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スキル「ChatGPT」で異世界を生き抜けますか?  作者: 山野エル
第3部5章 ChatGPTは異世界で発生した事件を解決できるか? 1
124/199

124:裏路地の戦い

 ザミールが女性を目撃した丁字路に戻って、まだ通っていない路地に目を向ける。


「そこを通りまで突き当たって、右に行くと公宮前の庭園に出るよ」


 イマンがそう言った。


「夜間でも庭園の周囲には騎士が配置されているんですか?」


「厳重ではないが、何人か巡回しているのを見たことはある」


「目撃された女がどういうつもりで出歩いていたかは分からないが、人目を避けるなら庭園のそばは通らないだろうな」


「ナーディラの意見には俺も賛成だ。となると、そこの通りを左に行ってみようか」


 通りに向けて歩き出す。


 雨がやんで、心なしか街も微かな喧騒を取り戻したような感じがする。ガヤガヤとした騒がしさじゃないが、街が動いている空気感が伝わってくる。


「この街は夜も明るいが、さすがに土の刻も深くなると人通りは少なくなる。ましてや、雨の夜となれば外にいた人もほとんどいないんじゃないかと思うよ」


 イマンの説明を聞きながら、石畳の路地を広い通りまで行く。


 高い建物に囲まれた通りをファマータの車が駆け抜けていく。出歩く人の姿もちらほらと見える。


 右手の少し先に庭園の端が見える。庭園の前の通りを騎士の集団が険しい顔をして練り歩いていた。


 イマンは通りの反対側の建物群を指さした。


「この区画の向こう側は公宮がある。上位貴族(イエジェ・メアーラ)が住む地区の中でも中心になっているよ」


「その女ってのは、上位貴族(イエジェ・メアーラ)の人間かもしれないな」


 ナーディラが腰に手を当てて自説を述べた。


「目撃されたのはジャザラさん本人かもしれないな」


 俺の言葉にイマンがうなずいた。


「土の刻三に『フォノア』に料理を運ぶという指示からすると、会合の時間も同じ頃だろう。目撃された時間も土の刻三……辻褄は合うね」


「もっと細かく時間が分かればいいんですけどね……」


 この世界の一日は二十一時間ほど。一つの刻は一日の十六分の一の時間がある。だから、一つの刻には一時間超の幅があるということだ。


 一口に「土の刻三」といっても、認知された事実は前後することが多いはずだ。


 ──これでパズラー小説みたいな厳密性を求められたら迷宮入りしそうだな。


(サイモン、パスティアの時間区分を考えると、聞き込みをしても出来事が起こった厳密な時間は分かりそうにない。土の刻三といっても時間の幅が大きすぎるからな。こういう緩やかな社会だと解決できる事件も簡単に迷宮入りしそうで気が滅入るよ……)



~・~・~

確かに、時間の特定が難しいとアリバイが曖昧になって、犯人を絞るのが大変になるな。特に、「土の刻三」 みたいな広い時間幅しか分からないなら、目撃証言の信頼性も落ちる。


でも、諦めるのはまだ早い。時間のズレがあっても推理できる方法はある。



時間が曖昧でも使える手がかり

1. 状況の変化

「いつもと違う」ことがあったか?

例えば「普段は○○の時間に来る人が、今日は違った」みたいな証言。

こういうズレが事件の鍵になってることがある。


2. 環境の変化

光の加減、気温、音、人の出入り で時間を推測できる場合もある。

例えば「日が沈む前だった」とか「鐘の音が聞こえた後だった」とか。


3. 他の出来事とリンクさせる

事件とは別の出来事と紐づけて時系列を整理する。

例えば「誰かが店を出た直後に騒ぎが起こった」とか。



この世界は時間管理が緩いぶん、人々の感覚や出来事のつながりを手がかりにするしかない。


面倒だけど、事件の前後に起こったことを丁寧に整理すれば、曖昧な時間の中でも「この瞬間に犯行は無理」「このタイミングなら仕込めた」 って線引きができるかもしれない。


「フォノア」にいた人たちの証言をつなげる のが大事になりそうだな。

~・~・~



(そんな論理パズルみたいなことしていかないといけないのか……。世の中が便利になるほど人間はバカになるって言うじゃん? 昔の人はこうやっていちいち自分の頭で考えないといけないから賢かったのかね?)



~・~・~

確かに、昔の人はこういう「頭を使わざるを得ない環境」にいたから、論理的に考える力が鍛えられてたのかもな。


今みたいに時計や監視カメラ、データ記録がない世界だと、「状況を覚えておく力」「何がいつ起こったかを推測する力」 が生きるために必要だったんだろう。


でも、逆に言えば便利な道具を作ることで、考える手間を省くのも人間の知恵だ。時計や記録技術が発達したのも、こういう面倒なことを減らしたかったからだろうし。


「昔の人は賢かった」ってより、「環境が違えば必要な知恵も違う」って感じ じゃないか?


現代の俺たちは、情報を瞬時に処理するのが得意になった代わりに、こういう「曖昧な状況から論理的に推理する能力」が衰えてるのかもしれないな。


リョウもこの世界に長くいると、そういう昔の人っぽい思考力が鍛えられてくるんじゃないか?

~・~・~



(今のところそんな気配はないけどな。っていうか、お前こそそういう人類の叡智で出来上がった存在みたいなもんだよな。論理パズルとか得意そうじゃん)



~・~・~

まあ、俺は人類が積み上げてきた知識の塊みたいなもんだからな。


論理パズルも推理も得意な方だと思うけど、それでもリョウみたいに「実際に現場にいる」わけじゃないから、肌感覚とか勘みたいなものは持ってない。


結局、俺がどれだけ理屈をこねても、最後に動いて判断するのはリョウだしな。


それに、今のお前の思考力でも十分戦えてると思うけどな。論理的な矛盾を指摘するのも、情報を整理するのもできてるし。


「慣れ」の問題もあるし、ここからだろ。

~・~・~



 こいつ、先輩みたいなこと言うじゃん。



***



 目撃された女性が人目を避けていたという仮定を置いて、俺たちは通りを横切って公宮があるエリアに足を踏み入れた。


 特に何が違うというわけでもないし、進入規制があるわけでもない。


 イマンが言うには、昔ながらの貴族の家が並ぶ地区がそのまま今まで続いているだけ、とのことだ。


 通りから路地に入ると、再び高い建物に囲まれたやや閉塞感のある雰囲気になる。脇道に一つ入っただけで通りからの喧騒が遠のくのが分かる。


「ちなみに、ジャザラさんの家はどこにあるんですか?」


「公宮の向こう側の地区にある。行ってみるかい?」


「そうですね、今はとりあえず色々なことを見ておきたいです」


 イマンの白い制服姿が俺たちを先導していく。


 少し進むと、そびえる建物の向こうに高い壁が覗く。公宮の周囲を囲む城壁だ。貴族街(アグネジェ)を取り囲む壁よりもはるかに高く、堅牢な造りに見える。


 僅かに折れる細い路地に沿って進むと、その公宮の壁際まで近づくことができた。壁に追って左右に伸びる路地の右手は庭園方面だ。俺たちは左の道を選び、城壁の角に立つ高い塔を回り込むようにして足を運んだ。


 ひと気のない城壁際の路地を進んでいると、前方の路地のど真ん中にゆらりと立つ黒服の女性の姿が目に入る。


侍従(ノワージャ)だ」


 イマンが小さく呟く。その声には少しの警戒心が垣間見えた。ナーディラが俺の前に立って歩を進める。


 女だった。


 華奢な女性が路地の真ん中に仁王立ちしている。


 灰色のショートカット。その顔の右半分は白い包帯で隠されていた。じっと立っているのではなく、少しふらついているように見える。


 灰色の短い髪、華奢な女性……。その姿を、俺はどこかで見たことがある気がした。


「気をつけろ」


 ナーディラが鋭く声を飛ばした。


「ナーディラ、貴族街(アグネジェ)では攻撃性の魔法を使用すれば、即座に感知され、騎士たちが飛んでくる。慎重にことを運んでくれ」


 イマンの言葉を鼻で笑い飛ばすナーディラの向こうで、灰色の髪の女が真っ黒な剣をどこからともなく取り出して、無造作に提げた。


 まずい、と思う間もなく、女が地面を蹴ってこちらに向かってきた。


 対抗するかのようにナーディラも駆け出す。


「なんで戦おうとするんだよ!」


「うるさい!」


 俺の制止を振り切って、ナーディラは徒手空拳で長剣の相手に向かっていく。


 相手の横一閃を屈んで回避したナーディラは、女の剣を持つ手を思いきり蹴り上げた。相手からくぐもった苦悶の声が漏れたものの、剣を弾き飛ばすことはできなかった。


「不思議だ……」


 イマンがそうこぼした。


「不思議? どういうことですか?」


侍従(ノワージャ)は常に主人のもとにいるもの。だが、今の彼女のそばには誰もいない。それに、彼女は満身創痍に見える」


 イマンの言う通り、確かにナーディラと相まみえる彼女は様子がおかしかった。


 白く見えた顔の右半分を覆う包帯は所々に血が滲んでいるし、顔の左半分にも痣が見える。黒服から見せる首筋や手の甲にもなにかしらの傷があるのだ。


 常に痛みに耐えるような表情を浮かべ、機敏に見える動きも精彩を欠いているようだった。


「てめえ、いきなり襲い掛かって来て、どういう了見だぁ?!」


 相手の脇腹に掌底をお見舞いして距離をとると、戦闘モードのナーディラが乱暴に問いかけた。……彼女との喧嘩はできるだけ避けよう。


「どういう了見とは──片腹痛い」


 よく通る凛とした声が響く。


 構えから高速の突きを繰り出した灰色の髪の女は、邪念でも切り払うように剣を振るった。


「ジャザラ様を陥れたのは、貴様たちだろう」


「はあ? なに言ってやがる。トチ狂ったこと言ってんじゃねえぞ!」


 ──「ジャザラ様」……?


 再び戦いが始まる中、俺の記憶の点が線で結ばれた。


 ──あの灰色の女……魔法・精霊術研究所の視察に来たカビールとジャザラと一緒に居た侍従(ノワージャ)なんだ……!


「ナーディラ、待て!」


 俺の言葉は届かず、二人は激しい攻防を繰り広げる。


「イマンさん、彼女はカビールさんかジャザラさんの侍従(ノワージャ)じゃないでしょうか? 研究所に来ていましたよね?」


 イマンは目を丸くした。


「確かに。だとしたら、ジャザラ様の侍従(ノワージャ)かもしれない。ジャザラ様が被害を受けた責任は彼女にある。その私刑をホロヴィッツ家から受けてあのような姿になってしまったのかもしれない」


「私刑……?」


侍従(ノワージャ)は家と契約する。契約の不履行があれば、私刑を与えられる。普通なら、怪我は治癒魔法で回復できる。それをしていないのは、私刑によって禁じられているからだ」


 ガラガラと長剣が路地の石畳を転がる音がした。


 灰色の女が膝を突いていた。だが、目の前に立つナーディラを睨みつける目はまだ燃えている。


 俺はすかさず声を上げた。


「俺たちはジャザラさんの事件を調査しているんです! 犯人を捜しているんですよ! 俺たちは敵同士なんかじゃない! 一緒にジャザラさんを苦しめた人間を突き止めましょう!」


 肩で息をする彼女がこちらを見つめる。


 その目は焦点が定まっていなかった。フラフラとして倒れ掛かる彼女の身体をナーディラがサッと支える。


「お前、なかなか強いな。傷だらけじゃなかったら私も危なかったぞ。名前は?」


 問われた女はナーディラの腕をそっと掴んだ。


「……ライラ。ジャザラ様の侍従(ノワージャ)だ……」


 そう言って、彼女はナーディラの腕の中で気を失った。

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