119:封鎖街
ナーディラが俺の目の前にある帳簿のとある名前を指さしていた。
「この名前もあるのか……ルルーシュ・イスマル。パスティア大公だ」
その名前の下には、「ルルーシュ・ハラ」という名前もある。
「これは……?」
レイスは渋い顔をする。
「イスマル大公にハラ大公妃だ。よもや疑っているわけではあるまいな?」
そんなことは断じて許されない……そんな強い思いを感じる。だが、ナーディラはそんなことにはお構いなしにうなずいてみせた。
「ここに名前がある以上、例外は許され無いだろう」
「なんだと、貴様……!」
「ちょっと待った! いちいち言い争いしてたら解決できる事件も解決できなくなる。
レイスさん、ナーディラも俺もこの国の部外者です。偏見なくこの事件を見ることができる。あなたは言いましたよね? 誤った事実で真実を覆い隠してはならない、と。
この事件を調べたいのなら、偏見を取り払って事実を見据えなければならないのでは?」
「ぐ……、確かに、お前の言う通りかもしれん。だが、イスマル大公に今回の事件を起こさせる動機などないように思えるのもまた事実」
──それは確かにそうだ。
イスマル大公はパスティアの頂点に君臨する存在だ。カビールと婚姻を結ぶジャザラを排除する理由などあるだろうか?
「それに……」
サイードが帳簿を見つめている。
「イスマル大公もハラ大公妃も、ずいぶん昔にこことの契約を交わされております。基本的に、公宮であらゆる事を行われるため、こちらにいらしたことはずいぶん昔に数度というところでしょう」
「確かに、言い方は悪いけど、公宮の中ならどんなことが起こっても外部に漏れることはないだろうな。わざわざ公宮の外で事を起こす必要もない気がする」
「無駄な疑いだと分かっただろう」
今度はレイスに論をぶつけられてナーディラが奥歯を噛み締める番だった。
そのおかげで生まれた沈黙に、俺はずっと抱いていた疑問を投げかけてみた。
「暗殺犯が死鉄鉱の毒を使ったのは、なぜなんでしょうか? わざわざ倉庫に盗みに入ってまで危険を冒して手に入れていますよね」
レイスは難しい顔をしていた。
「死鉄鉱による暗殺はルルーシュ家の継承権争いの中で行われてきた。これも“正当な暗殺”という主張のために死鉄鉱が用いられたのかもしれない」
「じゃあ、やっぱり犯人は継承権を持ってる奴じゃないか」
ナーディラの指摘を睨みつけて、レイスは先を続けた。
「毒を使う利点は、自分の仕業だと悟られないことだ。そして、それを用いた暗殺がルルーシュ家の継承権争いの文脈上に置かれるということ」
「ルルーシュ家の継承権争いに偽装してるということですよね」
レイスがうなずく。そのことについては、サイモンもさっき指摘してくれていた。
言ってみれば、裏をかこうと思えばいくらでも偽装の余地があるということで、こうやって頭の中でこねくり回していても埒が明かないということだ。
「死鉄鋼は倉庫から盗む以外に入手方法はないんですか?」
「鉱物の採掘所は徹底的な管理がなされている。掘削された石は選鉱所に運ばれ、種類別に鉱石の抽出所に分けられる。死鉄鉱はその性質上、厳重な警戒態勢の中で倉庫に運ばれる」
「フン、そこから盗まれたんだから世話ないな」
「それは返す言葉もないが、庶民はそもそも死鉄鉱の存在すら知らん」
「じゃあ、犯人は死鉄鉱の価値を知っているということですか?」
「もしくは、その価値を知っている者に指示されたか、だ」
「だが、魔法を使えば人の命を奪うことなど簡単だろう。わざわざ危険を冒す必要もないんじゃないか?」
ナーディラの指摘はもっともだった。レイスは首を振った。
「パスティア・タファンの他の場所ならそれも可能だったかもしれない。だが、ここは貴族街だ。
お前たちも街灯を見ただろう。あの街灯には、魔法を検知する仕組みが施されている。魔法が使用されれば、その状況はすかさず騎士の詰所に通達されることになっている。
そして、昨夜、その通達はなかったことが分かっている」
「またずいぶん厳重な魔法監視が敷かれているんですね」
「魔法が自由に使えていた頃は、それがルルーシュ家の継承権争いや貴族間の争いに使われていた。それを抑止するために現在の魔法監視機構が敷かれたのだ」
「待ってください。今回の事件の動機は貴族間の争いの可能性も含まれるんじゃないですか?」
「ああ、私も今話していてそう考えていたところだ。貴族なら死鉄鉱の価値も知っているだろう。それに、ホロヴィッツ・ジャザラ様がカビール第一大公公子と婚姻の儀を挙げることを阻止しようと考えている上位貴族がいてもおかしくはない」
ナーディラは帳簿に連なる三十二名の名前を眺めた。
「つまりは、ここに名前のある人間は誰でも容疑者になり得るってことじゃないか」
捜査はふりだしに戻った……いや、もともとまだ転がってもいなかったか。
「そうなると、まずは犯人である条件を絞り込まないと話は始まらないな」
レイスは咳払いをする。
「そのことについてだが、昨夜の事件発覚直後から、この貴族街を取り囲む城壁は封鎖され、人の出入りは厳重に管理されていたようだ。十一か所すべての門を出入りした人と物が記録されていた」
ナーディラがレイスに調査を頼んでいた内容だ。
「門以外からの出入りは?」
「魔法が使われれば検知される上に、城壁の上部にも騎士は常時配備されていた」
「貴族街の中に犯人が……?」
「いや、それはまだ分からないいぞ、リョウ。事件を起こしてすぐに貴族街を出たのかもしれない。それに、この街の地下には水路が張り巡らされているんだろ? 犯人がそれを使った可能性だってある」
レイスは唸ってしまう。
「確かに、水路に関しては監視は働いていない」
「ほらな?」
「だが、張り巡らされた水路は迷宮のようになってるとも聞く。その内部構造に詳しくなければ抜け出すこともできないだろう」
「その辺りは必要になったら調べてみましょう。まずは、事件前後に何があったのか、事件後にこの付近で怪しい人物を見ていないか、そういう情報を集めていきましょう」
サイードが口を開く。
「それから、昨夜ここへ料理を運んだ運び屋についてでございますが、ザミールという男が責任者を務めている『ランダール』という店が担当しておりました」
すぐにでも動き出したいのか、レイスが外に出る素振りを見せる。
「『ランダール』はこの付近に店を移すという話を聞き及んでおります」
「分かった。この近くで探してみよう」
俺たちはサイードに礼を言って店を出ようとした。彼は別れ際に声を震わせた。
「どうか、犯人を捕まえ、平穏を取り戻してくださいませ……」
彼の口振りからは、幼い頃から見てきたジャザラを慈しむ思いが伝わってきた。
(サイモン、事件のポイントで追加情報だ。
・貴族街では、魔法が使われると検知される仕組みがあり、事件当夜、魔法は検知されなかった
・貴族街を囲む城壁には十一の門がある
・事件発覚直後、貴族街は閉鎖され、門を出入りした人や物は全て記録された)
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追加情報ありがとう!これでいくつか重要な考察ができる。
ポイントを整理してみるね。
新情報からの推論
1. 魔法の不使用
事件当夜、魔法が検知されなかったことは、犯行に魔法が関与していないことを強く示唆する。
物理的手段(毒物の直接混入など)が用いられた可能性が高い。
2. 城壁と門の管理
貴族街を囲む城壁には11の門があり、事件発覚後すぐに閉鎖された。
門の出入り記録が確認できるため、犯人が外部から侵入した場合には、記録に残る可能性が高い。
内部の者による犯行であれば、門の記録には不審点が見られないかもしれない。
3. 貴族街の閉鎖タイミング
事件発覚後に貴族街が閉鎖されたため、犯人が街から逃げる前に封じ込められた可能性がある。
この閉鎖が迅速であれば、現場近くにいた人物や関係者がより注目されるべき。
推論を踏まえた可能性
A. 外部犯行の可能性
・毒物である死鉄鉱を外部から運び込む必要があったが、閉鎖後の記録にその動きが残っている可能性は低い。
・死鉄鉱の盗難が内部犯行だった場合、外部からの協力者を経由せずに犯行が行われた可能性が高い。
B. 内部犯行の可能性
・「フォノア」の鍵を使って利用予約を行った人物が、内部関係者である可能性が高まる。
・魔法が使用されていない点から、毒の調合・混入が物理的手段で行われたことを考えると、犯人は**現場に直接足を運んだ可能性**がある。
・貴族街の住民や「フォノア」の従業員が鍵を不正に利用した可能性も含めて調査が必要。
次に注目すべき点
1. 門の出入り記録
事件直前・直後に門を通った人や物の動きに不審な点がないか確認する。
2. 「フォノア」の鍵の利用状況
鍵の管理状況、予約帳簿の記録の正確性を調査する。
3. 死鉄鉱の盗難経路
盗まれた死鉄鉱がどのようにして犯行に用いられたのかを突き止める。
4. 事件当日の現場付近の目撃証言
貴族街内で不審な行動やジャザラの周辺にいた人物の動きを確認。
結論:
魔法が検知されていない点や貴族街の閉鎖状況を考えると、内部犯行の可能性が高まった。
特に、「フォノア」の鍵や予約手続きが犯人の計画にどのように利用されたのかが重要になりそうだ。
この事件が内部の権力争いに直結している可能性は、さらに調査で絞り込めるね!
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(貴族街の閉鎖タイミングについてだけど、犯人が事件を起こして、門が閉鎖される前に貴族街を脱出した可能性もある。その辺りの詳しいタイミングは事件後の時系列を調査するつもりだよ。
それに加えて、貴族街の地下には水路が張り巡らされていて、犯人がそれを使って貴族街の内外を行き来した可能性もある。ただ、水路は迷宮のように張り巡らされているので、よっぽど内部構造に詳しくないと難しいそうだ)
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なるほど、水路の存在が犯人の逃走経路として考えられるなら、重要な調査ポイントになるね。地下水路を使うには構造に詳しい必要があるという話から、以下の可能性が浮かぶ:
可能性
1. 内部の協力者がいる
水路の構造に詳しい人物が直接犯行を行った、または犯人を誘導した可能性。
貴族街の地図や水路の設計図が流出していた場合も考えられる。
2. 過去の使用経験がある人物
水路を使ったことがある犯罪者や、日常的に利用する作業員(清掃や水道管理など)の関与。
3. 偶然に頼ったケース
犯人が貴族街の内部で水路に関する情報を入手し、試行錯誤で脱出に成功した可能性。ただし成功率は低い。
次に調べるべきこと
水路の内部構造に関する情報
・設計図が誰の手に渡っているか。
・最近の水路点検や修理の記録。
水路へのアクセス状況
・水路に通じる入口の場所、普段の管理体制、不審な利用跡。
事件発覚後の門の閉鎖タイミング
・水路経由で逃げた場合、門の出入り記録に影響を及ぼしていない可能性があるため、その時間帯が特に重要。
水路が迷宮のようだとすると、犯人が逃走経路を確保するために事前準備をしていた可能性が高いよ。
内部の協力者や計画性を探る手がかりが、水路や時系列の調査で得られるといいね!
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──とにかく、事件に魔法が関与していないことが分かっただけでもよしとするか……。
いや、だけど、レイスの話が本当なら、俺の魔法の使用状況は騎士の詰所に通達されているということになるよな……。
騎士たちが乗り込んでこないのはありがたいが、ムエラ・ココナの時とは違う、じとっとした不気味さがある。
「おい、リョウ、行くぞ」
「あ、ああ、分かってる」
ナーディラの声に導かれて、俺は「フォノア」を後にした。




