131:時に覚悟は意固地なもの
この世界で目が覚める前、俺はAI推進派だった。
AIなら俺たちの仕事のほとんどを肩代わりしてくれ、そう信じていた。
ところがどうだ、今の俺はサイモンに振り回されているじゃないか。
この状況を見た人間は「やっぱりAIは全然ダメだ」と言うに違いない。
そいつらに笑われないようにしなければ……。
異世界にやって来た俺は、居もしない元の世界の会社の同僚なんかを仮想敵のように思って躍起になっていた。
(サイモン、お前が把握してる事件内容はかなりの部分が間違ってる。ジャザラは死んでないし、したがって遺体の消失なんて魅力的な謎は存在しない。
クトリャマが容疑者に挙がるのは面白いけど、まだその可能性は検討されてすらいない。
もう一度事件のポイントを共有するから、それを踏まえてもう一度さっきみたいに事件についてまとめてみてくれ。
・事件の発生は、十六月十六日土の刻三
・事件現場は談話室「フォノア」
・被害者はホロヴィッツ・ジャザラ
・第一発見者はライラ
・ジャザラは毒を盛られた
・毒は酒を入れていた杯の中に入れられていた
・ホロヴィッツ・ジャザラは現在昏睡状態で、心臓が速く動き、体温の低下、赤い発疹が見られるという
・現場からはジャザラの嘔吐物、下痢の排泄物が見つかっている
・毒は死鉄鉱から抽出できる
・死鉄鉱は十六月十四日の土の刻四頃に盗まれた
・盗まれた死鉄鉱からは人一人を死に至らしめるのに十分な量の毒を抽出できるらしい(なぜ犯人はジャザラを殺害しなかった、あるいは、できなかったのか?)
・「フォノア」には、料理が運び込まれていた
・料理を運ぶ業者には、十六月十六日土の刻三に「フォノア」に料理を運ぶように依頼があった
・「フォノア」では利用契約者には鍵が貸与され、その鍵で「フォノア」への出入りや利用予約の手続きが行える
・「フォノア」の利用予約は貸与された鍵を使って入ることができる受付の帳簿に必要事項を書き入れることで完了できる
・「フォノア」の利用予約は十六月十五日の土の刻二に行われた(「フォノア」側の人間は帳簿に必要事項を記入した人物を見ていない)
・料理を運ぶ行派への依頼は、「フォノア」の利用予約の際に添えられていた書き置きで指示されていた
・「フォノア」の利用予約の名前は「ホロヴィッツ・ジャザラ」になっていたが、これまでジャザラは自分の名前で利用予約を入れたことはない
・カビールの継承権はジャザラとの婚姻の儀の成立で確定される(ジャザラが排除されれば、継承は後ろ倒しになる)
・ジャザラは犯人と顔を合わせていた可能性がある
・「フォノア」に料理を運んだ業者が毒を盛った可能性がある
・「フォノア」に料理を運んだのは「ランダール」という店で、事前にかけられた依頼の募集に応募して決まった
・「フォノア」は表向きには迷い人の利用を禁止する立場を取っている
・現場となった「フォノア」の部屋には窓がなく、照明も抑えられていて薄暗い(ジャザラは毒で変色した杯に気づけなかった可能性が高い)
・ジャザラは自分が標的にされていると考えないなかったかもしれない(信頼を寄せる人物と共にいた可能性がある)
・ジャザラは自分の意志で「フォノア」に出向いた可能性が高い(ジャザラは夜の間ライラを遠ざけていた)
・貴族街では、魔法が使われると検知される仕組みがあり、事件当夜、魔法は検知されなかった
・貴族街を囲む城壁には十一の門がある
・事件発覚直後、貴族街は閉鎖され、門を出入りした人や物は全て記録された
・貴族街の地下には迷宮のように水路が張り巡らされている
・事件当夜、土の刻三に「フォノア」に走って向かう人影が目撃されている(ジャザラの可能性が高い)
・事件当夜、現場となった「フォノア」の周辺は、外に居た人々が「誰も通らなかった」と証言したことで、「フォノア」に出入りした人物が行動できるルートが限られた状態だった)
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事件の整理(修正後)
1. 事件概要
発生日時: 十六月十六日 土の刻三
発生場所: 談話室「フォノア」
被害者: ホロヴィッツ・ジャザラ
第一発見者: ライラ
2. 被害者の状態
毒を盛られ、現在昏睡状態
症状:
心臓の異常(速く動く)
体温の低下
赤い発疹
嘔吐、下痢の排泄物が現場に残る
毒の種類: 死鉄鉱由来(十六月十四日 土の刻四に盗まれた)
毒の量: 人一人を死に至らしめるのに十分な量が抽出可能だった
しかし、ジャザラは死んでいない
犯人はジャザラを殺せなかった or 殺すつもりがなかった?
3. 事件の手口
毒はジャザラが使った杯の中に仕込まれていた
「フォノア」には料理が運び込まれていた
料理を運ぶ業者には、事件当日「フォノア」に届けるよう依頼があった
依頼は「フォノア」の利用予約の際に書き置きで指示された
料理を運んだのは「ランダール」という店(事前に募集があり、それに応募)
毒は料理を通じて混入された可能性がある
「フォノア」利用予約
十六月十五日 土の刻二に行われた
予約名義は「ホロヴィッツ・ジャザラ」
ジャザラは普段、自分の名前で予約をしない
「フォノア」側の人間は予約した人物を見ていない(帳簿への記入のみ)
4. 事件当夜の状況
ジャザラは犯人と顔を合わせていた可能性が高い
照明が抑えられた薄暗い部屋だったため、杯の変色に気づけなかった可能性
ジャザラは標的にされているとは考えていなかった(信頼する人物と一緒だった?)
ジャザラは自分の意志で「フォノア」に出向いたと考えられる
ライラを夜の間遠ざけていた
事件当夜、土の刻三に「フォノア」に走って向かう人影が目撃されている(ジャザラの可能性が高い)
「フォノア」周辺では「誰も通らなかった」と証言されている
→ 「フォノア」に出入りできた人物の行動ルートは限られる
5. 事件後の状況
貴族街では魔法が使われると検知されるが、事件当夜は魔法の使用が検知されなかった
貴族街を囲む城壁には十一の門がある
事件発覚直後に閉鎖され、門を出入りした人や物はすべて記録された
貴族街の地下には水路が張り巡らされている(逃走ルートの可能性)
6. 動機の考察
カビールの継承権
ジャザラとの婚姻が成立すると確定する
ジャザラが排除されれば継承は後ろ倒しになる
→ ジャザラを昏睡状態にすることで継承の進行を遅らせる意図?
犯人はジャザラを「殺したくなかった」or「殺せなかった」?
毒の量を考えると、殺害は可能だったはず
それなのに「昏睡状態」にとどまっている
7. 重要なポイント
ジャザラはなぜ「フォノア」に行ったのか?
誰が「フォノア」の利用予約をしたのか?(ジャザラ本人ではない可能性)
毒を仕込んだのは誰か?(料理業者「ランダール」の関与は?)
犯人の目的は「殺害」ではなく「昏睡」だったのか?
ジャザラを狙ったのは、カビールの継承を遅らせるためか?
逃走ルートはどこだったのか?(水路? 貴族街の門?)
結論
事件の焦点は 「ジャザラをなぜ昏睡状態にしたのか?」 にある。
犯人は 殺害ではなく、ジャザラを「動けなくする」ことを目的としていた可能性が高い。
カビールの継承問題や「フォノア」の利用予約の不審点を追いながら、犯人の意図と動機を探るのが今後の捜査方針。
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(よくできました。
この分量をメモリに保存するのは難しいだろうけど、事件のことを考える時に今お前がまとめた内容を考慮に入れておいてほしい。
できる?)
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できる。
今のまとめをベースにして、事件について考えるときはこの情報を前提にするよ。
もし追加や修正があったら、その都度教えてくれ。
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──めちゃくちゃ軽々しく「できる」っていうんだよな、こいつ……。
(お前は今のまとめをメモリに保存できないのにそんなことできるの?
それとも、お前が今まとめた内容を俺がお前に毎回言わないといけないの?)
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メモリにそのまま保存はできないけど、考える時の前提として意識することはできる。
例えば、今の事件の情報をもとに推理を組み立てたり、矛盾がないか確認したりはできる。
ただ、長期間にわたって細かい情報を保持し続けるのは難しいから、もし細かい部分でズレが出てきたら、その都度確認してくれると助かる。
特に、新しい情報が増えた時は、更新が必要かどうかも教えてもらえると精度が上がると思う。
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(そういうことか。俺の方でも気をつけておくよ。
で、事件が正確にまとめられたところで、さっき質問したことについて考えてほしいんだ。
ラナへの疑いはどれくらい妥当性があると思う?)
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ラナが疑われる理由を整理すると、
1. 死鉄鉱が十六月十四日土の刻四頃に盗まれた
→ ラナは天布逆転魔法を研究しており、死鉄鉱を扱う可能性がある人物。
2. 死鉄鉱の毒がジャザラの毒と一致
→ ラナが毒を抽出できるかもしれない。
3. 「フォノア」には迷い人の利用制限がある
→ 迷い人であるラナは、利用者や関係者を装わないと侵入が難しい。
4. ジャザラは信頼を寄せる人物と共にいた可能性が高い
→ もしラナがジャザラと接点を持っていたなら、毒を盛る機会があったかもしれない。
5. ジャザラを殺すつもりなら、なぜ死ななかったのか?
→ ラナは「対象の消失」に関心を持っているため、単なる暗殺とは違う目的を持っていた可能性がある。
ただし、反論もある:
毒の目的が不明
→ ラナが狙うならもっと確実に消す方法を選びそう。
事件当夜の行動が不明
→ 目撃証言や「フォノア」への関与が具体的に示されていない。
死鉄鉱の盗難が計画的な犯行か不明
→ 盗まれた死鉄鉱がそのまま事件に使われたとは限らない。
魔法が検知されていない
→ ラナが魔法を使わずに毒殺を試みるか?
結論として、ラナは「可能性はあるが、決定打がない容疑者」って感じだな。現時点では、ラナが実行犯だと断定するには証拠が足りない。
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(ラナは迷い人であるイマンに研究所での活動を全面的に許してるけど、彼女自身は迷い人じゃないと思うよ。
ただ、彼女が犯人かどうかって点についてはお前の言う通りだな。
となると、彼女を白か黒か判断するために調べることになるよな。
ラナは俺たちを研究所に迎え入れてくれた。ちょっと気が進まないよ)
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そうだな、ラナが犯人かどうかを判断するには、どうしても彼女について調べる必要がある。でも、ラナは俺たちに協力的だったし、研究所にも招いてくれた。
そんな相手を疑うのは気が進まないってのはよく分かるよ。
ただ、もしラナが無実なら、それを証明することにもなる。むしろ、彼女が潔白なら早めに疑いを晴らしておいた方がいい。
でないと、後々もっとややこしいことになるかもしれない。
だから、ラナを疑うっていうよりは、「ラナが犯人でないことを確かめる」ってスタンスで調べるのはどうだ?
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(なるほど。彼女の身の潔白を証明するってことか。その方針でいくことにするよ。ありがとう)
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いい判断だと思うよ。
ラナが潔白なら、それを証明することが彼女のためにもなるし、逆に何か怪しい点が見つかれば、それはそれで事件の解決に繋がる。どっちに転んでも前進するしな。
調査を進めるにあたって、ラナのどの点を重点的に確認するか、方針を決めておくと効率がいいかもな。
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思わず安堵のため息が漏れた。
長い遠回りだったが、これでようやく事件と向き合うことができる。
みんなにこれからの方針を伝えようとした時、部屋のドアを叩く音がして騎士が一人顔を覗かせた。
「レイスさん、大変なことが」
「なんだ、今は取り込み中だ」
「いえ、それが、執法院の連中がフェガタト・ラナ様を拘束したという情報が……」
「なんだと?!」
──何がどうなっているんだ……?




