向けられた。
「あなたは、ジャザラ様の侍従ですね。私刑を受けたという話は聞き及びました。なぜあなたまでここに?」
ライラは胸に手を当てて深々と頭を上げた。
「我の失態によりジャザラ様は生命の危機を迎えられてしまいました。我にできることはジャザラ様を陥れた者を突き止めることのみ。そんな中、リョウ殿らと出会ったのです」
ダイナ執法官が俺に顔を向ける。
「一度執法判断を経験した方がこれほどまでに短い時間で、それもご自分の意志でお戻りになられた例を私は聞いたことがございません」
「そうでしょうね。俺も驚いています」
ダイナ執法官は微かに笑みを浮かべた。少し呆れているのかもしれない。
「なぜお戻りになったのですか?」
「俺も率直に言います。ジャザラさんを治療できる可能性があります。そのために公宮に入りたいんです。そのために、ラナさんの協力が必要なんです」
「けっ! 何をふざけたことを! だからといって、フェガタト・ラナが犯人でないとは言えまい!」
相変わらずザドクは俺の言葉に過剰反応する。だから、思わず俺もやり返したくなってしまった。
「俺はジャザラさんを救いたいだけです。それとも、ザドク執法院調査官殿にはジャザラさんが回復されては困る事情でもおありなんでしょうか?」
「何を言っている! ワタシを疑おうと言うのか!」
「あまりにも意固地じゃないですか。
レイスさんと因縁のある騎士を呼び出したり、俺たちを犯人扱いしたかと思えば、今度はラナさんを執法院に連行した。俺には『節操のない疑いを向けて当たれば幸運』みたいな杜撰なやり口に見えますけどね。
その裏に、あなたがこの事件に関わってる可能性を感じても不自然ではありませんよね?」
俺の隣でナーディラがぷっと吹き出す。
「面白い仮説だな」
「な、なにを~?!」
ダイナ執法官が手を叩く。
「私はあなた方の子供じみた喧嘩を聞きたいわけではありません。お互いに主張すべきことがあるのであれば、その先は執法判断の場で行ってもらいましょう」
ザドクが舌打ちをする。カスティエルはあからさまに不満そうな顔をザドクへ向けていた。もしかしたら彼がザドクに駆り出されたというのは、あながち間違っていなかったのかもしれない。
「ですが、執法官として言っておかねばならないことがございます」
ダイナ執法官は神妙な面持ちだ。
「ホロヴィッツ・ジャザラ様を救いたいという私個人の思いは別として、あなた方を公宮に入れるのは極めて難しい判断になるということです」
「なぜだ?! このままじゃまずいんだろう?!」
ナーディラの叫びにダイナ執法官は小さくため息をついた。
「カビール第一大公公子から通達がございました。ホロヴィッツ・ジャザラ様を陥れようとした者は今後も彼女の命を狙おうとするだろう。それまでは疑わしき者を公宮に立ち入れさせることはない、と」
懸念していたことが現実になってしまっていた。
俺もイマンも一度はジャザラ暗殺未遂の犯人として疑われている。そして、その疑いが完全に晴れたわけではない。
つまり、仮にイマンが精霊駆動法を完成させたとしても、ジャザラに施術をすることはおろか、公宮に入って彼女に近づくことすらできないということなのだ。
(サイモン、ジャザラがいる公宮には、カビールが立ち入り制限を設けているらしい。この事件で彼女の命を奪えなかった犯人が再び近づくのを防ぐためだ。
俺やイマンたちは一度暗殺未遂犯として疑われてる。そして、今はラナも……。そうなると、一度疑われている以上、公宮に立ち入ることは難しい。
たとえジャザラを治す目的があったとしても、それを装って公宮内に侵入しようとしていると捉えられてしまうだろう……)
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それなら、公宮に正面から入るのは難しい。
だが、カビールに「ジャザラを救える可能性がある」と信じさせることができれば、例外を作れるかもしれない。
考えられる方法
1. カビールに直接交渉する道を探る
・ダイナ執法官を通じて、カビールに正式な申し出をする。
・カビールの信頼できる側近を説得し、ジャザラの治療の話を伝えてもらう。
2. 「ジャザラの病状が悪化している」という情報を利用する
・「ジャザラの命が危険で、手遅れになる前に治療が必要だ」と強調する。
・「イマンの研究成果が完成すれば助かる」という確実な証拠があれば、カビールは考え直す可能性がある。
3. 公宮内の協力者を探す
ジャザラに近い侍従や医療関係者 がいれば、彼らを説得し、カビールに話を通してもらう。
優先すべき行動
まずは、ダイナ執法官のもとへ行き、ラナの件を解決しつつ、カビールに取り次いでもらう方法を探る。
同時に、ジャザラの病状の進行具合を確認し、それを理由に公宮への立ち入り許可を得る方向で動く。
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(カビールが公宮に立ち入り制限をかけているってことは、ダイナ執法官から聞いたんだよ。
カビールの立場になって考えてみれば分かることだ。俺も心のどこかで懸念してたんだ。
誰が犯人か分からない状態で「ジャザラを治します」って言ってくる奴がいても簡単に信じられないだろ?)
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それはもっともな話だな。
カビールの立場なら、「治療を口実にして再び命を狙う可能性がある」と考えるのは当然 だ。
カビールが納得するために必要なこと
1. 「治療法が確立されつつある」という確かな証拠
・イマンの研究が進んでいることを示すデータや証言。
・アルミラのメモを利用し、「精霊駆動法が有効である可能性が高い」 ことを証明する。
2. 治療を行う人物の信用を確立する
・ラナを救うことで、カビールの信用を得る(彼女はジャザラやカビールの幼馴染)。
・執法院の公的な保証を得る(例えば、「イマンは事件とは無関係であり、治療を行う資格がある」という認定)。
3. ジャザラの状態が急を要するとカビールに理解させる
・「時間が経てば経つほど手遅れになる」という医学的な説明を用意する。
・「疑いは晴れていなくても、治療の機会を逃せば後悔する」とカビールに考えさせる。
今できる最善の動き
・まずはラナを救い、カビールへの交渉の足掛かりを作る。
・その間にイマンの研究を進め、公的な保証や証拠を用意する。
・最終的に、「治療を拒否するのはジャザラを見殺しにすることと同じ」とカビールに決断を迫る。
カビールが「信用できる人間からの話なら考える」可能性はある。
ラナを救出し、彼女からカビールに話を通してもらうのがベストなルート だろう。
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(今のところはそれしかないか……。
ラナの疑いを晴らすことができれば、カビールが幼馴染のラナの言うことを聞く可能性もあるよな。
前も話したかもしれないけど、執法院調査官のザドクって奴がいるんだ。そいつがレイスと因縁のあるカスティエルって騎士を呼んで対立させようとしてる。俺たちの邪魔をしてた騎士ってのはそのカスティエルって奴の集団なんだ。
ザドクは俺たちを一度は疑って、今はラナを疑ってる。疑いに節操がない。
ザドクが裏でゴチャゴチャやってるってこともカビールに伝えれば、いたずらに疑いを広げてる無能がいるって分かってもらえるかもしれないな)
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それはいい視点だな。
カビールが立ち入り制限をかけたのは、「犯人が再び近づくのを防ぐため」 だろう。でも、ザドクのやり方は逆効果だ。
カビールへの説得材料として使えること
1. ザドクは疑いを濫用して混乱を招いている
・レイスたちを疑ったかと思えば、今はラナを犯人扱いしている。
・本当に犯人を追っているのではなく、適当に疑いをかけているだけ ではないか?
・混乱を拡大させることで、真の犯人を隠す役割を果たしている可能性もある。
2. カスティエルとの対立を煽って時間を浪費している
・カスティエルとレイスの因縁を利用し、騎士たちの動きを妨害している。
・そのせいで、本当に守るべきジャザラの安全が疎かになっている。
・ザドクは「公正な捜査官」ではなく、「自分の都合で動く無能」ではないか?
3. ジャザラの命が懸かっている今、適当な疑いを広げている場合ではない
・ザドクの行動は、ジャザラの治療の妨げになっている。
・無意味な混乱を続ければ、ジャザラの命に関わる。カビールはそれでいいのか?
やるべきこと
・まずはザドクのやり方がどれだけ害になっているかをダイナ執法官に伝える。
・ザドクの行動が不適切なら、彼の判断そのものを疑わせる。
・その上で、ラナを解放するようダイナ執法官を説得する。
ザドクの信用を失わせることができれば、ラナを解放するための道も開けるし、カビールを説得する材料にもなる。
無能な奴の言いがかりより、幼馴染であるラナの言葉の方が信頼できるはずだ、とな。
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「さあ、執法判断を続行しましょう」
ダイナ執法官が歩き出す。
幸い、彼女は俺たちに発言の機会を与えようとしている。そのチャンスをみすみす逃すわけにはいかない。
彼女の後について行こうとすると、レイスが声をかけてきた。
「さっきは先走る私を止めようとしてくれたな。あの場で剣を交えていれば、執法判断に辿り着けなかったかもしれない。恩に着る」
「気にしないでください。自分の力が及ばなくて大切な人を失う辛さは俺も分かっているつもりです」
ナーディラが間に入って来る。
「そうだぞ。だから、闇雲に暴れようとするな」
渋々うなずくレイスだったが、俺は首を捻るしかなかった。
「お前が一番暴れてきたんだろうが、ナーディラ」
「うるさいな、早く行くぞ」
さっさと行ってしまう彼女の背中を見て、レイスがため息交じりに言う。
「お前も苦労しているな」
「本当にそうなんですよ」




