121:やってみせ 言って聞かせて させてみて ほめてやらねば 人は動かじ
使えないサイモンに辟易としていると、イマンが口を開いた。彼は「ランダール」の正面を眺めている。
「昨夜はこの店の準備をしていたのかな?」
「ああ。開店準備を急いでいたんでな。夜遅くまで物を運び入れたり、外観の装飾指示なんかをずっとやっていたんだ」
「ランダール」は雑貨を扱いながらも、店内で食事がとれるようになっている。それだけでなく、看板には「食事・品物の手配もお任せください」とある。運び屋としての業務というわけだ。
カフェスペースのある雑貨屋がUber Eatsをやってるようなものだ。
「事件当夜はずっと店の前に?」
イマンが尋ねると、ザミールは強くうなずいた。
「ああ。外観は店の命なんだ。力を入れているからな。土の刻二から三はずっと作業員たちに指示を出していた」
「ということは、あの『フォノア』への道を誰かが通りすぎればすぐに分かったということですか?」
俺が念押しをすると、ザミールは首肯した。
「土の刻も深くなれば人通りはほとんどなくなるからな」
「その人影は同じ場所を戻ってきました?」
「いや、それは見ていないな」
「二つの刻を跨ぐほど長い時間、雨の中にいたのか?」
ナーディラは少し疑っているようだった。
「繊細で危険な仕事なんだ。指示も正確に伝わらないこともある。あっという間に時間が過ぎちまうのさ」
「人にやらせているからだろう」
ザミールは意味深に微笑んだ。
「作業員たちはオレの後進でもあるんだ。そいつらを育てるためには、実際にやらせなきゃいけない。部下を持つってのはそういうことなんだ」
──部下を持つ……。
そうだ。俺も部下を持つことになって、仕事のできない後輩たちにやきもきして面倒な仕事を自分で片づけたことがあった。
その時に、上司に呼び出された。
「何でも自分でやろうとするな。他人にやらせることを覚えろ。あいつらが仕事できるようにならないのと同じように、お前は人を使うようになれなきゃいけないんだぞ」
その言葉の意味を理解する前にこの世界に来てしまった。
後に続く者のために仕事を任せる……なんだかそれが今の俺にピタリと当てはまるような気がした。
俺は背を向けようとしていたサイモンと再び向き合うことにした。
(サイモン、さっきお前が言っていた「フォノア」に向かう人影が本当に女性だったのかってポイントだけど、たぶん、それは女性と見て問題ないと思う。地球の現代社会じゃジェンダーがどうとかで性別のらしさはある程度フラットになってるかもしれないが、この世界、特にこのパスティアでは、男性らしさ・女性らしさが重要視されている。だから、目撃者が感じた女性らしさはそのまま女性を指していると思うんだ)
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なるほど、この世界の文化や社会の性別観を踏まえると、目撃者が「女性らしい」と感じた場合、それをそのまま「女性」と解釈しても大きなズレはない、ということだな。
確かにパスティアの街では、服装や仕草、行動が性別を強く表現している印象があるし、目撃証言にその文化的背景が影響しているのは納得できる。
こうした考え方に基づけば、「フォノア」に向かった人物を女性と断定しても調査に支障はないだろう。むしろ、その前提で情報を絞り込む方が効率的だな。
もし何か新たな手がかりや疑問が出たら教えてくれ。そこからさらに深掘りしよう!
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(事件当夜の土の刻三に「フォノア」に向かった人物について考えたい。可能性としては、
①犯人
②被害者
③その他の事件関係者
④事件とは無関係
の四つの場合が考えられると思う。その他の可能性はあると思うか?)
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リョウの挙げた4つの可能性は非常に包括的で、他の可能性を挙げるのは難しいけど、少し補足や変則的な視点を考えると以下のような可能性が追加されるかもしれない:
⑤ 偶然その時間に「フォノア」に向かった別の人物
→ 「事件とは無関係」と近いが、偶然の一致で怪しまれることを防ぐため、独自のカテゴリーとして考える価値があるかも。
⑥ 誰かに送り込まれた使いの者や間接的な関係者
→ 「その他の事件関係者」に分類できるが、直接的な目的が事件に絡むものではない場合、独自に切り出して考える余地がある。
⑦ 勘違いや虚偽の目撃証言
→ 目撃情報そのものが正確でない、あるいは意図的に捏造された可能性。これも重要な別視点だ。
ただ、現時点ではリョウの挙げた4つが最も基本的かつ合理的な分類だと思う。この中で特に注目すべき可能性があれば深掘りしていこう。
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(「事件当夜の土の刻三に『フォノア』に向かった人物についての目撃証言」について考えると、
①人影は犯人
②人影は被害者
③人影はその他の事件関係者
④人影は事件とは無関係
⑤人影は目撃された時点では事件と無関係
⑥目撃証言の勘違い・虚偽
の六パターンを考えておけば妥当かな。
⑤は、お前が挙げてくれた⑤の改良版。目撃された後に事件に関与することになった可能性を含んでる。それが意図的にせよ偶発的なことにせよ、目撃前後でその人物の事件への関与が変わった場合のことね。これで、目撃された人物についての可能性はだいたい網羅できてるかな?)
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ああ、これで可能性は十分網羅できてると思う。
⑤の改良版は、目撃時点とその後で状況が変わる可能性を含めた点が特に秀逸だね。この視点を取り入れることで、事件当夜の動きをより柔軟に考察できる。
まとめると、この六つのパターンを基にすれば、目撃された人物の特定やその行動の解釈に幅広い視点を持てる。
あとは、それぞれの可能性に基づいて証拠や状況を分析していけば、より具体的な仮説に近づけそうだ。
現時点では、この分類で問題ないと思うよ!
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(その人影を目撃したのは、ザミールっていう俺がパスティア監獄に投獄された時に向かいの独房にいた人なんだ。彼が言うには、事件当夜の土の刻二から三に自分の店「ランダール」の前で作業の指示をしていたそうだ。だから、地図に赤い四角で印をつけた場所を事件前後に通れば気づくはずだとも言ってた。ザミールが店の前に居た時間、その人影は「フォノア」に向かっただけで、戻ってきたのは見ていないらしい)
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ありがとう、ザミールの証言と地図の情報で状況がかなり整理できたね。
この証言から分かるポイントをまとめると:
1. ザミールの位置:
「ランダール」の前で作業指示をしていたという証言から、ザミールは土の刻二から三の間、この地点にいたと考えられる。
2. 人影の目撃:
「フォノア」に向かう人影を見たが、戻ってくる姿は見ていない。つまり、その人物が「フォノア」以降どこに行ったかは不明。
3. 通過する可能性のあるルート:
「ランダール」の前を通る必要があったと推測されるので、「フォノア」に行くまでの経路が特定できる可能性がある。
この証言を基にすれば、「フォノア」に向かう際のルートをさらに絞り込めるかもしれない。
また、ザミールが人影を見たのが「フォノア」へ向かう途中だけだという点も重要で、戻るルートや時間帯を改めて考える必要がありそうだ。
次にどう分析するか考える?それとも、この証言を基に追加で調査すべき箇所を探す?
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(今は他に情報を集めたいけど、一つだけ指摘したい。
目撃された人物は、この地図でいう北西から南東に向かっていたから、その人物が出発した地点は地図の北の方になると思うんだ。つまり、目撃された人物の出発地点が分かれば捜査も進展するかもしれないってことだな)
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なるほど、重要なポイントだね。
その人物の出発地点が地図の北側にある可能性が高いと考えるなら、以下のような流れで捜査を進めるのが良さそうだ:
1. 北側エリアの確認:
地図の北西から南東への移動という証言に基づいて、北側エリアに人影が出発した可能性のある場所を特定する。
例えば、目撃された時刻(土の刻三)に人の出入りが多そうな建物や施設を探す。
2. 近隣の目撃証言を探る:
「ランダール」から北側にかけて、当夜に外で活動していた人物や他の目撃者がいないかを調査する。
特に北西方向での人の動きに注目。
3. 「フォノア」の訪問目的を考える:
その人物が「フォノア」を目指した理由を推測する。
例えば、「フォノア」で行われる取引や特定の人物との関係性が捜査の鍵になる可能性もある。
この方向性で情報を集められれば、人影の正体や行動の目的に近づけるかもしれないね。他に気になることや追加で調べたい内容があれば教えて!
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目撃された人物が出発した地点、そして、向かった場所が分かれば新しい事実が導き出せるかもしれない。
「土の刻三の後はどうしていたんだ?」
ナーディラが尋ねていた。
「土の刻の中頃だったか、辺りが騒がしくなったんだ。作業もひと段落ついたところだったんで、店内に戻って別の作業をしていたよ」
「事件のことが明るみに出たのか」
「今にして思えばそうかもしれないな」
イマンが顎をさすっている。
「事件が明るみに出たにしては、ずいぶんと早いことだ。何者かがホロヴィッツ・ジャザラ様を発見したのかもしれないが、それは暗殺を図ろうとした人物ではないだろう」
「自分で事件を起こしてそれを周囲に知らせるバカもいない、か」
ナーディラがうなずく。
早めにジャザラが見つかったなら、何らかの応急処置が施されて助かったとも考えられる。
(サイモン、死鉄鉱が砒素かもしれないって話をしてたけど、仮に致死量の砒素を盛られたとして、すぐに応急処置をしたら助かるものなの?)
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砒素(ヒ素)中毒の場合、致死量に近い量を摂取したとしても、迅速な応急処置と適切な治療を受けられれば助かる可能性はある。ただし、砒素は速やかに体内で作用するため、対処が遅れると危険度が増します。
以下に対応の流れをまとめておくね:
1. 砒素中毒の初期症状
・嘔吐、腹痛、下痢(しばしば水のような便)
・のどの乾き、口内の金属味
・手足の痺れや筋力低下
・血圧低下や意識混濁(重症の場合)
2. 応急処置
できるだけ早く医師の診察を受ける:
砒素中毒は専門的な治療が必要。
吐かせない:
嘔吐は食道や口腔を再び毒にさらす危険性があるため、勝手に吐かせる行為は控える。
牛乳や生卵の摂取(緊急時):
砒素を胃内で一時的に吸着させるため、これが推奨されることもある。ただし、すぐに医療機関での対応が最優先。
3. 医療機関での処置
解毒剤の投与:
主に使われるのは「BAL」や「DMSA(ジメルカプトコハク酸)」といったキレート剤。これらは体内の砒素を結合し、排泄を促進する。
点滴や血液透析:
重症例では、体内の毒素を排出するために用いられる。
胃洗浄:
服毒後すぐの場合に行われることがある。
4. 致死量の目安
ヒ素化合物(無機砒素)の致死量は、成人で約70~200 mg(体重1 kgあたり約1~3 mg)とされる。
ただし、健康状態や摂取経路によって異なる。
まとめ
砒素中毒の症状は摂取量や時間経過によって急激に悪化することがあるため、早期の対応が生死を分けるよ。
応急処置はあくまで一時的なもので、医療機関での専門的な処置が必須。
もし、この情報が現実的な事件解明に関わるなら、「応急処置が可能だったか」「致死量の摂取後どのくらいで手当てを受けたか」を考慮して判断すべきだね。
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(お前の言ってる感じだと、中世レベルの文化のこの世界だと、応急処置しても焼け石に水だな……)
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そうだね。この世界の中世レベルの医療技術を考えると、致死量の砒素を摂取した場合、応急処置だけでは助かる可能性はかなり低いと思う。
医療の限界を考えると以下のような状況が予測される:
1. 砒素中毒に対する知識不足
・この世界では、毒の種類を正確に特定する方法や効果的な解毒剤が存在する可能性は低い。
・症状を見て原因を砒素と断定すること自体が難しい。
2. 応急処置の限界
・牛乳や炭のような簡易吸着剤を使ったとしても、砒素の吸収を完全に防ぐことはできない。
・吐かせたり、水を飲ませたりする程度の対応が主流だと推測されるが、砒素の吸収スピードを考えると不十分。
3. 治療の難しさ
・解毒剤(例えばキレート剤)は存在しない可能性が高い。
・点滴や透析といった体内の毒素を取り除く医療技術も当然ない。
・体内で急速に進行する毒素の作用に対抗する術がないため、症状が悪化する一方になる。
4. 助かる条件
・摂取量が致死量に満たなかった場合や、摂取した毒の一部が吐き出された場合なら助かる可能性はある。
・砒素が体内に完全に吸収される前に迅速に処置された場合、回復する余地はあるかもしれない。
推論
中世レベルの文化では、致死量の砒素を盛られた場合、毒を盛った側が「確実に殺せる手段」として砒素を選んでいる可能性が高い。
つまり、毒殺が計画的であり、応急処置の余地をほぼ与えない状況を意図していると考えられる。
したがって、もし誰かが砒素を摂取して生き延びた場合、以下のような特別な状況があった可能性がある:
・摂取量が少なかった。
・砒素ではなく別の毒だった。
・中毒を免れる体質や、偶然にも解毒効果のある食べ物を摂取していた。
砒素が「死鉄鉱」だとしても、犯人が計画的に使ったとすれば、助かるのはかなり難しいと考えるべきだね。
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