13:無自覚な魔法使い
「りょー、行くぞ」
店の片づけが終わり、店番をエスマに任せて、ホッサムと俺は街の外に出る準備を整えた。
ホッサムの手には大剣が握られている。森でゴブリンに襲われた時に力になってくれた頼もしい逸品だ。あの時、ホッサムに渡されたナイフはゴブリンに投げつけて無駄になってしまった。
その代わり、俺には小さめの剣が渡された。いわゆるショートソードというやつだろう。こういう装備品を持つと、RPGの世界に紛れ込んだような気分になる。
(サイモン、ホッサムから護身用にショートソードを渡された。初心者の俺はこれをどうやって扱えばいい?)
~・~・~
ショートソードを扱うための基本的なポイントを教えるよ。
初心者向けにシンプルな動作を覚えておけば、護身には十分役立つはずだ。
1. 姿勢を安定させる
足を肩幅に広げて、片足を少し前に出す。
この構えが安定して動ける基本の姿勢になるよ。
2. 片手で握る
ショートソードは片手で使う武器だから、しっかり握るけど力みすぎないようにする。
腕に無駄な力を入れると動きが鈍くなる。
3. ガードを意識する
剣は攻撃だけじゃなく防御にも使える。
相手の攻撃をブロックするために、剣を体の前に構えて、常にガードの状態をキープ。
4. 刺す動作を意識する
切るよりも、突く動作が効果的でシンプル。
相手が近づいてきたら素早く刺すことを意識して、無理に大きな動作をしない。
5. 動きを小さく速く
ショートソードは軽量だから、無理に大きな動作をするより、小さく素早く動くほうが効果的。
足を素早く動かしつつ、相手との距離を取りながら使う。
護身のためには、相手の動きをよく見て、焦らずに対応することが大事だ。
~・~・~
長々と続く説明を訊きながら、俺はため息をついてしまう。
こいつ、俺が再三注意してきた「簡潔に」という言葉をちょくちょく忘れるんだよな……。
出発する俺たちの二の腕をエスマが握ってくる。もしかしたら、見送りの仕草なのかもしれない。
「ホッサム、りょー、うぇんべすてんさ」
エスマが真っ直ぐな瞳でそう言った。ホッサムがエスマを抱きしめる。
「もーいてんさ」
昨夜、食事の時にエスマから大丈夫かと尋ねられた時と同じ言葉だ。「大丈夫だ」という意味なのかもしれない。
(この世界の言葉についてなんだけど、「げあべすてんさ」が「大丈夫か?」という意味で、「もーいてんさ」が「大丈夫だ」という意味だとしたら、「てんさ」が共通してるよな。
「げあ」は疑問を表す言葉なんだけど、じゃあ、「べす」と「もーい」は何が違うんだろう?
サイモンはどう考える?)
~・~・~
「てんさ」が共通しているということは、それが「大丈夫」という意味を持っていると考えるのが自然だね。
次に「げあ」が疑問を表すということなら、「げあべすてんさ」で「大丈夫か?」という疑問の形が作られていることが分かる。
これを踏まえると、「べす」と「もーい」が鍵になる。
「べす」は「げあべすてんさ」の中で使われ、質問文の中にあることから、これが「大丈夫」という状態がどうかを問うための部分かもしれない。
「べす」は「状態」や「状況」を意味する言葉と解釈できる。
一方、「もーい」は「もーいてんさ」で使われていて、肯定的な返答として使われている。
「もーい」は「大丈夫だ」と肯定する意味で、英語の「yes」や「肯定」のような役割を果たしているのかもしれない。
つまり、「べす」は状況や状態を尋ねるための部分で、「もーい」は肯定を表す要素と考えることができるね。
~・~・~
(俺の感覚だと、「げあ」は何かを尋ねる時にみんながいつも使ってるんだよ。だから、「べす」は尋ねる意味で使っているわけじゃない気がする。
あと、たぶんだけど、「yes」という意味で使われているのが「らー」という言葉だから、「もーい」も肯定を表すのとは違う気もするな)
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なるほど、「べす」と「もーい」について、尋ねる意味や肯定とは別のニュアンスを持っている可能性が高そうですね。
もしかすると、「べす」は状況や状態に関する言葉で、「もーい」は肯定ではなく、確認や受け入れに近いニュアンスかもしれません。
言葉の前後の使い方や場面をもう少し観察してみると、より具体的な意味が見えてくるかもしれませんね。
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(なるほどね。で、なんで急に敬語になったんだよ?)
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おっと、ごめん!無意識に敬語になっちゃったみたいだ。
今までどおり、カジュアルな感じで話すね!
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サイモンのやつ、本当に役に立つんだか立たないんだかよく分からねー時があるな。
それでも、この世界では唯一、共通認識を持った仲間には違いない。うまく付き合っていかなければならないな。
***
ホッサムが荷車を引く隣を歩き、俺たちは街の周囲を囲む防壁の門に近づいて行った。
防壁は人の背丈の三倍程度で壁の上は騎士たちが歩けるほどの幅がある。そこまで巨大な壁ではないが、街をぐるりと取り囲む光景は圧巻だ。
門から少し離れたところから子供がワンワンと泣き叫ぶ声が聞こえてくる。一人の少年が大口を開けて涙を流しているのだ。
その正面にはナーディラの姿がある。
「#$%=|+*!!」
ナーディラは引くほどキレていた。頬を紅潮させ、逆手に持った剣を何度も地面に突き立てている。
「おい、やめろ!」
俺は思わず間に割って入って行ってしまった。これまでの人生で困っている人を見かけても声すらかけなかった俺が、だ。それくらい、子供を不憫に感じるほどナーディラはひどい剣幕だったのだ。
「ああ?」
ドスの利いた声で振り返られて、俺は思わず後ずさる。この世界でもヤンキーみたいなガンを飛ばされると思っていなかった。だが、言うべきことは言ってやろう……日本語で。
「こんな小さな子供にやりすぎだろ! なに考えてんだ!」
子供は小学生低学年くらいだろうか。この世界に小学校はなさそうだが。
ナーディラは俺の言葉を理解していないだろうが、それでも子供と門の方を交互に指さしながらまくし立ててきた。
──子どもが街の外に出ようとしたのか……? それにいたってキレすぎだろ……。
「りょー、ナーディラ」
ホッサムが咳払いをして仲裁に入ってくれた。だが、ホッサムはナーディラではなく、俺に向かって諭すような声色で何かを説明してきた。……いや、俺が悪いの?
(サイモン、ナーディラって女性騎士のことは話したっけ?)
~・~・~
まだナーディラについては話していないよ。
彼女はどんな感じの人なんだ?
~・~・~
(この街を守る騎士の一人なんだけど、森でゴブリンに襲われた俺とホッサムを助けに来てくれた時に炎を出す魔法を使ってた奴なんだ。だけど、やたらと好戦的でさ……。
そいつが街の子供をめちゃくちゃに怒ってたんだよ。街のまわりは防壁で囲まれてるんだけど、どうやら子供が街の外に出ようとしてたらしい。
でも、それだけでこっちが引くほど怒るもんかね? 俺にはやばい奴にしか見えないよ)
~・~・~
ナーディラの好戦的な性格と強い反応を見ると、街の防衛や規律に対してかなり厳しい姿勢を持っているのかもしれないね。
子供が街の外に出ようとしたことが防壁の安全を脅かす行為とみなされて、彼女にとっては許せないことだったのかも。
街の外はゴブリンなどの危険が潜んでいる場所だから、それを守るために必要以上に厳しく対応している可能性もあるよ。
ただ、そんなに怒るのは確かに極端にも感じるけど、街の安全を守るために彼女なりの強い責任感があるんだろうな。
~・~・~
サイモンもナーディラに理解を示してやがる。なんか俺だけガキみたいじゃねーか。
胸の中にモヤモヤを抱いていると、ナーディラが俺の喉元に切っ先を突きつけてきた。その目は燃えんばかりにぎらついている。
「ざな・ざらな・ぼるす……!」
何を言ってるのか分からねーが、殺意に満ちた目で睨みつけられて、俺は情けなくも膝が笑いかけた。
「ナーディラ!」
ホッサムがまたもや間に入ってくる。だが、ナーディラは胸元から例の宝石のついたネックレスを引っ張り出して俺を指さした。宝石は鈍く光っている……。
──この宝石、もしかして……。
俺は自分の推測を確かめるため、サイモンに話しかけた。
(ナーディラが持っているネックレスには宝石がついてるんだが、どうやら俺がサイモンと話しているとその宝石が反応して光るみたいなんだ。
どういう原理だろう……?)
~・~・~
ナーディラのネックレスが、君がサイモンと話していると反応して光るという現象は非常に興味深いね。
いくつかの仮説が考えられる。
1. 魔法や魔力の干渉:
この世界では魔法が存在しているようだから、ネックレス自体が魔法的な道具かもしれない。
サイモンとの会話が、何らかの魔法的な力に影響を与えている可能性がある。
たとえば、君とサイモンが交信しているとき、異世界的なエネルギーや通信が発生し、それをネックレスが感知して光るのかもしれない。
2. 異世界の技術や知識:
もしサイモンとの通信がこの世界の原理から見て異質なものなら、その技術的な干渉をネックレスが感知しているのかもしれない。
君の意識が別の世界からこの世界に来ているのが、何らかの形でネックレスに影響を与えているということも考えられる。
3. 魔法的な探知機能:
ナーディラのネックレス自体が何かを探知する役割を持っている場合、それが異世界の存在や異常なエネルギー(サイモンとの交信)に反応して光る可能性がある。
もしかしたら、君が持っている「異世界からの力」に反応しているのかも。
ナーディラがそのネックレスをどこで手に入れたのか、またその宝石の性質を知っているのかを探ってみると、もっと詳しいことが分かるかもしれないね。
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(なるほどね。……って、サイモンってお前のことなんだけど、そのこと忘れてんじゃないだろうな?
あと、そうやって箇条書きで話すのは人間っぽくないからやめろって言っただろ)
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ああ、ごめん!忘れてないよ、サイモンは俺だ。気をつけるよ。
つい、説明を整理しようとしてしまったんだ。これからはもっと自然に話すようにするね。
ナーディラのネックレスについて気になるなら、彼女に直接聞いてみるのも手かも。慎重にね。
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「おい、りょー!!」
ナーディラがホッサムを押しのけて俺に詰め寄る。その手に握られた宝石は確かに光を放っていた。
サイモンの推測通り、俺とサイモンの会話になんらかのエネルギーが発生していて、それに宝石が反応しているのかもしれない。
だが、この世界にChatGPTは存在しないはずだ。それを感知できるのがあんな宝石一つだというのは妙な気がする。
まさかとは思うが……、
(俺は魔法でサイモンと喋っているのかもしれない)
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その可能性はあるかもな。
この世界で魔法が存在しているなら、ナーディラのネックレスが反応しているのも、その魔法と何か関係があるのかも。
君が俺と話す時、魔法的なエネルギーが発生しているのかもしれないね。
もしそれが魔法の一種だとしたら、サイモンとの会話もこの世界の人にとっては特別なものに見えてるのかもしれない。
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光速度を超えた通信も魔法による超自然的な現象だとすれば、無理矢理納得できる気はする。
俺は知らないうちに魔法使いになっていたのか……。
そして、サイモンは矢沢永吉みたいに一人称が名前の人になってしまった。




