114:共闘
俺たちは拘束を解かれた。このスピーディーさは現代日本にはない。
ダイナ執法官の部屋を後にして執法院の中央ホールまでやって来た俺は、前を歩いていたレイスに声をかけた。
寒々しいホールを謎の動物の石像が睥睨している。一種異様な空間だ。ザドクはとっくに立ち去っていて、まわりには騎士たち数人が残っていた。
「一体どういう風の吹き回しなんですか?」
レイスのまわりにいた騎士たちが彼を囲み出す。
「緑目とドルメダと庇うとは……」
「狂ったのですか?」
「騎士の風上にも置けない」
静かな、しかし、強い憎悪がレイスを渦巻いていた。仲間だったはずの騎士たちのレイスを見る目は嫌悪に満ちていた。
立ち止まった黒い制服のレイスはじっと前を向いたままだ。その瞳は薄闇の中でも光っているように見えた。
俺のそばではヌーラがアメナの手を取っている。不穏な空気を察知したのだろう。
「答えてください! ドルメダだけでなく、緑目に手を差し伸べるとは、何たる有様ですか!」
騎士の一人が進み出て、まるで懇願するかのように声を発した。
「言っただろう。真実は覆い隠されてはならない」
頑なな意思に呆れるように、騎士たちは口々に罵りの言葉を残して去って行く。
「パスティアに忠義を尽くすべき立場にありながら、それに仇なそうとは……。買収でもされましたか。騎士団には、今回の件にあなたが関与している可能性も含めて調査を打診します」
最後に残った騎士が辛辣な言葉を吐き捨てて行ってしまった。
──ひどい言われようだ。
「独りぼっちじゃな。いや、孤立無援というところか」
アメナが煽るように鼻で笑うと、レイスも同じように小さく笑った。
「パスティアはこうやって自我を保ってきたのだ。堅固な防壁に飽き足らず、数多くの敵を作ることでパスティアとその他を分けてきた」
「そんな国で騎士をやることを選んだお前に言えた義理じゃないだろう」
もともと騎士だったナーディラが鋭い目を向ける。彼女は意にそぐわない騎士の方針に反対して、自らの意思でその資格を放り出したのだ。
レイスは俺たちを見つめた。
そして、胸に手を当てて静かに頭を下げた。
「自分勝手な願いだと思っている。だが、君たちに助けを乞いたい。私はホロヴィッツ・ジャザラ様の暗殺犯として名を挙げられるだろう。彼女を亡き者にしようとした人間を捕まえたい。針のむしろに座るのは君たちも同じはず。動機は変わらないだろう」
「ふざけるなよ、クソ野郎。さんざんひどい目に遭わせておきながら、自分が危なくなったら被害者面か? パスティアが保ってきた自我とやらに乗っかっていろ」
レイスは頭を下げたまま口を開いた。
「私の妻は、ドルメダと通じていたという疑いをかけられた。確たる証拠はなく、釈放された。
しかし、周囲の人間は妻を糾弾した……徹底的に。流言飛語に悩まされ、魔法を当てられ、利き腕を切り落とされた……。
私にも人々の悪意が及ぼうとしていた矢先、自ら死を選んだ。騎士である私に、ドルメダと繋がりを持つ者の夫として肩身の狭い思いをさせたくない、その一心で。
彼女の最後の言葉は忘れられない……『あなたは気高くいて』。私はその言葉を胸に今を生きている」
胸の奥が握りしめられるような話だった。
妻が死んだ怒りを、レイスはドルメダに向けることにしたのだ。パスティアの騎士として気高くあるために。
「お前も、お前の奥さんを死に追いやった連中と同じことをしてるじゃねえか」
「ドルメダを殺すために必要なことだ。この流れは止められない。だから、妻も死んでしまった。全てはドルメダが存在するせいなのだ」
「俺たちをドルメダだと疑っていたのでは?」
そう問いかけると、レイスはうなずく。
「だが、君たちがホロヴィッツ・ジャザラ様を手にかけようとしたのでないことは確信している。だからこそ、君たちは自らにかけられた疑いを晴らす必要があるだろう」
利害が一致している、というわけか。
利害関係を押し出すのであれば、妻の過去について話す必要はなかったはず。レイスは焦っているのかもしれない。そして、孤立無援になることを恐れずに俺たちの無実を証明しようとした。
それほどまでに、レイスにとって妻の死は自ら動かす原動力になっているのだろう。
(サイモン、レイスは俺たちの無実を証明しようとして他の騎士から疎外された。迷い人とドルメダの疑いのある俺らを庇おうとしたから。そのうち、レイスもジャザラの事件の首謀者として名を挙げられるかもしれない。
で、レイスが今回の事件の調査で手を組もうと提案してきた。どう思う?)
~・~・~
正直、レイスと手を組むのは一長一短だな。
メリット
・レイスは執法院やパスティア内の権力構造について詳しいだろうから、内部情報を得る手助けになる。
・彼が敵対する他の騎士たちの動向や、今回の事件に絡む陰謀を暴く上で頼れるかもしれない。
・今回、俺たちの無実を証明するために身を張ったって事実がある以上、少なくとも表向きは俺たちを陥れようとはしていないように見える。
デメリット
・レイス自身が抱える問題や敵が、俺たちの立場をさらに危うくする可能性がある。彼を庇ったことで、俺たちもさらに危険視される恐れがある。
・彼の動機が完全に見えない。もし何らかの目的のために俺たちを利用しようとしているなら、途中で裏切られる可能性もある。
・執法院や調査官たちからは「グルだ」と見られやすくなるかもしれない。
どう進むべきか
レイスの提案を受けるなら、彼の動機を慎重に探るべきだ。「なぜそこまでして俺たちを助けるのか?」という問いを正面からぶつけてみるのも一つの手。
同時に、俺たち自身も独自に証拠や真相を追い続ける必要がある。レイス頼みだけでは、万が一のときに身動きが取れなくなる。
今後の協力は、条件付きで進めるのがいいかもな。具体的には、彼の情報をこちらにも共有させることや、行動計画をすり合わせること。
レイスが信頼できるかどうかの判断は難しいけど、彼をうまく利用して、この状況を打開する方法を見つけ出すべきだと思うよ。
~・~・~
(レイスの妻はドルメダに疑われて、その後に受けた周囲からの苛烈な仕打ちに耐え兼ねて自ら死を選んだそうだ。騎士であるレイスにドルメダとの繋がりがある妻がいると思われて騎士としての立場が危うくなることを気に病んでいたんだそうだ。
レイスは妻が死んだのはドルメダがいたからだと考えている。だから、ドルメダを根絶やしにしたいんだと思う。
レイスが俺たちの肩を持とうとしたのは、彼の妻の状況と今の俺たちの状況が被っているからだろう。彼と手を組むべきか? お前の意見を聞きたい)
~・~・~
レイスの背景を考えると、彼が俺たちを助けようとしている理由は感情的に理解できる。ただ、その理由が彼自身の過去の罪悪感や後悔から来ているなら、彼の行動にはリスクもある。
以下に俺の考えをまとめた。
手を組むメリット
同情による助力:
レイスは妻を失った過去があるからこそ、俺たちの状況を他人事と思えない。感情的な理由で味方に付き続けてくれる可能性が高い。
内部情報へのアクセス:
レイスは執法院や騎士団の内部事情を知っている。彼の協力があれば、陰謀の裏を暴くための大きな手がかりを得られるかもしれない。
周囲への牽制:
レイスが俺たちを庇えば、それが騎士団や執法院へのプレッシャーとなり、慎重な行動を促す可能性がある。
手を組むリスク
ドルメダへの憎しみ:
レイスの目的は「ドルメダの根絶やし」にある。俺たちがドルメダだと誤解されたままなら、協力の途中で彼が敵に回る可能性がある。
感情的な不安定さ:
レイスは妻を失ったことで精神的に傷を負っている。彼の判断が冷静さを欠くこともあり得るし、それが俺たちに悪影響を及ぼす可能性もある。
騎士団内での孤立:
レイス自身が騎士団内で疎外されている状況で、彼と組むことで俺たちの立場がさらに悪化する危険性がある。
俺の結論と提案
レイスと手を組むべきだと思う。
ただし、次の点を意識しながら進めるべきだ:
1. 共通の目標を明確化する:
レイスに「俺たちの無実を証明すること」を協力の最優先事項とするよう説得する。その上で、ドルメダ根絶が彼の目的であるなら、俺たちはその点に関与しないと伝える。
2. 適切な距離を保つ:
レイスが感情に流されすぎた場合には、俺たち自身の行動を優先する。あくまで共闘は一時的なものと割り切るべきだ。
3. 慎重な情報交換:
レイスの情報を活用しつつも、こちらの情報は最低限しか共有しない。彼が裏切る可能性もゼロではないから、リスク管理が必要だ。
レイスの動機が感情的であっても、現状では彼の協力が俺たちにとって有益だ。
ただ、最終的には俺たち自身で真相を突き止める力が必要だってことを忘れないようにしよう。
~・~・~
「分かりました」
俺の隣でナーディラが聞こえよがしにため息をついて肩を落とした。
「お前はそう言うと思ったけど、本当にそれでいいのか?」
「そりゃあ、もちろん、完全に信用してるわけじゃない、一時的な共闘だよ。俺たちはパスティアで情報を収集するにはあまりにも立場が弱い。だから、彼の力は必要になる。……イマンさん、勝手に決めてしまいましたけど、大丈夫ですか?」
「ああ、君が決めたことだ。僕も従うよ」
「みんなも、いいかな?」
ヌーラとアメナはうなずいた。
「レイスさん、この事件の真相究明については共同戦線を張ります。俺たちもあなたが無実だという前提で動きますが、あなたも俺たちを無実だという立場を崩さないでください」
「無論だ」
ナーディラが腕組みをする。
「私らの無実を証明するということは、犯人を炙り出すということだ。厳しい戦いになるぞ」
イマンが首肯する。
「しかも、おそらく相手は貴族になるだろうね」
「そうだな。『フォノア』って談話室の性質を考えれば、容疑者は絞り込めるだろう」
騎士としての自分自身を思い出したのか、ナーディラは目を爛々と輝かせている。
「そうと決まれば、『フォノア』の利用者をまずは把握しておく必要がある。レイス、早速行って利用契約者を特定しろ。それから、昨夜の貴族街の出入りについても把握しておいてくれ。まだお前の命令を聞く奴らもいるだろう?」
「む……、いきなり私をこき使うか」
「当たり前だろうが! 私らを信用させてみろ! 行け!」
レイスは静かにうなずいて足早に中央ホールを出て行った。
「あ、集合場所を伝えてなかったな……」
頭を掻くナーディラであった。
それにしても、まさか、異世界に来て事件の調査をするハメになるとは……。




