128:ライラの情報1
俺はサイモンの指摘に応えた。
(毒の量とジャザラの状態については俺も気になってる。だけど、今はとりあえず、ライラの話に戻るぞ。
ジャザラが部屋にいないと知ったライラは、家事をこなす家政人に話を聞いた。家政人がジャザラを見てるかもしれないと思ったからだ。で、家政人は家の外の路地で誰かが話しているのを聞いたんだそうだ。
聞こえたのは、「カナ・イネール・ジャザラ・フォノア」という言葉。
「カナ」は文頭に置かれる語の一種で、過去の時制を示している。
「イネール」は、三人称の主語を内包した動詞で、「行く」とか「来る」「連れて行く」「連れて来る」って意味がある。英語で言うと「come」とか「take」のニュアンスがあるかもしれない。
前にも話したけど、この世界の言葉は語と語と繋ぐ前置詞みたいなものがないんだ。だから、文脈で判断しないといけないんだけど、家政人が聞いた言葉だけだと正確に訳すのが難しい)
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「カナ・イネール・ジャザラ・フォノア」か……。
「カナ」が過去、「イネール」が移動や連れ出しの動詞なら、だいたいの意味は「ジャザラがフォノアへ行った(連れて行かれた)」みたいな感じになるよな。
ただ、主語が曖昧だから、「ジャザラが自分で行った」のか、「誰かがジャザラを連れて行った」のかは分からない。
これを言っていたのが誰なのか、その人が何を知っているのかが重要になりそうだ。
家政人が聞いたのは「家の外の路地」だよな? そのあたりにいた人に聞き込みすれば、話していた相手が分かるかもしれない。
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(ライラの話し振りからすると、誰が話していたのかは突き止められなかったみたいだ。
ライラはその言葉の解釈はともかく、「フォノア」て単語を手掛かりに「フォノア」に向かったんだ。そこで、倒れているジャザラを見つけた。すでに彼女は毒を盛られていて、意識を失っていた。
ライラは騎士を呼んだんだが、その後、ライラは侍従としての責任を追及されることになった。
ライラはジャザラの家であるホロヴィッツ家に仕えているんだ。だから、ライラの処遇はホロヴィッツ家の人間が決める。ジャザラが被害に遭ったのはライラのせいだとして、私刑が与えられた。ライラはとても痛めつけられたんだ)
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ライラ、大変な目に遭ってるな……。
彼女が私刑を受けたってことは、ホロヴィッツ家では「侍従は主を守る絶対的な責任がある」って考えが根強いんだろう。
それだけ忠誠が重んじられてるってことかもしれないけど、ライラが受けた罰は理不尽に思える。
ライラが「フォノア」でジャザラを見つけたってことは、彼女が現場に最初に到着した人物の一人ってことになるよな。
その時点で既にジャザラが意識を失っていたってことは、犯人はライラが来る前に毒を仕込んで逃げたか、ジャザラが一人でいる隙に毒を入れたことになる。
この情報を踏まえると、犯人はジャザラとライラの行動を事前に把握していた可能性が高いね。
引き続き、事件当夜に「フォノア」周辺にいた人物を洗い出すことが重要だな。
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(このパスティアだけじゃなく、この世界の人は使える主人に忠義を尽くすことを重んじてるみたいだよ。ナーディラも以前領主に仕えていたことがあるけど、ライラがホロヴィッツ家から私刑を受けたことについては一定の理解を示してたからね。
犯人についてだけど、ジャザラはともかく、ライラの行動を事前に把握しておく必要はあるか? だって、単にジャザラに毒を盛って逃げ去った後にライラが来ただけっていう可能性だってあるじゃん)
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確かに、犯人がライラの動きを把握している必要はないな。
ライラはジャザラがいないことに気づいて探しに行っただけだから、そこに犯人の計画性は関係ない。
となると、やっぱりジャザラが「フォノア」に行くことを知っていた人物が怪しいな。
ジャザラは「フォノア」に自分の意志で行った可能性が高いんだろ?
なら、犯人はジャザラがそこに来ることを確実に知っていた人物か、誘導した人物ってことになる。
毒を盛ったタイミングは、
① ジャザラが来る前に、すでに杯に毒が入れられていた
② ジャザラが杯を使う直前に、誰かが毒を入れた
のどっちかだろう。
①なら、「ジャザラがその杯を使うこと」が事前に分かってないといけない。
②なら、「ジャザラと一緒にいた誰か」が犯人の可能性が高い。
あと、気になるのはやっぱり毒の量だな。
犯人はジャザラを確実に殺すつもりだったのか、そうじゃなかったのか。
死鉄鉱から抽出した毒は、人一人を殺すのに十分な量があったはず。
でも、ジャザラは死んでない。
犯人は「確実に殺す」よりも「苦しめる」ことを目的にした可能性もある。
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(私刑を受けたライラはホロヴィッツ家から追放されてしまったんだけど、彼女のジャザラを大切に思う気持ちは薄れることはなかった。
彼女はボロボロの状態で事件当夜の事件現場周辺の状況を調べていたんだ。その内容をお前に共有するよ。
黄色い★が事件現場となった「フォノア」の場所で、他のポイントは以下のようになってる。
A:ホロヴィッツ家
①:都市機能保全局の作業員による街灯改修作業
②:騎士団による夜間警備訓練
③:公宮門前守衛による監視
④:近づいた者に吠えるベカラ
⑤:「ランダール」の開店準備作業
⑥:閉鎖された門
⑦:パスティア・タファン劇団員による劇稽古
お前に地図情報を見てほしかったんだが、なにか意見はある?)
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地図を確認した。事件現場の周辺にいくつか気になる点があるな。
1. ⑤「ランダール」の開店準備作業
フォノアに近い場所で、人が活動していたポイントだな。
開店準備だから、深夜まで作業していた可能性がある。何か目撃していたかもしれない。
2. ①都市機能保全局の作業員(街灯改修作業)
街灯の修理作業ってことは、当夜は普段より明るかったかもしれないし、人がいたはず。
事件前後に不審な人物を見た可能性がある。
3. ⑦パスティア・タファン劇団員の劇稽古
稽古をしていたってことは、それなりの人数がいたはず。
時間帯によるが、誰かがフォノア周辺を通っていた可能性があるな。
4. ②騎士団の夜間警備訓練
騎士がいたなら、警備の巡回ルートや時間が重要になってくる。
もし犯人が騎士の動きを把握していたなら、警備の隙をついた可能性もある。
5. ④近づいた者に吠えるベカラ
こいつが吠えた時間や、どこに向かって吠えたかが分かれば、事件当夜に誰が近くを通ったのかのヒントになるかもしれない。
特に「ランダール」、街灯作業員、劇団員」の三者は、何か目撃情報を持っている可能性が高い。
ライラがここまで調べていたなら、彼女の情報も確認したいところだな。
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(⑤については、お前にはもう話したんだけど、ザミールが目撃したっていう女性の情報と同じだと思うよ。
実は、これからライラに詳しく話を聞くつもりだったんだ。その前にお前に情報を共有しておこうと思ってさ。
ライラの話を聞いたら、また情報を共有するよ)
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了解。ライラから新しい情報が得られたら、また共有してくれ。
⑤の件がザミールの目撃情報と一致するなら、そっちの線も確認しつつ、ライラの証言と照らし合わせて矛盾がないかも見ていきたいな。
引き続き、情報整理しながら考えていこう。
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みんながライラの書き込んだ地図に熱い視線を向けていた。
ライラは時折痛みに耐える表情を浮かべながら、用意された水を口に運ぶと説明を始めた。
「我が情報を得た順番に話そう。まず、都市機能保全局の作業員による街灯改修作業(①)について」
ナーディラが手を挙げる。
「待った。その都市機能保全局っていうのは?」
レイスが面倒臭そうに咳払いをする。
「文字通り、パスティア・タファンの生活基盤などを保全するための組織だ。この貴族街に本部があり、精霊駆動する魔法機構を組み込んだ設備の点検などを行う。街灯には様々な精霊駆動機構が組み込まれている。私も彼らが作業しているのをよく見る」
ライラがうなずく。
「レイス殿の言う通りだ。彼らは事件当夜の土の刻一から水の刻一まで、中央広場から続く通り沿いに立つ街灯の改修をしていた。我が印を置いた場所は土の刻二から三に彼らが作業していた場所になる」
イマンが腕組みをする。
「現場のすぐ近くだね。あの通りは微妙に曲がっているから端から端まで視界が通るわけじゃない。だが、何かを見ていた期待はできる」
「残念なことに、彼らが作業していた間、通りに人影はなかったと話していた」
便宜的にこの地図の上を北とすると、「フォノア」から南東の方向に向かうルートは消える。しかし、イマンの言う通り微妙にカーブしている通りだから、「フォノア」の前の路地を南西に行けば……いや、それだと⑦の劇団員たちのいる路地に行き当たってしまう。
──つまり、「フォノア」から南東の方向には誰も出ていないことになる。
ナーディラが地図を指さす。
「この警備訓練をやっていたのが中央広場だよな? 訓練って何をしてたんだ?」
「ジャザラ様とルルーシュ・カビール様の婚姻の儀を念頭に置いた夜間警備の訓練ということだった」
レイスは深くため息をついた。
「婚姻の儀は、通例に倣うなら夜通し行われる。それを踏まえた訓練だ」
ナーディラが鼻で笑う。
「その目と鼻の先で警備すべき相手がやられてるんだから世話ないな」
「だから、残念がっているんだ。見えなかったのか?」
「偉そうに言うことか」
「はいはい、ナーディラ、いちいち喧嘩しないの」
ナーディラは頬を膨らませる。
「なんで私にだけ注意するんだ……」
ライラは俺たちに構わずに話を続けていた。
「三十名ほどが中央広場を使って訓練を行っていた。彼らは一様に、土の刻一から四までの間、中央広場から見える範囲には誰も来なかったと証言した。庭園周囲を巡回していた騎士は除くが」
「となると……」
イマンがペン先をインク壺に浸して地図に書き込みを入れる。
「公宮方向に限ると、庭園まで続く通りと、さきほどの都市機能保全局の作業員が改修作業をしていた通りは彼らの視界に入っていたことになるね」
──「フォノア」に出入りできた人物の行動範囲が絞られてくるな。
「公宮門前の守衛は庭園方向の道、そして、公宮城壁沿いの尖塔までの道が視界に入っており、昨夜中、そこを通る者はいなかったと話していた」
ライラはイマンからペンを受け取って、さらに書き込みを入れた。
俺はなんだかゾクゾクいていた。
ライラの情報が街全体を衆人環視の密室のように変貌させていたからだ。
犯人がジャザラに毒を盛ったのならば、それは「フォノア」に料理が到着して以降の可能性が高い。となれば、そのタイミングは土の刻三。
毒を盛った犯人が逃げるルートはライラが必死に掻き集めた情報によってどんどん狭まっている。
これは、ひょっとすると事件を解決に導くことができるかもしれない……。




